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Toinet ⑥

大声で泣き、大声で喚き、大声で怒る。
やはり大声はストレスを発散するのに適しているらしい。

草太くんは、嘘みたいにヘラヘラして後藤さんと元彼女と元恋敵の悪口を言っていた。14歳恐るべし。

一方、田中さんはというと激動の14歳に振り回され、
「むしろ僕は妻と別れてよかったのでは?」などとぶつぶつ言っていた。
正直よくわからないが、死のうとする意気込みは洗い流されたみたいだった。ありがとう14歳。

ここに迷い込んでから1時間も経たない内に、この小さな公衆便所へ偶然にも集った「死にたがり」達(後藤さんを除く)。
奇跡的に、誰も結果を出さずに済みそうだった。
僕を除いて。

共に何かを乗り越えた共闘感とでもいうのか、
草太君を皮切りに僕らは謎に自己紹介なんぞ始めていた。

順番は時間を巻き戻すようにトイレに入ってきた逆順で、
草太くん、田中さん、僕、後藤さん。

田中さんまでまわった。

「私の前は、どっちが入ってきたんですか?」
「将太だな。そういやお前は、話途中だったか。」

僕はこの自己紹介の流れに具合悪さを感じていた。実はその理由が田中さんあたりでわかっていて、そしてもう目の前に流れてきていた。


「僕のことはいいですよ。遠藤将太、22歳です。後藤さんどうぞ。」


田中さんや草太くんのようには僕は乗り越えられない。
「え、もしかしてぇ将太さんも死にたかった感じですか?」
草太くんのそういう所は好きじゃない。
「話してみたら?僕らでよかったら将太君を救ってあげるよ!」
それ傲慢ですよ、田中さん

後藤さんは、どういうつもりか何も言わなかった。

実はこの時間、僕なりに向き合ってみていた。
きっとこれが正解だ。そんなのは割とすぐ見つけていて。
でも、その正解とまだ僕は仲良くなれずにいた。

なんだか広く感じていたこの小宇宙が、
いつの間にかちっさくてきったないただの便所になっていた。

もう、いいや。

「後藤さん、僕、普通に幸せになりたいなって思いまして、」
「おう」
「安心・安全・完全安定の方向で行こうと思います。」

後藤さんは何も言わなかった。

「ねえちょっと、話が見えないよー、僕らにも教えてよー。」
簡単に田中さんと草太くんに話す。

「大学卒業後について色々ごちゃごちゃ考えてたんですよ。っていうかやりたいことやるか、実家継いで現実的な幸せを求めるか、みたいな?それで二人見てたら、あ、実際見えてないんですけど(笑)、
見てたら実家継ごうかなって」

二人はふんふん聞いてる。二人だけは。

「将太さんのって何だったんですか?」
草太くんに聞こえるように声を飛ばす。
「写真が好きでね、ちょっと写真家とか憧れてた時があった。」

「実家は何をやられてるの?」
次は田中さんに飛ばす。
「岩手で親父が会社もってて。意外と大きいんですよね。僕継いだら4か5代目とかになるはずです。あんま詳しくないんですけど(笑)」

見えないのに、僕は必死に笑っていた。

「一人っ子だから継ぐしかないし、究極写真は趣味でできちゃいますしね。やっぱ好きなこと仕事にしちゃうとダメって言いますもんね。」

僕は笑っていた。なぜかヘラヘラ笑っていた。


「お前が死ねばよかったのにな。」


久し振りの声はツンドラのような鋭さを持ってポツンと左隣より放たれた。

「・・・え?」
田中さん、多分聞き間違いじゃないですよ。


「ごめんな、俺はお前を許せないわ。」


●気まま追記●
次回がラストかな?
長くかかってしまいましたね・・・
もうちょっとだけ、お付き合いくださいね。

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