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53 9人の翻訳家 囚われたベストセラー

これはタイトルとあらすじから想像するよりも重い作品だったように思います。
ベストセラーを翻訳するために集められた訳者達、出版前に原稿が流出することを防ぐためネット利用不可のシェルターに閉じ込められているのに、原稿の一部が流出し金銭を要求するメールが…!
犯人は誰?どうやって原稿を?
…そんな感じの人の死なないフーダニット、ハウダニットを想像してたら全然違いますよ、本当に。

9人の翻訳家のうち5人だけがグルなのはあるようでないような。
たぶん真犯人のアレックス以外は、アングストロームの文学への姿勢に怒って「文学テロ」を起こしたんだと思う。
欲しいのはお金じゃない。
文学を金儲けの道具としてしか見ていないアングストロームを破滅させること、それが目的だったんですね。
テロ行為を政治的な目的を達成するものと定義すると、「文学テロ」って矛盾してるんですけど私はそんな風に感じたので。

アレックスだけは復讐が目的だった。
ジョルジュと文学を殺されたことへの復讐。
「自分の物は自分で守れ」の言葉通り、彼は『デダリュス』を守ってアングストロームのすべてを奪った。
だけど復讐をしても傷は癒えない、ラストの彼の苦しそうな顔が印象的でした。

あんなにぎりぎりで危険な真似までして原稿を奪う必要はなかったんだけど、そうまでしてでも彼は自分がオスカルだと知られたくなかったってことじゃだめですか?
あそこまでしたなら誰もアレックスがオスカルだとは思わない。
仲間を騙しておきたかった、最後アングストロームだけに真実を伝えたかったってことじゃだめ?

一番かわいそうだったのがエレーヌ。
アングストロームに才能がないと言われるのはまだ堪えられても、原稿を一枚一枚燃やされるのはどんな気持ちだったかと思うと…
私も小説のようなものを書いているので、あの場面の苦しさはひしひしと伝わってきて辛かった。
どんなに不出来だとわかっていても、頭と心を使って悩んで悩んで書いているものだからそれなりに愛しいんですよ。
それをあんな風に…
アングストロームは作品と作品の生み出す人への敬意が全くない。
出版に携わる人間として一番大切なものが欠けていると思いました。
『デダリュス』の作者がジョルジュじゃないことに気付かないのもおかしいよ。
作者にしか語れないことがあると思うのに。
ジョルジュはよっぽど『デダリュス』を理解していたのか、アングストロームが作品の表面しか見ていないのか。

5人は原稿を奪った後は浮かれていたけど、人が亡くなるという結果を招いたことは罪深いと思う。
正義感や使命からの行為でもだめ。
全然だめです。

作中にタイトルと登場人物の名前、亡くなったことだけが明らかになっている『デダリュス』。
これは読んでみたくなりました。
そんな本は存在しないとわかっても、一応さらっとあらすじの設定ぐらいはあるんじゃないかと深読みしています。
どんなストーリーだったんだろう。
レベッカはどんなキャラクターだったんだろう。
気になります。
日本語の翻訳家があの場にいなかったのはちょっぴり寂しかった。
そんな世界的ベストセラーなら日本語も!ぜひ!

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