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授乳

Himekusa

妊娠中に産院でわたされた冊子に、「おっぱいマッサージをするように」という旨とそのやり方が載っていた。
コロナ禍のこと、最低限の母親学級のみだったためか、直接の指導はなかったし外来でも何も言われなかった。
察しのやたらとレトロなイラストを参照しながら、合っているのかわからないマッサージを一応してみた。
母乳がにじむこともあると書いてあったが、わたしの乳には何も起こらなかった。
乳首を強くつまんで伸ばすようにするとの記述もあった。
それはなんだか不快で、ほとんどやらなかった。
そのためかどうか、わたしは出産当初うまいこと母乳が出ず、その後も軌道に乗ることなく11か月まで出ているかどうかあやしい乳を吸わせ続けた。

帝王切開だったため、普通分娩の人よりもお世話の開始が遅かった。
その日、赤ん坊の抱き方を習いながら乳を出し、助産師さんにつままれた。
まったく張りもせずうんともすんとも言わなかった割に、ぷつりと液体が浮いてきたので驚いた。
その1滴を、赤ん坊は不器用に吸った。
予定日よりも早くお腹から出したからかどうなのか、子どもは吸う力が弱かった。哺乳瓶のミルクは一気飲みするが、母乳は飲みづらいようだった。
「いい乳首してるのに!」
と助産師さんにほめられ、初めて乳首をほめられたわたしは一瞬得意になったが、赤ん坊が飲めないなら意味がないと落ち込んだ。
少しづつ吸えるようになってくると、今度は別の問題が出てきた。
ぞわぞわするのだ。
吸われるたびに、肋骨のまんなかあたりから腕、指先にかけてぞわぞわしたものがかけめぐる。これが不快でたまらなく、授乳クッションに抱っこを任せ、わたしはスマホやテレビに集中することでなんとかその時間をしのいだ。
授乳するの幸せホルモンが出る、授乳は幸せな時間だと聞いていたので、まったく違う現実に戸惑った。
みんなこんな思いをしているのか、自分が変なのかとネット調べてみると、不快性射乳反射という言葉が出てきた。
授乳時に無性にイライラしたり落ち込んだり気持ち悪くなったりする人もいるそうだ。
どうやらそれの一種らしいことがわかった。
原因はホルモン関係、なにか具体的な対処法もなさそうだったので、ほとんど誰にも話さなかった。
吸われ始めの数秒は特に「うわあぁぁ」と顔をしかめたくなる思いをなんとか耐えた。
ミルクはあっという間に飲み干すので、完ミにしてしまってもよかったのだが、不機嫌な時や寝かせたい時にサッと服をまくればそれで済むという母乳最大のメリット(*親にとって)を手放すことができず、細々と続けた。
何度も乳首が切れて、激痛の中授乳した。
歯が生えてからは恐ろしかった。特に最初はカッターの刃を当てながら吸われているようだった(夫に話したら青ざめていた)。しかも相手は、手加減をしない。
それでも、ぷっくりした頬を胸元にうずめながらうとうとと眠ってゆく安らかな寝顔を見るのは好きだった。
最初の2か月の段階で、両乳あわせて20gしか出ていなかった。
それ以来測る機会はなかったが、たぶん最後まであまり変わらなかったように思う。
哺乳瓶とちがって出の悪い乳を飲んでくれた子どもには感謝の気持ちでいっぱいである。

卒乳は自然ななりゆきだった。
一日三食、しっかりと食べるようになったので、何度も授乳する必要がなくなったのだ。
あまり食べなかった場合にはミルクを足せばよかった。
恐れていた寝かしつけも、乳がないと眠れないと思っていたのはわたしだけで、暗い部屋でだっこし、歌いながら揺らしたらあっさり眠った。
産前に先輩ママさんたちの壮絶なる断乳・卒乳譚を耳に目にしていたため、一体どうなることかと身構えていたが、一度も要求らしい要求をされることなく11か月で終えた。
その数日後、ぐずって機嫌が悪い時にためしにと乳を出してみたら恐ろしい力で噛みついてきたので思わず「痛いっ」と叫んだ。子どもはますます泣いた。それが本当の最後だった。
張りのひとつもなく、乳腺炎とも無縁だった。

あれから4か月近く経つが、今でも強めにつまむと少しにじむ。女の身体とは不思議なものだなと思う。
人は色々なことを忘れる。
わたしは特に忘れっぽい。
今日、出先で小さな赤ちゃんを見た。すっぽりとお母さんの腕に収まりながら、ふにゃふにゃと泣いていた。
それを我が子は「あっ!」と指さし、わたしと目を合わせてにっこりと笑い、その親子に向かって歩いて行こうとした。
わたしはたった一年でこんなに大きくなったことにあらためて驚いた。
あれだけつらかった授乳時のぞわぞわも、何だか遠くなってしまった。過去を振り返るよりも、どちらかというと靴をはいて歩き始めた子どもを追いかけることや、イヤイヤ期と呼ばれる時期のことを考えなくてはいけない。
でも忘れたくないのだ。
わたしの身体から出る乳(なまあたたかくて、甘みがある)を満足そうに吸ってもらった瞬間があることを。
大きくなった、背が伸びたなと思う子どもの身長がまだ、たったの76センチしかないということを。
乳は飲まなくなったものの、子育てはまだまだ、ここからだ。

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