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絶望のカレーチキンゲーム

「会社の食堂でお昼を食べるときは絶対にカレーを食べること。このルールを破った場合、それまでの相手のカレー代を全部払うこと」

面白半分で同期と始めたゲームだったが、これがのちに僕たちを真に苦しめ、絶望のデスゲームとなることをこのときは知る由もなかった。

カレーチキンゲーム1週目

このゲームを始めたのは去年の4月。同じ部署に配属された新入社員同期と食堂でお昼を食べていたときに思いついた。

カレーの値段は210円。大盛りにしても260円とこの東京界隈では破格に安いことが理由で、毎日カレーにしようということになった。カレー以外の定食も安いのだが、カレーには及ばず、ゲーム性という意味でもカレーは一際輝いていた。

ルールで「会社の食堂でお昼を食べるときは」と決めていたが、基本的に会社の外でお昼を食べることがないので、毎日カレーだ。あくまでも、お互いに監視可能だから「食堂で」というルールをつけただけだったのだが。

僕たちは美味しくカレーを食べ続け、いまギブアップすればペナルティが安くて済むぞ、などとお互いに冗談を言い合うほどの余裕があった。

カレーチキンゲーム2週目

カレーメニューには週替わりカレーと日替わりカレーの2種類がある。週替わりカレーはチキン、ポーク、ビーフで毎週入れ替わっており、日替わりカレーはインドカレーやタイカレーなど変わり種だ。週替わりカレーが210円なのに対し、日替わりカレーが260円と少し高い。値段の安さからこのゲームを始めた僕たちだったので、当然週替わりカレーを食べていたが、2週目にして猛烈に日替わりカレーが食べたくなり、ついに手を出してしまうことになる。

カレーチキンゲーム3〜4週目

3週目はGWでまるまる休みで、4週目から再開となった。1週間の休み期間があったのだから、お互いのコンディションは回復し、ゲームは振り出しに戻るだろうと予想していたが違った。週の中盤に差し掛かってくると、やはり日替わりカレーに手を出してしまったのだ。

カレーチキンゲーム5〜6週目

月曜は週替わりカレー、火曜以降は日替わりカレーを食べるということが習慣化してしまった。さらに、週の始めは大盛りを頼むが、後半は大盛りを食らう元気もなくなり、並盛りを頼むようになった。ここで、安くて美味しいカレーを食べるという感覚がなくなり、完全に義務化した。

カレーチキンゲーム7週目

「和解してカレー以外も食べよう」

突然同期が切り出してきた。このゲームは引き分けにして、もう普通の生活に戻ろうと。

いや、そんな甘いことはできない。約束通りお金は払ってもらうと強硬な態度に出てしまったのは僕だ。そうすると、同期もゲームの続行を望んだ。

カレーチキンゲーム8〜10週目

もう週の始めからカレーを食べる気がしない。土日が回復の日のはずなのに、全く機能していない。徐々に僕と同期はカレーのサイズをミニカレーにしたり、小鉢をふんだんに取ったりと、小手先のテクニックでゲームを攻略するようになっていく。ルールが毎日カレーを食べることであったので、お互いにこの違法スレスレの戦法を黙認していたのだ。

カレーチキンゲーム11週目

僕は福神漬けが苦手だ。別に漬物全般が苦手というわけではなくて、カレーに漬物が合わないと思うのだ。それでも付いていれば渋々食べてはいたが、食堂のおばちゃんに福神漬けを抜いてもらう手段を思いつく。

僕「日替わり大盛り福神漬け抜きで」
ライス担当おばちゃん「日替わり大盛り福神漬け抜きで〜」
ルー・福神漬け担当おばちゃん「日替わり大盛り福神漬け抜きで〜」

こんなに復唱しているのに福神漬けを入れてくるのはどうかしてると思う。もはや福神漬けを入れない工程は存在しないように、当たり前のように思考停止で福神漬けが添えられているのだ。ただでさえゲームでストレスを感じているのに、こういう細かなことでもカレー関係は敏感になってしまう。

カレーチキンゲーム12〜13週目

脳内精算すると支払額が約18,000円といよいよやばくなってきた。

そんな中でも、福神漬け問題は僕を苦しめてくる。週替わりのベーシックなカレーはまだ許せるとして、変わり種の日替わりカレーに福神漬けは許せない。タイカレーに福神漬けはもはや執念としか言いようがないと思う。あるいは、「カレー」という文字列で都度検索をかけて、ヒットすれば福神漬けという論理がおばちゃんの脳内にあるのか。

カレーチキンゲーム14週目

ついに最終週となった。

お互いの健康を考慮した結果、ドローとすることにした。お金なんて要らないし、ゲームに勝ったという称号も要らない。ただ、一刻も早くドロップアウトしたかった。それだけ僕たちの体はカレーに侵されていたのだ。

平日のお昼に食べるだけで、毎食食べるわけではない。それなのに、これほど限界に近づくとは思ってもみなかった。ゲーム終了後、僕たちはカレー以外の定食を、食堂にいる誰よりも美味しく食べていたと思う。

ゲーム終了から1年が経った今、少しずつカレーが食べられるようになってきた。あの安くて美味しいカレーが僕たちの元へ戻ってきたのだ。


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