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第8章:遺伝性疾患は無くせるのに

前回は、繁殖業者やペットショップが徐々に始めた遺伝子検査についてご紹介しました。その一方で、分かっていながら放置され、まん延している遺伝性疾患の代表として膝蓋骨脱臼、俗に言うパテラを例として挙げました。

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念のため、少し「遺伝性疾患」について調べてみました。誤解も多いようなので…

パテラなどの骨格の形成不全も
遺伝による病気
で良いんですよね?

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↑平蔵は首やひざだけでなく、肩にも問題があり「肩関節不安定症」の治療のため、子犬時代の半年間、装具(ブレース)を着けて過ごしました

3種類の遺伝性疾患

医療(人間向け)でも獣医療でも同じですが「遺伝性疾患」は「単一遺伝子疾患」「多因子疾患」「染色体異常」の3つに分けられます。

染色体異常には、2 本で1組になっているはずの染色体が3 本だったり、1 本しかなかったりと、数が違う場合があるそうです。部分的に欠けていたり、形やペアになる結合の仕方が違ったり、構造上の問題もあるとのことです。

ペットとなる動物の場合、染色体異常があると生まれる前に亡くなってしまうことが多く、症例は少ないそうです。

染色体、DNAと遺伝子

と言われても、「染色体」が何なのかイマイチ分かりません。いろいろ勉強した結果、シンプルにまとめると↓こんな感じです。

染色体2

真ん中にあるのが、よく耳にする「DNA」。二重らせん構造」になった紐(ひも)の絵も、どこかで見たことがあると思います。で、この二重らせんには、とてもたくさんの情報が組み込まれています。そのうち、体の色んな部分の設計図になっている場所が「遺伝子」(図右)。で、「染色体」(図左)は、このDNAをたくさん詰めた袋というイメージです。

体をつくる精密な設計図を収めたこの袋(= 染色体)は、体じゅうを構成している「細胞」の中、「核」にしまってあります。

染色体

ちなみに染色体の数は、動物種ごとに決まっています。人間の場合は46本で、犬は78本。両親から1本ずつもらい、似た者同士がペアになって存在するのでそれぞれ23組と39組です。

単一遺伝子疾患

ペットの場合、染色体異常による病気はあまりないとのことなので、残りの2つについて勉強しました。

ある1つの遺伝子に変異があり、遺伝情報(= 体の設計図)の間違いから発症する病気を「単一遺伝子疾患」と呼びます。そのうち、病気を起こす遺伝子を1つ、つまりお母さんかお父さん、どちらか一方から受け継いでしまうと発症する場合「優性遺伝」する遺伝性疾患とされます。

同じ種類の病気をもたらす遺伝子を両親から受け継いだ場合、つまり2つ揃った場合にだけ発症するモノは「劣勢遺伝」する病気と言われます。(なお、現在では優性を「顕性(けんせい)」、劣性を「潜性(せんせい)」と呼びます。)

多因子疾患

一方、複数の遺伝子が要因となって発症する遺伝性疾患は、「多因子疾患」と呼ばれます。遺伝医学に関する専門書に、以下の記述があります:

一卵性双生児や近親者での発症頻度が一般での頻度に比べて高いことから、遺伝要因が関与していることは確実であるものの、典型的な単一遺伝疾患の遺伝形式には当てはまらないというものであることが多い(ナスバウム R. ら;「トンプソン&トンプソン 遺伝医学」第2版)

単一遺伝子疾患とは違い、「これ!」というピンポイントの原因は特定されていないのでピンとこないかもしれません。でも、前回触れたように、

こうした疾患も
遺伝により
次の世代に受け継がれる

のは間違いありません。医学書には、主な疾患の1例として股関節形成不全が明記されています。犬にも、特に大型犬によく見られる病気です。平蔵の肩もひざも、それから首の「時限爆弾」も、同じく多因子疾患です。

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検査で分かる単一遺伝子疾患

さて、前回ご紹介した遺伝子検査について、改めて。

視力が低下して失明にいたる「進行性網膜委縮症(PRA)」は単一遺伝子疾患です。潜性(劣勢)遺伝するため、片方の親からだけ遺伝子変異を引き継いだ場合は発症しません。ただし、次の世代に伝えるリスクがあります。

8歳~10歳ごろに発症する傾向にある「変性性脊髄症(DM)」も単一遺伝子疾患です。脊髄が蝕まれることで体が麻痺し最終的には死に至る病気で、治療法はありません。この病気も潜性遺伝なので、両方の親から原因となる遺伝子を受け継がなければ、その子の発症は免れます。

そのほか、出血が止まりにくくなる「フォンビルブランド病(VWD)」や、緑内障、白内障などの単一遺伝子疾患は簡単に遺伝子検査ができます。

現在、犬に関しては30を超える遺伝病の検査が可能だそうです。

秩序ある繁殖の大切さ

潜性(劣勢)遺伝の病気でも、両方の親から原因となる遺伝子を受け継いでしまうと、いずれ発症します。顕性(優性)遺伝の場合は、2つ1組になっている遺伝子のどちらか一方でも変異があれば発症します。

いずれにしても、単一遺伝子疾患は検査を受けて秩序ある繁殖を行えば防ぐことができます。遺伝子に変異を持つ犬を交配させなければいいんです。

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病気に苦しむ子犬が生まれることはありません。飼い主さんが、「我が子」を亡くしたり、重い症状に耐える姿を見たりして悲しむこともありません。(もちろん、該当する遺伝性疾患以外の病気や怪我の可能性はありますが。)

それから、不幸にして遺伝子に変異が見つかったとしても、少なくとも潜性遺伝であれば健康に生きられます。交配を避けて、幸せに生活させてあげれば良いのです。

ハードルは低い遺伝子検査

この遺伝子検査、私たち一般の飼い主でも申し込める簡単なものです。キットを郵送で受け取ったら、綿棒のような物で口の中を何度かこすればOK。後は、検査機関に送り返して結果を待つだけです。

遺伝子検査

注:↑アニコムの遺伝子検査は、ブリーダーなど「第一種動物取扱業者」向けで一般からは受け付けていないようですが、同社の関連会社を含め個人で申し込めるトコロもたくさんあります。

費用は高くても数千円?

色々な会社がやっているので費用に幅はありますが、1つの病気についての検査あたり5000円程度です。繁殖をビジネスとして行う事業者には、わずかなコストでしょう。例えばトイプーの場合、子犬の販売価格は50万円とか100万円とか…。ってことは、単純計算でも販売価格のせいぜい1パーセント

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さらに、子犬1頭1頭の検査をするわけではないと思います。「PRA発症いたしません。」の場合、「両親犬に遺伝子異常がないことを確認した」という意味でしょう。PRA検査の費用は、お母さん犬とお父さん犬を合わせて1万円ほど。で、その親犬たちには、次から次へとパピーを生ませているでしょう。したがって、子犬1頭あたりにかかる遺伝子検査の費用は、ほんのわずかなもの。

遺伝子検査費用計算

上の図は、1組の親犬から生まれた子犬が5頭だった場合の例です。あくまで「計算上は」ですが、この場合の子犬1頭当たりの検査コストは2000円。これが「品質」(←あえてそう表現します…)を担保するために最低限必要な経費なんです。

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股関節形成不全や平蔵の様な首のトラブルやパテラなど、多因子疾患の場合、遺伝子検査はできません。「じゃぁ、防げないじゃん?」となるかも知れませんが、まったくそんなことはないのです。次回は、そうしたことについてご紹介します。

第8章のキーメッセージ:
犬という「生命(いのち)」への敬意と、己の職業に対する誇りを持っているまともな人間なら、秩序ある繁殖はあたり前の仕事でしょう。「PRA発症いたしません。」って誇らしげな(← あくまで主観です)表記が乱発されていますが、避けられる遺伝性疾患は、それだけじゃないんですけど…。膝が悪くて何度も手術したり、背骨が弱くて緊急オペして生死の境を彷徨ったり、首がつながっていなくて1日1日を薄氷を履む思いで過ごしたり。家族にそんな思いをさせるリスクを承知でも、高く売れる子犬を「出す」交配犬は使い続けるんですか (・・?)