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普通の話 ⑤

普通の話の③で触れたモヤモヤの話。後日談と言うかその後が酷い話。

お支払いが遅れた件は書いた通りだけど、その後の仕事が支払われない問題発生…😵期日までに仕上げた仕事(厳密には期日なんて無かったけど)は7月末日締めに余裕で間に合うタイミングだった。当然8月頭には支払われると思っていたし、関係を切りたいのならば支払日を待たずに払っちゃえば良いじゃんって感じだった。←私ならそうする。

ところがどっこい、8月頭の入金が無い。先方に納めて公演が終わってからの入金なら連絡せーや💢と思うし私から連絡せずに居たらそのまま8月が過ぎ去った😱え、そんな事ってあんの?である。9月の頭なのかなぁって思っていたがとっくにその日は過ぎた。

仕事が無い中で生きてる人間にとって決して少なくない、どうでも良い金額では無いのにな。

だが、もう連絡するのも嫌だなぁって思っちゃったのよね。そう言う人と関わってもロクなことが無いのだし。今舞台の衣装で1から分からないながらも一生懸命やった事で確実に自分のスキルアップになったし、少なくとも着るご本人は喜んで下さってるし、他の出演者の子から娘役さんみたいなスカートを作って欲しいって言われたし。

やっぱり楽しく機嫌良く仕事するって大事だなって感じる。この数ヶ月緊急事態宣言のお陰で殆ど外に仕事に行けない。ってか仕事が無い。それでも何とかなってるのは、アカデミックにやってなくてもそれなりに生み出す能力を与えてくれた祖母のお陰だ。晴れ着は祖母の手作りが当たり前で、セーターは母の手編みが当たり前の環境で育ったからこそだろう。

夏休みの時、北海道の祖父母の家で毎年何かしらのハンドメイドに触れていた。大叔母が牛飼い農家さんなのにはいからなモノが好きで、当時では珍しいアメリカンフラワーに凝っていたり(30年以上前)、別の大叔母が村で一軒しかない生地屋さんをやっていたり。そこで買って色々作ったし、祖母が和裁の先生だったから浴衣を作ったり(言われた所を真っ直ぐミシンで縫っただけ笑)。

私は兎角一生懸命学んだ事「じゃない」事を評価される人間だ。頑張って頑張ったバレエは全く評価されず、先生の方では比較的早く重宝がられた。衣装が出来た事も大きいと思うけど。歌も頑張って手に入れたものでは無い。これは完全にギフトだろう。裁縫は散々書いた通りだ。

好きだな、やってみたいな、と「思う」と言う事自体が向いてる事なんだという人もいる。そもそも全ての人が俳優になりたい訳では無いし、ダンサーになりたい訳でも無い。子供の給食袋を縫うのが拷問みたいに思う人だっているだろうし、そんな人からすればバレエのチュチュを作るのも作りたいと思うことも意味が分からない事なんだろう。

今までの人生で経歴が無い事、実績が無い事に後ろめたさや、そもそも辛酸を舐めてきた。スタートラインにすら立てないのだ。

自分にしか出来ない事、自分だからこそなところを見出していかないといつまで経っても自分探しの迷子になっちゃう。もう終着駅に着きたいわ。そして楽しい冒険に出かけたいわ。

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