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【超ショートショート】(243)~戸籍は彼の好物?~☆ASKA『ID』☆

「自分を表すのに何で書類に頼るのか?」
と心の声が聞こえるという
役所の戸籍住民課の窓口対応の
綾田通(あいでん とおる)。

綾田は、
幼い頃から人の心の声が聞こえるという
本人的には悩んだ時期もあった。

それが、今は、役所の戸籍を扱い部署に
自ら志願してたどり着いた仕事では、
どこかで役に立っている。

綾田は、
毎日様々事情で戸籍を取りに来る人々の
心の声とその戸籍を見比べて、
各々の人生や過去へと、
思いを馳せるのだった。

今日は、
朝からひとりの30代くらいの男性が、
スーツ姿で駆け込んできた。
そして、
あわただしく必要書類に記入を済ませると、
番号札を取り、ベンチに腰をドスンとかけた。

「番号札1番の方」
と呼ばれたその男性は、
先程のあわれぶりが消え、
ゆっくりと受付に向かう。

綾田が対応する
「では、
お名前をお呼びするまでお待ちください」

男性がなぜ戸籍を取りに来たのか?
綾田は、男性の心の声に耳をすませた。

「何で戸籍なんかいるんだよ!
お袋も何考えてるんだ!まったく・・・(怒)」

綾田はこれ以上、聞いては・・・と、
男性のためにも聞くのをやめた。

男性の母親はどんな理由で
男性に戸籍を頼んだのか?
それも至急と・・・

男性は無事に綾田から目的の戸籍を受けとると、
急いで駅に向かった。

その日の午後、
別の利用者がやって来た。

彼は、すでに心の声を綾田に聞かれていた。
駅からこの窓口まで、
ぶつくさと心のつぶやきを放ち、
今目の前の綾田に戸籍の発行を頼んでいる。

彼は、こう心の声で話した。

「なぜ自分を証明するのに、
自分自身ではなく、
戸籍に頼らなければならないのか?
もしこの世から戸籍が消えたら、
俺は俺を証明できないことになる。
そんなことが許されるのか?
自分をどう自分だと証明していけるのか?
書類なんかに頼らずに・・・」

この思いは、
綾田も時々思うことであった。

たくさんの戸籍にある人々と、
そこに書かれた最低限の人間関係と
人生ドラマ。

綾田は、
そんな物語をこうした嘆きのような
心の声を聞く度に思い出していた。

綾田の幼少期に、
様々親戚の人生ドラマを、
まだ戸籍などの意味もわからずに
眺めてきた。

その時、
ふと綾田の母方の祖母が話したことがある。

「とおるちゃん!
私たちはね、この戸籍がないとこの国でも
ひょっとすると他の国でも
生きていくことができないのよ!」

「何で?」

「それはね!
この戸籍が私たち一人一人の証明だからよ!」

「しょうめい?」

「そうよ!よく言えたわね(笑)証明!
証明ってね、たとえばとおるちゃんが生まれて、
初めてとおるちゃんの戸籍が作られるの。」

「つくられる?」

「そう!つくられたとおるちゃんの戸籍にはね、
最初にとおるちゃんの名前と、
とおるちゃんのお父さんとお母さんの名前が
書かれるのよ!」

「かかれる?」

「そう!書かれたことでやっととおるちゃんが
お父さんとお母さんの子供であると証明されてね!
この国の、
日本なら日本人という身分が保証されるのよ!」

「ほしちょう?」

「うふふ、保証ね!」

綾田は、
このときの祖母の話が、
当時は意味もわからなかったが
記憶の片隅に残り、
綾田に戸籍への興味を開花させることになる。

綾田自身も小学生の時分に、
すでに歴史にはまり、
クラスでは歴史博士ともあだ名がつく程、
特に家系図や各時代の
人間関係の相関図を作るのが好きだった。

綾田は、
いくつか歴史小説を書いたことがあった。

綾田の心の声では、
「いつか賞を取ってやる!」

そう思いながら、
毎日戸籍と対峙し、
新しい物語を日々溜め込んでいるのである。

綾田が戸籍に携わる仕事を選んだもの、
戸籍や歴史が好きだけではなく、
最終形が世の中に、
新しい物語を提供するという、
壮大な夢の実現のための取材活動の
一つに過ぎなかった。

彼は、どんな物語を書こうとも、
必ず決めているルールがあった。

それは・・・
登場人物には必ず戸籍を与えること。

この世の中に生まれ存在した以上の
戸籍はないと考えるからである。

どんな境遇の人々を描いたとしても、
彼らにはまだ作られていない戸籍が
必ず存在するように、
綾田はストーリーに載せなくても、
必ず戸籍に登場人物分制作する。

そして、
自ら制作した戸籍から相関図から、
書き上げたストーリーを
仕事終わりの夜に、
読むのが何よりもしあわせだった。

綾田のこうしたしあわせが、
まもなく世の中の人々をもしあわせするなんて、
このときの綾田には想像もつかなかったようだ。

綾田は歴史好きでも、
未来予測は少々苦手と見た。

(制作日 2022.2.5(土))
※この物語はフィクションです。

今日は、
1997年2月5日発売 シングル
ASKA『ID』
発売から今日で「25周年」になります。

その『ID』をヒントに、
お話を書いてみました。

『ID』とは「Identity」
読みは「アイデンティティ」
辞書には、
「本人に間違いないこと。
また、身分証明。」
と書いてある。

パスポートもそうですが、
いざ自分を自分だと証明しろと言われたら、
やっぱり、すべてが書類で証明され、
身分が保護されていく。

致し方ないと思う反面、
結局誰かの管理下で、
人というものは
生きていかなければならないのかという
生き辛さも感じてしまいます。 

(ニックネーム)
ねね&杏寿
(旧ひまわり&洋ちゃん)
(Instagram)
https://www.instagram.com/himawariyangchiyan/

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参考にした曲
ASKA
『ID』
作詞作曲 ASKA
(1997.2.5発売 シングル)
YouTube
【ASKA Official Channel】
『ID』Music Video
https://m.youtube.com/watch?v=Gag-VPHBkE0

 

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