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確率の神様?

一回目の手術から一年が経った。

去年私が心得たこと。

それは、確率に振り回されない、ということ。

間もなく術後一年の検査がある。

数ヶ月に一度の血液検査の時とは違い、正直なところ、転移してたらどうしよう?

という不安が頭をよぎる。


心配するなワンฅ▽・ᴥ・▽ฅ

考えても仕方がないワンฅ▽・ᴥ・▽ฅ

と私の頭の中で飼っている犬が言う。笑


そう、考えても仕方の無いことというのが世の中にはたっっっくさんあって、これもそのひとつ。


もし~だったら。

と、とことん向き合って、不安がなくなるのなら向き合うのもひとつ。

そうじゃないなら、他の夢中になれることに没頭したほうがよっぽどいい、と思う。


可能性が高い、良いほうを信じて臨んだ一度目の手術の結果は、真逆だった。

さらに、術前に必ず医師から説明される、最悪のケースは、みたいなものの、おそらく悪いほうから数えて3番目くらいに当たってしまった。

術中に腫瘍が破裂して体内に飛び散り他臓器に触れてしまう、というケース。

それでもとても綺麗に洗浄してもらえて悪いものは残らず取り去ってもらえたものの、初期の初期、というステージが進んでしまうという悲しい結果になってしまった。

(初期には変わりないのでご心配には及びませんワンฅ▽・ᴥ・▽ฅ)


二度目の手術では、転移するリスクの高い部分を残すか残さないか、私は残すほうを選んだ。

私の身体には必要だと思ったから。

その時にも、確率に悩まされた。


例えばAの確率は90%、Bの確率は10%、と言われて、Aを信じていたのにBだった時、どうする?

自分の身に起こるかどうかはいつだって50/50で、起こるか、起こらないか。どちらか。

そこに確率を持ち込むと途端に判断するのが難しくなる。

10%の確率と言われたBになったとき、話が違うじゃないかと怒りをぶつける???

決めたのは自分なのに???


決め手が確率だとしたら、きっと後悔をする。

100%と0%でない限り。


どっちのパターンになっても、決めたのは私だ、と力強く進んでいける選択をしたい。

そして何よりも、夢中になれることが手元にあることに感謝。

音楽があってよかった。

確率の神様、これを読んで怒らないでくださいね。

いつかサイコロを振るときは、味方してくださいね。

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