頭で理解していることを行動に移す壁について

喫茶ツバメの帰り道。十三駅の地下道で人が群がっていて、その輪の中心に初老の男性が倒れていた。わたしが通りかかったとき、彼は階段の一番下で側溝に顔を埋めて微動だにしなかった。若い駅員がトランシーバーを片手に何やら喋りながら、「お客さん、お客さん、大丈夫ですか」と声を上げている。場所柄、昼から酔っぱらいかと思ったけど様子が違った。目撃者の話では階段の途中で崩れ落ちてそのまま最下段まで転がったという。

駅員が駆けつけているのだから、少なくとも数分が経過しているのだと思う。トランシーバーの向こうは駅の事務所か鉄道の管制だろう。救急車を呼んでいるのかはわからない。

周りの人も駅員も腫れ物に触るように彼を扱っていた。動かさない方がいいと言った人がいる。意識がないのにマスクをかけ、突っ伏した状態のまま放置していい訳がない。呼びかけに応じない人にすることはバイタルの確認。気道を確保して心マとAEDの手配。携帯から119番に通報すれば手順は救命士が教えてくれる。

しばらくして仰向けに起こしマスクを外した人がいた。若い駅員の「お客さん、大丈夫ですか。お客さん、大丈夫ですか」と形式的に繰り返す声を背に、わたしはホームへ上がっていった。目撃者もいる、駅員もいる、何をどう手配しているのかもわかっていないわたしが出しゃばる事もない。

言い訳だった。一刻を争っている彼の命に対して、わたしはその場の空気を優先した。
わたしの敵はわたしです。と、中島みゆきの歌詞が頭を巡る。


その後、彼がどうなったのかはわからない。



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