見出し画像

創作童話「あわてんぼうの桜」

 公園の散歩道に今年初めてつぼみをつけた、若い桜の木がありました。
若い桜は、早く花を咲かせたくてウズウズしていました。
「ねえ、もう3日も暖かい日が続いているわ。これって春じゃないの?」
 周りの桜たちを見回して言いました。
でも返事はなく、どの桜もつぼみは固いままです。
「みんなまだ寝てる?ねえ、起きて!春よ!春がきたのよ」
若い桜はさっきよりもっと大きな声で、周りに呼びかけました。
すると、隣の古い桜の木がいいました。
「春になったら教えてあげるから、もう少し待つのよ・・・」
と、眠そうに言いました。
「え~、これが春じゃないっていうの?」
若い木は不服そうです。
「暖かい日が続いたり、また寒い日がやってきたりをくりかえして
ようやく春になるのよ。まだ春は少し先みたいだから。もう少し寝させて」
 それを聞いた若い桜は
「もう!信じられなーい」
と、不服そうにつぼみをツンツンさせました。

 次の日もやっぱりおポカポカと気持ちの良い暖かさでした。
「ほら、やっぱり春よ。もう寒い日なんて戻ってこないわ。
いいわ、私が一番に咲いて春だってこと証明してあげる」
と、しびれを切らして言いました。
「だめよ、まだ早いわ」
 それを聞いた周りの桜たちは、驚いて止めようとしますが、
若い桜は聞こうとしません。
そして、あっという間に、つぼみをポンポンと開いていきました。
「みてみて、もう桜がさいているわ。小さくて可愛い」
 散歩していた人が、目ざとく桜の花を見つけました。
可愛いと言われて嬉しくなった桜は、
散歩道からよく見えるように、背伸びをしました。
「あら、ほんとだ。だまされちゃったのね、可哀そうに」
「どこの世界にもあわて者はいるのね。うふふ」 
 なんてことでしょう。
花を喜んでくれると思ったら、反対に笑われてしまいました。
「何が可哀そうなのよ。訳のわからないこと言って」
 せっかく張り切って花を咲かせたのに、ガッカリです。
 その日の夜のことです。
「みんな、今夜あたりから寒くなりそうよ。
つぼみをしっかり閉じて頑張るのよ」
 古い桜の木が周りの桜たちに声をかけます。
そのとおり、夕方からどんどん寒くなって冬に逆戻りです。
 次の朝、若い桜の花びらには、うっすらと雪が積もっていました。
「さ、さむい・・・寒いわ」
 昨日までの元気はどこへやら。若い桜は、もう口もきけず、薄いはなびらをふるわせるばかりでした。
「頑張るのよ。三日ほど我慢したら、また暖かくなるから、我慢するのよ」  
 周りの桜たちがかわるがわる励ましました。
  昼過ぎ、急に強い風がふいて、若い桜の花びらはとうとう散っていきました。
 暖かい日、寒い日を何度か繰り返しながら、ようやく春になりました。
「さあみなさん、春が来ましたよ~。今年も私たちの花を楽しんで貰いましょう」
 その声を合図に、公園の桜たちが次々に花を開き始めました。
 桜の花を楽しみにしていた人たちが、毎日たくさんやってきました。
花の写真を撮る人、花の下でお弁当を食べる人、はなびらを集める子供達、みんなそれぞれに桜を楽しんでいます。
公園の桜たちは、今年もみんなに喜んでもらえて良かったと、
喜びあいました。
 「あら、もう葉桜になっている木があるわ。ほら、あそこ」
 どこからか、声が聞こえてきました。
 それは若い桜が花を開いた時、可哀想にといった人たちでした。
「ああ、あのあわてん坊の桜ね。来年はもっと大きくなって、
みんなと一緒に花を咲かせてね」
若い桜は、青空に広がる桜の花をまぶしそうに見上げ、
大きく枝をゆらしました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?