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生成AI画像と人物画像

たまにソーシャルメディアを覗き見します。それで最近思うのが、AIによる生成画像、特に人物画像の進化ぶりです。もちろん、「多分そうだろうな」と分かる程度ではありますが、それにしても高い完成度に達しています。あるいは、そう思い込んでいるのはこちらの勘違いで、実写だったりするものも混じっているのかもしれませんが。

これだけ完成度が高くなると、もう現実に縛られた実写画像よりも、妄想を限界まで膨らませた生成AI画像の提供する世界の魅力の方が勝りそうな勢いです。

ところで、そうした半面、「これはどうだろう?」と感じることの増えているのが、明らかに実在する方々の加工画像です。結局はAIと同じ仕組みが働いているからなのでしょうが、どんどんとAI画像の方に寄って行っている気がします。いや、AIの原理を考えれば、正確にはAI画像が加工画像に寄って行っているのでしょうが、AI画像の存在感が増してきている中、そんな思いに捕らわれてならないのです。

もちろん、単なるお遊びなら目くじら立てることもないのでしょうが、自らを主張すため、ということなら、もう下手な加工に寄り掛かることなく、生身の自身、オリジナルとしての自身を堂々と曝け出す方が有効な時代がやってきているのかも知れません。