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第五十六話 フィリピンパブ

私が入社して2ヶ月がたったころ、私は前の職場で一緒だった先輩を紹介して先輩も入社することになった。「今日は○○君の歓迎会をやろう」と社長が言った。「俺の時は歓迎会なかったですよ」と私が言う。「ごめんごめん、今日はみんなの歓迎会って事で!」仕事が終わった後、歓迎会という名目でみんなで飲みに行くことになった。私には会社のみんなで飲みに行くという経験がなかったので楽しみだった。

私は一度帰って着替えを済ませた後、先輩に迎えに来てもらい待ち合わせの場所に向かった。車の中では、「タダで酒が飲めるって最高だよね」「居酒屋からその後はキャバクラかな?」等と話していた。待ち合わせ場所に着くと社長ともう一人の従業員はもう私たちを待っていた。「最初は居酒屋にしよう」といって待ち合わせ場所のすぐ近くの居酒屋に入っていった。先輩とは頻繁に飲みに行っていたのだが、それ以外の人と飲むのは久しぶりでとても楽しく、良いペースで私もグラスを空けていった。

居酒屋に入って2時間くらい飲んだ頃、社長が「そろそろ次行こうか!」と言った。私たちは待ってましたとばかりに「行きましょう」と口を揃えて言った。店を出ると社長はテクテクとしっかりとした足取りで歩いていった。私たち三人はそれに続いて歩いていく。全く行先に迷うことなく、雑居ビルの中に入って行ってエレベーターに乗り込む。行先のボタンも迷いなく社長が押す。エレベーターを降りると店の目の前であった。

中に入ると独特のイントネーションで「何名様ですか」と聞かれ、社長が「4人」と答える。「ご案内します」と言って席に案内された。薄暗い店内、独特の匂い、聞いたことのない外国語、私は辺りを見渡した。働いている女の子もボーイさんも日本人ではなかった。

先輩もそれに気づいたらしく「社長、ここは何ですか」と聞いた。すると「ここはねー、フィリピンパブだよ」と笑いながら言った。「フィリピンパブ‼」私と先輩は声をそろえて言った。ヤクザをやっていた頃には組のシマウチにもフィリピンパブがあってカスリを集金しに行ったことも何度かあったが、飲みに行くの初めての事だった。

「フィリピン人は優しくていいぞー」と社長はニコニコしながら言った。どうやら社長の行きつけの店らしかった。私たちの所に女の子たちがやって来て席に着いた。社長は指名の女の子なのだろう、隣に座った女の子と楽しそうに話し始めた。独特のイントネーションで「イラッシャイマセー、オニイサンタチワカイネーフィリピンノミセハハジメテデスカー」とハイテンションで女の子が話し出す。

隣に着いた子から名刺を渡され名刺には、チェリーと書いてあった。聞き慣れない外国語はフィリピンの母国語でタガログ語と言うのだと教えられた。フィリピンの子たちはタレントという扱いでビザを取って出稼ぎに来ていることはカスリを集金しに行ったときに聞いたことがあって知っていた。何度も日本に来ている子などは日本語も上手かった。

私も先輩も最初こそはどうすれば良いものかと顔を見合わせたりしたが、飲みが好きな私たちは順応性も高く、すぐにその場に溶け込んで話し始めた。社長はもう自分たちの世界には入り込んでいてこっちには全く関心がない様だった。私達も段々に盛り上がってきて楽しくなっていた。

フィリピン人は会話がとても上手く、盛り上げ上手である。日本人のように気取っていたりすることが無い所もとても気に入った。チェリーは日本語も上手く会話には全く困らなかった。歳は26歳だといった。私より8歳年上だ。とてもかわいい子だった。日本人とは違ってホリが深く、肌も日本人と黒人の中間くらいの色をしていた。

気がつくと私はチェリーとの会話に夢中になっていた。ニコニコしていてずっと笑っているチェリーはとても可愛らしかった。「連絡先教えてー」「これベル番」と私のポケベルの番号を教えたりもした。それからフィリピンの事やタガログ語の事、色んなことを話して、とても楽しい時間が過ぎて行った。その後女の子がチェンジになって、ちがう子がついたのだが、私はついついチェリーの事を目で追っていた。後からついた子も明るくてとても楽しかったが何故かチェリーが気になった。

私は社長に「指名しても良いですか」と聞いた。社長は笑って、「気に入った子が出来たか!良い事だ!指名しちゃいなよ」と言った。私はチェリーを指名した。チェリーは戻ってくると、満面の笑みで「シメイシテクレテアリガトー」「ワタシモドッテコレテウレシイ」と言ってくれた。もちろん営業トークなのだが、日本人のキャバクラと違って気取っていなくてとてもいい雰囲気だった。

その日はその店3時間ほど飲んでお開きになった。「ご馳走様です」と皆で社長にお礼を言った。「どうだったフィリピンは?」と社長に言われ、「超楽しかったです!」と本音を言った。社長は嬉しそうに「そうかそうか、また来ようよ」と言ってくれた。

今のように取り締まりがうるさく無かったころで、帰りも先輩の車に乗り込んで家まで送ってもらった。帰り道「フィリピン楽しいはー、チェリー可愛かったし」と私が言うと、「フィリピンも楽しいよね。でも俺は日本人だな」と先輩は言った。

それから私はチェリーの事で頭がいっぱいになっていた。そんな私を見て社長は「余程気にいったみたいだね!また連れて行くから。一人でも行ってあげると喜ぶかもよ」と言い、私も「そうなんですよ!ほんとに楽しくて、可愛いし。また連れて行って下さい」と返した。週に2~3日は先輩と飲みに出かけていたのだが、それから先輩との飲みは1~2回に減って週に1回は一人でフィリピンパブへ飲みに行くことになっていった。今考えても18歳でフィリピンパブに通う子っていうのは、なかなかいないんじゃないかと思う。そんな初めてのフィリピンパブがとても楽しかった思い出話である。

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