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障がいが有るとか無いとか関係なかった

 脳性小児麻痺という障がいあるいは病気を持って生まれた私には手足に軽い麻痺と言語障がいがありました。市の教育委員会や学校への母の必死の説得もあり、小学校と中学校は普通の学校の普通のクラスに通学することが出来ました。  中学三年の担任の先生の紹介で、最寄り駅から二つ目の駅にある私立高校に入学することが出来ました。  高校では数学と物理に興味を持ったので、理系の大学を目指すことにしました。三年生の三学期それも二月の終わり頃、浪人することも覚悟していたのですが、最後に受験した大学に

    • 車いすに乗って泊まりたいバリアフリーの宿

       旅行は誰にとっても車いすに乗っている方にとっても楽しい時間であり、その思い出は記憶となり心に刻まれます。ここで車いすに乗っている方々にとって重要なポイントとなるのが、宿泊施設がバリアフリー対応のホテル・旅館であるかどうかという事です。  車いすに乗っている方々に配慮したバリアフリーのホテル・旅館が日本各地には数多く存在し、安心して旅行を楽しむことができます。  ホテル・旅館の客室や食事スペースなどのバリアフリー対応状況の情報は宿泊予約やホテル・旅館の公式ウェブサイトで確認す

      • 懸命に頑張ってさえいれば

         脳性小児麻痺という障がいあるいは病気を持って生まれた私には手足に軽い麻痺と言語障がいがありました。市の教育委員会や学校への母の必死の説得もあり、小学校と中学校は普通の学校の普通のクラスに通学することが出来ました。  中学三年の担任の先生の紹介で、最寄り駅から二つ目の駅にある私立高校に入学することが出来ました。  手足に麻痺があったために大変だった事といえば、現代国語で天声人語などの新聞一面のコラム欄を毎日書き写すという課題が出たことです。友達は二、三十分もあれば終わってしま

        • おふくろの覚悟

           わたしは脳性小児麻痺という病気あるいは障がいを持って生まれて来ました。手足に麻痺がありましたが、普通の方と比べると時間が掛かりましたが自力で歩くことも字を書くことも出来ました。ただ言語障がいがあり初対面の方に対しては、ほとんど話が通じませんでした。  知能指数には問題はありませんでしたが、特殊学級に入るように勧められました。おふくろは何度も何度も市役所や市の教育委員会へ通い普通学級に入れるように必死で説得したそうです。その甲斐があって、わたしは小学校も中学校も普通の学校の

        障がいが有るとか無いとか関係なかった

          【自己紹介】はじめてのnote

           プロフィールを書く時「脳性小児麻痺」というキーワードは外すことができません。わたしは脳性小児麻痺という病気あるいは障がいを持って生まれてきました。脳性小児麻痺の原因は、胎児期に脳に何らかの障がいを受けた事とされていますが、本当のところは正確にはわかっていないそうです。  生後半年が経ったころ同居していた母方の祖母が、首の座りが遅いことに気付いたことが切っ掛けだったと聞かされています。両親が大きな病院という病院を駆けずり回り、脳性小児麻痺という病名が判明したそうです。  手足

          【自己紹介】はじめてのnote