「架空のアイドルについての架空の鼎談」架空の文章シリーズ。1


架空の文章シリーズ、というのは、架空の物事について、それっぽく書く文章のシリーズです。僕はたまにこれをやって遊びます。今回は「架空の芸能雑誌に載った、架空のアイドルグループの解散騒動についての、架空の3人の識者による鼎談の、電子版」という設定で書きました。


「原田のあ」とは誰だったのか~F.F.F SKIN解散緊急鼎談~

(※この鼎談は2032年12月25日に行われました)

2032年12月4日、事件は起きた。その日行われたアイドルグループ「F.F.F SKIN」の17thライブは大歓声の中始まり、大歓声と共に終わることが約束されているはずだった。しかし、アンコールで歌われた代表曲「少女細胞」の終了後、同曲のセンターを務める原田のあ(16)が無表情で告げたのは、他ならぬ彼女たちが今日をもって「歌うのをやめる」という宣言だった────本誌はこの一大ニュースを受け、有識者会議を開くことを決定したのだった…………今「F.F.F SKIN」「原田のあ」が、そして「アイドル」が、問われようとしている……!!!

【座談会参加者】
長谷川博則 アイドル評論家 
中村汐音  「ぜろとぴあ。」元メンバー
飴屋晴彦  作家・文芸批評家


────F.F.F SKINは歌いません。もう歌うものが無いから。(原田のあ)

2023.12.4 富士見ハルモニアホールにて

12.4を振り返る
長谷川
:実際どうでしたか?お二人としてはあの宣言。
中村:驚きましたね。というか、私はあの現場にいたので……逆にあそこにいたのって私だけなの?(笑)
飴屋:いや、僕もいましたよ。長谷川さんもいましたよね?
長谷川:実は……すいません。
飴屋:いなかったんですか!流石にまずいでしょう、アイドル評論家として。
中村:長谷川さんは絶対泣いてましたね。
飴屋:一つの時代の終わりですからね。
中村:というか、逆に飴屋さんがエフスキー*¹だったのを初めて知りました。アイドルとかお好きなんですか?
飴屋:好きですよ。「国境警備隊天使」*²の時からエフスキーです。
長谷川:こってんはアツい。


フィルムの中のF.F.F SKIN

中村
:その頃のだと私はすべ明日の方が好きでした。
飴屋:すべ明日のPVは神。
長谷川:神ですか(笑)
飴屋:だって実際そうでしょう。すべ明日のPV、というかあのPVの原田のあ以前と以後で、F.F.F.の評価は大きく変わりますよ。つまり、超シンプルに言うとすべ明日でPVで原田のあが僕らに問いかけてきたのって「顔に傷がある女の子がアイドルじゃダメなの?」っていう事だったんですね。
中村:アイドルを取り巻く問題はルッキズムよりエイジズムだっていうのが私の持論ですけど、確かにそれはそうです。
長谷川:ってことは、飴屋さんが言ってるのはサビの部分「すべての明日が月曜日なら すべての明日が月曜日なら」ってとこのPVですか。
飴屋:実際そうですね。少なくとも2020年代の当時、F.F.F SKINをもっとも理解していたのは作詞の三元香でもなくプロデューサーの安藤徹でもなく、数回PVの監督をしたにすぎないトヤゲン*³だった。
中村:トヤゲンさんというと、FFF関連では映画を一本……。
長谷川:『鈍い三月とその終わり。』ですか。
飴屋:中村さんも出てますよね?ぱらの*⁴の姉役で。
中村:はい。まぁ、一瞬ですけどね。実際ぱらのちゃんについて語るにはこの映画の話をしないとまずいでしょう。
長谷川:パラノイック・スマイル*⁵についても。
中村:パラノイック・スマイルを出された瞬間、正直「負けた」と思いました。
飴屋:まさかそれで引退を?
中村:いや、さすがに違いますけど。


パラノイック・スマイル

長谷川
:パラノイック・スマイルが女優としての「原田のあ」が見せたっていうのが重要なんですよ。
飴屋:それはそう。そもそもアイドルが最も魅力的な瞬間が何かっていうと、素顔/キャラの境界線がぶれる瞬間なんですよね。僕たちは知らず知らずのうちに「アイドルがアイドルとしての顔を忘れ“素”が現れないか」という瞬間を待ち望んでいる。そこへの好奇心こそがアイドルへ惹かれるという行為の核にあるものです。長谷川さん風に言うなら────
中村:「“推す”という知への意志」*⁶ですね。
長谷川:あ、読んでくださってるんですね。
中村:ぱらのちゃんがアドリブで見せた「パラノイック・スマイル」ですけど、あのカットで微笑むというのは……そもそも微笑みなのかもよくわからないですけど。流れ的に、本来境界線の存在ゆえに成立する三次元のアイドルを否定しかねないですからね。
飴屋:というか、あれは完全な二次元化でしょう。二次元のアイドルと三次元のアイドルの大きい違いは“素顔”の有無です。前者に実質的な素顔なるものは存在しないですからね。
中村:その代替として生まれたの現象が声優のアイドル化ですもんね。アニメファンの一部は、素の存在しないキャラクターが愛せなくなり「“素顔”の存在する声優をアイドル化する」ことで彼/彼女たちをアニメキャラの代役として召喚し、やがてそれが多数派となってしまった。
長谷川:なんか脱線してませんか?(笑)とにかく一言でまとめてしまえば、原田のあは、あの瞬間「人間・原田のあ、アイドル・原田のあ、役者・原田のあ、声優・原田のあ、キャラクター・原田のあ等々をほぼ同時に現出させ、それらをごちゃごちゃにかき混ぜた」って事でしょう。
飴屋:さすが長谷川先生、要約力がすごい(笑)それはともかく、実際『鈍い三月とその終わり。』の価値はやっぱりパラノイック・スマイルですよ。
中村:映画自体はあんまり評価してないんですか?
飴屋:微妙ですね。「百合作品において、女性同士の関係性があくまで異性愛へ向かう過渡期的なもの」という描かれ方をしてしまうという問題を提示してはいるんですが、それ以上のアプローチが何も無いんですよ。
中村:というか、あれ主人公は女性ですけど、どちらかっていうと感情移入できるのは男性じゃないですか?ぱらのちゃんが演じてるのって明らかに「ぼくには一切理解できない他者」としての女性ですよね?
長谷川:それはある意味、ネガティブに捉えた「百合作品の消費者そのもの」でもありますね。「あら^~」を「あ゛ぁ゛~」にしたみたいな。
中村:なんですかそれは(笑)
飴屋:あ゛ぁ゛~(笑)
長谷川:やめてください(笑) そろそろF.F.F SKIN全体の話に移りますか?
中村:そうですね。一旦ぱらのちゃんは置いておきましょう。
飴屋:「原田のあ」とは「あ゛ぁ゛~」である(笑)
長谷川:飴屋さん。
中村:飴屋さん肘着くのやめてください。


「そもそもF.F.F SKINとは何ぞや」

飴屋:まず、F.F.F.はFemme Fatale Fractionですよね。
中村:評論家の長谷川さん的には、F.F.F.ってどういう存在なんですか?
長谷川:むしろ同じ立場にいた中村さんからの意見を先に聞きたかったことですが……(笑)そうですね……F.F.F.は「制服少女」の価値をひっくり返し直した存在です。
中村:直した?
長谷川:はい。そもそも、90年代の援助交際ブームで「制服少女」という記号が消費されつくしたんですよ。そしてその需要は、元々あった「制服少女は清純で、穢れなき少女」とでもいうような幻想が前提としてあったわけです。援助交際ブームの根底は、それを蹂躙したいという歪んだ願望が駆動していた。しかしそれが社会現象という規模になることで、その価値は薄れていった。
飴屋:記号が書き換えられたわけですね。
中村:その後の時代ってヤマンバ・ガングロブームと被ってますよね?あの過剰なメイクは、男たちを……世間を遠ざける機能を確実に果たしていると思います。ヤマンバメイクというのは要するに「敵の攻撃が薄くなった瞬間にこっちから威嚇する為の武装」だったわけですか。
長谷川:はい。「制服少女」たちは、消費側の無責任さと当事者たちの防衛戦によってそれ以上搾取されることがなかった……と言えると思います……が。秋元康がそれをひっくり返すんですよ。
飴屋:制服風衣装、ですか。事実彼女たちの登場以降、制服風衣装は確実にスタンダードになりましたね。再び「制服少女」たちが消費の対象に。
中村:「制服は金になる」という事を90年代に誰しもがわかったのにも関わらず、それを独走状態でやり切ったというのは、まぁよくも悪くも秋元康という感じがします。
長谷川:それが2010年代までのアイドルシーンで起きた事ですね。90年代に最高潮にまで高まり、薄れていった「制服少女」の商品価値を再び見直し、合法的に扱って大成功させたのが秋元康だった。
飴屋:そこには功罪の両面がありますね。
長谷川:もちろんです。しかし、その秋元康が復活させた「制服少女」の価値を再びひっくり返した……具体的に言えば、現在「制服風衣装」で踊るアイドルはほとんどいません。
中村:それは決して過去のものになった、というわけではないですよね。正確に言えば「アイドルと言えば制服風の衣装!」という空気が完全に消滅した。
飴屋:確かにその立役者はF.F.Fです。23年の「スクール?カースト!コースター!!!」が……

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*¹エフスキー F.F.F SKINのファンを指す通称。
*²国境警備隊天使 TVアニメ『累とエンジェーリ』のタイアップ曲。また、同名の3rdアルバム。
*³トヤゲン  映画監督の外山舷哉の愛称。
*⁴ぱらの   F.F.F SKINのセンター、原田のあを指す愛称。
*⁵パラノイック・スマイル 原田のあが映画『鈍い3月とその終わり。』にてアドリブで行った印象的な表情。
*⁶「“推す”という知への意志」 長谷川博則の著作。



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