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9/19 遊園都市の幽霊

東京ドームシティは変な場所で、遊園地とショッピングモールと野球場が入り組んで存在している。服屋に向かっていたはずがお化け屋敷の前にいたり、ジェットコースター乗り場を探していると目の前に野球場が現れたりする。当然、そこには遠くから遊びに来た人や野球観戦に来た人もいるし、フードコートへ駄弁りに来たその辺の高校生や、生活用品を買いに来た主婦もいる。ある人にとってそこは日常の場で、別の人にとっては非日常の場ということになる。「都市に突如現れる非日常」であると同時に「非日常を日常に混在させる都市」でもある場、それが東京ドームシティだ。

そしてそこは、ぼくが高校時代によく歩いた場所でもある。特に高校2年のぼくは学校に行かず御茶ノ水の塾にずっといて、1人で本を読んだり浪人生と遊んだりしていたから、隣駅の水道橋まで散歩しにいくことがよくあった。

御茶ノ水の交差点を下がっていくと、突然街の中にド派手な空間が出現する。ビルの間に曲がりくねった巨大な鉄骨が見えてくる。それが東京ドームシティのジェットコースター・サンダードルフィンで、ぼくはいつも「あれに乗ったらぶっ飛んでビルに突っ込むんじゃないか」と不安になる。だから、乗ったことはない。そもそも、ぼくは東京ドームシティで遊んだことがない。

東京ドームシティ外から

遊園地が嫌なわけじゃない。なんならぼくは関東圏にある主な遊園地のほぼすべてに行ったことがある。ディズニーランドやディズニーシーはもちろん行ったし、八景島シーパラダイス、東京ジョイポリス、よこはまコスモワールド、よみうりランド、浅草花やしき、相模湖プレジャーフォレスト。相模湖プレジャーフォレストってどこだよ。そういうのがあるんです。これは大体1年半の間に全部行った。今考えると行き過ぎだ。この大体1年半の間には学校を休みがちだった時期がまるまる入っていて、同時にその1年半はぼくに彼女がいた唯一の期間になる。同時にそれが、ぼくが東京ドームシティに行かなかった理由にもなる。

東京ドームシティドーム

付き合い始めたとき、「東京ドームシティは元彼といったから行きたくない、思い出すから」と言われた。「他の遊園地ならどこでも行きたい」とも。「じゃあ俺と別れたあとどこにも行けなくなるじゃん……」と思ったけど言わなかった。あまり良くない発言な気がしたから……やっぱり最初は相手のことを気を使って色々考えるものだなぁと思う。半年くらい経ったとき何かで喧嘩して、手近なところにホワイトボードがあったので「今問題になってることこれに書いて整理しない?」と言ったらさらに怒られたので、その頃の僕は初期のような気遣いを出来なくなっていたのだろう。ホワイトボード発言は気を使うとか以前におかしい気もするけど。

それはともかく、そんな事情があったから彼女と東京ドームシティに行くことはなかった。ぼくがドームシティを1人で歩くようになったのははじめに書いた通り塾が近かったからで、それとは関係と思うのだけれど。

それでも、薬局で買ったトイレットペーパーをマイバッグに詰めた人がメリーゴーランドの前を通る東京ドームシティらしい光景を眺めているようなときには、ぼくは彼女がかつてここに来たときのことや、あるいは仮に彼女とぼくがここへ来たときのことを考えた。もしかしたら、1年くらい経ったころに誘えば案外それも実現したのかもしれない。誘おうかと思ったこともあるし、彼女は結構早い段階からもう気にしていなかったような気もする。でも、初めに彼女を縛っていた前の恋人の幽霊のようなものは、その頃にはむしろ僕の方に乗り移っていたのだ。一人でウロウロと歩き回りながら、決してここに二人で来ることは出来ないんだと考えた。かつては彼女に幽霊が憑いており、今は僕に憑いている。どうなったって三人なのだ。二人で遊ぶことは出来ない。片方の元彼がフヨフヨしているデートなんて嫌だろう。彼女は正しい。当時の僕はそうやって結論付けた。

そして、今。ぼくは今でも、時々その辺りを歩くことがある。今バイトをしている会社が秋葉原にあるのだ。仕事が終わって秋葉原から御茶ノ水を越え、水道橋まで歩くともうその時間にはほとんど誰もおらず、まばらな客がちょっと名残惜しそうに最後のアトラクションで遊んでいる。ぼくも遊ぼうかな、とは思わない。多少だけどそう思っていたのは昔のぼくで、今のぼくではない。それは彼女に憑いていた幽霊を自分に取り憑かせてしまった高校生のぼくで、そして今のぼくには、そんな過去のぼくが幽霊として取り憑いている。

それぞれの日常や非日常を過ごす生きた人たちとすれ違いながら、そこにはいない色々な幽霊の影を感じる。「かつてここを歩いていた高校生のぼく」や「ぼくとここに来るかもしれなかった高校生の彼女」、「二人の間を行き来した彼女の元恋人」がフヨフヨする遊園都市で、ぼくは昔のことばかり考える。

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