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「PGA TOUR University」から上がる日本人プレーヤーは出るか

PGA TOUR Universityって?

2020年6月1日。
何気なくニュースフィードを読んでいると、「PGA TOUR University」という言葉が目に飛び込みました。
よく読んでみると、「(大学)2021年卒から、PGAツアー2部相当のKorn Ferry Tour、それぞれ3部相当のMackenzie Tour(PGA TOUR Canada)、PGA TOUR Latinoamerica、PGA TOUR Series - Chinaへの道筋を提供する制度を設立した」とのこと。

これは、NCAA Division Iで最低4年間、大学ゴルフをプレーした選手が対象で、大学の春シーズン終了時点(2021 NCAA Men’s Championship/5月28日〜6月2日開催)での「PGA TOUR University Ranking List」上位者に、PGA TOURの下部ツアーへの出場権が与えられるというものです。

「PGA TOUR University Ranking List」上位5人は、同年のKorn Ferry Tourの出場権と、Korn Ferry TourのQT Final Stageの出場権が。
6位〜15位までは、3部相当ツアーの同年出場権と、Korn Ferry TourのQT Second Stage出場権が与えられます

さらに、NCAA Division Iの大会は、GOLF Channelでテレビ中継され、その15人が誰になるのかをお茶の間で追うことができるということ。

つまりどういうこと?

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つまり、在学中にPGA TOURの就職活動が出来てしまうということです。NCAA Division I(最もレベルの高いディビジョン)で4年間戦い、その世代でトップ5までに入れば、Korn Ferry Tourにすぐに出られるし、トップ15までであれば、3部相当のツアーにすぐに出ることが出来ます。
これまでは、通常、大学を卒業してPGA TOURを目指す選手は、大きく分けて2つルートがありました。

1つ目は、スポンサー推薦枠で勝ち上がる「コリン・モリカワ」ルート
2つ目は、QTでKorn Ferry Tourを勝ち上がる「通常ルート」

「コリン・モリカワ ルート」とは、大学を卒業し、大学時代の輝かしい戦績を基にスポンサー推薦枠を獲得し、その限られた試合数でPGA TOURのシード権を取ってしまう、というものです。たった3試合でシードを確定させ、尚且つ初優勝まで達成してしまった昨年の黄金ルーキー、コリン・モリカワの名前を勝手に借りて、「コリン・モリカワ ルート」と呼びました。このルートは、超実力があり、数少ないチャンスを掴める、ごく僅かな人が通ることが出来るルートです。

「通常ルート」とは、大学を卒業した後、マンデークオリファイでPGA TOUR競技に挑戦し、限られたチャンスでシードを獲得することを目論みながらKorn Ferry TourのQTに挑戦するというものです。なんとかQTを勝ち抜き、Korn Ferry Tourに参戦し、ツアーで年間上位フィニッシュして、ようやく翌年のPGA TOURカードを獲得することが出来ます。Korn Ferry TourのQTは1次、2次、Finalと3回もあります。また、2013年からはKorn Ferry Tourを経由しなければ基本的にPGA TOURに上がることが出来なくなりました。実力が試される険しいルートです。一回でもQTでやらかしてしまったら落ちてしまう可能性もある、茨の道です。

ここに加わった第3のルートが、「PGA TOUR University」ということです。
大学ゴルフ4年間、頑張って成績を残していけば、その実力が評価され、Korn Ferry Tourや、他の下部ツアーへの出場権が獲得できます。一発勝負に賭けなくても、その年から戦う場があるということです。

対象者は誰?

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大学ゴルフを4年以上続けたもの、とあります。
PGA TOURのコミッショナー、ジェイ・モナハンは、「過去10年間の大学出身のトップ選手の成功を受けて、私たちのチームは時間をかけて調査を行い、プロへの道を歩み始める選手達に道筋を提供するための計画を立てた」
「最低4年間(大学ゴルフを)終了した選手を対象とすることで、PGA TOUR Universityは、大学ゴルフを抑制することなく、成熟度と経験を活かすことが出来る」
と語っています。
つまり、PGA TOURとして、大学ゴルフの実力の高さを十分に評価し、下部ツアーと同等の道筋を与えよう、ということです。
こうすることにより、「在学中に圧倒的な成績を残さなくてはいけない」という厳しい道だけでなく、勉学に勤しみながらゴルフを続ける大学生同士での争いを制することで開ける道が出来たということでしょう。

大学進学システムとプロのキャリア

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前回の記事で少し書きましたが、米国では高校から大学に進学する際、アカデミック(学業)またはアスレチック(スポーツ)の奨学金制度が充実しています。学費全額免除、3割免除など、レベルはそれぞれですが、大学に進む生徒のほとんどは、なんらかの奨学金を獲得して進学するケースが多いです。スポーツで奨学金を貰うケースもあり、「スポーツの才能があるから高等教育が受けられる」という生徒も多く存在します。ゴルフの場合は、全米ジュニアやPGAジュニア、オレンジボウルなどのいわゆるジュニア界のメジャーや、全米各地で行われるAJGA(全米ジュニアゴルフ協会)主催のイベントの成績で、大学チームから声がかかるようになります。
大学のスポーツは、代表チーム制で、部活ではないので、力がなければ活動すら叶いません。このように、ジュニア時代からふるいにかけられっぱなし。その出口に、「プレーヤーとしてのキャリア=PGA TOUR」が正式に入ったということです。これは、ありそうでなかった、画期的なことだと思います。

卒業を待たずにツアーに来た選手たち

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最近では、大学卒業を待たずに活躍する選手が増えました。
昨年、鮮烈デビューを果たしたマシュー・ウルフなんかがその例です。ウルフは、オクラホマ州立大学2年で大学のタイトルを総なめし、プロ転向。スポンサー推薦で出場した「3M Open」に20歳で出場し優勝。さっさとPGA TOURメンバーになってしまいました。少し前で言えば、ジョーダン・スピースもそうです。スピースは2012年、テキサス大2年の時にPGA TOURのQTを受験し、失敗します(この年以降、PGA TOURに直接受験することが出来なくなり、QTは下部ツアー経由となりました)。それでもプロ転向し、翌年、数少ないチャンスを物にしてPGA TOURのSpecial Temporary Memberとなり、20歳の誕生日を前にツアー初優勝を果たします。彼らは、いずれも世界アマチュアランク1位を提げてプロ転向したエリートゴルファーでした。
この「卒業前にプロデビュー」が最近、流行ってきました。それが出来るほどの実力と覚悟がなければ、ツアーで活躍できないということなのでしょうか。そうとは思いません。

「PGA TOURの経済学」

大袈裟なタイトルで大したことではないのですが、
ウルフやスピースにとって、大学をやめてすぐにプロに転向することが現代のプロゴルフに於いて「合理的な判断」だったということです。
アマチュアNo.1になった両選手は、実力的には、ある程度の機会があればプロで通用するという折り紙付きだった、ということでしょう。
PGA TOURノンメンバーに許可されているスポンサー推薦での出場可能試合数は、1シーズンで僅か7試合です。その7試合で、前年のFedEx Cupポイントランキング125位までの賞金を稼ぎ、無制限のスポンサー推薦が受けられるSpecial Temporary Memberに昇格する必要があります。彼らは、この限られたチャンスを物にできると思い、プロ転向したということでしょう。

「大学を辞めてプロになるか」or「大学に残るか」を選択する際、それぞれを選んだ場合の「トレードオフ=機会費用」があります。アマチュアNo.1の彼らにとって、大学に残るということは、

・プロ転向して稼げるはずだった賞金と、プロキャリアという時間を失う
・その変わりに大学で学ぶ機会と大学ゴルフの機会を得るということ

単純な話ですが、すぐにプロになったほうが、得られるリターンが大きいと判断した。ということです。

この判断基準は、この25年で大きく変わりました。
タイガーが初優勝した1996年の「Las Vegas Invitational(現Shriners Hospitals for Children Open)」の賞金総額は、165万ドル(約1.8億円)でした。
2020年の同大会の賞金総額は660万ドル(約7億円)と、今では4倍にも跳ね上がっています。
大学に残ることで失う機会費用は、今や、ウルフやスピースほどの実力者になれば、年間で何億円(スピースの場合は結果的に何十億円)にものぼるということです。これは、決して無視できる金額ではありません。


まとめ:養成機関≒プロ養成所

AJGA(全米ジュニアゴルフ協会)は、「プロ転向を急ぐべきではない。しっかり大学に行きなさい。そのための奨学金を、AJGAを通して獲得しなさい」というような趣旨で、その目的を説明しています。(すみません、ソースがないんですがそんなことを言っていました)
ウルフやスピースのように、みなが成功するわけではありません。怪我もすれば、魔法が解けたように力を失う選手もいます。大学の教育を受けて卒業すれば、学位を修め、ゴルフだけでない可能性も広がります。大学サイドは、ただ単純に大学アスリートで大学の宣伝をしているだけでも、プロを養成しているだけでもなく、学問を修める機会を提供しています。PGA TOUR Universityを設立した経緯は、あまりにもPGA TOURが大きくなり、この理念が25年間で崩壊の危機にあったということではないでしょうか。PGA TOURが出した、その一つの施策が「PGA TOUR University」なのではないかと。

「学校に行きなさい」
「学校を出なさい」

巨大な夢を与えるPGA TOURだからこそ、学校を卒業することを促す責任をとっているような気がします。
PGA TOURを筆頭に、2部、3部、そしてPGA TOUR Universityの構造は、ある意味で、実力があったとしても遠回りしなければPGA TOURにたどり着けない構造です。
「誰かの効用を犠牲に、他の誰かの効用を高めることによって、社会的に最も利益が最適化される」、つまり、あえて条件を絞って、不自由な状態を作ることによって、若手ゴルファー皆が恩恵を受ける、「パレート最適」の状態が生まれるということでしょう。

教育と職業の循環が出来たー PGA TOURは、ついに最強の形態になりつつあるのではないかと思いました。

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