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日中ハーフ、中国留学日記

noteをはじめるきっかけは、中国留学。
この記事を、今上海の学生寮で書いている。


個人的に振り返るための日記のような立場でありたいが、この記事が日本に生きる日中ハーフや中国留学を考える人のためになるのなら、より嬉しく思う。

さっくり自分のことを話そう。
私は、ハーフだ。

その体験から、アーティストをしている。


なんで、日中ハーフなのにわざわざ中国留学?
という、飛んできそうな質問は一旦置いておきまして
(普通に気分良くない質問ですが)

日本にいて、誰かにこう言うと必ず聞き返されるか、嘘だろ、と言われる。そして、二言目には、「どっちが」(父母のことだと思う)「ガイジン」なの?と聞かれる。


決まったフレーズで特に悪意はないんだろうが、うんざりだ。


え?なんでそんなツンケンしてるんだと思うでしょう。


じゃあ、考えてみてほしいんだが、
「父母が健康で、仲良しで、2人とも生きているのか?」
「父はどこの都道府県生まれで、母はどこの都道府県生まれでどんな方言を話すの?」

なんて、「純ジャパニーズ」(所謂日本人というやつ)
の人に聞きますか?
なんで、ハーフにはこんな風に込み入った家族の事情をあっさり聞いてくるんですか?

無遠慮なんじゃないの?

しかもガイジン、って言葉も個人的には凄く排他的でイヤな響きを持っていると思うので使われたくないし。


イエローベースの浅黒い肌、黒髪黒目、平べったい顔と身体。見紛うことなきモンゴロイドの顔である。加えて、所謂訛りのない日本語を話しているから。しかも名前もガチガチの日本語名だから。

だから、みんな私のことを「日本人」だと決めつけてくる。



私は、ハーフなんです。
なんなら、中国の家族としか関わった事がない。

毎年母と中国へ帰省したら、
信じられないくらい祖父母と叔父が可愛がってくれて、
従兄弟とはケンカしつつも遊び回って。
日本にいるより、ずっと寂しくなかった。


けど、私は中国語を決して話そうとしなかった。
そして、母も差別を恐れて私に中国語を教えることはしなかった。


小さい頃から日本で色んな汚いことを見てきた。


母が訛りある言葉を話すせいで、レストランの店員、タクシードライバー、郵便局の人、保護者会で集まった親御さんたち、、その他多くの大人が
ちょっと下に見ているような態度になったことを。

わざと難しい言い回しをして困らせたり

中国人の女はうるさいとか言ったり

大人たちが、母のことを除け者にしていることを。


保護者会で母が日本人ではないと分かると、いつしか、いじめは私にも降りかかった。
知らない高学年の子とすれ違うときに、
中国人は帰れ!!!って言われたり

爆買い中国人って呼ばれたり

無言電話が家にたくさんかかってきたり

最近では、コロナ禍の時にあだ名がコロナになった笑

それから私は、中国ルーツのを持っているのは悪で、自分は恥ずかしい存在なのだと思った。
「訛りがある言葉は馬鹿にされたりいじめられるから、隠した方が得なんだ」と思ってしまった。

みんな中華料理はありがたがって食べるくせになんでこんなに中国を目の敵にして私と母をいじめるのか、わけわからなかった。


ちなみに、今も
中華料理だいすき!!!
中国人可愛い!イケメン!とか(人種と国籍に性的嗜好があるわけなんでしょうが、血統・出生地主義なんですかね、、、)
中国モチーフのアパレルとか(漢字とか流行ったよね
中国インスタグラマーとか

中国人やそのルーツを持つ人にリスペクトがないくせに軽々しく上澄みだけ啜って喜んでる人はどうしても苦手だ。


いや、私が小学生の時、世間やテレビなどのメディアは
爆買いとか、マナー悪いとか、パクリとか
ネガキャンしまくって中国人嫌いだったくせに

あるいは、普段めちゃくちゃ無関心なくせに


自分に都合いい時だけ調子いいな?!と思っちゃうからだ。


ちゃんとリスペクトしてる人は、
ハーフのカンで分かる笑(これはマイノリティあるあるっぽい)


だから、完璧に、まるで母語のように中国語を話すことが叶わないなら、私は勉強しないでおこうと心にきめた。

今思えば、いじめられたり世間のネガキャンを見て小学生がそう考えるのも無理はないんだけど


母や中国の家族にはずっと申し訳ない。
中国ルーツなんて恥ずかしくて嫌だと思っていたから。それが消えなくて今でも苦しい。


で、色々と割愛しますが
ずっと中国ルーツに向き合うことが出来ずフタをしていたのですが

大学に入ってそれが変わります。


中高時代からはハーフであることを超隠していたのだけど、
視野が広まったというか、私がハーフだと打ち明けても受け入れて貰えるような環境だったのが大きいです。
本当にありがたい。


今でも本当に感動を覚えている。

初めて、自分の日中ハーフという生い立ちを恥ずかしくて嫌なものだと思わなくなって、
誰かに打ち明けても心がズキズキしなくなったことを。


自分なりに答えが出たんですね。
私も相手も受け入れられそうな人にだけ伝えるっていう。これはアジアンハーフであり、日本に生きるからカミングアウトを選択できるという特権でもあるのだけど。


ハーフ?って聞かれたら、うんっていう。中高生の時みたいにウソはつかない。


その後おきまりの嫌な質問責めにあったとしてもある程度慣れてるから自己否定には走らない。
相手が無知で配慮がないなって、軽蔑するだけで。。


今はそのスタイルだ。


中国ルーツを自己否定はしなくなったんだけど

ずっと心につかえていた思いは、自分は中国を全く知らないという事実だ。

日本生まれ日本育ち母語日本語
家族は中国人

そんな生い立ちだから。

家族と名前も国籍も母語も違うのは中々孤独感がある。

人生でいつか、中国をどっぷり学んでおきたい。それは私の小さい頃からの夢というか義務感というか
色んなものが混ざり合った複雑な願いである。

大学院へ進学したのも、まだ学ぶことが残っているという思いからだったのだが、、、

私にとって懐かしい景色は日本だけじゃなくて
家族がいる中国にもたくさんあるのだ



今1番の願いは、家族と、自分の思い出と、色んなものをしっかり見ておくこと
家族と自分の舌を使って、喉を使って会話すること。

ハーフだからって、バイリンガルじゃないんです。
ハーフだからって、お金持ちでも、英才教育を受けたわけでも、ないんです。
ただ、ちょっと遠くに自分の思い出があるだけ。


と、、、、まぁ

長くなってきたのでそろそろ締めます。
また気が向いた日に書いてみます。








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