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第6章 たましいの共鳴✴︎物語 『トキのフィルム』

6.

ショートカットの毛先を パチパチと切っていく
目にかかる 髪の毛と 窓から漏れる光
少しあいた口が綺麗
毒が溢れ出す
昨日食べたプリンのことを思い出して
痛い言葉は甘いカラメルの味になる
だから大丈夫 ぼくはこの子が好きだ
頭の体操をしよう ちゃんと考えれば
ぼくときみは幸せでいられる
人生なんて大きなことを言う気は無いんだけど
今 この時 きみはぼくのすべて
消えてしまうなんて 想像できないよ
明日にはいなくなるなんてさ
小さかったきみはすっかり大人になって
美しくて 恐ろしくなった
命を一緒に食べてしまおうか
大丈夫でしょ?
別れてしまっても

 
 わたしはベルちゃんと一緒に企画していたプロジェクトの最終チェックのために彼の家を訪れた。昼間は何人かのアシスタントがバタバタと仕事をしていたけれど、夕食どきには全員帰宅してしまい、気がつくとわたしとベルちゃんは二人きりで仕事をしていた。台所でベルちゃんがカップ麺にお湯を注ぐ。わたしは大きなマグカップでコーヒーをすすってその姿を見ていた。
 
 仕事が終わりほっとしたわたしたちはソファにもたれて少しだけお酒を飲んだ。そしてわたしたちが初めて出会った時のことを話した。
 「あの電気はただの静電気だったのかな」
  とベルちゃんが言う。
 「でもただの静電気のおかげで、こうしてリリと友達になれた」
 そう言ってベルちゃんはわたしの手を触った。記憶なのか、実際に起こったのか、触れた手には小さな電気が走った。わたしは彼の手を握った。わたしたちは手を繋いだまましばらく話をしていた。言葉だけではなく、目には見えないテレパシーが体を行き来する。わたしはベルちゃんと一緒にいると、自分一人では感じたことのない寂しさがこちらに向かってくるのを感じる。それは波のように強くなったり弱くなったりする。「十分だなあ」という気持ちがわたしの全身を包む。わたしはベルちゃんと恋人にならなくていい。彼も同じ気持ちだとなぜか確信が持てる。わたしたちが異性同士であるということが面倒なのは、この関係を誰かに説明するときくらいだ。人によってはこの関係はとてもおかしいと言うし、本当はわたしがベルちゃんに恋をしているはずだと言い切る人もいた。そういう瞬間には、わたしは性別なんてなければいいのにと思う。人々は、体があるせいでたましいの共鳴を逃している。こんなに勿体無い話はないと思う。わたしはこれについて怒りさえ感じている。わたしはいつまでも、堂々と、ベルちゃんとこんな風に過ごしていたい。だから彼に結婚してもらいたくないしわたしも結婚したくない。わがままだなと笑いたくなる一方で、おかしいのは人の一生を縛ったり制限したりする制度の方だという気もしてくる。とにかくわたしは、こうして好きな時にベルちゃんを抱きしめたいだけだ。それだけのことが叶わないなら、人間なんてやめてしまいたい。
 プリプリ怒っているのを察知したのか、ベルちゃんがわたしの頭を撫でた。フィルムが差し込まれる。灰色の静かな海だ。空気は冷たくて、近くに木造の小屋が建っている。窓ガラスには変わった細工がされている。部屋の中の赤い絨毯とタペストリーが鮮やかで、海のモノクロを引き立てている。こういう景色がわたしはとても好きだ。
 「灰色の冷たい海へ行ってみたいね」
 わたしがつぶやくと、ベルちゃんは
 「今度その絵を描いてみようか」
 と言った。わたしは絵が描けないから、彼にヴィジョンを細かく説明する。彼はフィルムを現像するように絵を描いて、それをわたしの頭から取り出し世界に現す。奥の部屋からぼんやりと漏れたランプの灯りが綺麗だ。クスクス笑いながらわたしたちは絵や仕事の話を続けた。繋いだ手から寂しさが定期的にわたしに流れ込んでくる。
 「犬が死んでしまったことが、本当に悲しかった」
 ベルちゃんはよくこの話をする。獣医になりたかったのに、動物の死が辛すぎた。だけど、彼が獣医になってもならなくても、毎日世界では動物が死んでいる。人間も。だけどそのことについて考えなくてもいいんだったら、なんでもいいから解放されたかったのだと彼は話す。わたしはその姿を見ていると、「死」を強く感じているベルちゃんはその分「生」もリアルに、強く感じているのだろうと思った。大きな生が含まれている死の気配を常に背負いながら、ベルちゃんはわたしなんかより立派に生きているように見えた。死のことを考えても、死に怯えていても異常ではない。少なくとも、世間が反射的に判断するようなことをわたしは連想しない。「死にたい」と思えたら「生きたい」と思えるはずだし、こういう話をしているとやっぱり世界はちぐはぐでいい子ぶっているような気がしてくる。
 
 お酒がまわってうとうとしていると、ベルちゃんが突然言った。
 「キスして何も感じなかったら、ここでやめておこう」

#創作大賞2023

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