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第10章 触れる一瞬の点✴︎物語 『トキのフィルム』

10.

 夢を叶えることはいいことです。それはかつての自分とつながることであります。部屋中に、メールのやり取りに、日記に、散りばめられたたくさんの「わたし」が叫んでいて、その自分を救うために夢を叶えるのです。あまりに太陽が眩しくて、長い時間きらめいている。今日は綺麗な夕焼けが見られるだろうか。夏の始まりはいつも明るすぎて、すみずみまで照らされたわたしは逃げることができなくなる。忘れてしまった小さな思い出も、傷も、大切に箱にしまっておいた記憶も、全てが同じ光で照らされる。花の香りに誘われた妖精たちがそっとその箱を開けて中身を取り出して笑う。その記憶は全く色あせていなくて、むしろ箱の中でぐんぐんと根を伸ばし成長していたかのように見える。
 「これはあなたの夢ですよ。」
 と妖精たちがまた笑う。綺麗だね、綺麗だねと言いながらまあるい夢のキャッチボールを始める。今日の続きの明日とはそういうものかもしれない。時空のポケットに滑り込んで、わたしはパラレルなワールドを行き来する。強い水色とピンクの世界。水色のシャワーは夏至の太陽を強くして植物を成長させた。ここでステップを踏むわたしが、命に触りながら、涙を流さなければいけなかった。唐突に、「わたしはもう大丈夫だ。」と思う。どんなことにも耐えていける、どんな不幸にも幸福を見つけられると確信していた。一人ぼっちで、ばらばらな時間を生きるわたしでも、とにかく救われるのだとわかった。箱の中では見えないわたしが笑う。その影を、夏至の太陽が容赦なく濃く映し出す。
 「これは あなたの 夢ですよ。」
 妖精たちが歌い始める。大きな謎が含まれた地球だ。わたしの夢にも、その大きさと同じくらいの謎が潜んでいて、それを溶かすように雨が降った。熱い大地、踊るわたし。言葉が通じた唯一のあなた。幻想的な夕方の紫陽花。青白い光は幽霊だろうか。幽霊とわたしは一体どのくらい、成分が違うのだろう。含まれているのは、大体が同じものだった。濃度が違うだけ。夢と現実もそう。濃度だけが違う。濃い、薄い、その場所を行き来しているだけだ。あなたたちも実際、気づいていたんでしょう?見ないふりをしていただけで。美しい夢の世界は幻想です。それはあなたの、現実を薄めただけ、もしくは濃くしただけの、世界の延長線上。風が流れている。それは夢の世界から流れ込んできた風かもしれないね。最悪な、はたまた最高な世界はどこへも繋がっていて、それはつまり、救いのない現実であります。空気を通じて、わたしは宇宙全部と手を繋いでしまった。お別れができなくなった代わりに、永遠を手に入れてしまった。

 雨の夜に、わたしとトキは古い映画を観てそのセリフや衣装について話し合っていた。ポスターにして貼っておきたいシーンまで巻き戻しては静止して、その詳細について語り合った。このドレスのレースはゆきこさんのあのカップの下に敷くテーブルクロスにするのもいいねとか、このコートの男はベルちゃんに雰囲気が似ているとか、映画の中に出てくるものや人はどれもわたしの現実につながっている。ふと、アイスクリームを食べながらくすくすと笑うトキと目が合う。彼は本当に綺麗だ。わたしはトキに触ってみたくなって、彼のすぐ隣に移動した。一緒にブランケットをかけて、肩にもたれかかる。しばらくの間、部屋の全てが静止していた。わたしたちの小さな呼吸とテレビから漏れる光がかすかに揺れている。眠ってしまうような安心感に包まれていると、トキがゆっくりと体の向きを変えてわたしをぎゅっと抱きしめた。突然わたしの心臓はドキドキと鳴る。何かがわたしの体に流れ込んでくる。熱を含んだ空気。一人だけではない、複数の誰かの声。そして大量のお湯のような何かがわたしの心臓から子宮へ入り込んでいく。トキに抱きしめられたことも、この初めての体の感覚も、わたしの頭を混乱させた。しかしそれとは裏腹に、わたしの体はトキを抱きしめ返してずっと離れたくないと感じていた。正確には、「もう離れないで」と。そう叫びたいくらいに寂しさと喜びが渦巻いている。この感覚は一体なんなんだろうと考えている頭の声のボリュームはほんの数パーセントにまで小さくなっている。わたしはほとんど体だけになって、トキにくっついてひとつのたましいになってしまいたいと感じていた。彼はわたしにキスをした。唇が当たるたびに、その場所は熱湯をかけたようになる。わたしはもう頭では何も考えることができなくなってしまった。ぼんやりと天井を見上げると、わたしの小さなアパートに星空が広がっている。大量の流れ星が流れる。いや、それは流れ星ではなく、星の歩みだ。時の流れ方がずれている。わたしたちだけがここで止まって静かにお互いを、自分自身を感じていた。その周りを何年、何百年、何千年もの時が過ぎ星が移動する。宇宙の外側からこの星を見下ろせば、それはたった一瞬の点になるのかもしれない。その点の中にはたくさんの交差する線があり、わたしたちもそのうちのひとつだった。それは重要なことなのだろうか。誰かにとっての大切な記憶なのだろうか。だって時はすぐに流れていってしまう。瞬きのような時間の中に凝縮されたイメージと出会いと期待はなんのために生まれてくるのだろう。
 わたしはただ目の前のトキの肌と温度を感じながらそんなことを考えた。これは彼のフィルムだろうか。わたしたちはなぜ今抱き合って、ハートから溢れ出す何かに「愛」とか「しあわせ」なんていう名前をつけようとしているのだろう。溶け合ったわたしたちの体は大きな波を起こしてだんだんと静かになる。わたしも、トキも、消えてしまう。これは夢かもしれない。誰かが見ている映画の中の出来事かもしれない。それでもこのわたしの体の反射と衝動は、わたしにだけは「本当のこと」だと訴え続ける。わたしたちは迷子だった。長い長い間、お互いに迷子だった。
 「これでいい」と頭を説得しながら、わたしとトキは一言も交わさずに手を繋ぎ一緒に眠った。トキがわたしの心を感じるように、わたしもトキの心の中を理解することができた。その感覚はコンピューターに似ている。大量のデータが一気にダウンロードされ、それを声に出そうとすれば何日もかかるけれど、わたしは丸ごと、パッケージとしてそれを理解した。安心する。安心する。自然と眠たくなってくる。わたしはリリの体の熱をアップデートして、溶けた二人の意識を持ち帰った。

#創作大賞2023

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