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あなたは振り返らなかった。【サブカル女子が好きそうな文章】

【朗読verアルヨ!一番下まですっ飛んで見てね!】

あなたはいつだって振り返らなかった。
いつも真っ直ぐ前だけ見つめていた。
どうしたらあなたを呼び止められたのだろうか。

あの人との出会いは2年前。
よくある「共通の友人が主催した飲み会」だった。
それを世間は「合コン」と呼ぶ。

当時の私は東京の専門学校に通うため、地元北海道から出てきたばかりだった。
人間よりも牛の方が多かったあの街で育った私は、とにかく早く都会に溶け込もうと必死だった。
流行りの曲が大音量で流れる妙に薄暗い店内にも、はじめは抵抗があったが気付けば気にならなくなっていった。

飲み会で遅れてきたのが彼だった。
生え際がプリンになっている妙に長い髪の毛、タンスの奥からさっき引っ張り出してきましたと言わんばかりのフェイクレザージャケット、ジャストサイズというかもうギリギリサイズが合っていないポロシャツに、裾をロールアップしたケミカルウォッシュウォッシュウォッシュウォッシュジーンズと呼んでいいほど薄いブルーのデニムを履いていた。
私はこれが東京なのだと度肝を抜かれた。
要するに第一印象は最悪だった。

運が良いのか悪いのか、私の隣の席が空いていた。
彼はそこに座ってシャンディガフを注文した。
お酒が来るまでの間、私に質問をしてきた。

「ねぇ、名前は?」
「あっ、ナツキです」
「じゃぁ、きーちゃんだ」

なぜそこをピックアップしたのだろうか。
「なっちゃん」とは呼ばれていたが、「きーちゃん」は初めてだった。

「俺もきーちゃんなんだよね」
「…え?どういうことですか?」
「俺の名前、アキラってんだ。だから俺もきーちゃん」

あ、この人ちょっと無理だな。
この数回の会話のラリーでそう感じてしまった。
ただ、この人に慣れてしまえば東京に馴染めるのではないか?
私は嫌な気持ちを抑えて質問をした。

「アキラさんはおいくつなんですか…?」
「22だよー。もともと大学通ってたんだけど専門学校に入り直したんだよ」
「へぇ、ご出身は?」
「千葉だよ。ってかきーちゃんめっちゃ質問してくんじゃんwww俺のこと気になっちゃう感じ?ww」

テーブルの下で見えないように自分の手を強く握り、いつでも目の前のこいつを殴れるように準備をした。
東京って怖いところだなと思いながら、なんとかその場をしのいだ。
その努力を労わんばかりに彼のシャンディガフが届いた。

無駄にカロリーを消費したその回は、
店員のラストオーダーのゴングで着実に終わりに近づいていることがわかった。

早く帰りたい。
帰って推しアイドルのLIVEDVDを見て、心を浄化させたい。
その頃には私ではないもう1人のきーちゃんを視界に入れないように必死だった。

「じゃあ女の子から2000円だけ貰っていい?外で待ってて」
それが私たちの解放の合図だった。
他の女子メンバーはホクホク顔でスマホを見つめていた。
どうやら私がきーちゃんに捕まっている間に、お目当ての男の連絡先を入手しているようだった。

ふざけるな。
こっちはきーちゃんの話を聞いているふりをしながら、バリバリとピクルススティックを食べて
話の内容を脳まで届かないようにしていたのに。

すると少し離れた喫煙所から肩から歩く嫌な尖り方をした靴の男が近づいてきた。
きーちゃんだ。
歩き方から生理的に受け付けないとかあるんだななどと勝手に感心していると
「えっ、もう会計おわっちった感じ?」
とニタニタしながら言っていた。

こいつ絶対確信犯で金払ってねぇな。
私の中の何かしらのGメンが囁いた。
表面上だけ悔しがる彼は、私たちの間をぬってお店の扉を開けようとした。

すると店内の明かりが優しくきーちゃんを包み込んだ。
私は目線だけ、きーちゃんの後ろ姿を追った。

お尻めっちゃ破けていた。
びっくりするくらい縫い目から裂けていたのだ。
さっきまではテーブル席だったから、全然気づかなかった。
さすがに可哀想になってしまった。

「あっ、アキラくん」

私の声は届かなかった。
でもこのままではきーちゃんが恥をかいてしまう。
男性メンバーにケミカル巨尻マンとあだ名をつけられてしまう。
それもちょっと面白いな。
いや、さすがに可哀想だ。

「アキラくんちょっと、うしろ」

きーちゃんには私の声は届かず、店内に入ってしまった。
真っ直ぐ前だけ見つめて引き戸を開けて入って行ったのだ。

「おま、アキラどこいって…」
「まってお前ケツ…」
「おもろ…やば…」

店内から男性陣が盛り上がる声が断片的に聞こえてきた。
扉を開けて出てくる男性陣は、うつむいていたり、肩を小さく揺らしながら口元を覆っていた。

めっちゃみんなツボってんじゃん。

きーちゃんは1番最後に出てきて、さっきまで羽織っていたご老人の皮膚くらいシワシワのレザージャケットを腰に巻いていた。

「ごめん、俺この後予定あっから!おつっしたぁー」

そう言ってきーちゃんは夜に消えていった。
颯爽と走り消えゆくきーちゃん。
ジャケットが風にはためき、時々見える真っ赤なパンツが私たちに別れの挨拶をしていた。

やっぱり東京は怖い。
あんなのがザラにいるのだろう。
私は一瞬地元に帰りたくなった。

数日経ってから、例の合コンで知り合った女友達から
「あの飲み会の時めっちゃダサい男いたの覚えてる?あいつからめっちゃ連絡くるんだけど」
と相談の連絡が来た。
どうやらその友人がトイレに行った時に、タイミングよく鉢合わせたのか、向こうが狙ってなのかわからないが
きーちゃんと話すタイミングがあり、あまりにもしつこかったので連絡先を教えてしまったそうだ。

「これなんだけど。まじうざいからブロックした」
とLINEのスクリーンショットが送られてきた。

「今なにしてん?」
「おーい」
「無視してるやんww」
「今日飯行かん?w」

LINEでエセ関西弁使ってくる男嫌いなんだよな。
そう思いながらしつこい彼のやりとりを読み込んでいた。

ふと友人が登録してるきーちゃんの名前を見る。

【ケミカル巨尻マン】

誰にも言ってなかったはずの独特なセンスのあだ名を彼女もつけていた。

あれから2年。
当時の友達とは疎遠になったけど、この友達とは定期的に会っている。
いつも会う時は、ケミカルウォッシュジーンズを履いて行くのがお決まりだ。

ありがとうケミカル巨尻マン。
東京は怖いけど、楽しいところだね。

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