思い出〜第1章 記憶〜

「今日も一日終わっちゃうね」

 マグカップにデザインされたお気に入りのキャラクターに向かって語りかけるように彼女は呟く。寝付きの悪い彼女はお風呂上がりに蜂蜜のたっぷり入ったホットミルクを飲むのが習慣だ。お気に入りのマグで飲む甘すぎるホットミルクとともに物思いに耽けるこの時間を彼女はとても大切にしている。
 いつものようにホットミルクをすすりながらぼんやりと過ごしていると、マグに添わせた左手が視界に入った。その薬指には指輪が嵌められていた。彼女はマグから左手を離し、そのまま目の先へと掲げた。指輪に埋め込まれたダイヤモンドと誕生石のアクアマリンを頭上の小洒落たペンダントライトの光に反射させながら、彼女はそれを物憂げに見つめていた。

 どれくらいの時間が経っただろうか。
 ふと我に返った彼女は、時計を見上げた。時計の針は0時19分を示している様に見えた。

「いっけない、もう寝なくちゃね。クマの酷い顔の花嫁なんてみんな嫌だもんね。」
 マグカップのキャラクターに向かってそう語り掛けながら、キッチンへと足を運んだ彼女はシンクの前で立ち止まり、マグに残った白い液体を少し見つめる。時計を見上げた時に脳裏を過った懐かしい記憶を掻き消すかのように、彼女は勢い良くそれを飲み干した。しかし、完全に冷めきった甘すぎるその液体は、何故か彼女を余計に懐かしい気持ちにさせた。

「あっという間だったなぁ、ほんとに」

 マグカップから離れた自分の口がこぼしたその一言に彼女は少し驚いた。そして彼女は先程からずっと自分の頬を伝い続けていた涙の存在にようやく気がついた。彼女は流れている涙が自分では止めることができないことを知っていた。少し困ったような笑みを浮かべながらもいつものように丁寧にマグを洗い、マグのキャラクターに「おやすみ」の挨拶を済ませた彼女は、ゆっくりと寝室へ向かう。

 寝室へ入るとすぐに彼女はベッドに倒れ込んだ。
「なんでだろ、早く寝なきゃなのに」
 そう呟いている間にも涙は次から次へと頬を伝う。暖かいような冷たいような涙の温度を感じて、それにさえもどこか懐かしさを感じてしまう。今夜はもう眠れないであろうことを悟った彼女は、諦めたように瞼を閉じて、遠い昔に封印したはずの記憶の扉をそっと開いた。



みなさま、こんばんは。

ついに本編が始まりました。拙い文章だとは思いますが、お楽しみ頂けたでしょうか?

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#小説 #素人