小説 宇宙意識への扉・9
《宇宙時代の幕開けと記録ノート》
「岳、あのな……。あっ、牛肉弁当うまかったな。ありがとう、久しぶりだったな」
「だよね。ちょうどキャリーケース見に行ったら駅弁フェアって書いてあったからさ」
「さすがだよね、わたし!」
「買ってきてのは岳でしょ?」キッチンから母さんの声がする。
「いやいや、そうじゃないんだって!わたしが買いに行った方がいいよって岳をせかした結果、こんなに美味しいお弁当が食べれたってわけ」
「じゃあ、じゅんにもお礼を言わないとな」
「どうも、どうも!」
俺がアルバ国際空港に行くと決まってから、なぜか家族がよく笑うようになった。姉さんなんて、びっくりするほど明るくなった。母さんと父さんもよく話すようになったし。と言っても、まだ一日しか経っていないが、なぜだろう。家族がみんな明るくなっていた。
SF映画を観ると、主人公や家族たちは緊張感やもう会えないかもしれないという悲しみを悟られないように耐えている様子が描かれていたりする。
でも、うちの様子はまるっきり逆だった。
自分もそうだ。はじめての海外旅行。いや旅行でもない。はじめて会う人を助けに行く。しかも、宇宙船の発着所へ。彼がいまどのような状況でいるのかもわからないという状態で。まだ、はっきりとした日にちもわからないままなのに、なぜだろう、心は楽しさで満ちていた。
買ったばかりのキャリーケースには、新しく買った黄色いTシャツと二日分の服をまとめて入れた。あとはなんとかなるよ!と姉は明るく言う。
テレビでは、相変わらず空港の様子が映し出されていたが、あまり興味を持たなくなっていた。たぶん、父さんから聞いた話の方が現実なんだと感じたからだろう。
空港周辺で宇宙船に乗りたいとプラカードを持つ人々の姿。思い思いの宇宙人のコスチュームを身にまといカメラに向かってポーズをとっている。それとは対照的に空港の中では、ひとりコンクリートが剥き出しの大きな部屋で救助を待つ人がいる。
現実とはなんだろう?
見方を変えるとまったく違う世界になる。
俺の周りではもう宇宙船の話は昔話になっていた。興味を示す者、まったく興味がない者、そして真実を知る者。
自分は今、どこの位置にいるんだろう。
まだ真実に近づいたとは言えない。でも、テレビを観ている人たちの中では、当事者に近い存在となりつつある。
各国の代表者からのメッセージはまだ何もなかった。なのに、ニュースでは専門家たちが宇宙人がいるかいないかをいまだ討論している。
何かがおかしい。
だって、俺たち以外に意思の疎通が出来るものがいなかったとしたら、なんで首相たちだけが宇宙船に乗って、聞いたこともない〝国〟に行くことになったんだ。
あのテロップに流れていた惑星間宇宙法のことにも一切触れていない。
不可解なことばかりだ。でも、日常生活はまったく変わらない。だから、みんなの関心が薄れていく。
テレビの向こうにいる専門家は○か×かの札を挙げながら、時に興奮気味に宇宙について語っていた。
元宇宙飛行士の人は宇宙には人間以外の知的生命体は確実に存在していると話している。
物理学者は人型ではないが、どんな環境にも適応出来るような生物は存在するのではないかとアメーバーのようなイラストを見せていた。水がなくても、高温の中でも、酸素がなくても、人間には有害なガスの中でも生きる事が出来る生物の想像図を生物学者はひとつひとつイラストで説明しながら楽しそうに話している。
ゲストのタレントは「絶対に宇宙人はいる!」と顔を真っ赤にしながら、宇宙人はいないと真剣に話している学者に向かって叫んでいた。
「もうさ、宇宙人いるかいないかじゃないよね。会ったら、どう話すのかじゃない?」
「テレパシーで話すんだって。そうそう、お隣のユメおばあさんの亡くなった旦那さんって、天文学者だったらしいの。絶対、宇宙人はいるって言ってたって。生きてたら喜んだと思うわって話してたわよ」
母さんの語り口調は昨日とは別人のようだ。
そして、お隣に住んでいたおじいさんが天文学者だったというのは初耳だった。
「あとね、そうそう。宇宙人って、いろいろいるらしいの。銀色のスーツみたいな肌の小さい宇宙人もいるけれど、背の高い髪の長い宇宙人とか、動物のような姿や魚のような宇宙人までいるんですって。みんなそれぞれ生態系が違うらしいのよ。住んでるところが違うと、姿もそれに合わせて変化するらしいの。面白いわよね」
一体、となりのおばあさんと何を話してきたのだろう?
「すごい話だな!」
「ちょっと、ずるいよ!わたしも今度おばあさんのお話聞きたいっ!」
母さんは得意げに話を続けた。
「宇宙って広いじゃない。だから、知的生命体同士の暗黙のルールがあるらしいのよ。それは、なんていったかしら……エネルギーがどうとかって。とにかく、難しい言葉が多くてね。そうだ、知的生命体惑星間宇宙法っていうのがあって、それを制定するんじゃないかしらって言ってたわ」
「よく覚えてたね、その言葉」
「そうね、なんか面白いじゃない。呪文じゃないけど」
みんなの笑い声がリビングに響いた。
「じゃあ、やっぱりあのテロップは本物なんだな」
「おばあさん言ってたわよ。やっとねって。ここだけの話、だいぶ前にそんな話があったらしいの。でも、この星はまだ惑星間会議に出席出来るほど進化していないって言われて……」
「誰に?」
姉は腕組みしながら静かに聞いた。確かに、誰に言われたんだろう?
「さぁ、わからないわよ。でも、その時はだめだったみたい。おじいさんは残念がってたらしいわ。自分が生きているうちに新しい宇宙時代を見たかったって、いつも言っていたらしいの」
新しい宇宙時代……。
「新時代の幕開けが、宇宙時代ってことか。だいぶ範囲が広いな」
「友だち百人どころじゃないよ!どうやって、そうか……テレパシーか。でも、考えること全部知られちゃったらちょっと困るなぁ。あいつムカつくとか思った瞬間に相手に伝わるってことでしょ?それとも、伝えたい相手にだけ伝えたい事が伝わるのかな?それだったらいいなぁー!」
「あのね……」
咳払いをして、四人分のコーヒーをテーブルに置くと「待ってて」と言って、ソファーに置いてあったカバンの中から一冊のノートを取り出した。普通の文房具屋では見かけないだいぶ厚みのある年季の入ったノートだ。ところどころすれた跡があり、ページがめくり上がったりしている。
「岳が空港に行くことを話したら、これが何か役に立つかもしれないからってかしてくださったの。旦那さんの研究ノートですって。宇宙船のことや知的生命体について書いてあるみたいよ」
ノートはどっしりと重みがあり、おじいさんの想いが詰まっているのを感じた。
「ありがとう。大切にしなきゃね」
ノートをめくると、何語かわからない文字がびっしりとイラストとともに書かれていた。
「何語?」
「わからない……」
父さんも不思議な顔で覗き込んでいる。
「それね、宇宙の言語らしいのよ。おじいさん、宇宙人と会話していたらしくてね」
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