宇宙童話 記憶保管所 記録係③ 兄と教え
晩ご飯の後、兄と一緒に便り石の読み解きを母から教わる。
「読めた?」
「ううん……」
「お兄ちゃんは?」
「たぶん……明日の昼ごはんのこと」
「まぁ!」
いつも兄はふざけたことを言ってわたしと母さんを笑わす。たぶん兄は読めるんだと思う。わたしを気づかって読めないふりをしてるだけ。
「もう少しいい?」
「もう寝たほうがいいわ。また明日」
☆ ☆ ☆
わたしは寝室に戻ると兄と一緒に窓を開けて夜空を眺める。
「おやすみ」
眠る前は必ず、惑星間パイロットをしている父におやすみを言ってからふとんに入る。
「ねえ、どうやったら読めるの?」
ランプの火を吹き消してふとんに入った音がした。
「ねえ」
「ナイルはなんで読みたい?どうして便り石を読みたいの?」
暗闇から静かな兄の声が聞こえる。
「父さんが帰ってきた時、びっくりさせたいの!わたし便り石読めるようになったよって!」
しばらくの沈黙。ランプに火が灯る。
「ナイル、それではいつになっても読めないよ。いい?便り石は昔から神聖なものなんだ。お前が褒められたいとか、びっくりさせたいからとかの理由で扱うようなものじゃないんだよ」
わたしははっとした。父さんにもそう言われていたことを思い出した。
「すっかり忘れてたわ。言ってくれてありがとう」
「僕がナイルくらいの時に川の近くに住んでいたおじいさんに言われたんだよ。大切に扱うんだよってね。それから僕は読めるようになった。でもね、読み終わるとちょっと頭が痛くなるんだ」
「そうなの?」
初耳だった。
「うん。母さんに相談したら、僕は石のエネルギーも同時に受け取ってしまうんだって。だから、一回にいくつも読まない方がいいって。たぶんだけど、ナイルは読めるよ。母さんに似てるから。じゃあ、おやすみ」
ランプの火が消えて再び部屋が真っ暗になる。
兄が話してくれたことを考えながら、わたしは窓から見える星をゆっくり眺め、いつの間にか夢の世界に行っていた。
☆ ☆ ☆
わたしは次の日から、神聖なものを扱う気持ちで便り石と向き合った。
「あら、わかったのね」
「お兄ちゃんに教わったの。ねえ、お兄ちゃん読み解きすると頭が痛くなるってほんと?」
「あの子は敏感なのよ。星読みの素質があるって生まれた時から言われていたんだけど。
便り石の情報はあとからわたしたちが写し入れたものでしょ?お兄ちゃんは、石の記憶も一緒に読めるのよ。石の記憶は惑星の記憶なの。だから、情報がいっぺんに入ってきてしまうから処理が大変なのよ」
はじめて聞いたけど、わたしはびっくりはしなかった。兄はお庭で遊んでいるといつも鳥と話しているし、海に行けば貝と話している。
兄は惑星間留学生に選ばれて、となりの惑星に一年間行くことになっていた。
でも、兄は断った。
「惑星の記憶が入ってくると夜も眠れなくなりそう」というのが理由だった。惑星間留学生に選ばれることはとても特別でみんな選ばれたいと思っている。だから兄が断ったことを知った人はみんな驚いていた。
そんな時でも、兄は「僕はこの惑星が心地いいから」と言って笑っていた。
そんな兄は学校卒業後、大好きな海に毎日行きたいからと漁師になった。
☆ ☆ ☆
わたしは便り石のおつかいに行きながら、毎日母宛の便り石をかりて読み解きの練習を続けた。
漁師になった兄は一ヶ月に一度家に帰ってくる生活になった。
「ナイル、ゆっくりやるんだよ。焦っちゃダメだ。何事もね、焦ってしまうとダメなんだよ。ゆっくり時間をかけて自分のものにしていくんだ。その時間は無駄じゃない。
ナイルが読み解きが出来るようになったら、母さんも父さんも喜ぶと思うよ。だけど、ナイルが一番嬉しいんじゃないかな?
楽しんでやることだよ」
ぜんぶ川で会ったおじいさんに教えてもらったことだけどねと笑いながら、また次の日には漁に出て行った。
わたしは兄がいない生活はちょっと寂しかった。
一緒にいた部屋は広く感じて、がらんとしていた。
「ナイル、これは父さんや母さんにもらった便り石だよ。僕が最初に読み解きの練習をしていた頃の。ナイルにあげる。これが読めるようになれば、どんな便り石も読めるようになるよ」
そう言って、ベッドの下に大切にしまっていた木箱をわたしにくれた。
「寂しく思わないこと。わかった?父さんもそのうち帰ってくるしね。ナイルもきっと楽しみが増えるよ。そうやって僕たちは成長していくんだ。変化を楽しまないと、せっかく生まれてきたんだからね」
父さんが惑星を旅立つ時にわたしに言ってくれた言葉。
「まるで、父さんみたいね」
兄は笑っていた。笑った顔も父さんそっくりだ。
夜。
少し寂しくなると、わたしは兄にもらった木箱を開けて便り石をそっと握って眠りについた。
☆ ☆ ☆
ある朝。
「母さん!母さん!」
「どうしたの?ナイル!」
「読めた……読めたの!」
「おめでとう、ナイル。頑張ったわね」
母さんは力いっぱい抱きしめてくれた。
「何が読めたの?話してくれる?」
「うん!あのね……」
兄がくれた便り石には、小さな頃から読んでもらっていた本の台詞が写し込まれていた。
「それは父さんが写し込んだものね。懐かしいわ。まだ持っていたのね」
「そうなの!とっても優しい感じがしたの!ふわって。ふわって入ってきたの!」
「そこまで読み解けたの?すごいじゃない!」
読み解きが出来るようになった喜びは思っていた以上だった。
読み解きをすると波のようにゆっくりと言葉が入ってくる。優しい声。隣に父さんがいるように感じた。やっぱり父さんだったんだ。
☆ ☆ ☆
今、どのあたりにいるんだろう?
今夜もまた父さんのいる夜空に向かって「おやすみ」を言う。そして今夜はもう一つ。
「父さん、わたし読み解き出来るようになったの!」
ひとつの星がぴかっと光った気がした。きっと父さんに届いたんだ。
わたしは父さんが写し込んだ便り石を優しく握って眠りについた。
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