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人がいる

春の夜の漫画の中に人がをり  鴇田智哉(『こゑふたつ』)

たとえば鴇田さんをこの星にはじめて降りたったひととして考えてみる。

鴇田さんはこの星のカテゴリーをまだ知らない。漫画があることも、キャラクターがいることも、手塚治虫がいたことも知らない。そうして、ふっと、漫画を見た瞬間気づくのだ。
ひとがいる、と。
これは、ビルの中やプールの中に人がいたことと同じ感じで気がつく。
人がいる、と。

でもなあ、と思う。
例えば春の夜のふわふわしたときに、すごくなにもかもがふわふわしていて、頭や眼や心もふわふわしている。もう少しふわふわしすぎると、きみに手紙を書き始めてすべて打ち明けそうだが、そこまでするには、手もふわふわしている。
そんなとき、ふっと、目に漫画が、このふわっとした目に入ってくる。

ひとがいる、って思う。

春の夜にひとはなんどかこの星に降り立つのだとしか言うしかない。
そのときの春の夜のふわふわした感じを鴇田さんの俳句はずっと保っている。
ふっとこの星にはひとがいる、って思う、その感じを、ひとつの目や本が保っている。

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