見出し画像

幻聴も春の嵐も

幻聴も春の嵐も臥せて聴く  岡田一実(『記憶における沼とその他の在処』)

なにもかも失ってゆく、机に臥せる、暗闇になる、沼になる、でも聞こえるものがあって、それは私事で、世界で、むしろ聴いて、俳句が立ち上がる。

私と世界とで起こっていることがミックスされて音となって、でも私はそのことに立ち上がらない、聴いている、私はゼロになったまま、そういうものを受け止めている。

ゼロになる沼。

ぜんぶ受け止める、
私はいっこの沼だと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?