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⦅15⦆『2020.08.08』〜夜道-2〜
8月8日はまだまだ出来事がたくさんあった。
※後半旅の話からそれるような話題が多いのでよろしくです。
コロナの湯中川店を後にして、向かう先は安城コロナ。
コロナ渡り計画でしたね。
※上記のルートではなく実際に歩いたルートはもう少し遠回りでした笑
その途中、溜まった洗濯物を片付けたかったので、コンランドリーに寄ることに。
コインランドリーは、普段からよく使うのですが、この度を始めてからはさらに必要な存在になり、なくてはならないものになりました。
コインランドリーにも良し悪しがあり、こだわりも出てくるようになります。
行きたいなと思うランドリーは
・清潔感がある
・広い
・機械が新しい、そもそも新しい
・洗濯&乾燥マシーンがある
・冷房が効いてる
・コンセントがある
コンセントに関しては、あったらいいなです笑
コインランドリーって年々進化していますね。
余談ですが、日本の文化でコインランドリーって1966年5月に東京都北区の『加賀浴場』に設置されたのが初めてらしです笑
今は愛知県を歩いている時の記事ですが、静岡に入ってから面白いコインランドリー二であったのでまた共有しますね。
厳密に言うと、コインランドリーが面白いと言うか、面白い人がコインランドリーを経営していたって話なんですけどね。それはまた後日。
今回向かったのは1号線沿いにある、マックスバリューさんに併設された24時間コインランドリーです。
コロナの湯を出て歩いて約1時間ほどかな。。。
右手に大きな駐車場と、地元にあるあるの大きな商業施設が現れました。
ひとまず、ランドリーの目の前に思いっきりリヤカーを止めて、汗まみれになった衣類をマシーンにブチ込みます。
洗濯&乾燥含めると大体1時間くらいですね。
ここで足やすめしながら、マックスバリューで買い出しし、お茶を飲みながらゆっくり過ごそうかなと。
買い物を終えてリヤカーに戻ると、メガネの青年が一人こちらに近づいてきて「本当に歩いてるんですか!?」って。
しばらく時間もあるので、ゆっくりお話ししましょうタイムになりました。
こーへいくんは地元で働く社会人で、コロナの時期で地元の飲み屋さんが閉まっていたので、仕事帰りにマックスバリューでお酒とおつまみを買って帰る途中だったらしい。
僕がリヤカーを引いて駐車場に入ってくるのを見ていて、話す機会を伺っていたとのこと。
夜中の地元のスーパーにはなかなか現れない珍客だったようで、興味を持ってくれました。
なぜ始めたのか、ここまでどれくらいかかるのか。。。質疑応答が続きました。
こーへいくんは、何事にも興味が持てるタイプで、「なぜなぜ」がめちゃくちゃ出てくるんですよね。その好奇心の塊が強くて、こんだけ知りたくなると知った後の知識量もめっちゃあるんだろうなって思うほど。
彼にそのことを伝えると、自分自身でも認識しているけど、欠点と思っているのは、ほとんど物事に飽きてしまうことだとか。
確かに、、、飽きそう笑
いろんな世界があることに気が付きながらも、なかなか今の状況を変えることができないジレンマがあるように感じました。
誰でもそう言うモヤモヤは抱えているけど、それを打破するための行動に出る人は少なくて、まれに僕みたいな、仕事も辞め突然大阪から東京まで歩き出すやつなんか出てくるのだろうと思うけど。
その環境の中で、順応できていないようで実はきちんとその役割を全うして生きている人たちが多くいる。
それはそれで、とても大事な能力だし、知性ある人間として必要な活動であり、社会を成り立たせる上でみんなが守らなければならないルールやモラルだと思う。たまに海外と比較される日本だが、そういった秩序を保つ上での行動は幼い頃からの教育の賜物だろけど。
だけど、後に岡崎城で出会った、ヤナイさんと言う方の話に出てきたのですが、日本の一斉教育は日本を衰退させてきた原因の一つだと思うと言う話。
もちろんこの説が絶対じゃないし、正解なんかないのでここで答えを出すことなんてできませんが、一方的な見方をすれば、想像力を欠き全体の動きに合わせて、できるだけ個を消し目立たなくすること。みんな一緒であることを前提としてその枠からはみ出ることを悪とする教育とも言える。
その中で育つと、次第に自分自身の判断力を失い、誰かの指示に忠実に従うことが自らの「生きる」を守ってくれると言う錯覚に陥らせることになる。
時間軸で言うと、今生きてるだけの時間はおそらく安定を保たれた世界を生きていけるだろうけど、今後僕やあなたが死んでからの世界、子供たちがさらに歳を重ねた時の世界はどうなるだろうか。
それを想像しないで、今の安定と今の環境を守るための消費が繰り返されることに、疑問抱いたのは僕が小学校の頃だったと思う。
ちなみにそれ以降夏休みの宿題はやらなかった。
時間の使い方は人それぞれだろうと言う僕の持論だ。
当時は違和感があっただけなのだけれど、結局その違和感は成人してからいろんな社会や会社を見てきてより言語されることになった。
旅の話とはそれるけれど、元々歩き旅をしようと思う発想もきっかけも、先に述べたように、画一的な教育や社会の仕組みに違和感を持ったからだと言ってもいい。
こーへいくんの感覚は、彼の探究心が知識を植え付け、さらに自分自身の環境を省みることで出てきた違和感と、その状況を変えられないと言うジレンマが起きたことは、僕の感覚と非常に近いと感じた。
そんなこんな、話しながら寄せ書きをお願いした。
こーへいくん読んでたらごめんね!
悪く書くつもりは全くないけど、僕の思考の話がメインになっちゃった笑
こーへい君と話してる間、少し離れたところにいた、地元のヤンチャな少年たち4人が、こちらに近づいてきた。
この時、時刻は3時頃かな。
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愛知県は地元で、豊田市という巨大な街に生まれたわけですが、その豊田市の中で生きてきて、本当にまれな価値観を持ったとつくづく思うのです。
右へ習え。という教えは、人一倍できたし、人一倍優等生になれた時期も体験しました。人一倍優等生になるってことは、一線を超えること。その一線を超えた時、優秀であることが異物になるという経験も味わった。これは大人たちや同級生たちは気がつかないかもしれない。
トヨタ自動車という小さな国では、まれに生まれた異物に対しては面白い存在として扱われるのだろうと、19歳の浪人時代に新聞配達をしながら小学生時代を回顧した記憶があります。。。
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