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いつまでも心配症だった僕のおじいちゃん

みなさんこんにちは岩崎聖です。今日も僕のnoteを読んでくれてありがとうございます。

さて今回は「いつまでも心配性だった僕のおじいちゃん」ということについて書きたいと思います。

僕の父方のおじいちゃんを紹介します。僕のおじいちゃんはもう2011年12月に亡くなってしまったんですよね。僕が当時小学3年生でそれからは10年経つのですが、すごく思い出があって色々思い出します。

僕は小学生ながら「人はいつか死ぬものだ」と思っていたので、おじいちゃんが亡くなっても悲しくありません。「天国から見守ってね」って思っています。

そんなおじいちゃんの忘れられない最後の言葉を紹介します。

おじいちゃんの最後の夜

12月の土曜の夜だった気がします。僕のおじいちゃんは確か癌で入院していました。どうやら今夜が山らしい、最後になるかもしれないと病院から連絡はありました。

最後になるならお見舞いに少しでも会いたいと土曜の夜に車で30分くらいの病院に行きました。

病室でおじいちゃんを見てその時に思ったのが「意外と元気そうやん」と思いました。当時小学生の僕は「死ぬときは苦しいものだ」と思っていたので、もっとしんどいしんどいと口にするのかなと思っていたけど、普通に喋ってくれます。クリスマスが近かったのでサンタさんにプレゼントをもらった話をしていましたね。その頃はまだサンタクロースを信じていた頃です。
「どこが今夜山やねん」と思ってその日の夜は帰ったのを覚えていますね。
でも体力が弱まっているのはわかります。酸素マスクもして体温もちょっと高かったのかな?

おじいちゃんが元気で安心したのなら、何より次の日日曜日でサッカーの試合があるので早く帰りたかったのを覚えています。

まー、今考えてみると僕の前で最後強がっていたのかもしれないのですけどね。

次の朝

次の朝起きると病院から電話がありました。「本当にもう最後になります」という電話です。僕は半信半疑だったのですよね。なぜなら昨日の夜が元気だったし、サンタさんのプレゼントの話で盛り上がったからです。
そんなことよりその日は「サンタさんはどこから家に入ってくるのか」ということを話したかった。
とりあえず最後になるなら行こうと、サッカーの試合の準備して病院に向かいました。

病室に着くと、今回は本当にしんどそうなおじいちゃん。息は荒いし体温は熱いし、本当に最後なんだなと思いましたね。
そこで僕が「おじいちゃん。。」と囁くとこっちを向いて笑顔になってくれました。少しだけ元気になった様子。必死に何か話してくれますが聞くのもやっと。
まー、まー、落ち着けとサッカーの試合に行くまではおじいちゃんの熱くなった右手をずーっと握っていました。するとだんだん握っている手が強くなっているのが感じたので元気になっているのだと思いました。少し山乗り越えたのかな?と

そろそろサッカーに行く時間になりました。でもあと5分だけ。あと1分だけと時間を送る僕におじちゃんの方から「サッカー行っておいで」と言ってくれました。
気づけばそれが最後の言葉。それも結構な元気な口調だったのですよ。聞き取れるくらいです。

分かったとお母さんと車で会場に向かうことにしました。少し会場が遠かったのですが20分くらい走らせてもう会場に着くという時にお父さんとか電話がありました。

「亡くなった。」と一言。

「えっ??」ってなりましたね。とりあえずサッカーの試合は引き返して家に帰ります。悲しい気持ちというより「本当に?」という疑いの気持ちの方が大きかったです。
よくよく考えてみると「さっきサッカー行っておいでって言ったやん!!サッカーの試合をしている間は生きて待ってるって意味じゃないん??」って思いましたね。とにかくさっきまで話していたおじいちゃんが亡くなるなんて信じれませんでした。

サッカー行っておいでって言って死んでたらあかんやん。僕のサッカーの心配はいいよ。こっちはおじいちゃんが最後やって聞いたから、心配で行ってるのだよ。

そんなことを思うも、もう届かないんですよね。でもおじいちゃんが亡くなったのはすぐに受け入れることができました。なので泣くことはありません。
土曜の夜から「もう先は長くはないのだな」と思っていたのでそれなりに気持ちは作れていたのです。

それからは「ずーっと天国から見守ってね」と手を合わせるばかり。おじいちゃんが見ている前で泣いて悲しい顔を見せるもんかと、亡くなったおじいちゃんの前で笑顔でいましたね。
ただ夜寝るときはやっぱり悲しくて泣いてしましました。でも泣くのもその夜だけ。

おじいちゃんが見守ってくれているのなら、ずーっと笑顔でいよう。

おじいちゃんへの手紙

おーいおじいちゃん今何してる?どうせ自転車が好きだったから、自転車ばっか漕いでいるのだろうね。現実世界ではその自転車は売りました笑笑
天国でまた新しい自転車を買ってください。そのために棺桶に僕のお金も入れておいたよ。
10年経ったけど覚えている?成人したんだよ。僕はおじいちゃんがいた時間よりもおじいちゃんがいなくなった時間の方が多くなったけど覚えています。そら、あんなに自転車こがされたら覚えてるわ!!僕が幼稚園生で山へと海へと一緒に自転車で行きましたからね。
でも僕は免許を取ってから自転車よりも車の方が好きになりました。
僕が無違反無事故でいられるのもおじいちゃんのおかげだと思っています。ありがとう。これからもよろしくね。じゃあまたね。

ありがとうございました。

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