現役プロ野球選手、実はそんなに野球好きじゃない説。

昨日一昨日の日本代表の結果を受けてこれを書くと「アホ抜かせ」と言われそうですけど、昨日一昨日私は野球を見ていないので、その辺の人らには関係のない話を今から始めます。



いつからでしょうか。表題のように感じるようになったのは。まだ疑惑止まりだった気がするが。

事の始まりは昨年の今頃。
沖縄は北谷、立浪竜の春キャンプ。
私なりに漠然と「立浪が根尾を1人前に仕上げるんやろな」と思っていた。しかし高卒も4年目。

2022年の春キャンプ時の根尾昂選手

細い。あまりに細い。


比して。
筆者は元阪神ファンで同い年の藤浪北條のファンだった。その北條が金本新監督のシーズンに100安打してハネたのが高卒4年目。

2016年の北條史也選手(22)


もしかしたら微差に見えるかもしれないが、同形と見えたら見えたでそれもまた“こと”なのである。

何故なら北條は「育成出来ない阪神に入団し、4年でシーズン100本ヒット打つ体を作り上げた」(その後の脱臼癖は含まない)が、根尾は「誰が見ても惚れ惚れする野球センスを有しながら体作りに失敗し、野手でのそれを発揮するに至らなかった」のだ。

唐突になるが、未だに根尾に固執する方には申し訳ないが閲覧を遠慮していただきたい。
此処から先は尚更。


北條というのは、高校3期連続準優勝という実績を引っ提げてはいたが、あろうことか野球選手の墓場である阪神タイガースからのドラフト2位指名を受諾した。
しかし、そのプレースタイルはどうかと言われると高校時代とは違うイメージのバッティングをするようになってしまった。それでもしっかり鍛えてヒット100本を打ち、2年後も脱臼するまでは3割代をキープしてレギュラー獲得まであと指先関節一つ分の所だった。
守備だって、入った時は「こいつが野手で試合に出ることはあるのだろうか」と言われた程の酷い守備や送球難も、今や天下のNPBで断トツ、2位に8馬身差をつけるエラーの多さが売り文句の阪神タイガースの中では上手い方に分類されるほどに上達した。


対して、根尾昂。
中学時代からその名を売り、文武両道を地で行き、捕手以外ならどこでもレギュラー、打てば甲子園のバックスクリーンまで放り込む。
彼のような人材を「神の子」と言うのだろう。
しかし、いざプロに入るとショートをやっても外野をやってもそこそこ。バッティングも金属木製の違いだとか以前の問題。同期の大学生が入ってくる前にすっかり「伸び悩み」のレッテルを貼られてしまっていた。私はそこまでは可哀想だなと思っていた。そこまでは。


戦う顔事件そのものよりも恐れていた事

昨年のドラゴンズの話題に最も上がった回数の多い選手、京田陽太(筆者と同い年)。抜群の守備力を誇りながら、全く進歩しない打撃。
岡田監督なら喉から手が出る程欲しい「2割でエエから1年間守ってくれ」のタイプ。
しかし、立浪監督はその打撃不振さ加減が守備にまで影響しだした(?)為に「戦う顔をしていない」と評し、試合中の二軍降格を宣告した。

私はこの時点で「これは無理矢理根尾を使うやり方かぁ」と綯い交ぜなままの感情を腑に落としこんだ。

しかし、根尾が上がってこない。
なんなら2軍でピッチャーやったとか。

おや?おやおやおや?


コロナ特例入れ替えで昇格。
チャンスで打てず。
ショートでエラー。
そして、投手転向へ。
私の疑惑はこの時、説の提唱へと昇華した。


表題説を感じるここ2、3年の日本プロ野球

メジャーに3大欲求より野球が好きな日本人がいるから余計にね。

野球の人気が下がったとは思ってないが、野球に大して思い入れが無いプロ野球選手が増えたと強く感じる。犇犇と感じる。まるでサラリーマンの様だ。背広と革靴で野球をしている。

一一般人に何が分かんねんと思われるかもしれないが、見てて分かるほど酷いレベルにまで落ち込んでるし、返す刀だが選手の事は君にも分からんだろう。
何より、見るだけの野球でも20年続ければ見えてくるものはある。私が断言する。


人間感情側から話をしようとした時に「スポーツ出来る子がスポーツ大好きかと言われたら、そうでもない」という論を聞いた時に思い出した人がいる。

虎の鉄人 鳥谷敬

鳥谷敬。言わずとしれた阪神タイガースのスーパースター。
私は昨年の春まで阪神ファンを務めたのだが、彼をスターだと思ったことがない。
守備も上手いと言われているが、入った頃から知ってるので上手かったのが18年中ほんの3年間ほどだったと記憶している。
バッティングも一言でいえば「拍子抜け」。二言目には「もっと出来た」。
六大学の三冠王で、体格では同世代の西岡中島坂本に負けない。
それで終わってみれば、2000本は打ったものの他に特筆する物が無い。せいぜい遊撃手初の100打点くらいか。
金本前監督や掛布雅之さんが色々言い出した頃には既に「この子のやりたいバッティング(野球)はそれじゃない」というのは理解していた。

元友人の阪神ファンにこういう話をすると「顔しか見てへんやん。僻みや。」と言われた。そこで話す気を無くした。
私は野球の話をしている。見た目の話はしていない。
こういう結果になるから鳥谷の人間味が増さないのも鳥谷の質が悪い所。
因みにその元友人は男性であり、今流行のアルファベット5文字でも何でもない一般人である。

その鳥谷の著書「キャプテンシー」を読んだ。
私のような血肉よりも野球を愛する人間が読んだら怒りが湧いてくる内容。
例を出すと「野球は別に好きで始めた訳では無い」「責任はある役職からは逃げるように生きてきた」等
厳密に言うのは是非買って読んでいただきたいのと、私が言葉を選べなくなる可能性があるので控えさせていただきたい。
言える範囲でいうと「赤星今岡金本藤川と、心身共に尽きるまで野球に捧げた人達とプレーしていたのに何を見ていたのか」ということだけ。

阪神に限らず今の野球選手に、悪い意味での鳥谷っぽさを感じる。
プレーするというよりも「こなす」という方が適している。
プレーとは遊ぶという意である。
遊ぶとはつまり好きな事だから遊ぶのである。
勉強を遊ぶと称する子供はいない…………いやもしかしたらいるのかもしれない。


そこで話は戻るが根尾昂である。
投手転向を告げられて、しかも(私にとってはまさかの)本人が快諾だったわけである。
先輩のショートが謂れなき文言で退けられ、空いたチャンスも物に出来ない、そこに来る「ショート失格」の烙印。

端的に言って悔しくないんだろうか。
悔しくないんだろうね。
だって………

野球がそんなに好きじゃないから

そんなに好きじゃないから嫌な事はしたくない。
そんなに好きじゃないからしんどい練習はしたくない。
そんなに好きじゃないから都合の良い指標を見つけたらそれを振りかざして効率化を宣う。
そんなに好きじゃないからこそダサいのは嫌。
そんなに好きじゃないから気持ちよくプレーしたい
そんなに好きじゃないから失敗しても逃げられる。
そんなに好きじゃないから負けても切り替えられる。
そんなに好きじゃないから野球じゃなくても生きていける。



こんな日本の野球に未来があるのだろうか。
豪華な合同自主トレ状態の侍ジャパンを横目に私は、多様性を声高に叫ぶ日本で、野球内外、しかも身内である阪神ファンから針の筵にされた藤浪晋太郎の単身メジャー挑戦を心から応援している。

今日はこれで以上です。
共感と的を射た反論のコメントのみお待ちしています。




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