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喜びの島

手紙1
 お元気ですか?
 そうした挨拶がふさわしいほど、私たちは別々の時間を過ごしてしまったように思えます。いつの間にか冬は終わり、新たな春を呼び寄せ始めました。
 こうして改まったお手紙を差し出すのは初めての経験ですから、高級めいた言葉たちがついペンを持つと出てきてしまいます。本当は昔のように溌剌と語り合いたい気持ちもありますけれど、私には貴方が今どうしているかよく分かっていないので、こうして他人行儀な言い様に落ち着いてしまいます。
 最後に貴方のことを人づてに聞いたのは、事故が起きたときでした(事故、と呼んで良いでしょうね?)。それは事故の概要だけが伝わる文章でしたから、貴方がどのようにそれを経験したのか、どのようにそれを受け入れたのかについては私の推測の域を出ません。
 しかし――、やはり貴方は辛かっただろうと思います。もちろん私も辛かったです。ほとんど唯一とも言えた学友の貴方が突然いなくなってしまいましたから。貴方はどうして――、いや、もう推測はこのあたりで止めておきたいのです。とにかく、私たちが突如として離れ離れになってから長い時間が経とうとしています。時間の流れだけが事実であり、私の考える推測と貴方の抱える本当の事実は、長いすれ違いを続けているのです。
 
 昔話に花が咲いて手紙の枚数がいくらか増えるとしても、どうかそれを悪意が作るかさましだと思わないでください。時間という隔たりは私たちを見知らぬ他人どうしへと変えてしまいました。このまま、ただ遠ざかってゆくこともできるのでしょう。
 けれども、長い、長い時間です。貴方の事故以来失われた私の部分は、時の流れにさまたげられつつ、ようやくあるべき地へとたどり着いたように思われます。私はやっと清らかに失う機会を得ました。それを貴方に知ってもらいたい一心で、こうして初めてペンを握っています。貴方が知ることによって私がどうなってしまうのか――しかしいずれにせよ――実はこの手紙は私自身を対象にして書かれたのかもしれないにせよ――読んでほしいのです。
 他人が書いた文を読むという行いは残酷です。読み手は主体性を何度もねつ造して、まるで自分が書いたもののように読まなくてはなりません。
 こうして段落を変え、ペンを止めるだけでも貴方に伝えたいことが無造作に浮かんでしまいます。ですから私の話はひとまずこれくらいにしたいと思います。
 正直に言いましょう。私が手紙を出したのは、ほかでもありません。貴方の話を聴くためなのです。あの時どうして、私に相談してくれなかったのですか。どうして、私のもとを去ったのですか。一体どうして、あのような事故を図ったのですか。
 残酷な問いであることは承知しています。しかし現実から貴方を失って以来、私は力を持った目の前を上手く見ることができなくなってしまったように思えるのです。推測という理想ばかりが夢の中に舞っています。私は私の推測を失いたいのです。手放してしまいたいのです。
 上手くまとめることができなくて申し訳ありません。しかし、貴方も物怖じせずに(物怖じしている貴方の顔が浮かびます)、乱雑でも良いのですからお手紙を送ってはくれないでしょうか。
 最後のは余計なお願いでした。一文を消そうとしたのですが、この手紙ごと消してしまいそうになったのでそのままにしておきます。それでは。



「お待たせしました。不眠続きでカフェインを絶っているとお聞きしたので、たんぽぽ茶などはいかかでしょう?」
 リビングには花の絵画が飾られ、林檎の匂いがただよう。飲み口の水滴が机の木目に吸い込まれてゆく。私は江の島の観光案内パンフレットから目を離し、その人に話しかけた。
「ありがとうございます。加藤さん。お仕事の最中におじゃましてしまい、申し訳ありません」
「時間の都合がそれなりにつく仕事ですからお気になさらず。今日の仕事はほとんど片付いています。どうぞ、そちらに座りましょう」
 私は二人がけの柔らかなソファに座り、あらためて向かいに座っている加藤さんの姿を見た。作業服が小柄な身体を包んでいる。胸のあたりに乾いた土がついている。
「長旅ご苦労さまでした。京都からは何を使っていらしたのですか?」
「新幹線を使いました。深夜バスにしようか迷ったのですが、予約が全て埋まってしまっていて……あの、加藤さん。この度は突然の無理なお願いを引き受けてくださり、本当にありがとうございました」
「遠い親戚といっても家族には変わりありません。お金のことは気にせず、安心して学業に励んでください」
 たんぽぽ茶を一口飲むと上の階で扉を開く音がした。階段を下りてやって来たのは学生服の青年だった。私に気づくと小さな会釈をしてくれた。
「おじゃまします。……加藤さん、こちらの方は?」
「親戚の子です。わざわざ京都から出向いてくれたそうです」私は立ち上がり、青年に会釈を返した。
「こんにちは。江の島にようこそ。加藤さん、また崖の下に手紙が落ちてた。千切れちゃってるみたいだけど」
 彼は加藤さんに手紙を渡した。
「うん。ありがとう。後で内容を確かめておくよ」
「今日は早めに帰るかも。家の鍵は閉めとくね」青年はすぐに階段を下りていった。
「お知り合いの方ですか?」
「ええ。ちょっとした」
 私は階段を見た。近くの壁の古い時計が秒針を鳴らしている。その両隣には瓶詰のドライフラワーが吊り下げられている。針は進み、瓶は動かない。
「右にあるドライフラワーは知人から譲り受けたものです。左のほうは私が似せて作ったものですが、あまり上手く乾きませんでした。時計は初めからこの部屋にあったような……」
「加藤さん」私は姿勢を正した。
「何かお礼がしたいんです。お金をお返しするには長い時間がかかります。今の私にできることが何かあればと考えています」
「阿川さん、あなたと同じくらい若いころ、僕も同じように人に助けてもらったことがあります。ですからそんなに心配することはないんです。それと」
「僕のことはおじいさんとでも呼んでいただいてかまいませんよ。そう呼ばれてみたかったんです」
 次の言葉に行き詰った私を見て、加藤さんは青年から受け取った手紙を読み始めた。氷が溶けて音を立てた。彼が手紙の断片をひとしきり読み終えると会話が戻った。
「窓を開けましょう。この家は良い風が入るんですよ。それだけは数十年経っても変わりません」
 おじいさんは勢いよく立ち上がって海の見える窓を開けた。私はコップに手を伸ばし、再びたんぽぽ茶を一口飲んだ。
 潮風が入り、林檎と混じった。
「京都ですか。海は近くにありますか?」
「琵琶湖のほうが近いです。今日みたいに海を見たのは本当にひさしぶりです。それに、太平洋を見たのは初めてかもしれません」
「それは良かった。…ここに来る前に江の島は観てまわりましたか?」
「いえ、あまり…。地図のとおり、鳥居の前を曲がってここにまっすぐ来ました」
「ぜひ少し歩いてきてはいかがですか?せっかく遠方からいらしてくれたのに、何も観ないのはもったいないですよ。その間、僕は阿川さんに手伝ってもらいたいことを考えておきます。今の時期が一番気持ちよく歩けますし」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて少し散歩してきます」
「では、念のためこれを持っておいてください」
 おじいさんは私に鍵を差し出した。私はそれをポケットにしまった。
「ほんの少しだけ僕も外に出ているかもしれません。何か困ったことがあれば下の階にいるあの子に声をかけてください。たいていの場合、彼は地下室に居続けています。天気が悪くならない限り」



手紙2
 僕は緊張すると手が震える癖が出るから、キーボードで打った文章を送ることにするよ。
 久しぶりだね。本当に久しぶりだね。君の改まった、そして性格に似合わず意外と丸々しい筆記をじっと見つめると、昔二人で試験答案を添削しあったことを思い出す。僕の手書きはあれ以来何ら進歩していないと思ってくれて構わない。つまりは不器用で、鬱蒼としたままだ。
 事故、と言ってくれて本当にありがとう。優しい心遣いに感謝したい。君の言う通り、僕は効果的な長い時間を過ごせた。大切な時間を分け合った君からの親愛なる手紙が届くくらいに。文の書き手として、まるで他人が経験した出来事を叙述するように。
 
 君は天使を覚えているだろうか?
 僕たちの会話は常に天使に穢されていた。「理想ばかりが夢の中に舞っています」という君の表現は面白い。天使は僕の憧れだった。僕の憎しみだった。君はそれを尊敬のぶつけ合いに過ぎないと言った。
 君は推測を失いたいと言ったね。実際、人の最も素晴らしい才能は失って諦められる所にある。豊かな創造力ではない。ましてや憧れを諦めないことではない。
 しかし…。僕と君の言い分は少しおかしい。まさかこの長い時間の間、ずっと君は失いたいと思い続けてきたのか?触れないことで諦め続けてきたのか?僕たちは気付かないふりをしている。底に潜む、表皮を剥がされたようなケロイド状の痛み。それは今も僕たちの境界を結びつけている。
 残酷な問いであることは承知しているが、何故僕があのような事故を図ったのか、君の推測とやらを教えてくれはしないか。まるで君自身が自分のために書いたような文章を僕は読んでみたいんだ。



 この家の玄関は二階にある。相模湾を広く見渡せる斜面に建てられている。
 一階のリビングだけではなく、玄関にも花の絵は飾られていた。階段の壁や天井にも貼られ、生きたインテリアは一つも見当たらなかった。靴箱の上に龍と天女の飾り物が置かれていた。靴の数は少なかった。
 家の外装を見上げると隙間なく蔦が絡まり、この家の内側と外側は植物に囲まれていた。傾斜地のせいで階段が多く、細い山道のように周りの路地はうねっている。
 賑やかな観光地から離れた住宅地の一角に人通りは少なく、波の音は聴こえず、蔦の緑が静かな音を立てている。先ほど来た道とは反対に歩き、階段を上った。
 石畳の本通りに入った。すれ違った子どもが大きなせんべいを食べていた。樹々の葉が千切れた和紙を重ねたように初夏の太陽を遮っているけれども、石段を上るたびに背は汗ばみ、羽虫が思い思いの線を描いて時おり私の顔に当たった。
 小さな広場で案内板を読んだ。

 江の島は周囲が五キロメートル、面積が〇・三八平方キロメートルの陸繫島である。
 島には縄文時代の住居の痕跡がある。その頃から人々は竪穴住居を建てて島に暮らしていたとされる。弥生時代に入ると島全体が神聖視されるようになったらしく、次第に人の出入りも絶え、無人島の時期が続いた。政治の均衡が鎌倉に傾くと島と人々の交流が栄えるようになり、歴史文献への記載も増し、江戸時代になると弁財天信仰を中心とする隆盛を極めた。
 案内板に紹介されている景観の中で、特に目を引いたのは夜の島だった。島を形作る海と森は夜の暗闇に消え、「江の島シーキャンドル」と呼ばれる頂上の灯台が大きな光で島を包んでいる。対岸の国道を走る車や生活の光が煌めき、海原を中心に置いた塔と対岸の対比がお互いを一層鮮やかに映している。
 江島縁起によれば島の出現は西暦五五二年である。空から石が降り注ぎ、海から砂が吹きつけられた。出来上がった島に天女が降り立った。悪名高い五頭龍は彼女の美しさに惹きつけられ、結婚を申し込み、二度と人を殺さないことを誓った彼はやがて彼女と一緒になった。



手紙3
 お手紙をありがとうございます。季節外れの雪が列島を囲んだ日に受け取りました。京都ではどのくらい降ったのでしょう。
「事故についての推測を書け」という貴方のお返事を最初に目にしたとき、私がどのような思いだったのかお分かりですか。「抑圧を越えて書け」と仰いますね。ですから貴方の周りには今も寺社と樹木しかあり得ないのではないのですか。
 しかし、私はこのお願いを貴方から私への好意と解釈することにしました。実際のところ、逆接のほとんどは順接に変えても違和感のないものですから。
 推測を失うのを諦めて貴方と天使について文を書く前に、一つ確認しておきたいことがあります。

 天使は本当に存在するのですね?貴方が――、こうした言い方は失礼かもしれませんが、あの得意の嘘を用いた空想ではないのですね?貴方は聴き飽きるくらいに天使の話をしてくれましたが、一体それがどこの誰なのかを教えてくれませんでしたから。
 思い出せる限りでは、貴方が私に話してくれた天使は髪と匂いについてだけでした。もちろん、私たちがひどく酔った際には何かもっと重大な、天使と貴方の対話なども教えてくれたような気がしているのですが、私たちの別れとアルコールは全てを洗い流してしまいました。どうして私は忘れてしまったのでしょう。若さゆえのあやまちです。
 今だから白状します。あの頃の私は天使の正体を探るために色々なことをしました。貴方の眼の奥に誰かがいないか、貴方の眼の先に誰かがいないか。美しい髪や匂いを感じるたびに心が早鐘を打つようなこともありました。
 はたして私は、けれど貴方も、隠しとおすことが出来ていたのでしょうか。こうして秘密を露呈してしまうと、清潔に失う機会と気負いなく書いていた私が馬鹿らしく思えてきます。どうか、何もかもをなかったことにはできませんか。

 いつかの私たちはどのように無様であっても、「関係」を大きく捉えすぎていたのです。貴方はそうした悩みの中、事故を起こした。そうですね?
 これ以上を書く心地にはなれません。私は野蛮な推測を話しました。でも、貴方の事故も同じくらいに腐ったケロイドのようなものではありませんでしたか。
 私たちは今も同じ学年に属しています。



 雲行きが変わり、雨が降り始めた。そのせいで島の遠くの海辺まで行くことはできず、足早におじいさんの家に戻ってきてしまった。
 家の中は静まっていた。開け放してあったリビングの窓は閉められ、林檎の匂いだけが残っていた。私はあの青年におじいさんの行方を尋ねるため、もう一つの階段を下りた。
 地下室への階段を下り切ると一枚の白い扉があり、ドアノブに「開」と書かれた札がかけられていた。ここがこの家の最深部らしかった。ノックをしても返事はなく、扉は動かない。中からは音もしなかった。再び階段を上り、リビングの花の絵を眺めた。
 平らな草原の切れ目に海か湖の一端が見える風景画だった。端に《Kato》と書かれ、セピアの色調の中に桃色や薄紫の花の塊が控えめに群れなしていた。
 水辺の境まで細やかに草原で塗られ、何度も塗り固められていたが、その水彩絵は下絵が透けてしまっていて、あまり上手いとは思えない代物だった。下絵は今の絵と脈絡なく描かれているようにも思えた。次第に絵の不調和は増し、そこから先は絵を見続けることができなかった。
 ソファに座り直し、ぬるくなったたんぽぽ茶を飲み干した。一枚一枚の花の絵画を道ゆく人々のように眺めていると玄関の扉を開ける音がした。階段を下りてくる音は複数人のものだった。
「お待たせしてしまいましたか」おじいさんは言う。
「いえ、そんなことは」
「鉢植えを屋内に避難させていました。重いので彼にも手伝ってもらって」
「重いったらないよ。今度から鉢一つにつき五百円でどうかな」
「地下室のお礼と思えば全く適切な奉公です」
「やっぱり雨も降ってきたし…このあたりで帰ることにするよ。たぶんこれから本降りになるしね」
 濡れた短い髪をタオルで拭き、彼は急いで階段を下りていった。
「ご覧の通りの人手不足です」
 おじいさんは雨で変色した作業服を脱ぎ、汚れを見つめながら話を続けた。
「何か手伝ってもらえないか考えてきました。僕が働いているこの島の植物園で、少しの間お手伝いをしてもらえませんか?」
「この島のですか?」
「そうです。灯台の真下にある小さな植物園です」
「でも…私に植物の知識はありません。せいぜい家のサボテンをほったらかしにしているくらいで」
「何も新種を見つけてほしいというお願いをしているわけではありませんよ。簡単なお手伝いです。これからが島のベストシーズンですが、下にいる彼も大事な時期に入ります。そうなってくると彼に手伝いを頼むのは難しくなってきます」おじいさんは人差し指で下を差した。
「具体的にはいつ頃でしょう?残りの授業は最後まで出席するようにしたいのですが…」
「一般的な夏休みの期間です。家族連れも若い恋人たちも、そうでない方たちも等しく島を訪れます。何ならサボテンを連れてきていただいてもかまいませんよ。上の部屋がいくつか空いていますから、どうぞ使ってください」その人差し指が上を向いた。
「分かりました…持ち帰って、少し考えさせてください」
「前向きに考えていただければ嬉しいです」おじいさんは微笑んだ。
 下の階から音を立てて青年が上がってくる。
「加藤さん、傘貸してよ。途中で買いたくないし、早いとこ自転車で帰りたいんだ」
 黒のポーチが斜め掛けになっている。彼の荷物はそれだけだった。
「またですか?もう貸せません。僕の傘を一本でも返してくれるなら話は別です」
「そのうちサティみたいな傘屋敷になるよ」
 彼は階段を上っていった。
 優しく鍵を閉める音がして家の中が二人になると雨が強くなりだした。軽い溜息の後でおじいさんが言った。
「雨の島は何かと訪れた人に嫌われがちです。傘は持っていますか?」
「はい。折り畳み傘があります」
「良かった。帰りも新幹線ですか?」
「いえ、帰りは深夜バスが取れました。夜中に新宿を出て明日の朝早く京都駅に着きます」
「今日の雨はかなり強くなります。電車が止まる可能性もあります。早めに新宿に向かった方が良いかもしれませんね」
「分かりました。…では、そろそろお暇しようかと思います」
「またお会いできるのを願っています。バスの中で少しでも眠れると良いですね」
 
 新宿行きの快速急行に乗った。深夜バスが到着するまで駅の待合室で待った。真夜中近くに東京の雨は止み、構内の濡れた床は乾いていった。
 合鍵を返し忘れたのに気づいたのは深夜バスが京都駅に到着した頃だった。市営バスを使い、仁和寺の近くのアパートへ帰った。一人暮らし用の小さな冷蔵庫を開け、野菜ジュースを空の胃に流し込むと、竜宮城の形をした片瀬江ノ島駅と雨曇りの島が頭に浮かんだ。曲線を描いた砂浜から植物の島へと一本の大きな橋が伸び、島以外には何も浮かばない海。
 授業の準備をして、二時間ほどベッドに横になった。一睡もできなかった。



手紙4
 君の手紙はセントポーリアが咲いた日に届いた。もはや古いだけの贈り物かもしれないが、アフリカ原産であるわりには室内の弱い光を良く吸いあげていて、今でも育ちの盛んな植物だ。肉厚の葉には短く柔らかい白毛が生えていて、中央部から小さい葉が外に伸びてゆく。全体の姿は湧水が出でて起こる水面の緩やかな膨らみに似ている。君からの手紙を待つ間にはいつの間にか現れた蕾の生長を見守る時間が充分にあった。
 ある朝の事だ。目を凝らして贈り物を見つめていると、白毛の上に埃のような何かがある。絡まった白綿のくずのようにも、凝縮された雪片のようにも見える。
 液体肥料の結晶ではないか。表皮に水粒が留まるのがしばしば変色の原因となるように、セントポーリアの葉は白毛のせいでよく水を弾くから、世話の不手際で液体肥料が固体へと変化してしまったのかもしれない。
 翌日、結晶は蕾の縁から枯れかけた一葉へ移っていた。胸がざわついた。改めて結晶に注目した。丸みのある形態に縦や横の筋が幾本も走っている。頭部の先から二本の白い触覚が生え、細やかな足が深い緑色の葉を掴んで離さない。
 貝殻虫だった。
 何処からやってきたのか分からなかった。贈り物として華美な装飾の箱に梱包された頃、既に虫は居着いていたのか。それとも僕の部屋へと虫の卵が風に乗って飛んできたのか(貝殻虫が卵を飛ばすかどうか知らないけれども)。
 とにかく、この虫は植物に良い虫ではない。薬剤の散布は室内なので難しい。他の観葉植物に悪影響を及ぼす可能性がある。それにまだ数匹だった。要らない歯ブラシでこそぎ落とす方法がふさわしいが、彼らは葉茎の密集した中央部に身を隠しているので、きっと届かない。このまま放っておくと生殖を繰り返し、いずれは白い群れとなる。密集したまま昼夜を問わずセントポーリアの汁を吸い続けるだろう。
 独りで梅酒を飲んだ夜だった。そのような夜には必ず冷えた窓際に立ち、赤紫色の熟れた蕾をライトで照らし見る癖があった。最も成長の著しい蕾の茎を小指で少し押し分けてやると、白と紫を帯びた二三の触れられない点が順番を待っている。
 急に怯えた。僕の一部は怯えた。我々はお互いに憧れている部分がある。お互いに劣等を抱えている部分がある。それでもなお根底に沈む、幼生的な性質を背負い震えている、自己防衛のための汁という庇護を憂い吸う軽蔑的寄生……。
 たとえ柔らかい茎の何本かを犠牲にしたとしても、物怖じだけはしたくなかった。ライトを照らした。薄布で蕾に付着した白虫を捕らえて、彼らを連れ去ろうとした。殻が柔らかいとは知らなかった。圧されて潰れた黄色い色素と白い断片が渇くまで、僕は僕の一部を切り離して僕を覗き見ていた。
 
【追伸】 君の手紙はセントポーリアが咲いた日に届いた。やはりもはや古いだけの贈り物になってしまった。



 不眠は長く続き、一定のリズムで夜を襲っていた。
 眠れずに空が白み始める日のヴェールに包まれたような、手のひらに冷えた膜を張られたような心地は、何かに興味の抱く時間を過ごしていても決して回復することはなく、感覚の過敏を呼び起こしていた。朝方の電車が怖くなり、いつも目を閉じてつり革を強くつかんだ。
 学生証の紛失に気付いたのは授業の出席確認の時だった。学生窓口で再発行を依頼し、おじいさんに連絡を取ると江の島の観光案内所に届け出があることが分かった。
 翌週の月曜の昼下がり、窓口からの連絡で携帯が鳴った。『あなたの学生証を拾ったという方が学内の落とし物コーナーに来ている』と、電話口の女性は無機質に言った。図書室での勉強を切り上げ、横断歩道を越えた先の建物へ向かった。中へ入ると落とし物の受付の前に学生服の青年が立っていた。
「お久しぶりです。僕のこと覚えていますか?」
「えっと…、たしか加藤さんのお宅でお会いしましたね」
「これを届けに来ました」
 両手で差し出してくれたのは私の学生証だった。それを丁重に受け取り、湧き出る疑問をいくつか飲み込んで彼の続ける言葉を待った。
「ヨットハーバーの自動販売機の前に落ちていたらしいです」
「それだけですか?」
「と言いますと?」
「わざわざこれを返してくれるために京都まで?」
「いや、そんなことはありません。部活の合同練習に来たんですよ。学生証を返しに来たのはそのついでです。僕は郵送で良いんじゃないかって思ったんですけど、加藤さんに頼まれたので」
「でも、今日は平日じゃないですか。それも月曜日」
「高校の創立記念日なんです。だから毎年この土、日、月は部活の合同練習をしに行きます。僕はこれで三回目です。岩手、千葉、京都」
「じゃあ練習を抜け出してきたんですか?」
「まさか。相手の高校は授業が始まってしまうので、月曜だけは自由行動が許されているんです。夜の七時に京都駅で再集合します」
「そうなんですか…」
「ええ。朝は友達と京都タワーに上ってきました。お昼はお好み焼きを食べて、ちょっと用事があるからって抜け出してここに」
 受付の女性が大きな咳ばらいをした。
 壁沿いの棚のガラス戸の中には財布やUSBメモリ、ハンカチ、文庫本などが持ち主と別れた日の付箋を貼られている。私たちは女性の咳ばらいを聴き、お互いの顔を見合わせ、声を潜めた。
「もしお時間があれば案内してもらえると嬉しいです。どうもこのあたりは複雑で…一日乗車券なのに乗れるバスと乗れないバスがあったりして大変でした。正直、京都駅に戻れる自信がないです。バスなんて滅多に乗らないから」青年は続ける。
「加藤さんに苔の写真を撮って来てほしいと頼まれたんです。銀閣寺の写真はもう撮ってきました。でも、竜安寺がまだで」
「『大切な苔、ちょっと邪魔な苔、とても邪魔な苔』ですね」
「そう、それです」彼は満足げに笑った。
「…今さらですけど、お名前は?」
「境浩太です。あなたは阿川千佳さんですよね。学生証にそう書いてありました」

 午後の授業を終え、そのまま彼を龍安寺に案内することにした。きぬかけの路を徒歩で行き、竜安寺の山門で拝観料を支払い、苔の写真をひとしきり撮った後で石庭の前に座った。
「よく加藤さんの家に行くんですか?」私は隣に座る浩太君に尋ねた。
「はい。いつも地下室を借りてます」
 陽がわずかな隙間から姿を見せると石庭の油土塀が金の粉を吹き付けられて光る。
「長いお付き合いなんですか?この間もずいぶん親しく話してたので…」
「僕が中学生の頃から地下室のご恩と植物園の奉公の関係が続いてます。もうかれこれ四五年くらいは経ちますかね…加藤さんは何も変わっていないです」
「普段の加藤さんはどんな方なんでしょうか?まだよく分からなくて」
「そういう質問をされた時はいつも『カンシロギクムシ』の話をします」
「カンシロギクムシ?」
「僕がでたらめに作った架空の虫です。一八七七年に日本の神奈川県藤沢市江の島で発見されたテントウムシの仲間。成虫の翅は蚕のように極度に退化しているため、飛行する機能は失われている」
「完全変態を行う。卵から蛹の期間を江の島の「稚児ヶ淵」と呼ばれる岩礁地帯で過ごす。海辺の生物からの攻撃を防ぐために分泌する粘度の高い発光性の液体には薬効作用があると言われ、古く鎌倉時代から民間療法に重宝されてきた。どうです?それっぽくは聞こえるでしょう?」
「まあ、少しくらいは探してみたくなるかもしれませんね。もし見た目が綺麗なら特に」眠気のためのあくびを抑えながら言った。
「観光案内所に届いた忘れ物のノートにそういう虫の記述があったことにしました。さっそく次の日から虫探しです。あの蔦の家の三階がカンシロギクだらけになっていました」
「そういう名前のお花は本当にあるんですね?」
「はい。ノースポールと言ったほうが分かりやすいかもしれません。カモミールによく似た花が咲きます。匂いは違ってますけど」
「私、眠れない時によくカモミールのお茶を飲んでます。ノースポールはどんな匂いがするんですか?」
「それも一言ではちょっと…。今の時期ならまだ枯れる前の花を見つけられるかもしれません。こぼれ種でどこにでも育つ丈夫な植物です。後で野良のノースポールを探してみましょうか」
 離れた所に座っていたアジア系観光客の二人組が砂紋をしばし眺めた後、感想らしき言葉を語り合いながら去っていった。
「それで、加藤さんはどうしたんですか?」
「最終的に別の新種を見つけました」
「すごいじゃないですか」
「そういう人なんですよ。何でも深く信じ込んで潜っていってしまうんです。以前は島の年中行事にもよく参加してたらしいのですが、今はからっきし。そういう性格の人なので、自分から距離を置いているのかもしれません」浩太君は続ける。
「専門家の方に新種だと認定してもらった後で、全て白状して謝りました。今思うと絶交されなかったのが本当に不思議です」
 岩の苔にすずめが降りた。
「逆に僕が質問しても良いですか?」
「どうぞ」
「どうして江の島に?」
「それはちょっと…、内密なことなので…。でも、また夏ごろ島に行きます」
「植物園の手伝いですよね。加藤さんから聞きました。…じゃあ、最後にもう一ついいですか?」
「あの人は極度の人見知りなんです。一体どうやって家に入れてもらったんですか?」
「ケニア産のバラの花束を持参しました」
「なるほど。僕も今度試してみよう。三階の奥の立ち入り禁止令が解除されるかもしれない」
 結局、野良のノースポールは見当たらず、浩太君が他人の家の地下室で何をしているのかは聞けずじまいだった。
 京都駅の地下街で彼にプレッツェルをおごり、偶然バッグに入れてあったおじいさんの家の合鍵を彼に渡したが、議論の末にそのまま私が持っておくことになった。
 その夜、電話でおじいさんに学生証のお礼を述べると、浩太君の高校の創立記念日は二月十八日であることが分かった。



手紙5
 文章を書くのは嫌いです。失くしたものをわざわざ書こうとして、文量が増える一方です。貴方の悪いくせは今も直っていません。私の推測は当たりました。
 きっとご自分の書かれたものを見返す時間もなかったのでしょう。ですから私の手紙はこのように短く添えて、貴方から届いた今朝のお手紙を今夜は手で写しました。
 追送致します。きっと、すぐに届くでしょう。



 蒸し暑い七月に入ってから、不眠はより強くなり、その反動としての過眠もひどくなった。
 心身の不調に対して為すすべは無くなってしまった。ヴェールに包まれた感覚は堅い壁に抱かれる感覚へと段階を進んだ。血液を吸い込む腫瘍が後頭部に生まれたような意識での生活は振るわなかった。
 安らかな眠りや心地良い目覚めを感じることのできない日々は続いた。肉体的な疲れが役に立つかもしれないと考え、ウォーキングやランニングを始めたが、そのような疲れを乗り越えて眠りの苦しみはやって来た。精神的な問題だった。
 特に、不眠の日は私の行動すべてを台無しにした。細かいものはより細かく、大きなものはより大きく奇妙に映った。睡眠の不安定さがもたらしているのはエネルギーの消極的な減退というよりも、過度に積極的なある種の野蛮な欲だった――すべてを投げ打って、安らかに眠りたい。
 そのような願いをかなえるように冷たい気持ちは針で私を刺し始める。上手くいかなかった昔の出来事が身体に染み渡り、その嫌な感覚が脳へ上ると、時系列にそぐわない断片的な心象が見えてくる。悲しみという針に何度も刺され、まるで言語化する脳機能が切り取られてしまったような麻痺を不眠はもたらした。過眠はその影に隠れ、次に訪れる夜を狩人のように狙っている。
 不眠と過眠は強い交わりを深め始めていた。正負の電子回路のように対立している二つの眠りの関係性は、見方によっては蔦の家のあの絵のように錯視的に、二つの表面を一つにして弱く撫でることのできる性質を持っているのかもしれない。
 もしもこのままの夜が続けばしかるべき不眠の治療を受けようと思っているので、江の島に行くのを諦めなければならない可能性もある。おじいさんにはそのように伝えた。私の事情を彼は受け入れてくれた。

 七月の終わりごろ、浩太君から江の島天王祭の写真が一枚送られてきた。
 焼けた肌の目立つ島の大人たちが主役の一枚で、その構図は「海中御渡」の始まりを捉えていた。その日の不眠のせいもあったのか、海の暑さがより強く感じられた。
 裸体の男たちにより担がれた神輿は江島神社の境内社である八坂神社を出発する。そのまま江の島の海に入り、神輿は潮水を浴びながらも一艘の堅牢な船のようにして島の外縁を巡る。江の島の聖天島付近に着くと再び陸地に担がれ、鎌倉の腰越にある小動神社を目指す。
 かつて、大津波でこの小動神社から須佐之男命の神体が江の島の洞窟へと流れ着いたという。その逸話が八坂神社の創建に影響している。小動神社と八坂神社の夫婦神は一年に一度この祭りで出会う。
 八坂神社創建のおそらく千年ほど前には、四十里の大きな湖に住んでいた五頭龍がとある村で十六人の子を飲み込んだはずであり、人の姿の消えたその村は「子死越」と呼ばれ、それが転じて鎌倉の「腰越」になったという一説がある。浩太君と竜安寺の石庭で話をした際、彼はそこに住んでいると言った。
 私は聖天島という島を見た覚えがなかった。調べてみるとそれは島の東の端にある目立たない丘だと分かった。以前は衛星のように江の島に寄り添う聖天島であったが、関東大震災で隆起し、一九六四年東京オリンピックの開催時にはヨットハーバーの建造のためにその大半を埋め立てられてしまった。
 一二〇二年七月十五日未明、僧の良真は聖天島に来島し、その後千日に渡る修行の末に弁財天のお告げを受けた――『山頂の社殿が見る影もなく荒れ果てている。貴方を見込んで再建をお願いしたい』。良真は涙を流した。
 期末試験後に部屋の大掃除をしてから、十日間ほどおじいさんの家にお邪魔させてもらうことにした。睡眠薬を持ち寄るかどうか最後まで迷ったが、新しい旅に賭けることにして、コンセントを抜いた灰色の冷蔵庫にそれをしまった。



手紙6
 貴方の手紙はセントポーリアが咲いた日に届きました。もはや古い贈り物なのかもしれませんが、アフリカ原産であることを忘れさせるくらいに室内の弱い光を良く吸って、今でも育ちの盛んな植物です。肉厚の葉には短く柔らかい白毛が生えていて、中央部から小さい葉が外に伸びてゆきます。全体の姿は湧水が出でて起こる水面の緩やかな膨らみに似ています。手紙を待つ間にはいつの間にか現れた蕾の生長を見守る時間が充分にありました。
 ある朝です。目を凝らして贈り物を見つめていますと、白毛の上に埃のような何かがあります。絡まった白綿のくずのようにも、凝縮した雪片のようにも見えました。
 液体肥料の結晶かもしれません。表皮に水粒が留まるのがしばしば変色の原因となるように、セントポーリアの葉は白毛のせいでよく水を弾きますから、世話の不手際で液体肥料が固体へと変化してしまったのかもしれません。
 翌日見ますと、結晶は蕾の縁から枯れかけた一葉へ移っています。胸がざわつきました。改めて結晶に注目しますと、丸みのある形態に縦や横の筋が幾本も走っています。頭部の先から二本の白い触覚が生え、細やかな足が深緑の葉を掴んで離しません。
 貝殻虫でした。
 何処からやってきたのかは分かりません。贈り物として華美な装飾の箱に梱包された頃、既に虫は居着いていたのでしょうか。それとも私の部屋へと虫の卵が風に乗って飛んできたのでしょうか(貝殻虫が卵を飛ばすかどうか知りませんけれど)。
 とにかく、この虫は植物に良い虫ではありません。薬剤の散布は室内なので難しいでしょう。他の観葉植物に悪影響を及ぼす可能性がありますから。それにまだ数匹です。要らない歯ブラシなどでこそぎ落とす方法がふさわしいかもしれませんが、彼らは葉茎の密集した中央部に身を隠しているので、きっと届きません。このまま放っておきますと生殖を繰り返し、いずれは白い群れとなります。密集したまま昼夜を問わずセントポーリアの汁を吸い続けるでしょう。
 独りでワインを飲んだ夜でした。そのような夜には必ず冷えた窓際に立ち、赤紫色の熟れた蕾をライトで照らし見る癖がありました。最も成長の著しい蕾の茎を利き腕の小指で少し押し分けてやりますと、白と紫を帯びた二三の触れられない点が順番を待っています。
 急に怯えました。私の一部は怯えました。私たちはお互いに憧れている部分があります。お互いに劣等を抱えている部分があります。それでもなお根底に沈む、幼生的な性質を背負い震えている、自己防衛のための汁という庇護を憂い吸う軽蔑的寄生……。
 たとえ柔らかい茎の何本かを犠牲にしたとしても、物怖じしたくはありませんでした。ライトを向け、薄布で蕾に付いた白虫を優しく抱いて、連れ去ろうとしました。殻が柔らかいとは知らなかったのです。
 圧されて潰れた黄色い色素と白い断片が渇くまで、私は私の一部を切り離して私を覗き見ていました。

【追伸】 貴方の手紙はセントポーリアが咲いた日に届きました。はたして古いだけの贈り物でしょうか。



 八月の初め、深夜バスで江の島へ向かった。海面の微弱なゆらぎが起こす乱反射を疲れた目にまぶしく受け、島へと続く橋の前で立ち止まって汗を拭き、湿り気のある海風を深く嗅いだ。
 正確にはこの歩行者用の橋は江の島に向かうための唯一の橋とは言えない。歩行橋である「江の島弁天橋」と道路橋である「江の島大橋」の二つの橋はお互いに寄り添って並んでいる。そのせいで初めて訪れた際はそれらが一本の橋であるという思い違いをしていた。さわやかな夏の両橋は歩行者と自動車で埋め尽くされていた。
 江の島を真正面に見据えると右手には箱根の青い山々の向こうに富士山、左手には三浦半島の曲線、それらが紺を絞ったような海に支えられて明るい光を見せている。時おり波が崩れながら橋脚にぶつかる。しかし足元を濡らすようなことは決してなく、どれもが等しく力尽きて海原に戻る。
 江の島の玄関口は歴史ある店からモダンな店まで、初めて島を訪れる人も再三の来訪者をも巻き込める経済的工夫が入念に凝らされていた。魚店の生魚売りが続いたかと思うといきなり洋風建築のアイランドスパが現れ、老舗の貝細工店の連なりと可愛らしいキャラクターをモチーフにした若者向けの茶寮が通りを挟んで狛犬のようにお互いの役割を果たしている。
 待ち合わせの時間になるとおじいさんは橋の終わりにある青銅鳥居の下に現れた。作業服ではなく植物柄のシャツを着ていた。彼が蔦の家の鍵を開けてくれたのでポケットの中の合鍵を使うことはなく、数か月ぶりの階段を下ってリビングのソファに座ると、目の前の唐草模様のティーカップが時の流れを告げた。
「カモミールティーがお好きだと浩太から教えてもらったので作ってみました。彼の京都旅行、突然のことでご迷惑をおかけしてしまったかもしれません」
「いえ…龍安寺に行くのは久しぶりで楽しかったです。特別なきっかけがないと近くの場所ほど足が遠のいてしまいますから」
「嘘の創立記念日の件、僕がきつくお灸をすえておきました。『君にとって大切な時期だ』と、事あるごとに言いつけてはいるのですが、あの子にはどうも長い将来を考える勇気が足りない。目の前の事は優れた燕のように広く見渡せているのに、その次の事は濁った霧にかかっている」
 おじいさんは手元のカップにティーを注いだ。私は自分のカップを手に取った。口元にカモミールの香り良い湯気が当たった。
「そういえば、カンシロギクのことを浩太とお話ししたみたいですね」
「はい。でも、結局実物は見つかりませんでした」
「写真があります。持って来ました」
 おじいさんはテーブルの上の厚いアルバムを手に取り、赤い付箋のついたページを開いた。私は写真を見た。
 顕微鏡の列の奥にカンシロギクと思われる数十の植木鉢が置かれている。花茎が葉々の山からいくつも伸び、開花途中の淡いたんぽぽを油絵の具で塗りつぶしたような真黄色の頭頂部を花びらが白く囲んでいる。写真の花々はガラス玉の群れを一方向に勢い良く転がしたように一定の間隔で咲き乱れていた。
「カンシロギクは冬と春の花ですから、夏ごろになると全て枯れてしまうのが普通です。見つけられなかったのは残念でしたね」
 ふいにメロディーが聴こえた。
「もしかして、浩太君の音ですか?」私が沈黙を破った。
「よく分かりましたね。そのとおりです。彼は吹奏楽部でクラリネットを演奏しています」
「だから地下室を使っているんですね?浩太君が京都に来たときはそういったことを聞きそびれてしまって」
「部活動を終えた後や休日はいつでも彼に地下室を貸しています。彼の家では大きな音は御法度とのことです。それに、海の近くで練習をすると砂や塩分で楽器の状態が悪くなるという話を彼から聞いたことがあります。あの地下室ならそのような心配はまずありません。…まあ、四五年ほど貸し続けている今になっても、浩太がどうやって僕の地下室のことを知ったのかは分からないままですが」
 何かの曲の一部は流暢に流れている。断片的な、少なくとも伴奏の類ではないそのフレーズのかけらは十数回にわたって反復され、しかしそれのみを繰り返して、またしてもじっと考え込むように音楽は動きを止め、再び無が私たちのいる空間にこだました。
「地下室の音は二階には届きません。実証済みです。安心して眠ってください」おじいさんは続ける。かすれた声にどこか緊張の色が帯びていた。
「阿川さん。明日、お時間があって体調が良ければ」
「浩太の出演する吹奏楽のコンサートを一緒に聴きに行きませんか?お手伝いしていただくのはそれからでも遅くないです」
「良いんですか?」
「かまいませんよ。お客さんが増えれば彼も喜ぶでしょう。ああ、あと」
「カンシロギクの花言葉はご存知ですか?」
 私は首を横に振った。おじいさんは下を指差して、
「誠実」



手紙7
 手紙をねつ造してくれてありがとう。
 賢い人は自らのプリズムの内面に関節をいくつも持っている。変わりゆく環境に対して森から砂浜へ、そして砂浜から森へと形を組み替えて忍ぶことができる。しかし、弱さの才能と言うのか、それとも弱くなれる力とでも言うべきなのか…プリズムのような賢さを持ち合わせていない人もいる。関節未満の柔らかいゼラチンのような、透き通る膜に包まれた珪砂のような霧を持つ人。
 霧はかたち以前のものなので、言語や音楽にすることはできない。しかしそこには確かに霊的な美質が存在する。僕はそれに憧れているのかもしれない。僕はそれを憎んでいるのかもしれない。清冽で稲妻のような霧の蔦。
――実はこの手紙は僕自身を対象にして書かれたのかもしれないにせよ――、牧神にでもなったかのように歪んだ栄光を満たす時……



 人間の頭、腹、足には虫が一匹ずつ潜んでいるという。
 虫たちは人の悪いおこないを常に間近で見てまわり、その罪の大小を天帝に報告し、場合によってはその人を早死にさせる。三匹の虫たちによる罪の報告を免れるため、人々は庚申の晩を眠らずに過ごす。そうすればその晩は虫たちが体内に留まり、天への報告を防ぐことができる。
「猿田彦」と大きく彫られた江の島の庚申塔は一八三二年に建てられた。おじいさんによればちょうど今夜が庚申の晩に当たるらしく、
「できれば今日の夜だけはこの家にいないでほしいのです。その代わり、宿を紹介しますから」
 と、私は半ばおどされるかのように江の島にある小さな民宿で一晩をお世話になった。連日の寝不足を解消するために慣れない匂いのする布団の中で心ゆくまで目を閉じた。
 私が持ち込んだサボテンはおじいさんと共に夜を過ごした。

 京都の盆地よりは蒸し暑くない、不安定な雲が次々に島を通る日だった。今日のコンサートは午後の遅い時間帯に開かれることになっていた。駅前の野外ステージで行われる演奏らしく、小田急電鉄の片瀬江ノ島駅や江ノ島電鉄の江ノ島駅、湘南モノレールの湘南江の島駅といった最寄りにそのようなステージはなかったので、おそらく他の大きな駅で開かれることが予想できた。私は電車に乗っている自分の姿を想像した。針で刺され、呼吸が浅くなった。
 受付で宿の主人に宿泊代を払い終わると、彼は私に話しかけてきた。
「本当は二人以上じゃないと宿泊できないんだけど、今回は特別に」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
「加藤さんから電話が来たときは驚いたよ。ずいぶんと久しぶりにあの人の声を聴いたような気がする…島にはどれくらいいるんだい?」
「十日間くらいいる予定です」
「十日間。どおりで遅い出発だと思ったよ。…民宿の朝なんて慌ただしいだけで、僕らもお客さんも昨日のたるんだ時間を取り戻すために急いで身支度を済ませる。でも思うんだけどね、一日二日で島と鎌倉を全部見ようなんて無茶な話さ。大抵のお客さんはそうするんだけど」
 長年使われていない肉が進化のように削ぎ落とされている、覗き込む目だった。
「京都から来たんだろ?電話で聞いたよ。場所は違えど、抱えている悩みは一緒だと思うよ。二泊三日で京都を巡るなんて、旅というよりは訓練みたいなものじゃないか?ああ、懐かしいなあ、京都。昔修学旅行で行ったきりだ」
 食事用のテーブルは無人で、近くのブラウン管テレビは点いている。朝のニュースでタンカーから夥しい重油が流れている。場面が移り、口内炎治療薬のコマーシャルが始まった。コーヒーとトーストとゆで卵のモーニングサービスは終わっていた。
「旅っていうのには余裕がなくちゃいけないね。そのためにはもっと見ないと。例えばね、ただただ・長い時間・たっぷりと目を使うんだ……余裕を産むためにね」
 言葉の節々に添うように主人はコカ・コーラの瓶を片付けた後、いびつな声で自らのためだけのように笑った。
 私は民宿を出て、細い石畳を歩きはじめた。

 振り返ると白い骨組みのシーキャンドルが常に高く突き出ていた。島を囲んでいるはずの海は土産屋や海産物の飲食店で見えず、一本道に等間隔で置かれた「奥津宮」という案内が脇道のないせいで妖しく目立っていた。
 現在の江の島には辺津宮、中津宮、奥津宮、江の島大師、児玉神社、延命寺などの寺社があり、辺津宮、中津宮、奥津宮は総称して江島神社と呼ばれる。私が初めて観光を目的として訪れたのは多紀理比賣命を祀る奥津宮だった。
 朝独特の、人のない静けさがあった。島に被さる樹々は奥の社にもしっかりと根づいていた。その大きな根に持ち上げられている本殿や海岸への石畳は、現実に広がる景色よりもさびしく狭く濾されてしまったかのようだった。緩やかに巡る雲からしたたるように雨が降り始め、奥津宮の近くの屋外茶屋では外に置かれた緋毛氈の朱色が濡れた。その先に海の階段が現れる。
 下りるにつれて海は広がった。見える海は橋の手前から見たはずのさわやかさとは程遠く暗かった。長い石段を雨の中で下るのは危うく、二つ目の踊り場で立ち止まり、海を諦めた。
 外に出されていた店の看板はいつの間にか姿を消した。シーキャンドルの頭は雨雲に紛れた。茶屋の人に勧められて雨宿りをすることにした。正午になると雨はやみ始め、雲の厚みも和らいだのか、かろうじて日なたと日かげの対照が現れるくらいに膨らんだ光が島に戻った。海の見える屋外テラスを一人で眺めていると、エプロンを着けた店の女性が話しかけてくれた。無料で貰った一枚のせんべいには蛸が入っていた。
 雨脚のほぼ途絶えた頃に店を出た。約束した時間には少し早かったが、湧水のような水たまりをいくつも避けながらおじいさんの家に向かった。
 蔦は雨に濡れていた。降り注ぐ太陽の光を受けていた。靴の泥を落とし、合鍵で中に入った。地下室までの階段を下るとアルミのドアノブに「閉」という札がかけられていた。私は扉を開けなかった。
 三階の一室でおじいさんはソファに毛布をかけて横になり眠っていた。写真と同じ小型顕微鏡がその近くのテーブルに置かれていて、覗くと細胞のように動いた。



手紙8
 お手紙をありがとうございます。お恥ずかしい話なのですが、私にも辛い夜があります。それは母の事です。母は私の悩みを吸い、答えを出してくれるかけがえのない存在でしたけれど、貴方も知っての通り、私が十六歳の時からある病にかかっていました。
 今でも、不気味な声に唆されることがあるのを否定しようとは思いません。精神的な平穏を保ちたいためにこれで良かったのだとうなずく私が出で、思考の泥がふと真夜中に攪拌されると数々の眠りや夢の時間は何も役に立たないように感じ、何度も寝返りを打つことになってしまうのです。やむを得ず、私は私の一部を殺しました。
 けれども、夜明けというのは鳥たちの良い時間です。人は未だ心地の良い夢を見続けられる時間を過ごしていますし、夜行性の生物などは逆に夢見へと誘われる時間です。比べて鳥は、朝靄のおおう山や川、町を転々と飛び交います。
 飛ぶ、と一言に表しても、方法は鳥によって異なるでしょう。白鷺のような鳥は筒の首を真っ直ぐに伸ばし、地と平行に飛びます。美しい飛び方です。
 対して、烏などは飛び方にこだわりがないようにも見えます。けれど、無愛想に舞って飛び上がる瞬間は、黒い身体に似合わず無骨さが見えて可愛らしい。私は烏が好きです。そうすれば、我が物顔で歩む姿が悪い夢の船出に見えもしますから。
 今日は久しぶりに霧雨が降りました。京都の事実は知りませんが、東京では一ヶ月ほど降っていませんでした。
 明け方にふくらんだ苔をたくさん見ました。いわゆる地衣類と呼ばれる苔ではない橙色の生物、枯れ果てた猫じゃらしや小さな切り株、アスファルトが剥げて灰や茶の礫が露出した地面、こうした風景のどこかに必ず苔は生えています。どこにでも生えているわけではありません。昔ながらの佇まいを残した塀には葉を広げた鮮やかな苔山がここそこに染み付いているでしょう。意匠を凝らしたコンクリート調の新しい住まいには、すぐには寄り添ってくれません。
 現実の話です。貴方はどちらがお好きでしたでしょう。もう忘れてしまいました。



「最後の曲は、ドビュッシー作曲の『喜びの島』をお送りします。地中海に浮かぶシテール島に上陸し、その地でつかの間の愛を語らう人々を描いた『シテール島の巡礼』という絵があります。彼はその絵にインスピレーションを受けて『喜びの島』を作曲したとも考えられています。シテール島は、ギリシア神話における女神、アフロディーテの生誕地としても有名です」
 雲の一点も拭き取られた夕暮れの駅前広場は帰り道を急がない人々で賑わい、設営されたステージの上には大規模な吹奏楽団が待機していた。二人の女の子がマイクを持ち、ステージの袖のあたりで曲の解説をしている。観客用の椅子はなく、生徒の関係者と思わしき人々はデジタルカメラやスマートフォンを最前列で高くかかげている。
「『喜びの島』は本来ピアノのために書かれました。今回演奏するのは吹奏楽版に編曲されたものです。この曲は今年度のコンクール自由曲です。今年三月に行われた第二十二回定期演奏会をはじめ、機会があるたびに必ず演奏を行っている一曲です」
 広場に着いたころにはほとんどの曲の演奏が終わってしまっていた。行きの東海道線での「人混みが苦手」というおじいさんの告白は、一気に歳を十も増したようなその表情で真実だと分かった。「やっぱり気が変わったから行かない」と言って毛布から出ようとしなかった彼を説得し、今、私たちはクラリネットの学生たちを真正面に見据えた人だかりに紛れている。
「アンケート用紙では、様々な方から演奏のご感想をいただいてきました。ピアノの演奏でこの曲を良く聴いているという方からは、吹奏楽で演奏した際のテンポのあり方に戸惑ってしまうという意見を頂戴したことがあります。その逆に、吹奏楽の曲に慣れているという方からは、色彩感のある編曲を楽しむことができたというご感想を頂くこともあります」
 女の子たちは交互に話す。
「皆さまは今日の演奏にどのような印象を受けるでしょうか。ピアノ版やオーケストラ版はもちろん、今日の吹奏楽版でもこの曲を楽しむ一つの機会になれればと思います。それでは、よろしくお願いします」
 若い男性の指揮者がステージの左から生徒たちをすり抜けるようにして現れた。いくつかの曲をこなしたためなのか、額は汗で照り、疲れた顔を笑みでごまかしているようにも見えた。
 指揮棒が空中に静止するとそれと同じだけの集中があたりへ漂い、階下から聴こえたあの一つのフレーズで音楽は始まった。
 おじいさんは驚いたような顔で、「ああ、この曲か」と呟いた。

 浩太君は言う。
「アンケートの『ピアノだったらこのくらいのテンポが正しい』という言い方は、やっぱりちょっと気になりますね。例えば、ドビュッシーの曲の中でもあの有名な――有名すぎるのは時に困ることですが――『亜麻色の髪の乙女』だって、ドビュッシーがどんな髪型の乙女を想っていたにせよ、演奏者が変われば全く別人の乙女になってしまうのが普通です。阿川さんみたいなショートヘアのために演奏しても良いかもしれない」彼は続ける。
「『喜びの島』にも同じことが言えます。彼にとってどのような島だったのか、今はもう推測することしかできない。でも、それが真摯に推測した結果であるなら、テンポや表現の『正しさ』というあいまいな制約には至らないはずです。演奏者の内側にあるのが『正しさ』であり、外側にあるのは『好き嫌い』という制約です。ですから、『あなた方の演奏は嫌いだ』とはっきり言ってもらいたいんです」
 私たち三人は江の島に帰ってきていた。おじいさんは演奏の途中で人混みに耐えきれなくなり、私を連れて広場から逃げてしまった。夏の赤い陽が沈んでしばらく経ったころ、浩太君は傘を三本持って蔦の家にやってきた。
 サボテンは三階の流し台の窓に置かれていた。おじいさんは昨夜の庚申の疲れもあったのか、帰ってくるなりまたソファの上で毛布をかぶってしまい、今は小さないびきを立てている。私と浩太君はその近くにあった木椅子を二つ引きずり、小型顕微鏡の置かれたテーブルを囲んだ。私は今日の遅刻を謝った。
「最後の曲しか聴けなくてすみません。おじいさん、あまり乗り気じゃなかったみたいで…。しかも途中で帰るなんて言い出すから…」
「気にすることはありません。お客さんの中に見知った顔があって驚きました。あの人、コンサートとかは得意じゃないって散々言ってるんですよ?聴きに来てくれるなんてことは今まで一度もなかった」彼の声はわずかに上ずっていた。
「一人や二人の演奏なら大丈夫みたいです。でも、それが十人とか、今日みたいに四十人、五十人の場になると駄目みたいで」
「私、やっぱりおじいさんに無理をさせてしまったのかも」
「良い刺激になったと思いますよ。そもそもあの人は全く島から出ないんだから。たまにはああいう空気を吸った方が良い」
「そうだったら良いんですけど…」
 私たちは改めておじいさんのほうを見た。頭から足まで毛布に包まれ、蛹のようにソファに沈んでいる。
「浩太君はいつクラリネットを始めたんですか?高校からですか?」
「いえ、中学に入ってすぐです。友人に誘われて吹奏楽部に入りました。それまで特に音楽が好きというわけでもなかったのですが…。正直今でも、本当に好きかと言われると返答に困るかもしれません」
「そうなんですか?」私は地下室でクラリネットを吹く彼の姿を想像してみた。重ねるようにコンサートの姿を思い出した。二つには正負のような調和があった。
「基本的に、吹奏楽の楽器は一人につき一つの音しか表現できません。良く言えば協調性のあるハーモニー。悪く言えば一人だとほとんど何もできない。そのような音楽の性質上、出過ぎた真似は許されません。ピアノとかギターとか…一人で表現を完結できる楽器を選んでおけば良かったと、時々ふと思います」彼は続ける。
「そういう意味ではやはり加藤さんと僕は似ているのかもしれません。…でも、橋を渡らないまま彼と植物は一つの島で過ごせる。僕は橋を渡らないとここで吹けない」
「始めてみれば良いじゃないですか。ピアノもギターもきっと似合いますよ」
「今は絶対できません。もうコンクールが近いんです。今日もこっぴどく先生に叱られましたよ」
「コンサートで女の子が話してましたね。自由曲がどうとか…」
「ちょうど野球の甲子園のようなものです。いくつもの予選があって、聖地までたどり着いたとしても、吹奏楽的栄冠を手にするのはほんの一握り」

 おじいさんは午後八時をまわっても起きなかった。浩太君は「これから練習が佳境を迎えるから、今日のうちにもう少しお喋りをしていきたい」と言い、私たちはそっと階段を下り、二階の一室に入った。
 部屋の小ささに対して不格好に大きな蛍光灯が夜の暗さを一息に散らした。壁の棚には膨大な数のCDが蔦の葉のように並べられ、作業台の上には一世代前の丸みを帯びたプレーヤーが置いてあり、総じて部屋は音楽のために作られていた。白いレースのカーテンを引くと鎌倉の街灯かりが黒い海に浮かんでいるのが見えた。
 浩太君は階下からパイプ椅子を二つ持ってきてくれた。私たちはドビュッシーのとある一曲を続けて聴いた。
 ホルヘ・ボレット、グザヴェ・ドゥ・メストレ、ヤーノシュ・シュタルケル、ホセ・ルイス・ゴンサレス、前橋汀子、パン・デ・デュー、ミシェル・ダルベルト、小川典子、須川展也、トウキョウ・ブラス・シンフォニー、ピエール・ポルト・オーケストラ、ゴードン・ファーガス=トンプソン、フジ子・ヘミング、ダン・タイ・ソン、工藤重典、フレデリック・カンブルラン、ポール・クロスリー、アナトリー・ヴェデルニコフ、永冨和子、マウリツィオ・ポリーニ、フランソワ・サンソン……
 最後はクラリネット奏者のエンマ・テクシエによる演奏だった。
「おじいさんによろしく、今日は来てくれてありがとう」と言い残し、浩太君は橋を渡り帰っていった。私の手元には傘が三本と、コンクールのチケットが二枚残った。チケットの入った白封筒には「境浩太」と手書きの文字が添えられていた。
 舞台裏で聴く音は想像の姿の中に聴こえ、まどろんだふしぎな響きがするらしい。



手紙9
 君の死んだお母さんの話はよく聞いた。僕たちがお互いの事をおぼろげに推測できる仲になった頃だ。話してくれてとても嬉しかったのを覚えている。
 しかし、お父さんの事実は相変わらず語らない。例えば…お父さんは不幸を呼ぶ青い烏だから、昔ながらの家庭的幸福を知らなかった……
 目の前に僕を軽蔑する君の顔が浮かんでいる。



「おじいさん、おじいさん」
「そろそろ寝ようと思うので、二階の寝室をお借りしたいのですが…」
 彼を揺すって起こし、鍵を貸してもらった。久しぶりに目覚めたような合間を挟み、寝室の電球は暖かく点いた。
 ベッドライトを点け、今日の演奏で配られたプログラムノートを読んだ。コンサートはいくつかの近隣校が合同で行ったものだったらしく、それぞれの学校の顧問の挨拶が冒頭の数ページを占め、次いで曲の紹介、それから各学校のパート紹介があった。数十枚のページを流し読みすると、同世代の女の子に囲まれながらモノクロの粗い写真でひとり微笑む彼を見つけた。写真は高徳院の鎌倉大仏を背景にして撮られていたが、その顔は遠くに崩れ、どのような表情なのかは読み取れなかった。
 貸してもらった部屋のベッドは新品同様で、柔らかく質の良いものだったけれども、初めて見る部屋の内装と外の景色は眠りに良くなかった。午前二時からは一睡もすることができなかった。屋外で陽を吸った身体は内側から正しく熱を発し、皮膚の辺りまで微熱が這った。意識はますます目覚めを強いられ、不具合を起こした脳が肉の神経に触れると、時おり四肢は小刻みに震えた。
 夜が和らぎ始めた。眠りを諦めて寝室を抜け出し、島の散策に出た。

 薄明りの片瀬の浜は静かだった。すり傷のように寄せる波は泡を産み続け、その周囲を疎らな人影が星座図のように結んだ。素朴な土色の片瀬漁港の砂浜も伴い、海は一つのみずうみに見えた。しだいに陽が高く昇り、海に浮かぶ薄雲が消えると、湖上に島が迷い現れる。
 セキレイの音と潮の香りは朝焼けの大気に漂う。江の島の入り口はすこやかに目覚め始めた。海産物を軸とした岸辺の店は開店の準備を始める。飲料の入ったガラス瓶の擦れる音、人々が橋を渡ってきて、ちょうどその足裏が煉瓦敷きの地面からアスファルトの舗装へと入って来る音、それらをかき消すようにして郵便車やバイクが青銅の鳥居をくぐり抜け、弁天橋仲見世通りと呼ばれる栄えた坂を、江島神社の入り口である瑞心門まで駆けてゆく。紀の国屋本店の女夫饅頭の蒸気が金属管から勢いよく出て、シルクで作られた煙のように客の頭上を巡っては消えた。
 三ヶ入りの菓子を買った。会計の際、割烹着姿の女性に「どこまで帰るの」と尋ねられ、私は「京都まで」と答えた。店の主人は江の島で育ったという話だった。
 蔦の家の玄関には布の袋に詰められたトマトが置いてあった。寝室に戻り鍵を閉め、歩き通した脳と身体をしばらくの間休めた。
 包み紙は浮世絵だった。内側の菓子はひのきの薄い板で包まれていたが、外の箱は木肌を模したスポンジだった。



手紙10
 先日読んだ掌編に「世界遍歴者」という言葉が出てきました。良い言葉だと思います。それを逆手にとった自由を父のように自称するのはともかく、私たちの物事の認識にはこうした性格がつきまとっています。それは常に螺旋を描いている光線のようなものです。
 激しい照射と無の世界を日々に巡る、火星や金星を浮かべてみると良いでしょう。あるいはこの星の砂漠でも良いかもしれません。灼熱の光がかげる瞬間と、凍てつく闇の切っ先から光が現れる瞬間、与えられた環境が厳しいゆえの喜びはどれくらいのものでしょうか。稲妻の走るような一瞬の恵みは、その後のおそろしく長い朝晩の対価として見合うものなのでしょうか。かといって、今週の天気のように曇り空の続く日々も楽しそうではありません。
 逆に、光の塊である太陽のような世界に住むのはどうでしょう。それもきっとつまらないものです。技術を結晶させて作ったシェルターで真っ赤な太陽の踊る炎を見上げる。ある種の世界遍歴者ならともかく、一介の民間人である私には一日も耐えられないかもしれません。
 せめて眠くなる夜は光を消してほしいとお願いすると、しぶしぶ彼は了承し、世界は架空の闇に包まれるのです。



手紙11
 話してみたい母の思い出があります。この手紙のお返事は必要ありません。
 父は貴方のように奔放な人間でしたから、母の看病に応じることはしませんでした。高校生の私を覚えています。母の老けた泣き顔を思い浮かべることもできますし、排泄物の臭いを思い出すこともできます。穢れた事実です。私たちは日に日に比喩としての扉を開け、新しく清らかなふりをして歩きますが、きっと扉どうしは常に連なっているのです(伏見の千本鳥居は訪れましたか?)。開いても閉じても、扉はそこにあり続けます。
 けれどいつかの夜に、きっと、もしも尊敬のぶつけ合いが必要ならば、私は抑圧をぶざまに失ってなおこの先を語りたいと考えます。

 母の死を一度だけ妨げたことがあります。お気に入りの洋服を結んで首吊りの真似事をしているのを見つけてしまったのです。
 痕が残らない程度に首を圧してみてください。狭くなった気道へ空気が行き来すると、そのたびにかすれた音が喉から漏れ出します。母の寝室と私の寝室は二枚の扉と狭い階段を挟んで繋がっていましたから、微かに音とも声とも判別できないうなりを聴きつけることができました。死のうとする母を横目に、ベランダのドアに結びつけられた紐をカッターで切り落とすと、母の目が私を見ています。
 患ってからは滅多に笑わない母でしたが、季節の花にはよく微笑みました。あの人は父を愛していましたから。
 貴方もご存知の通り、東京の駅には人が沢山います。母の背中を探します。私が知る私だけの時間です。気が気でなく心が早鐘を打つような求めを過ぎますと、後に残るのは穏やかな夢想ばかりです。でも、それはひと時の経過によるものです。決して白い羽のいたずらではありません。
 私の中に詩情というものはもはや存在しないのかもしれません。伝えられなかったことを詩と呼びたがるのが青い烏なのですから。
 私を軽蔑してください。



 ノックのせいで浅い眠りから目覚めた。ベッドを下り、持参した簡易用のスリッパを履き、試行錯誤の末に部屋の鍵を開けるとおじいさんが立っていた。見覚えのある作業服を着て、灰色のリュックサックを小柄な身体に背負っていた。
「朝の仕事を済ませてきたところです。もし良かったらお昼を食べに行きませんか?昨日のお詫びも兼ねて」
 洗濯機に長袖のシャツとジーンズを投げ入れ、シャワーで目をあたため、身支度を済ませて蔦の家を出た。これから数日の間、夏の江の島は太陽に恵まれる予報だった。相模湾に沿って走る国道一三四号線から島を見れば、それは四季の中でもひときわ濃い緑で塗り尽くされていて、海の境目の根の旺盛さを想わせてくれる。
 奥津宮の方向に二人で歩いた。おじいさんが着ている厚手の作業服は湿った微風に似合わず、こめかみから伝う汗を首に巻かれたタオルが吸い込んでいた。左の頬に盛りあがりのあるほくろがあった。連れ添うように皺が刻まれていた。夕暮れのほくろはどこか紫がかっているように見えたが、今は生気を持って黒々としている。
「昨日は浩太君が家に来てたんですよ」私は念のため、家のどこかを言わなかった。彼に三階の奥の立ち入り禁止令が出ているのを京都で知っていた。
「本当ですか?全然気づかなかった」おじいさんは庚申塔の傍に生えたツワブキを見ながら言った。
 辺津宮には立ち寄らなかった。島の頂上まで繋がるエスカレーター、「江の島エスカー」の二つ目の乗り場が見えてくる。開いたままの入り口で係員は陽ざしを避けている。片側ではねじれた桜の樹々が葉を広げている。
「いろんな話をしました。コンクールの事や、昨日演奏した曲の事。…おじいさんは人混みが苦手だって事も。私、無理やり連れて行ってしまったんじゃないかと心配で」
「一晩眠ったら大丈夫になりましたよ。僕一人では絶対にあのまま諦めていましたから、むしろ引っ張ってもらえて良かった。浩太が吹奏楽部の一員だと分かったのも良かった。あの子の場合、それさえも嘘という事が充分あり得ますから」
「二階の部屋で音楽をたくさん聴きました。おじいさんのCDなんですか?」
 崩れた表皮のタブノキにしめ縄が巻かれ、中津宮に向かう階段で風に吹かれている。その樹に守られた石碑は風雪に負けてすり減り、判読できない。
「いえ、あれは全部浩太のものです。『練習の参考になるから』と言って、家に来るたびに新しいCDを置いていくんです。気付いたら空き部屋がひとつ丸ごと侵食されていました。ですから、一階にいる間は地下室の生音と二階の音楽にいつも挟まれていますね。どこで道をそれるか分からない生音と、無限に繰り返しても等しく完全な道をたどる電気音です」
「二階の音はいろんな部屋に漏れますか?」私は事情を知った風に言った。
「ええ。特に二階のあれは度を越して音が賑やかになることもしょっちゅうなので、たびたび注意しに行きます」
「やっぱり…。私が寝ている時はCDの部屋を使わないでほしいって、昨日浩太君に頼んでおいて良かったです」
「そうですか。懐かしい。はじめは僕もそのような平和協定を結んでいたんです。今は完全に白旗を掲げていますが」
 石畳を作る欠片の中に時おり濃い色が見える。無数の足踏みの傷だった。三つ目の乗り場の片側ではいくつかの切り株が巻尺のように放置されている。中津宮の石燈籠は苔に覆われ、その上に幼木が根を張っている。
「もう夏休みですから、結構な頻度でおじいさんの家に来るんじゃないですか?」
「いえ、毎年この時期になると朝から晩まで学校で練習するらしく、コンクールとやらが終わるまではめったに島には来ません。本当に朝から晩までだそうです。浩太が言うには、『一日中冷房の効いた部屋にいるから、気付いたらもう秋が来てる』」

 海の階段に店を構える「冨士見亭」に着いた。ビールや日本酒の色あせたポスターに紛れて店の歴史を象徴する写真たちが飾られている。店頭に置かれた水槽には何匹かの生魚が入れられていたけれども、その肌の色は鮮明ではなかった。藻とガラスは一つになっていた。
 私たちは崖に突き出た屋外のテラスに案内された。下を覗くと「稚児ヶ淵」と呼ばれる平らな岩礁が広がり、眺望の良い相模湾には富士の下で茅ヶ崎の烏帽子岩が針先のように浮かんでいる。
「阿川さん。あまり体調が良くないと七月に言っていましたね。その後の調子はいかがでしょう?」
「不眠の夜と熟睡できる夜が交互に来ます。気を抜いているといつの間にか昼夜逆転の生活になってしまうんです」私は眠りへの対処をほとんど諦め、自然に任せていた。
「手伝ってもらうことはできそうですか?」
「眠れない日にもだいぶ慣れてきました。大丈夫だと思います」
 プラスチックコップの氷水が潮風に吹きつけられて結露を始めている。鳶が私の目線と平行に飛び、じっと見つめていると何かを訴えるかのようだった。
「そのあたりは気楽に構えてください。以前も言ったように、時間の都合がそれなりにつく仕事ですから。食べ終えたら一度植物園の見学に行きましょう」
 若い女性の店員が隣のテーブルにサザエのつぼ焼きを届けた。時おり崖下から強い風が吹き上げ、テラスに設置されている日除け用のパラソルが音を立てる。岩礁を打つ波の音はパラソルに吸い込まれ、聴こえない。
「眠り…眠りですか」おじいさんは独り言のように呟いた。彼は続ける。
「この間も地下室からしばらく音が聴こえないと思って様子を見に行くと、楽器を置いて寝てしまっていました。浩太は『ほんの少し休憩するつもりだった』と言ってはいましたが、それにしてもまあひどい熟睡ぶりでした」
「うらやましい限りです」
「僕もです。若いうちはあんな風に疲れ切って眠る時間を大切にしなければいけないと思います。僕のような年寄りはもう大それた夢や希望を持つ年齢にないかもしれませんが、それは単純に眠りの中で夢を見ることもなく、自然に目が覚めてしまうからなのでしょう。日を増すにつれて希望的観測で観測できるものだけが希望になる一方です」
 江ノ島丼と生しらす丼が届いた。稚魚の銀の目が私を見た。



手紙12
 十二月の強風だった。星が見えていた。五階の踊り場の窓の向こうで無機質な光が夜を包んでいる。普段は静止画だが、今夜は違った。向かいの緑化屋上のベンチに一人の人間が座っている。男性が女性かは分からない。
 その屋上は僕も何度か行ったことがあった。緑化といってもバラやパンジーが植えられているわけではなく、単なる芝生と少しのベンチが置いてあるだけで、隅に隠れるようにカタバミが咲いていた。暖かい日はボール遊びに使われた。
 彼の様子はおかしかった。見たところ屋上に一人きりだし、それにボールなんか持っていやしなかった。くたびれた僕は少しだけ親近感が沸いた。そのまま彼を見ていることにした。彼の隣には瓶らしきものがあって、事あるごとに彼はそれを飲んだ。僕は酒樽を首に巻き付けて飛ぶように走る冬山の大型犬を思い出した。彼が遭難者であってもそうでなくとも、僕はその犬みたいになって駆けつける空想をした。キャッチボールくらいなら彼も付き合ってくれるかもしれない。
 突然彼はその瓶を投げた。瓶は大きな放物線を描いて屋上のフェンスを越え、滑るように落ちていった。割れる音は聴こえなかった。ベンチに置いてあったバッグを開き、内容物を一つ一つ丁寧に傷つけ、芝生に捨てていった。ふらついた足取りで象徴を撒くように捨てていった。最後はバッグを投げ捨てた。フェンスに当たり、ベンチに置いてあったものは全てなくなった。破り捨てた紙の類が風にさらわれて白く飛んでゆく。彼は立ち上がり、フェンスを上り、外側に立った。僕はガラスに触れた。中庭のクリスマスツリーが一斉に光った。
 僕たちは樹を挟み対峙していた。屋上に向かうと荷物だけがぶちまけられていた。



 植物園の正式名称は「江の島サムエル・コッキング苑」である。
 三年をかけてサムエル・コッキング氏が江の島の地に植物園を完成させたのは一八八二年の出来事で、貿易商を営む彼は三十代にしては既に充分な仕事、例えば、廃藩置県のために生活に窮した大名たちの骨董品を海外へと輸出する仕事、コレラの治療薬を海外から輸入する仕事などを成功させ、かなりの潤沢な資金を得ていた。
 コッキング氏は世界中からめずらしい植物を江の島に取り寄せた。園の近くには自らの屋敷を建てた。もっとも、イギリスから横浜への渡航の最中に嵐に遭い、相模湾を漂流する経験が彼になかったのならば、江の島を発見することはなく、島の頭頂部の風景は現在とはだいぶ違ったものになっていたのかもしれない。植物は減り、土産屋が増える。
 おじいさんは裏口から植物園に入っていった。私は券売機でチケットを買い、サンパチェンスの花の前でおじいさんを待った。柵の向こう側にあるエスカーの降り口広場では大道芸人が何人か交代しながらショーをしている。日本人も外国人も、子供連れの家族も一眼レフをぶら下げた青年も一緒になって重力の失われた水晶玉を見ている。そのうちにおじいさんがやって来て、私たちは歩き始めた。坂道の多い島の地形からは想像しにくい緑の平坦なパノラマが広がった。
「園内はいくつかの特徴ある場面で構成されています。出入口は一つしかありませんし、小さな植物園ですから順路という順路はなく、自由に散策することができます」
「ここで私はどんなことをお手伝いすれば良いですか?」
「高木の剪定や薬剤散布などを手伝ってもらう必要はありません。例えば、一番目立つ入口付近のしおれた花を適度に摘んでもらったり、地面に落ちた葉や枝を箒で掃いてもらえるだけでとても助かります。そういったお仕事でしたら体調の良いときにのみ手伝って頂くことが可能だと思いますし、阿川さん自身で時間を調整することもできるでしょう」
「雨が降ってきた時に鉢を運んだりは…」
「心配いりません。他の作業員と運びますよ」
「そうなると、花を摘んで、掃き掃除をする、時間帯は私しだい…」
「そのくらいになります。台風の後や寒い季節は掃き掃除だけでも骨が折れるものですが、幸いこの週は天気が良い。…ああ、あとは灯篭の電球が切れていないかどうか、気の向いた時にでも園内を見回ってもらうくらいですかね」
「駅前のポスターで見ましたよ。夜になると光る灯篭ですよね」
「ええ。夏は園内全体に灯篭を設置しているんです。日が暮れると一斉に点灯して、閉園の午後八時にまた一斉に消えます」
 しかし、園の至るところに敷き詰められた灯篭は真昼の下で不格好だった。陽に熱された通路に置かれた彼らはひどくうだり、遠くの対は陽炎に揺れていた。
 灯篭に描かれた五頭龍と天女の伝説を横目に、薄い服装の恋人たちが何組か早足に私たちと植物を通り過ぎていった。恋人たちの足取りの先にシーキャンドルが突き出ている。私たちは灯台から遠ざかるように椿の園に入った。花季は終わっていた。剥き出しの土が匂った。
「そういえば、シーキャンドルには上りましたか?」
 おじいさんは彼らを遠目に見ながら私に尋ねた。白い骨組みの交差が目立つその塔は濃い青空を背にして立っている。競い合うようにケヤキの大木は夏風に肌をひび割っている。
「あの灯台のことですよね?実はまだ上ってないんです。…私、高い所が怖くて。最近になって急に怖くなってしまって」
「そうでしたか。では今のところお仲間ですね。僕も高所恐怖症なんです。浩太が見せてくれた写真だけが手がかりです。彼の言葉を信じるなら、『風は森の間を昇って来るから展望台に潮の匂いは届かない』。嵐の日などはどうなるか分かりませんが、まあ、そもそも荒天時は営業自体が中止になるでしょうし……ああ、あそこが温室遺構です」
 おじいさんは煉瓦調のバラの広場を指差した。
「『温室』ですか?」その方向に「室」らしきものは何も見当たらない。
「ええ。遺構です。温室自体は残っていませんが、当時のボイラー室や通路などは今も地下に残っています。コッキング氏もこのあたりを歩いたのかもしれません」
 椿の林からウッドデッキを歩いてコッキング氏の温室遺構を越えると、その向こうに藤沢と鎌倉のなだらかな砂浜が見え隠れし始める。海の景色の最も良いところに作られた広場は「マイアミビーチ広場」と名付けられている。
 園内に建てられたフレンチトースト専門店で私たちはカモミールのハーブティーを二つ買い、それを持ってマイアミビーチ広場のベンチに腰を下ろした。海が見えた。後ろを振り向くと遺構が見えた。
 アメリカに行ったことのない私には、比較の対象となっているマイアミの景観がどのくらいの素晴らしさであり、目の前に映る片瀬海岸の西浜が本当にマイアミに似ているのかどうかは分からなかったが、照りつける強烈な陽ざしは何かしら共通しているようにも思えた。想像の姿のマイアミは古風で、目を閉じるとジャムの焦げる匂いがした。アブラゼミが鳴いている。
「今はそうでもありませんが、六十年代にはこの湘南のあたりをなにかと新しいリゾート地として宣伝していたそうです。近代化、ゴルフ場、東洋のマイアミ、都心のための高級なベッドタウン。未来に向かって猛進できる良い時代だったのかもしれません。以前は遊園地でよく見かけるような小さな機関車がこの植物園でも走っていましたし、旧灯台のエレベーターはもっと荒っぽいスリルがあったそうです」
「おじいさんはずっとこの島に住んでいるんですか?」
「いえ、私はここに引っ越して来たんです。…京都府からです。もうずっと昔の話ですよ」
「本当ですか?どのあたりに…?」
「天橋立のあたりです。そこの景色は本当に良くて、できればずっと住んでいたかったんですけど、家庭の事情で…。いや、濁さない方がすっきりするでしょう。父が亡くなったんです」
「…じゃあ、お父様が亡くなって、ご実家からこの島に?」
「様々な経緯を省くとそのような流れになります。横須賀に住んでいた時期もあります。『かもめ団地』という所です。可愛い名前でしょう?本当にかもめみたいな目線で目の前の海を見渡せて、休日はいつも窓から貿易船を眺めていました…でも、最終的にはこの島に」おじいさんは続ける。
「死んだ親友の家を譲り受けたんです。『売りに出すよりは故人も喜ぶだろう』と御子息の方が。しかも、植物のある所で働かせてくれるという話もあって…おかしな話です。人が亡くなった家から逃げ出したのに、また人が亡くなった家に住んでいる。まあでも、できれば僕はここで仕事をして…最期までし続けて、江の島に骨を埋めたい。僕はこの島が好きだから」
 私はおじいさんに渡された寝室の鍵が新品ではなく、相当に使い古されていた理由が分かった気がした。かすかな風が抜け道を探すように目の前の崖へ降りていった。ポケットの中の鍵を思い返しているうちに、私は反対側のポケットの中身を思い出した。
「そうだ、おじいさん。昨日浩太君がこれを」
 私は二つ折りにした白封筒を見せた。おじいさんはそれを手に取り、封筒の中身を見た。
「二枚入っている」
「はい。県大会のものだそうです」
 おじいさんは紙のチケットをじっと見つめている。
「一枚は阿川さんのものですよね」私はそれを受け取った。
「もう一枚は…」
 彼の人差し指と親指で摘ままれたチケットは震え、少しの風でも飛ばされそうだった。私はできるだけ優しく背中を押した。
「浩太君、『どちらでも構わない』って」
 おじいさんは何度か軽く頷くだけだった。リュックサックを開き、白封筒を奥へと丁寧にしまった。
「そうだ、忘れていた。あなたへの贈り物です」
 麦わら帽子とゴム手袋だった。



手紙13
 君の手紙を無視することはできなかった。確かに掠れた音がしたからだ。
お母さんのことは残念だったと思う。誰の不幸との比較でもなく、ただ率直にそう思う。亡くなった人を奪う権利は誰にもない。
 背中の方が美しく見えるのに、顔を覗き込もうとして、わざとらしく甘い幻滅を繰り返している。
 顔の方が美しく見えるのに、背中を覗き込もうとして、わざとらしく甘い幻滅を繰り返している。



 言い残したとおり、浩太君は蔦の家に来なくなった。
 私は島から一歩も出ることなく、植物園での作業や島の入り口での買い出し、稚児ヶ淵でのごみ拾いを単調に続けた。その合間に植物図鑑やガーデニングの雑誌を一階のリビングで読み、CDの置いてある二階の部屋に入っては彼のコレクションを一人で聴いた。イヤホンをつけると嵐電の花の車窓が広がり、それは空想の中の鎌倉に流れ着いた。人の姿はなく、金や銀の楽器があった。地下室は静まっている。
 落ち着いた生活と同時に、眠りに関する規則的な問題も続いていた。日中の灯篭を見ることはなくなり、蒸し暑い夜の園に入り浸るようになった。毎夜同じような恋人たちが園を訪れ、同じ感嘆を口にしてシーキャンドルに上り、灯のない椿園で同じように抱き合い、熱の冷めやらぬまま手を繋いで橋を渡り帰っていった。
 閉園時間を過ぎると香水と汗の生々しさが黒い葉を彩り、頭上の常夜灯に小さな蛾のぶつかる音が響いた。私は灯篭の灯の消えた園内を掃除し続けた。明るい園の記憶はごみ袋が膨らむにつれて遠ざかり、「掃き掃除は良いですよ。その間はきっと嫌な事も忘れられる」というおじいさんの言葉は近づいた。

 植物園の入口ではサンパチェンスの草花が厳しい日光に耐え、白と桃の軟らかい花びらを開いている。アオノリュウゼツランの茎は一直線に立ち並び、その巨大さからは想像もできない可憐な花を咲かせている。初夏に芽吹き始めたアメリカデイコの紅花は夏を迎えて蝶の群れのように連なり、枝葉を縫って色づいている。そのような昼の記憶だった。
 植物園は閑散としていた。一目で入園者たちは観光目玉のシーキャンドル派か玄人志向の植物派かの見分けがついた。仮に植物園を一つの海原とする。船員の視線は目の前に現れた巨大なクジラに向けられ、海中で揺らぐサンゴの存在は一時的に省かれている。
「私たちは植物のために植物以外の現象にも注意深く目を向けないといけませんが――」おじいさんは言う。そしてシーキャンドルの裏庭の掃き掃除をふと中断すると、
「肝心なのは、例えそれが紛れもなく植物であったとしても、何度も植物であることを忘れなければならないということです。そうすれば目の前にあるのは生物ではなく、絵画であり原子でもあり工業製品でもありえますから、自由に植物へと手を加える権利が――私たちの身勝手として――まず生まれます。それにまつわる制限は――まあ、保護も制限も似たようなものですが――」
 フェンスに絡まった蔓を何本か手で引き抜きながら彼は続ける。
「この子たちも園の外側なら生き延びられたかもしれませんが、仕方ありません――」
「――おそらくこの島の植物園では、コッキング氏が植えたものをまず優先するべきなのでしょう」
「今も残っているんですか?」私はひときわ大きな蔓に取りかかった。展望台から子どもの声がした。
「ええ。例えば、椿園の隣にあるツカミヒイラギです――ヒイラギの葉がどんな風になっているかはご存知ですか?」
「棘が多くて…あと、赤い実がたくさん生ることくらいは知っています。クリスマスの時期ですよね」
「そうですね。その時期はセイヨウヒイラギがよく出回ります。――いわゆる一般的なヒイラギの葉は棘が多く、とても素手でさわることはできません。悪ければ血が出ます。しかし、このツカミヒイラギは――」
「さわれる…?」
「そのとおりです」
 おじいさんは草束を袋にいれ、微笑んだ。



手紙14
 お手紙をありがとうございます。母を書いたあの手紙を読んでくれたのですね。勇気を出して送った手紙でしたので、素直に嬉しく思います。
 誰であっても自分の肉親については詳しく語りたくないものです。生きていればある時点でそれを禁忌とする力が働いてしまいます。肉感的なものを全て捨て去って書かなければいけない「関係」と、肉感的なものを全て捨て去るわけにはいかない「関係」で、私は矛盾した思いを抱え続けています。
 遠く離れた所に住む私の父にもあの手紙と同じ文章をそのまま写して送りました。唐突な手紙です。「宛先を間違えたのではないか」と、もしかしたら父は思うでしょう。それも含めた上での手紙です。
 貴方のお手紙が届くまでにあの人からの返信は三通も届きました。一通届くたびにそれを読もう、読もうと、毎夜行き場のない思いに悩まされていたのですが、結局のところ全ての手紙を読まずに燃やしてしまいました。きっと貴方も同じ思いをしたでしょうけれど、私は二通より多く送られてくる手紙というのに良い思い出がありません。会話における静まりは不穏を生むばかりですが、手紙における静まりは絶対的に清らかであると信じたいのです。貴方の言葉のとおり、それは確たる権利ですから。
 そのことを考えると、私たちも結局は破り捨てられるのを前提にしたやり取りを続けているに過ぎないのかもしれません。過去の人に向けて書く文章にはいつでも幻滅が残ります。言葉を足せば足すほど執着があらわになり、言葉を引けば引くほど意図されたつれなさが目立ちます。どうしようもありません。
 それでも時に人が手紙を送りたくなるのは――今の自分のやさぐれた姿を見てほしくない場合を除けば、誰かの手紙を読むことでないと救われている感覚が得られないからなのでしょう。誰かのために書いたということを自称しなければ自分の言葉で語るのは許されない、それは世の常なのです。過去にむけて書くのなら尚更です。点灯式の事をとても懐かしく思います。

 大きな二つのもみの木に電飾を絡める作業が始まると、いつも冬の足音を感じます。煉瓦の壁に絡んだ夏蔦は枯れ、冬蔦はそのままに緑をたもつ季節です。私たちは初めてのキャロリングにおそるおそるついて行ったものです。暖かいチャペルの内部とは話が違います。雪の街路で歌う讃美歌は人目が恥ずかしくてちっとも歌えませんでしたね。そのような回想を楽しんでいると、その夜に貴方へ母の死を打ち明けた事を思い出しました。
 目の前に燃やした手紙の灰があります。今、本当は誰の事を想っているのですか。やさぐれた自分自身の事ですか。



 浩太君からの久しぶりの連絡は、
「僕たちの演奏は二時四十分からの予定です。でも、時間が巻いたり押したりするのはよくあることなので、三十分前には会場に到着しているのが良いと思います」という短い内容だった。
「分かりました。おじいさんが行くかどうかはまだ未知数です」と返信を送ると、その後の連絡はなかった。

 コンクール当日の朝、居ても立ってもいられずに私はベッドを抜け出し、今日のことを聞くためにおじいさんの姿を探すと、彼は三階の流し台に置かれたサボテンを見ていた。
「おはようございます。こちらにいらしたんですか」
「ええ。ちょっとこのサボテンが気になって…徒長していますね」彼はサボテンの細い部分を指で測った。
「ずっとほったらかしにしていたので…お恥ずかしい限りです」
「切った方が良いかもしれませんね」
「切る?」
「ええ。こんな風に」
 彼は奥の部屋から紙とボールペンを持ってきた。紙を壁に押し付けてサボテンの簡単な図を書き、最後に横線を素早く引いた。
「真っ二つにするんですね」
 私はその略図を受け取り、じっと見つめた。勢いがあったのか横線は書き始めの衝撃でやや抉れ、向こう側の壁が稲妻のように見えた。
「切り落とした部分もちゃんと別の鉢に植えます。時間はかかりますが心配いりません」
 机の上の顕微鏡をどかし、新聞紙を敷いた。サボテンの鉢は中央に置かれた。その手前にカッター、ライター、消毒剤、ティッシュペーパー、絵筆、発泡スチロール、革手袋、救急箱が用意された。
「自分で切りますか?」おじいさんは私にカッターを差し出した。
「いえ…。なんだかサボテンが痛そうなので…」
「では僕がやりましょう。できるだけ清潔に行うのが秘訣です」
 サボテンの頭頂部を覗き込むと棘の連なりが螺旋を描いていた。私が革手袋をはめる間、おじいさんはカッターの長い刃をライターで丁寧に炙った。鋼には古いつやがあった。手のひらが革の匂いを吸った。私は左右の棘に発泡スチロールを差し込み、両手で支え、サボテンを固定した。
「しっかり押さえてください」
 彼の刃は何本かの棘を折り、一定の速さで果肉へ入っていった。痛々しさに私の手が震えるにつれ、サボテンは痙攣を起こした。
 私は半身を持ち上げた。現れた断面は果実のように水を蓄えていた。ゆるやかに傷口から樹液が染み出てきた。切り取られた部分を新聞紙の上に置き、ティッシュでその白い液を拭こうとすると、
「ちょっと待って!触らないほうが良い。雑菌が入るかもしれない」
 おじいさんは傷口の形をカッターでさらに調整し、絵筆を使ってその上から消毒剤を塗る。樹液と混じり、断面は半透明に濁りはじめる。
「こういう時に絵を趣味にしていると役立ちますね」
「じゃあ、下のリビングに飾ってあるのは…」私は《Kato》のサインを思い出した。
「ええ。僕の絵なんです。そこの奥の部屋で描いています。一番景色が良い部屋なんですよ…これで良し。流し台のあたりに置きましょう。少しの時間太陽に当てて殺菌します」
 サボテンの二つの切り口が陽に当たっている。白濁した液がこぼれ、凹凸のある表面をつたい、鉢の土へと吸い込まれていった。
「両方ともずっとここに置いておくんですか?」
「必要なのは乾燥です。しばらくここに置いて、その後で直射日光の当たらない場所…リビングの隅にでも避難させておきましょう」
「それにしても大手術でしたね」私は大きく息を吐いた。
「ここからはサボテンの生命力と周囲の環境が重要です。できるだけ力を消耗させないように気を配ります。上手くいけば新聞紙のほうからは根が生えて、鉢のほうからは子が産まれます」
「『子』ですか?」
「切り口の辺りから芽吹くはずです」
 私たちは道具を片付けた。おじいさんが救急箱を階下のリビングへ運んでいる間、私は机に敷かれた新聞紙を丸め、顕微鏡を元の位置に戻し、台座の下にチケットをわざとらしく挟んだ。
 戻って来た彼の手にはチケットが握られていて、おじいさんは「行きましょう」と小さく言った。
 私は微笑んだ。

 コンクールの会場は横浜にあった。片瀬江ノ島駅から小田急線と横浜市営地下鉄を乗り継ぎ、関内駅からは徒歩で行ける海辺のホールだった。
 前回の遅刻の経験もあったので、前もって最短の経路を調べておき、人の少ない一番前の号車に乗った。おじいさんを励ます役割に回ったおかげか、電車への恐怖感はやわらいでいた。
 十二時ごろに関内駅に着いた。地下鉄構内の天井はパイプや配線が剥き出しのまま放置されていた。浩太君の演奏までにはかなりの時間の余裕があり、どのように横浜で過ごすかを改札口の前で考えていると、おじいさんが言った。
「せっかく横浜まで来ることができたので、もし可能であればコッキング氏のお墓に寄りたいんです」
「お墓ですか?どのあたりにあるのかはご存知ですか?」
「一度だけ墓参りをしました。もう十年以上前のことなのでうろ覚えですが、ここから歩いて三十分くらいの場所にあったと思います」
「分かりました。時間の余裕もあるので一緒に探しに行きましょうか」
「…いえ、一人で行きたいんです。墓参りはいつもそうしているので」
 私はこの前のコンサートのことを思い浮かべた。おじいさんが一人で島に帰ってしまう可能性を捨て切れなかった。
「本当に大丈夫ですか?」私は念を押した。
「はい」おじいさんは私の顔を真っ直ぐに見た。
「では、待ち合わせは一時半で、…この改札にしましょう」
 新しい電車が到着し、黒いスラックスを履いた学生の団体が改札を抜けていった。「金賞」という言葉が一瞬聴こえた。彼は腕時計を見て静かにうなずいた。
「無茶なお願いで申し訳ありません。彼の百年忌に間に合わなかったことをお詫びして来ます」
 彼は早足に去っていった。その背中を見送り、残された私は会場に行く道を予習するために学生たちと同じ一番出口の階段を上った。澄んだ地下水が側溝に流れていた。

 神奈川県民ホールの玄関には赤褐色の煉瓦が敷かれていて、海沿いの通りに横一列で植えられたイチョウが風にさらわれて落ちると、元からそのような装飾であるかのように色彩が混ざった。煉瓦敷きには統一感のない継ぎ接ぎが施され、年月による老朽化が隠しきれていなかった。
 ふと目線を上げるとそこにいるほとんどの学生は黒や茶色のローファーを履いていて、泣いている、慰めている、笑っている、怒られている、巨大な楽器を運んでいる、集合をかける、写真撮影をする、バスから降りてくる学生の群れの心境は混沌としていた。私はこの様相を目にしたおじいさんの顔を想像したが、すぐにそれを頭から散らし、ホールの中に入った。
 ホール手前のエントランスは白と鮮やかな赤で統一されていた。高く延びたガラス張りの壁面から光が入り、背もたれのない赤色のソファの革がそれを照り返している。コンクリート製の柱に掛けられた古い時計は十二時二十分を指していた。ホールに入ろうとすると、「休憩のため十三時まで演奏は止まっている」と会場のスタッフが教えてくれたので、再入場用の半券を受け取った後、外に出て海沿いの公園へと向かった。
 海面は落ち着き、港向きのベンチに静かな潮風が吹いている。マテバシイの木陰は昼食を取る学生たちで埋め尽くされていた。しかたなく日向にいる学生も、空いている木陰を見つけると一目散に逃げ込むような猛暑だった。横浜ランドマークタワーを見ながら歩き、「赤い靴はいてた女の子」と題された銅像を眺めていると、後ろから肩を叩かれた。
 浩太君だった。少し痩せていた。
「やけに早く来ましたね」
 離れた木陰を占めている学生の集まりが私たちを見ていた。
「ええ。おじいさんができるだけ早めに行こうって」
「加藤さんが?」浩太君はあたりを見回した。
「それで、当の本人はどこへ?」
「今はコッキングさんのお墓参りに行っています。一時半に改札口で合流する予定です」
「なるほど。行きたがってたあの場所か…」
「調子はどうですか?」
「上々です。楽器の搬入搬出も上手くいきました。後は十一分と何十秒か演奏するだけです」彼は続ける。
「僕がいない間、蔦の家で何か変わったことはありませんでしたか?ちょっと心配だったんですよ」
「変わったことですか?……そういえば、今日はサボテンを切りました」
「ああ、胴切りをしたんですか。あの痛そうなやつ」
「やったことがあるんですか?」
「いや、見たことがあるだけです。帰ろうとしたらリビングでサボテンが真っ二つになってて。『やつ当たりは良くないよ』って言ったら、『ちゃんとした意味があるんだ』って叱られました」
「怒られて当然じゃないですか」彼はいたずらっぽく笑った。
「そういや、午前中の演奏は聴きました?」
「いえ、ついさっき着いたので。まだホールにも入れてません」
「良かった。同じ自由曲を演奏する学校が僕らの前に二つもあって。比べられると恥ずかしいから」
「私に音楽の良し悪しは分かりませんよ」
「最初の学校はかなり遅めで、次はびっくりするほど速かったそうです。リヒテルとアラン・ヴォロンダみたいに二分も差が出ることはなかったと思いますけど…プログラムを見ます?編曲者まで一緒なんですよ」
 彼はポケットから丸めたプログラム冊子を出した。同時に白い貝殻が落ちた。私は「赤い靴はいてた女の子」の前に落ちたそれを拾い、彼に渡した。
「ありがとうございます。いざという時のお守りなんです。…男らしくないですよね」
「そんなことは……とにかく、割れなくて良かった」
 木陰にいる集団が立ち上がった。
「何だか移動してるみたいですよ」浩太君は後ろを振り向いた。
「本当だ。もう行かないと。今日は来てくれてありがとうございます。演奏を楽しんでいってください」
「…あと、加藤さんを連れてきてくれてありがとう。『どっちでも良い』って、もう一度言ってあげてください」
 彼は日向の中に消えていった。私は空いた木陰に座り、持参したトマトとレタスのサンドイッチを食べた。再びランドマークタワーを目印にして歩くと京都駅の地下街と同じプレッツェルの店を見つけた。そこで冷たいレモネードを買い、約束の時間になるまで待った。
 像は座ったまま、優しい目で海を見ている。

 おじいさんは一時五十五分になって地下鉄の改札に現れた。
「遅かったじゃないですか」
 彼は凍ったようにうつむいていた。
「申し訳ない。予想したとおり、ところどころ道が変わってしまっていて…でも、ちゃんとたどり着けました」
「さっき浩太君に会いましたよ」
「そうですか。様子はどうでしたか?」
「少し痩せてましたけど、心配なさそうです。おじいさんには『どっちでも良い』と伝えておいてほしいとの事でした」
「……」
「プレッツェルでも食べに行きますか?京都で浩太君と同じ店に入ったんですよ」
「僕は」
「やはり生きている人間があまり好きではないんだと思います。人のあふれた広い会場で、固唾を飲んでじっとしているなんて、想像するだけで怖くなってしまう」
「集団で行う音楽は不気味です。全ての聴衆が全ての演奏者の方を向いて懸命に耳を傾けています。いつも聴いている人の中身から音が繰り返し聴こえてくるんです。反響のように。それを聴くのが苦しい。きっと会場の中も外も、演奏する前なのか後なのか分かってしまう表情だらけです。それを見るのも苦しい」
「また別の演奏のときに挑戦しましょうよ。もう少し安心して聴けるコンサートのときでも良いじゃないですか」
「いいや。今日はどうしても行かないと」
 おじいさんは強情だった。私たちはゆっくりと会場に出向いた。横浜スタジアムのナイター照明を目印に道を曲がり、ビジネス街の古い煉瓦建築をいくつか越え、和やかな海辺のイチョウ並木を歩いた。
 エントランスの空気は張り詰めていた。演奏の順番が回ってくるまで明るい陽の差すソファに座り、私たちは二つのサボテンのようにじっと待った。
「切ったサボテンはどのくらい乾燥させておくんですか?」
「今その話をするんですか?」おじいさんは目を固く閉じている。
「…ごめんなさい。緊張がほぐれるかと思って」
「まあ、話していたほうが気は楽になるかもしれません。一週間以上は必ず乾燥させます。あまり直射日光を当てすぎると良くないので、新聞紙に置いてある方はリビングで…、いや、両方とも地下室に持っていきましょう。あそこなら気温を調整しやすいですし」
「そうなると、私が持って帰ることはできなさそうですね」
「根が出るまでに一二ヶ月はかかります。子が産まれるには数年かかるかもしれません。状態が安定したらどちらも阿川さんの元に送りますよ」
「じゃあ、先に花が咲いた方を送ってください。もう片方はおじいさんに差し上げます」
「それは嬉しい。…でも、もし失敗したら?」

 私たちは座席に着いた。おじいさんは一言だけ私に願った。
「演奏の結果は僕に教えないでください。『きっと最後のコンクールになる』と、あの子はずっと言っていました」
 ホールに女性のアナウンスが響く。聴衆は静まった。私はおじいさんの手を掴んだ。
「――課題曲Ⅲ、自由曲、ドビュッシー作曲、喜びの島――」



手紙15
 君がお父さんからの手紙を読まなかったのは正しい。彼は怯える君の赤い太陽だ。その絶対的な熱量を避けるのは君自身をたもつための良い手段だ。…いや、それとも君は、「父と同じだけの力を培わないと対等に語り合えない」とでも思い、手紙を燃やしたのだろうか。
 昔、君のお父さんが僕のところに来た。彼は君の近況を聞きたがっていた。
 もちろん僕は君のことを第一に考え、君の暮らしの様子は語らなかった。そのせいで彼の語り口だけが雄弁だった。流暢な話しぶりを聞いていると僕の意識はぼんやりとしてきた。
 そこに見えたのは完璧なプリズムだった。僕は知らないうちに彼に魅惑されはじめていた。自らの家族以外と接するとき、父というのは特有の「関係」を使って振る舞うものなのかもしれない。僕の父も二つの顔を持つ人だった。僕と君は二つのうち一つの顔しか知ることができなかった。だから僕は君のお父さんの一面に惹かれたのかもしれない。実際君から聞かされていた悪魔のような男性像とは違っているように思えた。
 それが間違いだと気づくのに長い時間がかかった。君のお父さんが僕にもたらしたのは「石棺」だった。自分ではない何者からか、ひたすらに女性的な養分を摂取する閉鎖された空間……。彼は君を養分にしたがっていた。開かないことが誇りになり、生活の価値はそれとは別の何かに向けられる。
 僕たちは父に対する関係で一つに結ばれ、天使に対する関係で二つに分かれた。僕は君のお父さんの演説を聞いてからおかしくなった。だから、やはり君が彼からの手紙を読まなかったのは正しい。これから先も読む必要はない。
 一つの秘密を白状するなら、今、僕の目の前には彼から預かった君宛ての手紙がある。見え透いた嘘と思うかどうかは君に任せる。確信できる嘘ならむしろ答えになれるかもしれない。
 他人が書いた文を読むという行為は確かに残酷だ。読み手は主体性を何度もねつ造して、まるで自分が書いたもののように読まなくてはならない。けれども、他人になり切って書いた自分の文を読むのなら、それはどこまでも広がる赦しの持続であり、残酷とまではいえないのかもしれない。



 コンクールから数日経ち、浩太君は再び島に来るようになった。彼の練習が終わる度に私たちはCDのある部屋で他愛のない話をした。蔦の家の軒下には盆の白い提灯が出ていた。
「県大会の後はけっこう長い休みがもらえるんです。でも、あんまり練習してないと腕が鈍ってしまうので…ここの地下室ならクーラーも効いてるし」
「この間は良い演奏でしたよ」
「ありがとうございます。……結局、加藤さんはどうしてましたか?」
「私と一緒に最後まで聴いてました。帰ってきた後、少し熱が出ていたみたいですけど…」
「あの人は慣れないことをすると大抵そうなるんです。誰かに頼まれて植物園のガイドをしたり、雪かきをしたり…でも、一晩経てば大丈夫な人です。今回もそうだったでしょう?」
「ええ。次の日にはもういつも通りで安心しました。朝からさっそく岩礁に行って日課のごみ拾いです」
「加藤さんよりも…という言い方は失礼ですけど、こちらの人の体調は…?」彼は私の顔を心配そうに覗いた。
「だいぶ良い調子です。潮風が身体に良いのかもしれません」
 私は本当のことを言わなかった。昨日は過眠の日で、一日中重たく眠っていた。縫い針が手指の腹に刺さる夢を見ていた。想像の中の痛覚は血を伴っていなかったけれども、目覚めると、指先はかすかに赤かった。
「潮風ですか。地下室にいると分かりませんけど、一階や二階だとそんなに匂いますか?」
「時々感じますよ。花の絵や林檎に混じって」
「そうですか…僕はもう潮風に慣れてしまったのかもしれません。この家の匂いにも。京都に行ったときなんかはすごく良い匂いがしました。新しい川の匂い、新しい言葉の匂い」
「嘘をついてまで来ちゃだめですよ。おじいさんにも叱られたそうじゃないですか」
「ばれてましたか。でも、楽しかったです。少しだけ鎌倉と同じ匂いがしました。南禅寺のあたりなんて銭洗弁財天から長谷寺に行くときの道にそっくりでした。ちょっと曲がれば鎌倉と行き来できそうなくらいに」
「本当にそのくらい近ければ良いのに…」独り言のように私は言った。彼には聴こえていたらしく、
「そういえば、あとどのくらい島にいる予定なんですか?阿川さんみたいに専門学校に通ってる先輩がいるんですけど、課題で夏休み中忙しくしてるらしくて」
「お盆が終わる頃にはここを離れる予定です。京都に戻ってやるべきことを片付けないと」
「やるべきことですか?」
 フィリップ・カッサールというピアノ奏者が最後のCDトラックを終えた。
「…ここだけの話、学校を変えて、いろんなことを新しくやり直したいと思っているんです。そのために色々とお金がかかってしまって。最初、この島に来た理由はそれだったんです」
「そうだったんですか。じゃあ、今の僕たちは同じ学年にいるようなものですね」
 浩太君は驚きを隠すようにはにかんだ。私はそれにつられた。
 音が鳴った。この家に来て初めて聴く音だった。
「玄関ですか?」
「呼び鈴です。僕が行きましょう」
 立ち上がった私を止め、彼は部屋を出た。階段を上がってくる音は聴いたことのある二人ぶんの足音だった。
「ごめんなさい。鍵を忘れてしまって」おじいさんは色ちがいの作業服を着ていた。日焼けした手が色調で目立った。
「浩太、また鐘が鳴っている。きっといつものいたずらだ」
「また?そろそろ帰ろうと思ってたのに」
「どうしてもかい?今日のは特に酷いんだ…いやに遠くまで響いてる」おじいさんは顔をしかめた。
「大事な休みの時期だから勉強のリズムを崩したくないんだ。自業自得だけど、予定よりだいぶ遅れてる。いい加減そろそろ真剣に取り組まないと」
 長い沈黙があった。未熟児を眺めるような時間だった。
「……阿川さん。浩太の代わりにお手伝いだと思って、僕についてきてもらえませんか?ちょっとした肝試しです」



 私たち三人は蔦の家を出た。浩太君は階段を下りて橋へと向かい、私とおじいさんは階段を上って奥津宮の横道にある森へと向かった。
 夜の風は温かった。島の頂上近くにある写真館に差し掛かるとまた一つ鐘が鳴った。ガラス戸に飾られたモノクロ写真は島を撮ったもので、街灯が射し込むと色の滲みは吸いとられた。
「こんな夜中に一体誰のいたずらなんですか?」私が言う。
「はっきりとは分かりません。注意するだけで、捕まえたりするわけではありませんから」
 植物園の入り口を通り過ぎ、「山ふたつ」と呼ばれる島の境目を越えると暗さが増す。石畳の硬さの中で足元がぼやけた。
「止まってください」
 おじいさんは手持ちのライトを点けた。石垣の上の関東ローム層が映えた。その先を見るとシーキャンドルがある。島の上空を拍動のように照らしている。
「カブトムシやクワガタムシが森から出てきています。それ以外の虫を踏みつけて良いわけではありませんが、ともあれこの先は気をつけて歩いてください」
「あんなに長い橋があるのにカブトムシがいるんですか?」
「運よくたどり着いたのか、あるいは誰かが持ち込んだのかもしれません。そのおかげで島には猫やタイワンリスがたくさんいます。…まあ、リスに関しては植物園由来のものがほとんどです。動物を展示した時代がありました。逃げ出して、繁殖したのでしょう」
 そう言うとおじいさんは道の隅をライトで照らした。野ざらしの山田検校像の下で猫が数匹寄り添って眠っていた。
 奥津宮に入ると靴を照らす明るさのほかは全く奪われていた。森と虫たちの清らかな爛れがあった。観光地としての島の仮面は剥がれ、人々の去った夜は沈んでいた。
 奥へ進むほど鐘の音は私たちに近づいた。おじいさんは横道の前に立ち、音に向かって光を向けた。古いゴシック体で「風致保安林」と書かれた柱が錆に負けている。危うい闇だった。目を瞑っても安らいだまぼろしが見えるとして、見開いた静けさはそれと対になる闇だった。
「この先に鐘があります。夜中でもこうして誰かが思いきり鳴らしに来るんです。今年に入ってからは特にひどい」
「いっそのこと橋を通行止めにして夜の立ち入りを禁止することはできないんですか?」
「自動車の場合はそれができています。深夜から朝方になるまで、車で橋を渡ることはできません。人間の場合は事実上、歩きならいつでも島を訪れることが可能です。しかしだからといって、車と人が同じ扱いになればこの島の住民は皆困ってしまいます」おじいさんは続ける。
「森の入り口には可動式の小さな柵が設置されています。けれども、しょせん森には出入り口などあってないようなものです。結局は今のような追いかけ合いが抑制の要になっているのかもしれません」
「鐘は必要悪のようなものでしょうか?」
「そうとも言えるでしょう。あるいは、慈悲のようなものです」
 塩害避けの造成林、竜野ヶ岡の中に鐘はあった。シャリンバイやヤブツバキ、ヤマモモといった広葉樹林の森の真下には岩屋と呼ばれる海蝕の洞窟が広がり、その穴には龍が住むという伝説が残っている。私は植物園の灯篭でその龍を見ていた。
 鐘は龍恋の鐘と呼ばれ、森を訪れる恋人たちのために作られた。鐘の周りの金網には名前入りの南京錠をかけることができるけれども、その多さのせいで新しい年が来ると新しい網に変わる。しかしそれでも足りないらしく、鐘の内側にも名は書かれ、小枝にかけられた錠は高く生長してゆく。闇は狩人になって油断を誘っていた。おじいさんはためらわずに森へ入っていった。私はそれに続いた。

 鐘の下の金属板に天女と五頭龍の線画が描かれている。天女は琵琶を弾き、龍は白雲に包まれている。黒い海が見えた。振り返ると黒い森が見えた。私たちだけがそこにいた。
「逃げるとはめずらしい」おじいさんは呟く。
「めずらしいことなんですか?」
「中には腰を抜かしている人々もいました。僕たちのほうが不審に見えるのでしょうね」
 一瞬時が止まり、目が眩んだ。灯台が傾いて森を照らすような光だった。
 落ち葉を踏み鳴らしながら誰かが獣のように森の奥へ駆けていった。火の粉は灯台の光と重なり、色を散りばめ、そのうちに浮力を失った。光に目が慣れると黄金色の鐘を挟んで二人の影が揺らめいていた。



手紙16
 もはや私の父にかけるべき言葉は何もありません。
 時間は私と父に等しく心理的な距離を作りあげました。隔たりに応じて因果のもつれはほどかれ、今は自由な夢想で満たした隙間が緩んだ紐のように開いています。
 私はそれをもとに戻そうとは思いません。架空の父で十分です。私の父は灰の中に生きる推測で構わないのです。



 竜野ヶ岡の樹に撒かれた燃料の臭いは山ふたつの断崖を伝い海へと抜けた。油煙は夏の空に昇った。
 朝方になって犯人は見つかった。島の南端の崖から稚児ヶ淵へと飛び降りて死んでいた。鐘の近くの防犯カメラに放火準備の全てが記録されていたが、映像は遠くぼやけていて男女の区別さえもつかなかったらしい。
「もう森には行けませんね」浩太君が呟いた。
 一階のリビングには楠木の爽やかな匂いが撒かれている。林檎の匂いではなかった。私は青蓮院にある楠木の連なりを感じた。
「観光案内所の人から聞いた話です。夜はもちろん、きっとしばらくは日中の立ち入りもできないんだと思います」
 リビングのソファにはクラリネットの黒いケースが横たわっている。私は匂いを深く吸い、
「火付け用のマッチの箱が落ちていたそうです」と言った。私の声は弱弱しかった。
 昨夜は一睡もせずに火事の顛末を見守っていた。夜の白みの近づいたころにやっと蔦の家にたどり着き、「とにかく今は少しでも休んだほうが良い」というおじいさんの忠告を受け入れて横になったけれども、眠ろうとする意欲をなくしていると、十五時ごろになって浩太君が蔦の家に現れた。
「なにせこの時期は観光の一番盛んなシーズンです。悪い影響が出ないのを祈るしかありません。岩屋への本道が交通止めになることはないでしょうけど……。加藤さんは家にいるんですか?今日はいろいろ話をして帰りたいんです」
「おじいさんですか?私より遅れて家に帰ってきて、今は地下室にいると思います。二階にも三階にもいませんでした」
 私は昼ごろ、一度だけ地下室の前に立った。「開」と書かれた札がドアノブに吊り下げられていたが、火事を思うと扉を開ける気にはなれなかった。
「今日も練習をするつもりで来たのですが…加藤さん、どうやらその調子だと長引くかもしれませんね」
「ここで練習することはできないんですか?」私は円を描くように下を指差した。
「ここで?」祐樹君はあたりを見渡した。西日の当たらない蔦の家は薄暗かった。
「どうでしょう…。加藤さんに聴こえてしまうのでは」
「私、地下室からの音を聴いたことは何度もあるんですけど、まだ直接聴いたことはないんです。コンサートもコンクールも、いろんな楽器の混ざった音でしたから」
「そうですか?それならほんの少しだけ…。聴こえないようにできるだけ静かに」
 祐樹君は立ち上がり、クラリネットのケースに手をかけた。
「このまま聴いていても良いですか?」
「もちろん」
 一通りの練習を聴いた。短いフレーズから長いフレーズまで、耳にした音をすぐに頭の中でたどる。隔たりが近いためなのか、まぼろしがそれ自体で生きるような音の肌が伝わってくる。
「地下室からの音とは何だか違って聴こえますね」
 私がそう言うと、彼は片手でノックをする仕草をした。
「演劇と同じようなものがあると思います。遠くから見た方が勇敢で、近くで見ると臆病な演技があるように」
「じゃあ、今は臆病なんですか?」
「ええ」浩太君は音階を一回りして、
「練習の良いところは失敗しても許されるという点です。というよりも、失敗で成り立つのが練習とさえ言えるかもしれません。例えば…こんなふうに」
 甲高い、悲鳴のような音が室内に響いた。私は笑った。
「これも、もしかしたら失敗するかもしれませんが」
 譜面台の楽譜が何枚か動いた。二階の一室で聴いたドビュッシーの曲だった。すこやかな眠気だった。
 演奏が終わると浩太君は私に話した。
「阿川さん」
「もし良かったら、京都へ帰る前に僕と水族館に行きませんか?」
「二人で、ですか?」私が尋ねた。
「はい。…だめですか?」
 地下室の扉が開く音がした。返答に迷った私は様子を見に行くと言い、階段を下りた。おじいさんの後ろにある地下室の扉は半開きになっていて、中では何かの植物たちが人工灯に照らされていた。
「ああ…阿川さんでしたか。少しは眠れましたか?」彼の両目には隈ができていた。
「ほんの少しだけ。おじいさんはどうですか?」
「同じようなものです。何か温かいものでも飲もうかなと」私は彼に道を譲りながら、
「浩太君が来てます。おじいさんと話がしたいって」
「知っています。先ほどの曲は彼のお気に入りですから」

 浩太君は三人ぶんの葛湯を運んできてくれた。彼は少し迷った後、私の座るソファの隣にパイプ椅子を置いた。おじいさんは言う。
「植物との関わりを失った僕はさしずめ平面に置かれた蜘蛛のようなものです。巣を持てずに滑って死んでしまいます」
「正当な理由で植物の伐採を行うことはあります。しかし、いたずらに草木を傷つける行いは見ていて気持ちの良いものではありません。僕にとっては僕の一部を傷つけられているのと同義です」
「ただ、『正当な理由』というのは一体何にとっての正当なのかと問われると、僕は上手く答えられません。植物園の植物が植物園の植物たる理由には『人の目を喜ばせる』ことが少なからず含まれています。けれども、施設外の身勝手な排除が横行するために植物園や動物園、水族館や博物館が存在しているわけではありません」
「燃やされたあの樹は助かるでしょうか?」
「何とも言えませんが、生えている場所が良くない。傷んだ箇所を時間の経過や人為的な介入で治すことはできますが、あの場所は人目を引くと思います。新しい樹に植え替えたほうが後腐れなく、事故の印象を消し去るのには役立つのかもしれません」
「もっとも」おじいさんは語気を強める。
「僕は何も諦めていません」
「それにしたって、稚児ヶ淵の飛び降りはどうにかなんない?五六年に一度くらいのペースじゃないか。良い迷惑だよ。自分の事をカラスか何かだと思ってるみたいに飛び込んで……」
「景観を犠牲にして崖全体を高いフェンスで囲むことくらいはできるでしょう。けれども、それだけで諦めて帰るとは思えません。崖の終わりまで来たというのならおそらく長く辛い葛藤の末でしょう」彼は続ける。
「燃やされたことは事実ですが、犯人の心中に関してはきっと何も事実ではありません。死に関しても――その良し悪しはさておき、経緯を推測したくはないのです。うたた寝のように向こう側へ置いておきましょう。そのうちに新しい芽が出ることもありますから」
 私は灰色の陶器に注がれた葛湯をゆっくり飲んだ。浩太君は地下室での練習を終えるとおじいさんと二人きりで話し、いつものように橋を渡り腰越へと帰っていった。

 夜。目を閉じると唇に咥えられたクラリネットが揺れている。火が消えたばかりの黒ずんだ森が広がり、時が戻るようにそれは亜麻色に変わった。
 油の染み込んだ夢の樹の映像は緩やかに枯れていった。



 閉じ込めてはいない。ただ少し忘れていただけなんだ。僕も今まで――かなり放蕩な暮らしぶりだったけれど、やっと気づけてきたこともある。その「些細な」事々にちょっと目を逸らされていただけなんだよ。

 今だってごまかしの薬がよく効いているじゃないか。見たい映画がなくても映写機の電源をつけるように心がけていれば生きていける。どのような生活をしていても頂きと地下の間でそれは霧と化していつも機会をうかがっている。時が満ちれば自動的に霧は蔦のように這っていずれ僕たちを包む。霧の蔦に縛られた後で電源を切って不幸な身の上話を書き置きに残せばいい……「ああ、くだらないことばかりで終わってしまった……ああ、もっと愛すべき人と触れ合いたかった」……そして心臓が止まる。蔦の燃え切った、灰だらけの気分で。



 その日は午前二時に起きた。目を閉じても無駄だと分かっていた。明るみ始めると白波に霧が立ち込め、一つ一つの筋は流れに押され、いつの間にか島を濡らした。
 釣り人たちは湘南港での釣りを止め、橋を歩いて帰る。その姿を眺めていると呼び鈴が鳴った。扉を開けて現れた彼はいつもの学生服ではなく、クラリネットを持っていなかった。太陽が霧を拭い去っていた。
「ああ、地下室の…。ずっと前からありますよ。初めてあの部屋に入った時に比べるとだいぶ数が増えましたね」
「どのくらいあるんですか?」
「数えてみたことはないですけど…まあとにかく壁という壁を目いっぱいに使った数です。小さなチーズ工場みたいに生まれも育ちも同じクローンの群れですよ。最初はよくできた作り物だと思ってました。でもよく見るとちゃんと水を吸ってる」
「地下室の中でも大丈夫なんですか?日照不足――『不足』というよりも、あれは『完全な欠如』ですけど…」
「加藤さんに聞いたことがあります。人工の灯でも充分良く育つらしく、室内のほうが管理もしやすいとのことでした」浩太君は続ける。
「まあ、そんなことはよくあるんです。家中カンシロギクで埋め尽くされてたり、ヒースの花で埋め尽くされてたり、枯れた葦の束が……きりがない。あんな人のしでかす事です。いちいち気にしちゃいられません。で、当人はまだ寝てるんですか?」
「いえ、朝早くに玄関を開ける音がしました。植物園だと思います。今日お休みを貰いたいことは伝えておきました」
「じゃあ、まずどこへ行きたいですか?いきなり水族館でも良いですけど」
「近くにある水族館ですよね?」
「ええ。今から行けばちょうど開館時間くらいに着くと思います。僕一人で行く時もたいてい開館前から並びます。混み合ってくると魚じゃなくて人間を観察してるような気持ちになりますからね」
「ちょっと大げさじゃないですか?植物園でそんな気持ちになったことはないですよ」
「祝日なんかは特にそうです」彼は汚れていないスニーカーを履きながら、
「今日は三十七度まで気温が上がるらしいです。できれば混んでても一日中水族館の中で涼みたい気分ですね……」
 私たちは森と鐘を背にして島の小路を下りる。「頂上への道」と書かれた木板を曲がるとアロエが芽吹いている。海の向こうはすりガラスを隔てたように夏で霞んだ鎌倉が見え、彼の後ろ髪は汗で濡れ、揺れるたびにうなじの滴りが光った。錆びた自転車に驚いた猫が民宿と民宿の間に逃げる。その片側は魚屋で、開け放しの室内はほの暗く、魚はもう一匹も残ってはいない。
 向こう岸にある「新江ノ島水族館」は二〇〇四年に開業した。その前身である「江の島水族館」は一九五四年に一号館を開業し、その三年後には日本初のイルカショーを公開するなど、総合的な水族館として湘南地域の爆発的発展とともに育った。一九八八年、世界で初めて飼育下でのバンドウイルカ三世を迎え、二〇〇二年には四世が、二〇一二年には五世が産まれた。
 国道一三四号線沿いの若い松林を抜け、係員にチケットを渡し階段を上るとガラス窓の向こうに初島が見えた。日中の陽は海に落ち、目を背けたくなるほどの光を放っている。大きな輝きの中で波は点描を作っている。足元はタイルから柔らかなマットに変わり、匂いは屋内のほうが強く、密閉された水槽から透けるように潮が流れていた。
「クラゲだけの展示室があるんですよね?」
 相模湾の断面図を眺めながら私は浩太君に尋ねた。水族館から八千メートル先の海までが沿岸域と呼ばれ、その先に片瀬海底谷がある。
「ええ。赤いのから青いのまでたくさんいますよ。拍動が強いのも弱いのも」
「クラゲが好きなんです。やわらかそうで」
「触ったことは?」
「ぬいぐるみなら」
「ほとんど水の感触ですよ。生卵よりも脆い」
「飼ってるんですか?」
「まさか。この水族館に泊まったときに触らせてもらったんですよ。子どもの頃です」
 カタクチイワシの繁殖展示の中で銀色の群れが身をくねらせて泳いでいる。孵化七日後の水槽の中ではまだ化学反応の泡のように小さい。
「『小学生に水族館の仕事を紹介する』。海藻入りのゼリーをウミガメに与えたり、裏の管理施設を見学したり…夜はこの先にある相模湾大水槽の前でテントを張って寝ました。すごい眺めでしたよ。寝転ぶと天井にエイが泳いでる」
「全部で五十人くらいの参加者だったのかな。子どもたちがバケツに入ったミズクラゲを容赦なく触るもんだから……。翌朝は水族館の近くにあるイタリア料理店で一斉に朝食。あれには参りました。僕、チーズ苦手なんです」
 大水槽の側面には等しい間隔でガラスの丸い窪みがあり、手を差し入れると海に触れるような錯覚を起こす。人工的に作られた岩窟の上部には空気が取り残されている。水銀のようになめらかに浮いている。水槽をなぞるとカゴカキダイの群れが黒と黄の縞模様を描きながら深いところへ消えていった。
 九十種二万匹が暮らすその水槽では八千匹のマイワシが絶え間ない渦を描いている。飼育員が潜り、餌を与える様子を人々に見せている。
 オーシャンカフェのパネルの映像、飼育下四世の女の子「ミル」はイルカショーの最年少で、細くしなやかに水面を突き出る。エノシマサンゴ、ホネクイハナムシ……そして脂の染み込んだ鯨骨は深海に沈む。
 船員の視線は新しいクジラに向けられる。

「トンボロを見たことはありますか?」
 はるか上空の鳶が美しい弧を描き、人々の食事を狙っている。午後になり私たちは再び橋を渡った。島と水族館の隔たりを太陽は激しく照らし、熱い風が吹くと橋の花壇のマリーゴールドが匂った。飛び交う鳥たちを眺めると島は目の焦点に合わなくなる。ガジュマルのような巨木が茂り、海面から突き出ているようにも見える。
「トンボロ…確か、潮が引いて海底が見える現象ですよね?」
「その通りです。…でも、一体どこで知ったんですか?絶対知らないと思ってたのに」
「何かのガイドブックで読んだんです。実際に見たことはありませんけど…」
「この橋の…今歩いている僕らから見て左側です。江の島大橋を少しはみ出たあたりが一面砂浜になって、三つ目の橋みたいに島のオリンピック記念公園まで繋がります。海が二つに分かれるんですよ」
「歩くことはできますか?」
「もちろん。歩いている最中は何だか江の島とは違う島に渡っているような気がします」
「私が帰るまでに見られますかね?」
「…どうでしょう…潮の様子や月の満ち欠けにも左右されますから…」
 橋の終わりに近づくと、コンクリートの壁面を波が叩く。飛沫は雪のように踊る。島の入り口はひときわ賑やかな時間になっていた。自然と私たちの声は大きくなった。
 私たちは青銅鳥居をくぐり、鶴屋という貝細工の店で涼んだ。平日の客はまばらだった。私は見覚えのある白い貝殻を戸棚の中に見つけた。値札には掠れたインクで「海兎貝」と書かれていた。
「さて、次はどこを案内しましょうか?島のことならだいたいは任せてください」彼が言う。
「せっかくなので、まだ行ったことのない場所を案内してもらいたいんです」
「…でも、もうずいぶんこの島にいるでしょう?」
「岩屋に行ったことがないんです」
「本当ですか?江の島で一二を争うスポットですよ?」
「おじいさんに『岩屋はおすすめできない』とずっと言われていて…でも、今日なら」
「分かりました。でも、さすがにこの炎天下の島を歩くのは…一旦休みませんか?蔦の家で太陽が落ち着くのを待ちましょう」



手紙18
 文章は適度な香りのように人の生活を変える。決して邪魔はしないけれども、瓶が割れると面倒なことになる。君宛ての文を書くことで試しているのは香水づくりでありながら、同時に僕自身の父の獲得であるのかもしれない。
 父はその危険性にも関わらず、現実を構成している重要なパーツだ。力。それも安易で分かりやすい、神秘的な儀式に騙されることのない力。君はその場所にいれば良い。預かった手紙は送らないでおく。でも、僕のまぼろしの中に父は存在していない。
 天使に食べられてしまう夢を見たことがある。願望とは言えない。噛まれると痛みがあった。胃液に肌が溶かされる途中で目が覚めた。悪夢から逃げ出すにはどうすれば良いかわかるかい?何度も首筋に力を込めて起き上がろうとするんだ。痛みの反射ではなく、自らの意思で。痛みに任せたままでは絶対にいけない。僕みたいになるな。
 あの幻想を見てから僕は出入り口の失われた瓶の森に包まれて暮らしている。まぼろしに温かく抱かれ、僕は自らの手で千切ったいくつかの手紙をその中で並べてみる。僕には外側から僕を包む輪郭を見れる不思議な夜がある。そこに立つと僕の一部が庇護されているのが分かる。
 君と僕はまどろんでコルクの森の内側に入り、崖のように立つ感情たちに寄り添い、隠された文字を彫り進めながら生きていくこともできただろう。



 江の島の岩屋洞窟は西窟(金剛界窟)と東窟(胎蔵界窟)に分かれている。稚児ヶ淵の崖に設置された欄干つきの通路により、岩屋への本道と二つの洞窟は一つに結ばれている。
 現在の岩屋は藤沢市の管理下にある。そのため神仏は祀られていない。管理下に入る以前は西窟に天照大神と須佐之男命が、東窟には宗像三女神が祀られていた。大日如来像は明治の廃仏毀釈によって取り除かれた。
 夏の稚児ヶ淵の通路にはフナムシが出る。日中は人間を恐れ、隠れているフナムシも夜になると路上に現れる。ライトがなければ踏みつぶしてしまう数百の虫たちは油断しきっていて、太陽の下の素早さを全く感じさせない。一晩のうちに誰かが暗闇のままの淵を訪れるのだろうか、朝が来ると、通路のあちこちに体液の乾いた死骸が散らばる。私とおじいさんのごみ拾いにはその死骸の処理も含まれていた。
 夕暮れの通路にまだフナムシは出なかった。その下にある稚児ヶ淵では人々が日没を待ちわびているけれども、高潮の嵐が来れば洞窟まで海に浸ってしまう。今日の海は美しい線を描いている。
 通路の終わりで券を買い、そのまま西窟に入った。最初に現れたのは江の島を描いた浮世絵の展示と、海蝕洞の生成過程を描いた説明版だった。蛍光灯に照らされたそれらの儀礼を見る人はほとんどなく、岩屋は観光名所だった。
「こんなにちゃんと整備されているんですか。もう少し怖い感じの洞窟だと思ってました」
「昔、崩落事故があったんです。そのせいかもしれません。加藤さんなんかは未だに怖がってここには来ませんよ。『おすすめできない』というのはきっとそういう意味だと思います」
 蛍光灯の光が届かなくなると岩の切れ目から波音が聴こえる。係員は私たちに風除けのついた手燭を渡してくれた。火の熱が首をくすぐった。脇にある人工池の中に句碑が照らされて立ち、水面は鏡文字になっている。遠くで金魚が泳いでいるが、錦鯉も水草もない単調な池だった。涼しくなり始めた。
 句碑は与謝野晶子のものだった。

 沖つ風 吹けばまたゝく 蝋の灯に 志づく散るなり 江の島の洞

「ここに来るといつも思い出すことがあります。また子どもの頃ですけど」
 水が染み出るために低い天井にはプラスチックカバーがかけられている。滴る音が響き、洞窟の先に抜ける。丸みを帯びた古い石像が順路の隅の暗がりで私たちを見ていた。
「本当にこの島の思い出が多いんですね」
「遊び場がこの島くらいしかなかったんですよ。初めての遠足もこの島。初日の出もいつもこの島。鎌倉も近いですけど、なにせここには例の地下室があるので」
 西窟の最奥には「任田忠常の抜け穴」があった。伝説によればこの穴は富士の風穴まで繋がっているという。そのためかどうか、柵の向こうの亀裂から風が吹き出してくる。潮の匂いはしなかった。
「この島全体で宝探しをするという企画があって。謎の文章を解読すると宝の在りかが分かる。スタンプラリーみたいな遊びです。もらえるのは宝じゃなくてただの景品でしたけど」浩太君は続ける。
「この抜け穴も探しました。立ち入り禁止の柵の向こうまで」
「どうでした?富士山まで行けました?」
「まさか。警備の人に見つかってこっぴどく叱られましたよ。でも、帰り際にこれをくれて」
 彼はポケットから貝殻を出した。海兎貝だった。
「思い出の品なんですね」
「はい。ですが…、実はもう一つ。『こうた』って落書きがこの穴にあるんです」

 西窟を抜けると再び屋外の通路に出る。手燭は要らなくなった。風の厳しい断崖に萎れたスカシユリが咲き、切っ先にまで森は根を張っている。陽はさらに傾き、自然の色合いを塗り始めている。
「この先の東窟は『たいないくぐり』で有名なんです」
「……ごめんなさい?なにで有名って?」
「たいないくぐり。おなかの中。仏の胎内。江戸時代からだそうです」
「洞窟をくぐるとどうなるんですか?」
「早い話、生まれ変わりですよ。もっと分かりやすく言えば『リフレッシュ』」
 亀の姿に彫られた岩が岩礁の間に浮かんでいる。甲羅の上を行き来する波を眺めていると、西窟の方からおじいさんが現れた。
「良かった。間に合った」
「植物園の入り口を手入れしていたらお二人を見かけて。もしや岩屋に行くのではないかと思い、こっそり後ろからついてきてしまいました。東窟に行くつもりですか?」
 おじいさんは浩太君を見つめている。サボテンを観察する目に似ていた。
「あのさ、事故は半世紀も前で…」
「それだけではありません。蛇がいます。それも大きいのが」
「本当ですか?」私は浩太君に尋ねた。
「まあ、考え方によっては本当なのかもしれません…。でも八世紀の出来事ですよ?岩屋の奥で天女が龍に化けて、こっそり彼女をつけていた道智法師は腰越にある龍口山まで吹き飛ばされた」
「しかし…」
「分かった。分かったよ」浩太君はため息をついた。
「一人で行ってくる。戻って来なかったらふっとばされたって思っていいよ。橋を渡って帰って来るから…阿川さん、どうもすみません。この人、岩屋についてはずっとこの調子なんです」
 浩太君は東窟に入っていった。私とおじいさんは洞窟の手前にある木製のベンチに座り、彼の帰りを待った。
「浩太君もずいぶん江の島に詳しいんですね」
「貴重な話し相手です。ですから、引っ越すと聞いた時はとても悲しかった」
「引っ越す?」
「ええ。東京に。山手線の大塚駅が最寄りのアパートだそうです。浩太から聞いてませんでしたか?」
「いえ、特には」
「あのあたりには小石川植物園があります。一度だけ行きました。ニュートンの林檎、メンデルの葡萄…今となってはもう古い思い出の樹です」
 何事もなく浩太君は帰還した。三人で歩く帰り道にフナムシが出て、箱根の稜線へと去りゆく陽で淵が輝いている。カンシロギクムシの光が頭をよぎった。それは水に映る影だった。
「お母さん……」



手紙19
 貴方の手書きをください。
 もはや私も昔のようにはなれません。けれども次のお手紙だけ、貴方の天使になりましょう。
 いつまでも待っています。



 その日の夜、私とおじいさんは再び竜野ヶ岡の森を訪れた。
 雨は長い間降っていなかった。昼間の風はなくなり、わずかな餌を濾すクジラのように樹々は星の光を浴び、その中に一本の燃やされた樹があった。残された葉さえ下を向き、明らかに枯れかけていた。
「この樹は半分だけ生きているようなものです。これから力を奮って良くないものを振り払わなければなりません。しばらくは僕もこの樹につきっきりでいる予定です」おじいさんは言う。
「半分だけ眠っているようなものでしょうか…。おかしな質問ですみません。夜は眠ることばかり考えてるもので…」
「半分だけ…そうとも言えるでしょう。もっとも、別の意味合いで安らかに眠ってしまっては困りますが」
「植物にも不眠症はありますかね?朝起きて光合成したくない日があったりしたら…」
「どうでしょうね」おじいさんは焦げついた樹洞にライトを差し込む。
「植物に眠りの概念が存在するかどうか。架空の世界ならあり得る話ですが、現実の世界に持ち込めば様々な不都合が起きるでしょうね」
「例えばどのようなものでしょう?」私は麦わら帽子を脱いで汗を拭いた。つばの縁が濡れているのが手触りで分かった。
「例えば……、寝耳に水を与えるような水やりですかね。他にも剪定中に飛び起きたりされるのは厄介でしょうし、寝顔を盗み見られたことを深く根に持つ植物がいるかもしれません。幸いなことに、そのようなことは今まで起こったことがありません。それよりも」
「まだ、阿川さんの眠りの調子は良くなりませんか?この間も朝早くから外に出ていましたね」
「起こしてしまいましたか。開園前の植物園を見てきたんです。朝陽がきれいでしたよ」
「玄関を出入りする音が聴こえてしまいました。申し訳ありません。この歳になるとどうしても眠りが浅くなってしまうものですから」彼は続ける。
「…結局、この島に阿川さんを呼んだことで、より体調を悪くさせてしまったのではないかと思うと心苦しいです」
「そんなことは…」
 おじいさんの姿が樹の影に入って見えなくなった。ライトの光は太い幹の向こうに隠れた。
「そういえば、サボテンの調子はどうですか?」私は眠りから話を逸らした。
「今のところは二つとも良好です。地下室に置いてあるので自由に見てもらって構いませんよ。扉の札の『開』と『閉』にだけは気をつけてください」
「中に誰もいないときは『開』、誰かいるときは『閉』で良いですか?」
「いえ、誰かと話しても良いときは『開』、一人で満ち足りているときは『閉』です」
「そうだったんですね。私、勘違いしてました」
「阿川さん」
 彼は急に改まった声を出した。私たちは樹を挟み対峙していた。
「やり直しは誰にでも認められている権利です。上手く切り抜けられると良いですね。新天地での一人暮らしも」
「辛いときはいつでも島に来てください。僕はいつでも迎え入れます」
「そんなに心配してもらわなくても大丈夫ですよ…私はもう色んなことに慣れてしまいましたから」
「辛くなくても冬が来たら一度いらしてください。毎年寒くなるとイルミネーションで家の壁を飾るんです。その時期だけは家の前にちょっとした人だかりができます。カンシロギクが咲き始めるのもちょうどその頃です」
「蔦は大丈夫なんですか?光の塊に囲まれて…それこそ不眠症になってしまいそうですけど…」
「電飾をつけるのは夏蔦の壁だけです。冬になると夏蔦は葉を落とすんですよ。炎のように」
 おじいさんは影に隠れたまま動かなかった。遠くの海を眺めていたのか、近くの樹を眺めていたのかは分からない。島にはその二つがある。
 私は半身の黒ずんだ樹に近寄り、彼に気づかれないように触れた。夢のなめらかさは現実の中に失われ、苔むした肌は硬かった。



手紙20
 やあ。久しぶりだね。君の事だから今でも年中土まみれになっているはずだ。洗濯機は毎日回しているかい?緊張すると手が震える癖が出る。読みにくいと思うけれど、今回だけは手書きを許してほしい。
 きっと季節は夏になって、ニオイシュロランの葉が濃い陰を作り出していると思う。あんなに毎日顔を合わせていたから、離れた所から手紙を書いてみるとは思ってもみなかったよ。この文章は入学祝いでもらった万年筆で書いている。
 こうやって改まった手紙を差し出すのは初めての経験だから、ペンを持つとつい硬い言葉が出てきてしまう。本当は昔みたいに溌剌として語り合いたい。けれど、僕には今君がどうしているかよく分かっていない。結局こんな他人行儀な言い様に落ち着いてしまう。
 最後に君を人伝てに聴いたのは、事故を起こした後だった(事故、と呼ばせてほしい)。君がどのように事故を知ったのか、そしてどのように事故を受け入れたのかについては僕の推測の域を出ない。…あれから音楽なんてちっともやらなくなってしまった。毎日性懲りもなく練習していたのが嘘みたいだ。もうすぐ二度目のオリンピックがやって来る。ヨットハーバーの展望台でそれを見たかった。
 手紙の中でなら全ての事を受け入れられる。やっぱり事故は事実だ。その原因も事実なんだ。僕は弱弱しい霧の中をずっと漂ってしまっていた。そして紛らわすこともできずに僕は僕の一部を殺した。彼は僕の大切な一部だった――間違いなく飛び降りて死んだ。一部始終を僕は覗き見ていた。まるで彼だけが飛び降りるまで。
 殺したはずの彼は今でも僕に寄生していて、僕と現実の間に白い殻を張る。僕は次の事実を知っている。けれども彼女は推測でしか知らない。僕が自らの男性を受け入れていたならば、こんな馬鹿らしい分裂は起こらなかったはずという事実を。
 僕は君が好きだった。信じられるかい?君には美質がある。君はそれを信じようとしないけれども、僕は知っていた。美質ある霧が潜んでいる。その霧に包まれた物事は全て美しく見えるんだ。僕はその目に憧れていたのかもしれない。その目を憎んでいたのかもしれない……昔、葉挿しの方法を教えてくれただろう?この前試してみたんだ。どうして「親と同じ花が咲く」なんて言ったんだい?ぜんぜんちがう花が咲いたんだ。
 島はまどろみを隠せない。僕はもう島には行けない。僕自身が決めたことなんだ。島を封じ込めようとしてるんじゃない。いつでも島は全体を包むように開いている。そして僕を誘惑する。嫌な思いを消し去り、それでいて島は文句を言わないでいてくれる。
 荒れる海をわざわざ見に行く人なんて本当に少ない。でも、それが何かの意味に繋がるのなら、僕なりに真っ直ぐ構えることを失いたくはない。奪われたものは取り返しに行かなければ。僕は、これから僕の父に向けて真実を書くつもりだ。「お元気ですか?」と。
 大丈夫さ。君を尊敬している。誰かと一緒に歩むために苛立ちが繰り返され、自分の中で見落とすものが増えても、きっとそれだけは変わらない。



 眠りは珍しく深く、朝とともに目覚めた。幾重にも夢は重なっていた。目覚めたはずの現実はまだ夢の内側で、夢の羅列は次の夢のために養分として吸われ続け、最後の夢は一つの生活の終わりまで、自らの過食で倒れるように早く過ぎ去った。思い出せる景色はところどころに矛盾を起こしていたけれども、夢の羅列は眠りを介し、知ることのできない自動的な繋がりを見せていた。
 私は植物園の掃除を始めた。虫よけの器具を腰につけ、笹の葉の上に捨てられたペットボトルやムクゲの花の下で破られた入園チケットを拾い、時おりシーキャンドルの裏庭で冷たい水を飲んだ。開園前のサムエル・コッキング苑におじいさんの姿はなかった。
 少しずつ風が出てきた。椿園の周りでは五六本のオキナヤシが背を伸ばし、頭頂部の葉が唯一の音を立てている。樹々はお互いの距離を上下にずらしているが、幹を伝うとさざめきは層を重ね、耳の中でまとまる。目を下ろすと椿に風はなく、枝のネームプレートには花の写真が貼られ、葉ばかりの林を区別していた。
 ウッドデッキに差し掛かると「特別公開中 温室遺構地下室入口 九時~十七時」と書かれた案内板が煉瓦の基礎の上にあった。最終日は昨日で、入口の柵は南京錠で閉じられていた。私は案内板を運び、人目のつかない裏庭の奥にしまい込んだ。
 陽が高く差し込んでから一旦蔦の家に戻った。一階のリビングには私宛ての封筒があり、中にはシーキャンドルのチケットと短い書置きが入っていた。
「どちらでも構いません。どうぞ、記念に持っていってください」

 展望台と地上は一つのエレベーターで繋がっている。塔に寄り添うフードトラックの向こうには芝生の広場があり、子どもたちによるタイル絵「平和を願うかけら」が飾られている。広場中央の大木は株と根だけを残し、芝は黒い土まで深く抉られている。チケットを係員に渡し、エレベーターの列に並んだ。
 上空でヘリの飛ぶ音が聴こえる。人々が塔の景色について話すのが聴こえる。列の横の液晶パネルでは水族館の映像が流れ、サンゴ礁で熱帯の魚が泳ぎ、黄色と水色の混じった衣装のトリーターがイルカの鼻先から水面を突き出る。エレベーターの柱にはアイビーの鉢が一つだけ暗がりに飾られている。プラスチック製だった。
 誰かのバッグが私の背中をしきりに押している。ガラス張りの内部はすぐに満員になり、他人どうしが持つ身体の匂いで空気が澱み、痰の絡んだ呼吸や咳がお互いの静止の中で響き始める。ガラスの下を見ると塔の底に「警告」の黄色いシンボルと注意書きがあった。扉が閉まる。白い骨組みの交差の先に森が見え、次第に海が広がる。人々は景色に気づいて喜びの声を上げる。私は目を閉じた。
 エレベーターは屋内の展望フロアに着いた。下を向き、震える足で人混みをかき分け、外周の手すりを掴んだ。冷房が強く効いていた。フロアに流れるヴァイオリンの高音が耳に刺さった。予想以上に人が多かった。呼吸が乱れ始めるのが分かった。
 目を閉じてからどれくらい経ったのか分からなくなった。不意に一人の女の子が話しかけてきた。声は下の方から聴こえた。
「ねえ、もしかして困ってる?」
「ありがとう…急に怖くなってきちゃって。大丈夫。落ち着いたら帰れるから…」
「一人で下りれそう?」
「……」私は目を閉じていた。少し経ってから彼女は言った。
「任せて。私のお父さんもね、目が見えないの」
「…私ね、目は見えるんだけど、高い所が苦手で…無理してここまで来ちゃったんだ」
「そうなんだ…じゃあ、私の肩に右手をかけてもらっても良い?そうすれば怖くないでしょ?」
 エレベーターは使わなかった。女の子は下り専用の螺旋階段があることを知っていた。
「お父さんもお母さんも先に下りて行っちゃった。本当に置いてけぼりにするんだから…」
 扉が静かに開く音がした。外の匂いが私を包んだ。彼女は続ける。
「ここから真っ直ぐ、二メートルくらい先から階段が始まります。右回りの螺旋階段で、私が内側、あなたが外側です。最初、私が一段下りたら一度止まるから、その後でゆっくり足を下ろしてね」

 時おり螺旋の中に太陽の光が差し込み、目の前が瞼の赤い色で染まった。彼女の誘導は手馴れていて、階段の始まる場所、終わりまでの段数、踊り場の長さを大きな声で知らせてくれた。階段と踊り場を数回繰り返した後、私は言った。
「展望台からはどんな景色が見えたの?」
「話してあげても良いけど…。見たくなったからって絶対に目を開かないでね。きっと…いや、絶対。この階段は展望台よりもっと怖いから」
「分かった」強く風が吹くと髪の優しい匂いがした。私は小さな肩を少し強く掴んだ。
「一つの時計を思い浮かべてみて。針がある時計。今、私たちは時計の真ん中にいて、十二時の方向を見てる」彼女は続ける。
「短い針が回るみたいに島は私たちを囲んでる。海の大きさは長い針で良いかな。秒針は灯台の光ね。お昼だからまだ点いてなかったけど……」
「十二時の方向に橋が出て、向こうと繋がってる。砂浜と街が九時の先と三時の先をカーブで繋げるみたいにどこまでも広がってるの。お母さんは一時のほうに横浜とか東京も見えるって言ってた。あと、七時の先から十時の先まで、遠くの山が海にたくさん浮かんでる…どう?ついてこれてる?」
「うん。平気だよ」
「トンビがたくさん飛んでるの。きっと仲が悪いのね。離れたりぶつかったりしてた。雲の動きが少し速くて、ずっと空を見てる男の子がいた」
「その隣に赤ちゃんを抱いた女の人がいて、植物園をずっと見てたの。何のお花か分からないけど、赤い花がすごく目立ってたからかな」
「木に咲いてるお花だった?」
「うん」
「アメリカデイコだと思う。私、あの花が好きなの…あと、蔦がびっしり生えた家なんだけど…そんな家は見えた?」
「…見えなかったかな。上から見ると、この島って森をかぶってるみたいだから」
 会話が途切れ、いくつかの階段を下りると彼女は私に立ち止まるように言った。再び扉を開ける音がした。
「もう大丈夫。着いたよ」
 肩が手から離れた。目を開くと「サンセットテラス」と呼ばれる灯台の真下まで来ていた。彼女はオレンジ色のハイビスカスレイを首にかけていた。
「よく似合ってる。お土産屋で買ったの?」
「うん」彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。
「さて、二人を探しに行かないと…」
「一人で平気?一緒に行こうか?」
「大丈夫。分かるの」

 蔦は水を屋根まで吸い上げていた。私は二階から見える藍色の海と玄関から見上げる家の壁を写真に納め、少ない荷物をまとめ、ゴム手袋と帽子をリビングのテーブルに置いた。植物の汁は親指と人差し指の腹につき、その匂いはいくら洗っても取れなかった。
 お土産になりそうなものは一つも買わなかった。気になった貝細工はいくつもあったけれども、実際に手に取ると貝殻は何かの骨のように静まりかえり、部屋の片隅に飾られた風景を上手く想像できなかった。
 私は島の入り口から仲見世通りを眺めた。日の傾きと人の少なさに重なりがあった。恋人たちはどのように手を繋いでも一つにはなりきれず、寂しくなりつつある夕暮れの島を訪れて戸惑っていた。振り返ると対岸に灯が点いている。一つ一つの灯は間違いなく人の手によって作られたもので、その数だけの生活があった。灯は海に落ち、その揺らぎを夜ごとに繋げる。
 島の唯一の砂浜は杉山検校の墓の下に広がっている。岩肌は剥き出しに崩れかかっている。海蝕により卵のような窪みが二三できていて、剥がれ落ちた岩は乳白色の中に錆のような変色を起こしている。桜貝の殻が一つだけ波に洗われていた。私はそれを拾い、窪みの中に投げ入れた。蔦の家に帰り、また少しだけ眠った。

 真夜中になると波音がなかった。ベッドライトの消えた部屋は暗く、先には何も見えなかった。目を開けているうちに頭が動きはじめ、再び目を閉じると意識の中でさまざまな風景が揺れ、横風を受ける小舟のように流れていった。私は眠りの針を思い出し、そしてサボテンの針を連想した。サボテンたちはお互いを刺し合い、身体からは白い液が出ている。二人は二枚の扉と一つの階段を挟んで暮らしている。カモミールの匂いがした。
 無音に紛れるように静かに立ち上がり、私はサボテンを見に行くことにした。気持ちを落ち着かせ、寝室の扉を開け、階段を下りた。
 夜は冷え込んでいた。地下室の扉の札は「閉」だった。木の板に墨で書かれた文字は薄明かりの中で見にくかった。私は札を「開」に変え、扉を半分に開けたまま灯のスイッチを点け、中に入って扉を閉めた。

 中央にベッドが置かれていた。フラワーラックが天井まで四方の壁を隠していた。植物の各個体は大きな人工灯に照らされ、層を重ねた森林はそれぞれ異なる光源に照らされていたが、その土は透明なゼリーボールで代用され、ガラス鉢の中で根の細部が露出していた。
 私は一つの鉢を見た。正面に付箋が貼られ、品種名と過去の日付、そして植え替えの期限が書いてある。全ての鉢はガラスと付箋によって組まれ、微弱な発酵を待つように地中の陽を浴びていた。
 二つのサボテンは五層目の《Fireworks》と《Falling snow》の間に置かれていた。白い樹液の精気は失われ、断面は和紙のように渋く文様を描いていた。私はカッターの刃の輝きを思い出した。季節を問わない花々は朝焼けのように遠かった。
 ベッドに入り、花の目から逃れた。
 目を閉じてからどれくらい経ったのか分からなくなった。ケロイドの土から種が育つ映像が見えた。どこからか柔らかい白翅の生えた虫たちが集まり、一匹が子守唄を奏で、二匹が妖精のように踊った。短いフレーズから長いフレーズまで、耳にした音をすぐに頭の中でたどる。
 しだいに虫たちは疲れ、葉の上に眠った……

 ノックの音で目が覚めた。浩太君だった。扉の札はいつの間にか「閉」に変わっていた。
「朝が来たから起こしてくれた…というわけではなさそうですね」
「良かった。まだ起きてましたか。帰るのはトンボロを待ってからでも良かったのに。もうすぐ現れる気がするんです」
「また今度にします。明日から天気がひどく荒れるそうなので…帰れるうちに帰ってしまわないと」
「ともあれ、今夜は幸運に恵まれましたね」彼は呼吸を落ちつけた。
「夜光虫が来ています。こんな夜にこんな所でじっとしているなんて、よっぽどの変わり者だけですよ」
 私は扉の札を「開」に変えた。朝を待たずにこのまま蔦の家を出る。
 地下室には誰もいなくなった。



手紙21
 この頃、唐突に思いだす景色が増えました。これといった出来事もなかったはずの景色――車窓やテトラポット、霧雨の日の類が、まるで思い出になりたがっているかのように頭の中へ流れ込んでくるのです。どれも焦点が不気味なほど合っていて、明確に描かれていて、幼い頃の記憶のような透明感さえ沸き起こり始めています。
 すれ違う人々の相貌がそれぞれに異なるのと同じように日々それらの景色は顔を変えます。私の二つの目では決して覗くことのできない空間の歪みを心の中に見せてくれることもあります。もっとも、そのような貴重な景色たちには初対面の戸惑いがつきまとっていますから、実際に景色たちと語り合えるのは少し落ち着いた後のことです。
 こうして起きて手紙を書いている今、もしも心を景色に適切な形で委ねることができれば、架空の夢と現実の景色の濁りは止み、歪みのない思い出を今ここへと表すことが私にもできるかもしれません。
 愛した人と愛した記憶はきっとそれぞれの相貌を変えてしまいます。齟齬をどうにか正そうとするほど記憶はその正誤を崩され、愛した人は徐々に透明度を増して二つの目から正しく見えなくなります。
 そのようにして時の流れは過去を冷まし続けてくれました。けれども再び熱を加えてしまえば、かつて冷ややかだったものでも少しくらいは温かく装えるものです。私は貴方のたったそれだけの尊敬をずっと待っていました。
 もはや私たちの思い出のすれちがいを正す必要はありません。何度も一緒に巡った知恩院や南禅寺の中の貴方を思い出します。寺社や樹木の景色はこの稚拙な文字の中で一つに溶け込んでしまい、微々たる事々を忘れさせてくれようとしています。そのうちに心地良い目覚めのような美しい予感だけが残り、声も熱も蓋の開いた香水瓶のように朽ちてゆくのでしょう。
 今も思い出を辛く思っていますか。慰めを求めているのですか。失望や後悔が再びあてどなく流れ、私たちのいた思い出にたどり着くこともあるのでしょう。けれども、新しい雨は知らずのうちに近づいているのです。濡らさないように蓋を閉じて、海へ流してしまうことは叶いませんか。
 貴方を尊敬しています。これが私の本意でなかったとしても、果たして確かめる術がありますか?
 ほろびゆく推測の中、やはり私たちはすれ違ったまま生きてゆくのです。
 さようなら。勇気を出して。



 三階の奥の部屋に入ると絵の具の匂いがした。おじいさんに別れの挨拶をするためだった。浩太君は「立ち入り禁止令を守る」と言い、玄関で私を待っていてくれた。
 豆電球の光の中でおじいさんは椅子に座り、キャンバスを正面にして居眠りをしていた。絵筆とパレットは椅子の下に置かれ、絵の具は乾き始めていた。
 一階のリビングと同じように数々の絵画は海向きの窓を囲んで隙間なく壁に飾られている。花ではなく、海の絵画だった。ほとんどの絵は下絵と現在の絵が不調和に重なるあの独特な構図で描かれていたが、海の見える窓の真下には二枚の浮世絵が飾られていた。
 葛飾北斎の富嶽三十六景だった。
 一枚は「神奈川沖浪裏」だった。毀れかかった波は富士を呑むように高く上がり、押送船の船員たちは嵐が過ぎるのを耐えている。富士には雪が落ちている。
 もう一枚は「相州江の嶌」だった。家屋の頂きは神奈川沖の荒れ狂う海と同じ濃い藍色で塗られている。白い砂地が透けるように泡立った海の色は春で、島と片瀬浜の間にはトンボロが現れ、参詣者たちはその道を歩いている。江の島に初めての橋が竣工されたのは北斎が「相州江の嶌」を描いてから六十年後のことだった。
 キャンバスには窓辺に置かれたトマトの実が描かれている。私はその横のスケッチブックを手に取り、中を開いた。
 椿やバラの素描に続き、最も新しいページには貝殻が、その一つ前のページにはサボテンが描かれていた。サボテンの左下には庚申の晩の日付があった。
 スケッチブックを元に戻すと中から手紙が滑り落ちた。私はそれを読んだ。不器用で、鬱蒼とした文字だった。裏側に自分の文字を添えた。パレットの隣に手紙を置き、真っ赤なトマトを一つその上にのせた。
 おじいさんは眠り続けていた。
 絵のサボテンには花が咲き、絵の貝殻には身が入っている。



手紙22
 おじいさんへ
 今夜の深夜バスで京都に帰ります。藤沢駅まではタクシーを使います。ちゃんとした別れの挨拶ができなくてごめんなさい。でも、朝が来るのを待っていたら、結局この島に居着いてしまいそうだったから。
 いろんなことをお世話になりました。いろんな優しさを受けました。私にも加藤さんみたいなお父さんがいれば今ごろ……なんて、子どもみたいに考えてしまう日もあります。でも、私は大人にならないと。しっかりした大人に。
 恋文を読んでしまったことを彼に秘密にしておいてください。「文章は読まれなかった」という、私の抱える嘘の事実と彼の信じる推測をいつまでも心に持っておきたいのです。いつの日かその不確かさが私たちを強く結びつけてくれることがあるのかもしれません。今度、春が来たら彼と一緒に京都を巡るんです…。
 誰にもさようならは言いません。冬が来たらまた島でお会いしましょう。花の贈り物を待っています。
 小さな愛を込めて



 稚児ヶ淵は青く輝いていた。霧のように雲は薄くかかり、空はつややかな月に包まれていた。
 生と光の匂いが鮮やかに満ちている。崖からの投擲に失敗した誰かのボトルメールが潮だまりの近くでガラスの破片を生み出している。崖腹から絶えず地下水が染み出し、水の道は淵に繋がり、波の満ち引きに入る。
「こんな景色はめったに見れませんよ」浩太君が呟く。
「遅い時間に案内してくれてありがとうございます。…この頃は引っ越しの準備で忙しくしているそうですね。私に隠していたんですか?」
「どうしてそれを…?でも、今夜は必ず挨拶に来る予定でした。夜光虫が出ていてもいなくても。本当ですよ。隠し事はしていません」
 そのまま二人の時は続いた。禁じられた音楽のように光る一つ一つの波が岩肌を洗う。彼はふと立ち上がり、何かを探すようにして闇の中に消えていった。
「これで虫を捕まえてみますか?ひびが入っているので長くはもたないと思いますけど…」
 砕け散った瓶の底が彼の右手に握られている。彼は続ける。
「中に入っていた手紙は別の瓶に詰めてあげましょう。加藤さんはいつもそうしているんです。波しぶきで濡らすといけないので、手紙を持っていてくれませんか?」
 私は手紙を小さくたたんでポケットの奥にしまった。指先が蔦の家の鍵に触れた。
「…そうだ。思い出した。これを見てください」
 彼はポケットから白い貝殻を出した。割れている。
「割れてしまったんですか?あんなに大事にしてたのに」
「いっそのこと捨ててしまおうか迷ったんですけど、一人だと勇気が出なくって……。千佳、今夜はあなたに会いたかった」
 彼は再び闇の中に消えていった。受け取った貝殻を手にするとまだ肌の温もりが残っている。細い指で千切ったような美しい割れ方だった。
 一つを投げ入れると虫たちの青い波紋が光り、貝殻は元いたはずの海に帰った。残った二つを天使のように仕立てあげ、地下室で聴いた子守唄を口ずさみながら彼の帰って来る映像を待った。
 遠く、森では鐘が鳴っている。






【参考文献】
内田輝彦『江の島植物園とサムエル・コッキング』藤沢市教育委員会事務局,1961年
内田輝彦『江の島稚兒ヶ渕の白菊と自休和尚』藤沢市中央図書館,1964年
堀浩侃『江の島歴史―まるごと江の島―』片瀬公民館,2014年

【引用文献】
与謝野晶子『与謝野晶子全集第二巻』文泉堂出版,1976年,p.36

※この物語はフィクションであり、実在する人物とは一切関係ありません

文章は他の創作物に比べ、古都のようなもので、お金を頂くのはもう粋じゃないのかもしれません。 ただ、あなたのサポートで、私が未来の古都づくりに少しでも参加できるのなら、こんなに嬉しい事はありません。私は文章の住人であり続けたいのです。 あたたかなご支援の程、よろしくお願い致します。