見出し画像

ポメラニアン・カウンセリング

深くうだる8月の夏。湘南の七里ヶ浜近くのポメラニアン・カウンセリングルームに入るとTUBEの音楽とポメラニウムが心地良く私の鼻腔をくすぐった。柚子に寄り添うクロアゲハの鱗粉のようなポメラニウムとTUBEだ。

新宿駅でポケットティッシュ配りをしていたツーブロ・ポメラニアンが余りにも可愛かったため、思わず夜勤明けの私は、そのティッシュを受け取ってしまった。ちょうど人間の世界には飽き飽きしてしまっていたところだった。ビジネスホテルの女フロントの夜勤仕事なんてロクなことしか起こらない。汚れた夏の野蛮な動物たちを振り払いたい。

ポケットティッシュに入っていたカウンセリング一回無料券をじっと見つめていたら、気がつくと江ノ電の鎌倉高校前駅に立っていた。天まで届くようなポメラニアン・タイムワープだ。

カウンセリング無料券の説明によれば、駅周辺の、【Pome87a0ep0mepOme-2G】というwifiにアクセスし、駅に着いた旨をポメットワークで知らせるようにとのことだ。早速その通りに進めると、案内犬と思われる角刈りの黒ポメラニアンがやって来て、私を江の島とは逆の方向へと誘った。江ノ電の車両が横切ると、その車掌もちょうど角刈りだった。

「はじめまして、私の名前はブングケン。カウンセラーです。さあ、どうぞそちらにお掛けください。」

「……日本語が上手なんですね。」私は相当に驚いた。ポメラニアンマニアの私でも、ここまで流暢に喋れるポメにはロマンティックを感じざるを得ない。その低い美声、その容姿に、一瞬、私は患者であるのを忘れそうになった。女ごころ、ポメごころ。そして蒼い星空のようなTUBEのルーム。

ブングケンは舌を出さずに微笑み、「勉強すれば日本語は喋りやすいものです。覚えてしまえば捨てがたいのも日本語の特徴の一つですね。時にあなた、ポメラニアン語は話せますか?」

「いえ…。」私は嘘をついた。ポメラニアン語は初恋の茶ポメが熱心に教えてくれたものだった。

さっき、黒ポメは、「良いカモを連れてきましたぜ。でも、俺の髪型を褒めてくれたんですから、あんまり酷い目には……」確かにそうブングケンに口添えし、ルームを後にしたのだった。

「あなたが事前にポメットワークで送ってくれた【お悩み】を読みましたよ。【私は、どうして人間なんかに生まれてきてしまったんでしょう?】……。ポメラニアン語にはさっぱりとした使用感があります。なめらかに文字は巨大な宇宙まで伸びて、適度に人の脳みそにも良いのです。どうです?このルームでポメラニアン語を学んで、ポメラニアン語でカウンセリングを……?」

悔しい私はティッシュで涙を拭うばかりだった。

ブングケンの困惑はルーム全体に秘密のように鎌倉の淵で酔って巡った。

ポメラニウムは換気扇の向こうの海へ吸われ続ける。世の中には訳あってやさぐれるポメラニアンもいる。




【ポメラニアンの寿命が人間と同じだったら良かったのに。】

文章は他の創作物に比べ、古都のようなもので、お金を頂くのはもう粋じゃないのかもしれません。 ただ、あなたのサポートで、私が未来の古都づくりに少しでも参加できるのなら、こんなに嬉しい事はありません。私は文章の住人であり続けたいのです。 あたたかなご支援の程、よろしくお願い致します。