この娘の『女性』は半端じゃなく売れる(新大久保のための下書き)
「おい!ムニア、そんなに飲むなよ!明日だって配信があるんだろ?」
コウタが本気でとがめる。
「いいわよ、キャンセルしちゃえば。一度や二度の事じゃないでしょ?もっと飲みなさいよ!」
ホット・バターがそうやって愉快にさそうと、ムニアはそれに応じるようにアルコールの危ない混合物を一気飲みしてしまって、そして横になって、いびきを立てて眠ってしまった。
「なあ、バター」コウタが尋ねる。
「バターは駄目。ホット・バターってちゃんと呼んで。」コウタは尋ね直す。
「どうしてこんな街で暮らしているんだ?歌舞伎町の近くで、…ほら、何かと治安も危ない街じゃないか。コリアンタウンですっかり有名になってるしさ、その…デモとかもあったみたいだし…。」
「どうして暮らしているかですって…?う~ん、思い出すのは難しいなあ…もう何年も前の話だからね…。東京に来たのはただの憧れだったけど、新大久保に決めたのは…やっぱり、この娘の存在があったからね。」
「この娘って、ムニアか?」
「そう。ムニア。ムニアは私が今まで見てきた女性の中でも一番スペシャルな『女性』だった。女性って意味、分かる?男性・女性の、『女性』よ。この娘がどう思ってるかなんて知らないけど、とにかくこの娘の『女性』は半端じゃなく売れるっていう確信があったの。顔もダメ。容姿もダメ。…けれど、そういうものを隠して売れる市場って、都会には存在するものよ。例えばね…、臭いのついた、下着を売るとか。この娘のそれはドラッグに近いものがあるの。コウタ、それはあなたのほうがよくわかってるでしょ?あなたは『男性』だもの。」
「ああ…。よく分かるよ。こいつの身体、俺からしたら本当によくできた高性能な機械油みたいなもんだ。見たことあるだろ?アスファルトの上に広がる虹色の油。本当にこいつの匂いには、そんな幻覚が含まれてるんだよ。」
「いつまで経っても疑わしい話。」
そう言うとホット・バターはムニアの身体を下から上まで嗅いで回り、最後に右耳を少しだけなめた。そしてその味を確かめているようだった。それが水を飲む小鹿のようだった。
「私からすれば、完全な無味無臭なんだもの。まあ、だからこそ『ムニア専門の下着売り』なんてビジネスが成立しているのかもね。大多数の人間にとって、ムニアがとびっきりの悪臭だなんて私にはまだ信じられないわ。コウタ、あなたもなかなかの強運の持ち主だったわけね。」
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