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なぜかここにいるポメラニアン

遠くに引っ越すことに決めた。最近の町の雰囲気にもう馴染めなかった。昔一緒に暮らしていたポメラニアンのおもちゃもベッドも、今はもう跡形もない。

引っ越しの準備を一通り終えて、夜中に私はパソコンを立ち上げた。相棒だったポメラニアンの動画を見るためだ。ハイボールの缶を片手にして、ポメラニアン動画専用外付けハードディスクを接続する。

ちょうど十年も若い君の姿。まだまだ元気にこの部屋中を駆け回って、お気に入りのおもちゃをかじったりころがしたりしている。もう何百回も見た場面。パソコンから視線を外し、がらんどうの部屋を見つめる。もう馴染めなかったんだ。

夜風にあたりに行こうと、君とのいつもの散歩ルートを歩くことに決めた。この町も見納めかもしれない。川沿いを行くと、かすかな天の川が見える。足元に君はいない。もう何百回も見た場面。

部屋に帰り、君のハードディスクを割ろうと小さなナイフを持ってみる。できない。過去を振り切る力が出ない。私たちは過去に対して、なぜ常に遺族なのだろう。どんなに願っても、どんなに言葉を重ねても、人は過去に戻れない。ハイボールの缶を握りつぶす。

君のまぼろしを何百回も見返すような悪いくせのついた私のことを、君は天国でどう思っているだろう。

今夜はどんな理由もなく、君はここに、私の胸の中にいてほしい。その体温で、寄り添っていてほしい。……なんて、わがままが過ぎるかな。

これからもさよならを繰り返してもいいのかな。私たち天国で会えるかな。

お酒はほどほどにするよ。

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