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あまいゆめ

あのひとは、わたしをゆめのせかいに連れてってくれるひとだった。

あのひとの口から発せられる「すき」は、私の知ってるどんなことばよりもとくべつな響きを持っていた。

言われるたびに胸がふわふわして、くるしくて、うれしかった。

あのひとはちっともイヤな匂いなんてしなくて、そのやわらかな髪からはとってもいい香りがした。

わたしもおなじ香りに包まれて、安心してねむった。


あのひとと過ごすよるは、あまくて、やさしくて、ぶっ飛んでて、どこまでもゆめみたいだった。

そのゆめのせかいでは、わたしをおびやかすものはなんにもなかった。

ゆめのせかいは心地よくて、クスリみたいで、ずうっと浸っていたくなった。

ゆめのせかいで、ふたりでずうっと暮らしていたかった。


ずうっと醒めないでほしかった。


でも、やっぱり、ゆめは醒めてしまった。

あのひとも時々、この世界の住人になった。

あのひとも、ただの「人」なのだ。そして私も。

そのことに気づいたとき私は、なぁんだ、とがっかりしてしまった。


それでも、あのゆめのせかいが忘れられなくて。

もういちど、そこに行きたくて。

消えちゃいそうなあまい香りのしっぽをたぐり寄せて、なんどもなんども反芻して。

そうすると、いくらかはそのあまさを、あじわうことができた。

それでも、あの日々のきらめきにはとうてい敵わなかった。


ねぇ。

もう、あのゆめのせかいには連れてってくれないの。

それとも、また連れてってくれる?

私、あなたとなら。


ねぇってば。

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