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AM 2:09



エッセイとまではいかないけど、緩やかに今22歳の若き私が感じた事を、何年経っても忘れたくなくて不定期的に発信していこうと、このnoteを書き始めました。

ここ2ヶ月間くらい、ひどく悪夢に悩まされていて、温かいミルクを飲もうともお腹いっぱいになろうともストレッチやマッサージをしようとも、夜眠りにつくのが怖い時期が続いています。

肌荒れも酷くなって、体重も増減の幅が大きくなり、やる気もなくなってなんとなく悲しい寂しい日々が続いていく中、初めてエッセイを読みました。

初エッセイ、小谷実由さんの『隙間時間』

(このエッセイとの出会いは長くなるので省略)

小谷実由さんの、連載していた記事を本にしたものです。


お恥ずかしながら、エッセイを今まで全く読んで来ずに22歳という社会人1年目の歳にいつのまにかなっていました。
人の考えや人生観とかに興味が全く無くて、意見交換とかは好きだけどエッセイって知らない人が偉そうに自分の考えをつらつら述べているか、自分の日常を神格化してあたかも特別かのように書き連ねているだけじゃないの?と、本気でそう思ってました。とっても恥ずかしいですね。穴があったら追加で2メートルくらい掘って埋めてほしいくらい恥ずかしい。

でもまあ、このnoteはありのままの今を書き留めようとしてるものなので、言っちゃいましたけれども。


夜眠れなくなってから、ひとつのルーティンを決めて本を読んでました。
簡単なコーヒーを入れて、好きな音楽(クラシック)を流しながら本を一章だけでも読もう運動です。
携帯をいじり尽くして、ネガティブな言葉に共感してポジティブな言葉にやいのやいの言うのに飽きたんです。

そのルーティンの中に『隙間時間』を組み込ませていただきました。

小説を読んでいても、なんだかえも言われぬ喪失感というか、私の中の「いいなお前は幸せで!!!!」という感情が大爆発して、なんだか集中できなかったころ、一旦その本を辞めて『隙間時間』に移ったんです。

生活でのちょっとした隙間の時間の事や楽しみ、猫、抜けてしまっている部分など、かなり赤裸々に書かれていたエッセイでした。

私がこう!と思っていた彼女の像からは少し現実味の帯びたシルエットを見せて下さって、なんだか、深夜で私は一人乱雑な部屋の中机に向かって本を読んでいるだけなのに、彼女の生活を少し遠くから見ている様な、そんな気がして、読んでいる間は夜の寂しさからはかなり解放されました。

アンデルセンの『絵のない絵本』ってご存知でしょうか。
(もし読まれてなかったら読んでみてくださいね。)

その『絵のない絵本』の月目線で覗かせてもらってるというか、「ちょっと失礼(しますよ)」みたいな。

言葉がね、すごく気持ちの良い流れで使われていて、温かいエッセイなんですよ。
さも友達かのような。なんだろう、私の勘違いで高尚なものだと思って避け続けてきたエッセイに、手をついて謝りたい気分。


多分、私はこれを何回も、不定期に襲ってくるあの大きな寂しさモンスターが現れる度に読むんじゃないかなぁ。

そういう本、ありませんか?

この本のおかげで、ここ三日間くらいは孤独感にかられる事もなく、家事もしっかりできて(相変わらず部屋は乱雑だけれども)、ホッとしています。
自分が携帯ばかりをいじくり倒して、顔の見えない敵を毎晩倒し、ベッドに染み込み続けるスライムから、人間に戻してくれて。感謝。


途中で甘いものを食べたくなって、芋を炊飯器の玄米モードで蒸してしまったので、まだ眠れないんですが。

でもまだお風呂に入る気にもなれないので、久しぶりにクーラーを消して少し汗をかこうと思います。

まだオチの付け方は分かってないです。なぜなら今日から書き始めたのでね。


2022/08/08
AM 02:32
柊朔

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