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【声劇台本】さよなら抹茶チーズケーキ【3人劇】

旧ボイコネ用に書き下ろしたものの、仕様変更により分断を余儀なくされたので、フルバージョンを供養します。声劇用のお話としては処女作です。

男性:1名 女性:1名 性別不問:1名 の3人劇として書きました。ナレーションはありません。尺としては1時間20分前後かと。

それでは、以下本文です。

さよなら抹茶チーズケーキ / 樋井ひかげ

:月には不死の薬があるらしい
:これは死ぬのが怖くなった少女の話

ツバサ:男性。高校二年生。勉強ができ、理屈っぽい。童貞。アヤカとツバサくらいしか友達がいないが、べったりというわけではなく、むしろ少しドライ。
アヤカ:女性。高校二年生。ツバサとは小学校からの腐れ縁。基本明るく過ごしているが、たまに物憂げ。猪突猛進しがちで、ちょっとバカ。距離感が近いタイプ。
リョウ:性別不問。高校二年生。二人のクラスメイトで、ツバサとアヤカとは中学からの仲。お兄さん(お姉さん)的ポジション。落ち着いたトーンでノリが良く絡んでくるタイプ。


ツバサ:「おはよ」
アヤカ:「おはよ。遅かったね」
ツバサ:「どっかの線で人身事故だって」
アヤカ:「あー、それはそれは」
ツバサ:「まぁ遅延証明もらったし」
アヤカ:「それにしても人身事故ねぇ」
ツバサ:「んー、月曜日だし?」
アヤカ:「関係あるの?」
ツバサ:「いや、なんでもない」
アヤカ:「え、余計気になるんですけど」
ツバサ:「知らなくてもいいこともある」
アヤカ:「ふーん? ……やば、先生きた」
ツバサ:「ほら、席戻れ」


:昼休み
アヤカ:「やほ、今朝がたぶり」
ツバサ:「や」
アヤカ:「メロンパン好きだねぇ」
ツバサ:「そうかな」
アヤカ:「いつも買ってない?」
ツバサ:「アヤカこそ、またそれ買ってる」
アヤカ:「まぁね」
ツバサ:「そんなに美味しいの」
アヤカ:「チーズ蒸しケーキってだけで美味しいのに、そこに美味しい抹茶が入ったらそりゃあ美味しいに決まってるよね」
ツバサ:「なにそのカツカレーみたいな論法」
アヤカ:「カツカレー? 抹茶チーズ蒸しケーキですけど」
ツバサ:「はいはい。……でも、そればっかで飽きない?」
アヤカ:「これが飽きないんだなー。お……。ねねね、みてみて」
:スマホを差し出してくる
ツバサ:「ん」
アヤカ:「今朝のやつ」
ツバサ:「んん?」
:スマホの画面を見る
ツバサ:「ふぅん……高校生が、ねぇ」
アヤカ:「ね。自殺かなぁ」
ツバサ:「ブルーマンデーの犠牲者だねぇ」
アヤカ:「ブル…マン? コーヒー?」
ツバサ:「違うよ、マンデー。月曜日」
アヤカ:「ああ、朝言ってたやつ? 月曜日って自殺多いの?」
ツバサ:「らしいよ」
アヤカ:「ふーん」
ツバサ:「この子なりに考えた結果なんだろうね」
アヤカ:「ね」
ツバサ:「まぁ正直、ダイレクトに影響しなくて良かったー……なんて思ってしまっているけど」
アヤカ:「うわ、冷た」
ツバサ:「だって、現場見たわけでもないし」
アヤカ:「だとしてもさ、もっとなんかあるでしょ」
ツバサ:「んんん、言いたいことはわかるけど」
アヤカ:「同い年くらいの子が近くで身を投げたんだよ?」
ツバサ:「それはそうなんだけど。でもさ、結局は知らない人なわけじゃん。知らない人が自分の知らないところで死んでたって、ある程度の同情しか出来なくない?」
アヤカ:「その、ある程度、ってのが低いんだよキミは」
ツバサ:「そうかなぁ」
アヤカ:「そうなの」
ツバサ:「こーんな自殺大国で育ってるんだから、慣れてしまいもするよ」
アヤカ:「うわぁ、おっとなー」
ツバサ:「その言い方腹立つなぁ」
:スマホをしまう
アヤカ:「……ツバサはさ、……死後の世界ってあると思う?」
ツバサ:「うーん……ない、とは言い切れないんじゃない?」
アヤカ:「……あれ。『非ぃ科学的だー』とか言わないんだ」
ツバサ:「まぁね……って、それ俺のマネ?」
アヤカ:「そう、似てるでしょ」
ツバサ:「いや、知らないけど」
:リョウが輪に入ってくる
リョウ:「おっすおっすー。なに、いまはモノマネ大会中?」
ツバサ:「違うよ。こいつが一人で勝手にやってただけ」
アヤカ:「ふふふー。『それはぁ、すごぉく非ぃ科学的だよねぇ』」
リョウ:「やば、超そっくりじゃん」
ツバサ:「え、マジで? 俺ってこんな感じなの」
アヤカ:「そうだよ。まんまこれだからね」
リョウ:「めっちゃ似てる。特技欄にツバサのモノマネって書けるレベル」
アヤカ:「マジ!? 絶対書かないー!」
ツバサ:「二重で腹立つなぁ!」
:声を上げて笑うアヤカとリョウ
:笑いながらリョウが話を戻す
リョウ:「……で、何の話してたの?」
アヤカ:「なに話してたっけ?」
ツバサ:「死後の世界がどうこうって話」
リョウ:「死後の世界? なんでまたそんな」
アヤカ:「今朝ホームから女子高生が飛び降りたってニュースあったじゃん?」
リョウ:「あー、中央線の?」
アヤカ:「それそれ。こんな近くで同世代が死んじゃってるっていうのにこのツバサくんは」
ツバサ:「だからある程度は同情してるって」
リョウ:「ツバサは人の血がかよってないもんなぁ」
ツバサ:「かよってるわ!」
アヤカ:「で。そんなわけで死後の世界なんてあるんかねぇっていう話に」
リョウ:「なるほどね。でもなんとなくありそうな気はするよね」
アヤカ:「その心は」
リョウ:「んー。なんかさ、生きてる間にいいことしておけば、死んだ後も穏やかに過ごせそうだし。めっちゃ悪いことばっかしてたら地獄に落ちそう、って普通に思ってるじゃん、みんな」
ツバサ:「仏教的世界観が無意識に浸透してるってことか」
リョウ:「閻魔様に審判してもらうーみたいな? ああいうの」
アヤカ:「たしかに。その考えが普通にある時点で、死後の世界の存在を認めてるってことだもんね」
リョウ:「死んだらどうなるとかはわかんないけど、流れでどうにかなりそうじゃん?」
ツバサ:「流れねぇ……」
アヤカ:「その点どうですかツバサ先生」
ツバサ:「先生って……、まぁ、俺もリョウとだいたい同じ意見だよ。なんかありそう、くらいにしか思ってない」
アヤカ:「ふーん。ツバサにもわかんないことあるんだ」
ツバサ:「いやいっぱいあるって」
リョウ:「まーなんていうか、そんなに気にしないでも生きていけてるし。むしろ気にしすぎて生きづらくなっても、なんかもったいないし」
アヤカ:「ふん、まぁねー」
ツバサ:「巨大地震は確かに怖いけど、毎日毎日ビクビクしながら生きていくわけにもいかないー、みたいな」
リョウ:「そうそう、そんな感じ」
アヤカ:「じゃあさ、逆に無かったらどうする? 死後の世界」
ツバサ:「なかったら……、かぁ」
リョウ:「んー、完全に無になるってことよな」
ツバサ:「精神も残らずに、何も知覚できなくなるってこと、だね。想像はしづらいけど、妥当な考えとしてはこれかな」
リョウ:「でもそれもさっきのと一緒で、気にしなくても生きていけるからなぁ」
ツバサ:「無きゃ無いでそれはすっぱり居なくなれていいんじゃないかな。苦しむ精神も無いんだし」
アヤカ:「なるほどねー」
リョウ:「ってヤバ。次移動じゃん。じゃ、おつおつー」
ツバサ:「おーっす……、ってあいつ行くの早いなー……」
アヤカ:「あたしらも行きますかー」
ツバサ:「ん」


:下校
リョウ:「おつかれーい、帰りどっか寄ってかない?」
ツバサ:「んー、いいよ」
リョウ:「この辺がいい?」
ツバサ:「どこでもいいよ」
リョウ:「じゃあ戻ってからにしよっか」
ツバサ:「ん」
リョウ:「遅いと電車混むし」
:アヤカが輪に入る
アヤカ:「おっつー、これからどっか行く感じ?」
リョウ:「あー、家の最寄りまで戻ってからご飯でも行こうかなって。アヤカも来る?」
アヤカ:「いくー!」
ツバサ:「結局いつもの三人だ」
アヤカ:「いいじゃん。いつもので」
リョウ:「うーし、じゃあ行きますか」

:電車
アヤカ:「今日すいてるね」
ツバサ:「短縮日課だったからじゃない」
リョウ:「この時間の電車あんま乗らないもんね」
ツバサ:「……にしても鉄道のお仕事も大したもんだね」
アヤカ:「なにが?」
:ツバサが車内ディスプレイを指さす
ツバサ:「ほら、もう遅延情報出てない」
リョウ:「ほんとだ」
ツバサ:「事故があってもすぐ復旧できるもんなんだね」
アヤカ:「なーんかさみしいね」
ツバサ:「なにが」
アヤカ:「その子にとっては文字通り命を懸けた決断だったのに、半日で何もなかったようにみんな過ごせてる」
ツバサ:「それはそうだけど……、どうせ死ぬなら迷惑より大迷惑の方がいいってこと?」
アヤカ:「そういうことじゃない。でも、すぐ片付いたら、すぐ忘れられちゃいそうじゃない?」
ツバサ:「身内とかだったら嫌でも忘れないでしょ」
アヤカ:「だったらこっそり自殺するよ、きっと。でもわざわざ線路に飛び込むってことは、もっとたくさんの人に知ってほしかったんじゃないのかな」
ツバサ:「んー。まぁ迷惑はかけないでほしいって思っちゃうなぁ」
リョウ:「ま、生きるも老いるも病いも死ぬのもぜーんぶ迷惑かかるんだから」
ツバサ:「だからと言ってわざわざ迷惑になりにいくもんでもないだろ」
アヤカ:「やっぱツバサは冷たいねぇ」
ツバサ:「そうかな」
アヤカ:「きっとキミみたいな大人たちがさっさと片づけちゃったんだろうなー」
リョウ:「血も涙もない奴らだなぁほんと」
ツバサ:「俺そんなに言われることした?」
リョウ:「(笑い)」
ツバサ:「俺ってどんな奴だと思われてるんだよ……」


:ファミレス
リョウ:「地元のファミレスってなんか落ち着くよね」
アヤカ:「わかる。なんだろうこの安心感」
ツバサ:「中学のときから来てるからかな」
リョウ:「いつも学校の周りで遊んじゃうし、ここら辺最近来てないから余計ね」
アヤカ:「ね。めちゃ懐かしい」
リョウ:「んー、なににしよっかなー。パスタの気分なんだけどなー」
ツバサ:「俺はもう決まった」
リョウ:「はやっ」
アヤカ:「なににした?」
ツバサ:「これ」
アヤカ:「おー、肉。がっつりだね」
リョウ:「そう、肉も捨てがたいんだよ。うーん」
アヤカ:「あたしも決まったー。……なんかデザートあるかな」
ツバサ:「はい、書いて」
アヤカ:「あいよ。……ね、ツバサ、ワインあるよここ」
ツバサ:「飲まねぇよ」
リョウ:「お、いけるクチ?」
ツバサ:「飲まねぇっつってるだろ」
アヤカ:「でもグラスで百円だよ? 安くない?」
ツバサ:「いや値段の問題じゃなくて」
リョウ:「ものは試しよ」
ツバサ:「未成年だっての」
アヤカ:「飲んだことないの?」
ツバサ:「ないよ。二人もないでしょ?」
アヤカ:「まぁないけど」
リョウ:「右に同じく」
アヤカ:「でも気にならない?」
ツバサ:「だとしても飲んじゃいけません」
リョウ:「でも、言ってもぶどうジュースじゃん」
ツバサ:「いやアルコール入ってるから」
アヤカ:「スーパーぶどうジュース」
ツバサ:「いいから早く頼め」
リョウ:「いやまだ決まってないから」
ツバサ:「じゃあ早くしろ」

:食後、ぶどうジュースをのむアヤカ
アヤカ:「んー。このぶどうジュースをものすごーく熟成させればワインになるんだね」
ツバサ:「そんなに気になる?」
アヤカ:「うん」
リョウ:「どんな味になりそう?」
アヤカ:「熟成ってなんだろう……。この味がどう変わるかとか、想像するのムズすぎ」
ツバサ:「そりゃそうだ」
リョウ:「there is no account for taset(ゼア・イズ・ノー・アカウント・フォー・テイスト)ってやつか」
アヤカ:「そうそれ」
ツバサ:「微妙にちょっとずつ間違えてるんだよな……」
アヤカ:「ま、今はこれで我慢するしかないか」
ツバサ:「そうしてください」
アヤカ:「これ普通に美味しいし」
ツバサ:「じゃあ良かったじゃん」
アヤカ:「なんならハマりそう」
リョウ:「学食の自販機のとこのぶどうジュースめっちゃ美味しいよ」
アヤカ:「そうなんだ。飲んだことない」
ツバサ:「いつもあそこの購買使ってるのに」
アヤカ:「だいたいいつも飲み物持ってきてるから」
ツバサ:「ふーん」
リョウ:「てか二人とも食べるの早っ。もう終わったの」
ツバサ:「リョウが頼みすぎなんだよ」
リョウ:「アヤカ、デザート来るんじゃないの?」
アヤカ:「頼んでないよ。チーズケーキなかったから」
ツバサ:「好きだな、チーズケーキ」
アヤカ:「いいじゃん。There is no use crying over cheese cake(ゼア・イズ・ノー・ユース・クライング・オーバー・チーズケーキ)」
ツバサ:「もう意味わからん……」

:ファミレスからの帰り道
リョウ:「んじゃ、ここで。まったあしたー」
アヤカ:「じゃあねー」
ツバサ:「またあしたー」
アヤカ:「……」
ツバサ:「……」
アヤカ:「ツバサ、時間平気?」
ツバサ:「ん、大丈夫だけど」
アヤカ:「寄り道しようよ」
ツバサ:「もう結構来ちゃってるけど」
アヤカ:「回り道」
ツバサ:「……わかったよ」
アヤカ:「ありがと」
ツバサ:「……なんかあった?」
アヤカ:「いいや、まぁ、もうちょっと話したいなって」
ツバサ:「……今朝の事故の話、そんなにショックだった?」
アヤカ:「んー……」
ツバサ:「その子の事考えてるの?」
アヤカ:「うーん……」
ツバサ:「ま、とりあえずどっか座ろうか」
アヤカ:「うん」

:公園のベンチに腰を下ろす二人
ツバサ:「で、どうしたの」
アヤカ:「んー。……まぁ、お昼に話したことと、ちょっとかぶるんだけどさ。同い年くらいの子が、電車に飛び込んだっていうこと自体もショックなんだけど。死って、意外と身近にあるんだなって。みんなその子のこと可哀そうって、辛かったのかな、とか言ってるけどさ。その子にしかわかんないんだよね、結局」
ツバサ:「そうだな」
アヤカ:「死んでみたらどうなるんだろう? ってふと思った弾みで飛び込んじゃったのかもしれない」
ツバサ:「(腑に落ちない様子で)はぁ。……でも」
アヤカ:「そんなことなさそう、でも、否定しきれない。その子しか知らないから」
ツバサ:「……まぁ、そうだな」
アヤカ:「飛び込むとき、怖くなかったのかなぁ」
ツバサ:「そりゃ、怖いだろうよ」
アヤカ:「それでもさ、あたしと同じくらいの女の子が、その怖さに打ち勝って、実際飛び込んじゃったんだよ? ……ま、何が怖いかなんて人それぞれだよね」
ツバサ:「まぁ、そうだな」
アヤカ:「……死んだあとってどうなるんだろう。そりゃあ、わかりっこないんだけどさ」
ツバサ:「うん……って、お前まさか」
アヤカ:「あはは、大丈夫だって」
ツバサ:「悩みがあるなら、聞くよ?」
アヤカ:「違う違う、ほんとに。そういうんじゃなくて。……たぶん、ツバサが思ってるのと、真逆」
ツバサ:「というと?」
アヤカ:「……あたしは、死ぬのが怖い」
:ツバサは返事ができなかった
アヤカ:「お化けが怖いとか、雷が怖いとか、高い所が怖いとか、いろんな人がいるじゃん。それと似たような感じでさ。あたしは、死ぬのがとてつもなく怖い。死ぬこととか、死んだあとのこととか、考え始めると、どうしようもなく怖くなっちゃってさ」
ツバサ:「……そんな風に思ってたんだな」
アヤカ:「巨大地震に毎日怯えて暮らす、ってハナシしてたじゃん。あんな感じ」
ツバサ:「……それってさ、昔から?」
アヤカ:「うーん、これといって何かきっかけがあったわけじゃないんだけど。気づいたらこういうこと考えるようになってた。進路とか、将来とか、いろいろ考えてるとさ、何のために生きるんだろうって思うじゃん。でさ、何のために生きるーとか考えてると、いつまで生きるんだろうとか、おばあちゃんになったらどうするんだろうとか、いろいろ考えちゃうんだよね。そしたらさ、やっぱり最後には死が待ってるんだなって気付いちゃって。将来の事もなーんもわかんないんだけどさ、これだけは、なんか。特殊というか、異質で。ほかは何とかなるっしょーとも思えるんだけど、死だけは絶対に迎えにくる。いずれ。よくわからないのに逃げられないから、すごく怖いの。気付いちゃったら、ね。止まんなくなった」
:言葉を探すツバサ
アヤカ:「ツバサは怖くない? 死ぬの」
ツバサ:「うーん、そんなに考えたこと無かったな」
アヤカ:「そっか。ツバサだもんね」
ツバサ:「でも、言ってることはわかるよ」
アヤカ:「ん、ありがと」
ツバサ:「死にたいとか言い出さなくて良かったよ」
アヤカ:「へへ、ごめんね」
ツバサ:「もしそうだったら、協力はできないし」
アヤカ:「じゃあ、他のお願いだったら、協力してくれる?」
ツバサ:「んー、内容による。ってか、その言い方だともうお願いする気満々だな」
アヤカ:「ばれた?」
ツバサ:「そりゃあね。で、一応聞くけど、どんなお願い?」
アヤカ:「びっくりしないでね」
ツバサ:「それはわからんよ」
アヤカ:「へへ、あのね、あたしさ、不老不死になりたい」
ツバサ:「……は?」
アヤカ:「だから、不老不死」
ツバサ:「うん、聞こえてはいる。内容が、うん、ちょっと」
アヤカ:「そうだよね。不老と不死の両方は欲張りすぎだよね」
ツバサ:「いいやそうじゃなくて」
アヤカ:「でも少なくとも不死身になりたいの」
ツバサ:「いやいやいや」
アヤカ:「へへへ」
:アヤカの様子を伺うツバサ
アヤカ:「なりたいんだ、不死身」
ツバサ:「……え、本気なの」
アヤカ:「えへへ」
ツバサ:「まぁ、えっと、アヤカが本気だったとして、俺はどう協力したらいいの」
アヤカ:「んー、まずはねぇ……」


:翌朝の教室
リョウ:「おはよ」
ツバサ:「おはよ……」
リョウ:「どしたん? めっちゃ顔暗いけど」
ツバサ:「いや、んー。まぁ、考え事?」
リョウ:「なになに」
ツバサ:「いや、いいよ」
リョウ:「いいよじゃないよ、話しなよ」
ツバサ:「うーん……、じゃあ、例えばの話。えー、もし、自分の友達が、スーパーヒーローになりたいって相談してきたらどうする?」
リョウ:「なんじゃそれ。なったらいいんじゃないって言うけど」
ツバサ:「んー、ごめん、この例えあんまりよくないわ。……あっ、じゃあ、自分の友達が、ケンタウロスになりたいって言ってきたらどうする?」
リョウ:「そんな奴いねーよ」
ツバサ:「いや、まぁそうなんだけど! そいつは本気なんだよ」
リョウ:「なんでさ」
ツバサ:「うーん、速く走れるから?」
リョウ:「じゃあケンタウロスじゃなくても良くない?」
ツバサ:「まぁそうなんだけど」
リョウ:「ペガサスとかのが良くない? 羽生えてるし。飛べるし、足速いだろうし」
ツバサ:「それはそうなんだけど……」
リョウ:「どうしてもそれじゃないとダメな理由でもあんの?」
ツバサ:「両手が自由な状態で、速く走りたい……?」
リョウ:「……そんな人、現代にいる?」
ツバサ:「ごめん、例えが悪いわ」
リョウ:「なんかに例えなきゃだめなわけ?」
ツバサ:「本人の名誉のためな」
リョウ:「ふーん、で、アヤカは何になりたいって?」
ツバサ:「うっ」
リョウ:「アヤカでしょ? 相談してきたの」
ツバサ:「……はぁ、……内緒にしておいてほしい。本人の名誉のためだ」
リョウ:「ん、まぁいいよ。で?」
ツバサ:「……ところでさ、リョウは吸血鬼の家系だったりする?」
リョウ:「……いよいよ頭大丈夫?」


:昼休み
リョウ:「おっつ」
アヤカ:「ああ、リョウ」
リョウ:「購買いかない?」
アヤカ:「今行こうと思ってた」
リョウ:「おっけい、決まり」
アヤカ:「珍しいね、リョウがお昼誘ってくるの。いつもお弁当じゃん」
リョウ:「まぁ、ちょっとね。とりま、いこ」
:購買へ歩く二人
リョウ:「昨日の帰り、ツバサとなんかあった?」
アヤカ:「昨日? あぁ、ちょっと相談に乗ってもらってた。もしかして、ツバサなんか言ってた?」
リョウ:「いいや、特には。けど、めっちゃ悩んでたから」
アヤカ:「大したことじゃないのに。あいつは真面目だから」
リョウ:「そうかい」
アヤカ:「あ、昨日言ってたぶどうジュースってここの自販機?」
リョウ:「え、あ、うん。そうそう」
アヤカ:「へー、こんなのあったんだ。ノーマークだったよ」
リョウ:「たぶんどのぶどうジュースよりも濃くておいしい」
:自販機でジュースを買うアヤカ
アヤカ:「ほんとだ、見るからに濃そう」
リョウ:「他のぶどうジュースが薄くて飲めなくなるかも」
アヤカ:「そんなに? でも良さそう。へへへ」

:購買から教室へ戻る廊下
アヤカ:「ふー。最後の一個だったよ」
リョウ:「マジ? ギリギリセーフじゃん」
アヤカ:「もっと仕入れてくれていいのに」
リョウ:「人気なの? そのパン」
アヤカ:「人気というか、そもそも仕入れが少ないんだよ。スタンダードなやつばっかりたくさんあって、こういう変わり種はちょびーっとだけ。だから競争も激しくなっちゃうのよ」
リョウ:「ふーん、てか、そんだけで足りる?」
アヤカ:「うん、全然へいき。お昼あんまお腹空かないんだよね」
リョウ:「そっか。……ところでさ。アヤカ、いま両手に物を持ってるじゃん」
アヤカ:「え? うん、そうだけど」
リョウ:「その状態で速く走れなくて、苛立ちを覚えたことある?」
アヤカ:「……? どゆこと?」
リョウ:「ごめん、なんでもない」


:放課後の空き教室
アヤカ:「おまたせーってツバサ、リョウになんか話したでしょ」
ツバサ:「え、なんかって何を」
アヤカ:「リョウが言ってたよ」
ツバサ:「いや、内容そのものは話してない」
アヤカ:「ふーん?」
ツバサ:「本当だって。だいいち、あんなこと、どう話すんだよ」
アヤカ:「ふふ。ツバサは本当にいい奴だなぁ」
ツバサ:「ヴァンパイアになりたいなんて、誰が信じるんだよ」
アヤカ:「それでも、ツバサは真剣に考えてくれてるみたいじゃん」
ツバサ:「それは……」
アヤカ:「で、いつ飲ませてくれるの」
ツバサ:「……アヤカ、やっぱり、本気なの」
アヤカ:「そうだよ。死にたくないもん」
ツバサ:「でも、血を飲んだってヴァンパイアには」
アヤカ:「なれた人も見つかってないけど、なれなかったひとも見つかってないよ」
ツバサ:「それでも、……非科学的だ」
アヤカ:「死後の世界だって、非ぃ科学的だよ。試して、ダメだったらほかの方法を試す。そうしていけばいつか見つかるかもしれない。……だから、ね? ツバサの血を飲ませて」
ツバサ:「……言い分はわかった、けど、まだ頭の整理が」
アヤカ:「ふふふ、ツバサって今まで彼女いなかったの?」
ツバサ:「いないよ。てか、いなかったの知ってるだろ」
アヤカ:「まぁね。じゃあ女の子と触れ合うのすら緊張しちゃうか」
ツバサ:「それは……」
アヤカ:「あたしでも?」
ツバサ:「そりゃあ、アヤカも女の子だし。……一番付き合いも長いから、ほかの子に比べたら全然だけど」
アヤカ:「ふふふ、顔赤いよ」
ツバサ:「そもそも、なんで俺なんだよ。アヤカこそ、彼氏とかいないのかよ」
アヤカ:「知ってるでしょ。あたしそういうの苦手って」
ツバサ:「リョウとか、ほかにも頼める友達いるだろ」
アヤカ:「ちゃんと真剣に聞いてくれたのは、ツバサだけ。だからツバサに頼んでるの」
ツバサ:「だからって、こんな……」
アヤカ:「そこに座ってるだけでいいから」
ツバサ:「待って。本当に?」
:ツバサに迫るアヤカ
アヤカ:「うん。すぐ終わるから」
ツバサ:「ちょっと、ほんとに待って」
:ツバサのシャツのボタンをはずすアヤカ
アヤカ:「声出したら、誰かきちゃうから。それこそいかがわしいことしてるみたいになっちゃう」
ツバサ:「十分いかがわしいって!」
アヤカ:「そう思うから変な感じになるんでしょ。ほら、観念しな」
:アヤカに手で口を塞がれるツバサ
:かぷっ、とツバサの肩の付け根に噛みつくアヤカ
アヤカ:「んっ……(唇と歯を押し当てる)」
ツバサ:「(口を塞がれたまま呻く)ーーっ」
アヤカ:「(徐々に歯を立て、力を強くしていく)」
ツバサ:「(口を塞がれたまま)アヤカっ!」
アヤカ:「(嚙む力をどんどん強める)」
ツバサ:「(口の拘束を振り払いながら)……ごめん、いたい! いたい! いたい!」
アヤカ:「ぅわっ! ごめん!」
:とっさに離れるアヤカ
:荒く息をするツバサ
ツバサ:「(息が荒い)はぁーっ、はぁーっ、いってぇ……」
アヤカ:「ごめん……、だいじょうぶ?」
ツバサ:「だいじょうぶ……じゃない……、なんか……、めっちゃ……電気が走った……」
アヤカ:「ごめんなさい……」
ツバサ:「腕のほうまで……しびれてる……ような……」
アヤカ:「ほんとに? だいじょうぶ? じゃないんだよね、ごめんね」
ツバサ:「血は、出てないよね……?」
アヤカ:「うん、出てないよ」
ツバサ:「そっか……、この方法は……もうやめよう……」
アヤカ:「……そうだね」


:翌朝の教室
:リョウがツバサの後ろから声をかける
リョウ:「よっ」
ツバサ:「おぉっ、おはよ」
リョウ:「どしたん、また変な顔してる」
ツバサ:「変な顔はしてない」
リョウ:「ははっ、ごめんごめん。でもひどい顔してるよ」
ツバサ:「ちょっとね……」
リョウ:「なに、肩こり?」
ツバサ:「……まぁ、そんなところかな?」
リョウ:「ふーん。ま、テストも近いし根詰めてるってことにしといてやろう」
ツバサ:「そうしておいてくれ……」
リョウ:「で、ケンタウロスには近づけた?」
ツバサ:「(面倒そうにため息をつく)……まだほど遠いかな」
リョウ:「そっか。ま、ほどほどに頑張ってくださいな」
ツバサ:「そうします……」
リョウ:「そんな言葉調べてないでさ」


:放課後の空き教室
ツバサ:「……ほんとにやるの?」
アヤカ:「昨日は何も得られなかったから。てか、昨日の痛みはもう平気?」
ツバサ:「え、あぁ、まぁ」
アヤカ:「そっか。よかった」
ツバサ:「(ため息)……やっぱ、怖いな」
アヤカ:「怖い、よね。でも、それと同じくらい、私は怖いの。死ぬのが」
ツバサ:「……じゃあさ、その恐怖を乗り越えて、俺が自分の腕をこれで切ったら、死ぬのも怖くないって思える?」
アヤカ:「それは、わからない。だって全く別物だもの」
ツバサ:「別物……」
アヤカ:「ツバサは腕を切っても、そのあとも生き続ける。ちょっと痛いだけ。でも、死んだあとはどうなるかわからない。全然違う」
ツバサ:「俺が傷を負う必要はあるのか?」
アヤカ:「でも、協力してくれるって」
ツバサ:「内容によるって言ったはずだけど」
アヤカ:「でも昨日も今日も、ちゃんと集まってくれたじゃん」
ツバサ:「だから、なんかもっとこう、別の方法で」
アヤカ:「なんかあるの?」
ツバサ:「……特に思いついてるわけじゃないけど、でも、こういうのは違うと思う」
アヤカ:「あたしが切ろうか?」
ツバサ:「(目を丸くする)……へ?」
アヤカ:「あたしが、腕を切って、ツバサがそれを飲むの。そんでツバサがヴァンパイアになったら、実験成功」
ツバサ:「俺が吸血鬼になってどうすんの」
アヤカ:「そしたらまたあたしの血を飲んでもらう。そしたらあたしもヴァンパイアになれる。もし実験が失敗したら、その先もしない。これでいいでしょ? ツバサも痛くない」
ツバサ:「でも、アヤカが痛い思いをする」
アヤカ:「あたしは平気。死ぬのに比べたら」
:カッターナイフを取るアヤカ
ツバサ:「そんなこと言ったって……って、おい」
アヤカ:「全然怖くないし」
ツバサ:「アヤカ、待てって」
アヤカ:「血が出たら、すぐ飲んでね」
:アヤカの手は震えている
ツバサ:「アヤカ、」
アヤカ:「怖く……ないし」
ツバサ:「アヤカ」
アヤカ:「ほんとに、怖く……」
ツバサ:「アヤカ!」
:ツバサがアヤカのカッターナイフを手で払い落す
アヤカ:「(衝撃に驚く)っ!」
ツバサ:「もうやめよう。……友達が手首を切るとこなんて、見たくない」
アヤカ:「ツバサ……、ごめん」
ツバサ:「ん、いいから。俺こそ、手荒なことしてごめん」
アヤカ:「ううん、ごめんなさい」
ツバサ:「今日はもう帰ろう。……って、あれ。カッターどこ飛んでった……?」
アヤカ:「あっ、たぶんそっちのほう……って、ツバサ!」
ツバサ:「ん? どした?」
アヤカ:「手、血出てる……!」
ツバサ:「手? って、ぅああ!」
アヤカ:「大丈夫!? 痛くない?」
ツバサ:「あぁ、そんなには」
アヤカ:「はやく、洗わないと……!(ツバサの手首をつかむ)」
ツバサ:「ってアヤカ、待って」
:血がアヤカの膝上に飛び散る
アヤカ:「(跳ねた血に驚く)!」
ツバサ:「ほら、アヤカ、足。血かかってるから。俺は一人で行けるって」
:ツバサの手首を離し、かがんで足に付いた血をじっくり眺めるアヤカ
アヤカ:「ん、このくらい大丈夫」
ツバサ:「制服とか、汚れてない?」
:アヤカは膝に顔を近づけていく
アヤカ:「……れるっ」
:アヤカは舌で膝に飛んだ鮮血を舐めとった
ツバサ:「(息を飲む)」
アヤカ:「えへへ、ね、だいじょうぶ」
ツバサ:「大丈夫……じゃない、だろ……」
アヤカ:「それより、はやく洗って保健室いこ?」
ツバサ:「お、おぅ……」


:翌朝の教室
リョウ:「おっはよ、って。どしたんその手」
ツバサ:「あぁ、まぁ、ちょっと」
リョウ:「リスカでそんなとこ切るかいな」
ツバサ:「してねーよそんなことっ」
リョウ:「止めはしないけど、勧めもしないよ?」
ツバサ:「だからしてないって」
リョウ:「悩みあるなら言いなって」
ツバサ:「悩んでないから大丈夫です」
リョウ:「嘘つけー、ケンタウロスがどうとか言ってきたくせに」
ツバサ:「あれはたとえ話で」
アヤカ:「おっは。ケンタウロスの話?」
ツバサ:「どんな話だよ」
リョウ:「おっはよー。そうそうケンタウロスの話。あいつら後ろ足どうやって洗うんだろうね」
ツバサ:「広げんな広げんな」
アヤカ:「へー、ってかツバサ、手へいき?」
ツバサ:「え、あぁ、大丈夫。そんなに深くいってたわけじゃないし」
リョウ:「あれ、アヤカはなんか知ってんの」
アヤカ:「え? いや、まぁ、これやっちゃったのあたしのせいだし」
ツバサ:「こいつがカッター持ってるときにたまたま俺の手に当たっちゃって」
リョウ:「なんでカッター持ってたの?」
アヤカ:「それも、たまたま」
リョウ:「……ほーん。まぁいいや。ケンタウロスの話の続きしよ」
ツバサ:「いいよそれは」
:スマホで何かを検索するリョウ
リョウ:「……へー。ケンタウロスっていろんなやつがいるんだ」
アヤカ:「てかなんでケンタウロスの話?」
ツバサ:「……俺もわからん」
リョウ:「『好色で酒好きの暴れ者』。へぇー、そうなんだ。あ、でも『中には出自の異なる者がおり、彼らは野蛮ではなかった』って。結局どっちだよ。で、なんちゃらかんちゃら……、『アキレウスなど数々の英雄を教育した賢者として知られ、また不死であった。』って、不死身のやつもいんのか」
アヤカ:「不死……」
リョウ:「でも嘘っぱちじゃんね、これ。不死身だったら現代に生き残ってるはずだし」
ツバサ:「そりゃそうだ」
アヤカ:「(しょげる)そっかぁ……」
リョウ:「?」


:放課後の空き教室
ツバサ:「提案がある。リョウにも協力してもらおう」
アヤカ:「なんでよ」
ツバサ:「その方がいいアイデアが出るかもしれない」
アヤカ:「真面目に考えてくれないよ、きっと」
ツバサ:「まぁ俺も真面目には考えてないんだけど……」
アヤカ:「なぁに?」
ツバサ:「いやぁなんでもないです」
アヤカ:「ふーん?」
ツバサ:「とにかく、三人寄れば文殊の知恵とも言うし、頼れるものは頼った方がいい」
アヤカ:「けど、絶対まともに取り合ってくれないって」
ツバサ:「そこは、なんとか、説得するよ」
アヤカ:「なんとかって」
ツバサ:「今朝もケンタウロスが不死だって発見したのはリョウだ。ほかにも何か発見があるかもしれない」
アヤカ:「うーん……」
ツバサ:「アヤカの計画自体は伝えない。別の理由をでっちあげる。それで良くないか?」
アヤカ:「……ばれたら、きっと笑われる」
ツバサ:「大丈夫、バレないようにするし、バレても、笑ったりしないよ。あいつは」
アヤカ:「そうかな」
ツバサ:「うまくやるから。任せてほしい」



:翌朝の教室
リョウ:「おっはよ」
ツバサ:「ん、はよ」
リョウ:「来週からテスト準備週間だって」
ツバサ:「あー……、そうだった」
リョウ:「ほー、その感じだと、ツバサ先生は今回も余裕ですかな」
ツバサ:「そんなんじゃないよ。完全に忘れてたから、ヤバいかも」
リョウ:「へぇ、めずらしい」
ツバサ:「いろいろ立て込んでてね」
リョウ:「アヤカのこと?」
ツバサ:「(一瞬息が詰まる)……まぁ、そんなところかな」
リョウ:「君たち最近仲いいもんねぇ。アヤカも最近楽しそうだし」
ツバサ:「……いつも通りじゃないかな」
リョウ:「二人で放課後わざわざ集まってなんかしてんじゃん」
ツバサ:「えっ」
リョウ:「もしかして、付き合い始めた?」
ツバサ:「ち、ちげぇよ!」
リョウ:「まぁ、ここは付き合い長いからねぇ。ふとした時に魅力に気づくことってあるよねぇ」
ツバサ:「めんどい反応すんな……、そういうのじゃないって……」
リョウ:「まぁそれはわかってるよ。ツバサは童(貞だもんな)」
ツバサ:「(遮って)うるせ」
リョウ:「っはは、まぁ二人になんかあったことくらいわかるよ」
ツバサ:「……そう、なのか」
リョウ:「あれ? てかこれ、あんまり詮索しないほうがいいやつ?」
ツバサ:「んー、半分半分ってところ、かな」
リョウ:「なにそれ」
ツバサ:「詮索はしてほしくはないけど、協力はしてほしい……みたいな?」
リョウ:「どうすりゃいいのさ」
ツバサ:「んん……、まぁ、いたって普段どおり過ごしてくれればいいんだけど」
リョウ:「それで協力になんの?」
ツバサ:「なるなる」
リョウ:「じゃあ、勉強教えてよ。なんもしない協力するからさ」
ツバサ:「うん、見てやるから」
リョウ:「よし、ラッキー。これで今回も補講免除確定っと。んじゃ早速だけど、土日ひま?」
ツバサ:「あー明日、土曜日なら」
リョウ:「んじゃ決まり」


:土曜日
リョウ:「じゃあ早速、英語からお願いしよっかな」
ツバサ:「あいよ」
アヤカ:「えーじゃああたしも」
ツバサ:「(ジト目でアヤカを見る)……」
アヤカ:「どうかした?」
ツバサ:「アヤカも来るって聞いてなかったんだけど」
リョウ:「あれ、ダメだった?」
ツバサ:「いや、ダメとかじゃないけど。まぁ、シンプルに、俺の負担が」
アヤカ:「あたしもリョウも似たようなもんだし、いっぺんにやってくれていいよ」
ツバサ:「簡単に言いやがって……」
リョウ:「んじゃこれー、答えと解説おねがいしまーす」
ツバサ:「勝手に進めんな」
アヤカ:「はやくはやくー」
ツバサ:「っあぁ、もうわかったよ、……っと、かっこ1が3、かっこ2が2、かっこ3が……4かな。で、かっこ4が1」
アヤカ:「はーいストップ、なんで1なんですかー」
リョウ:「3じゃないんですかー」
アヤカ:「え、4にしちゃった」
ツバサ:「えーっと、これは問題文が、ウィ・ラーント・ザット・ザ・ムーン、かっこ、アラウンド・ジ・アース、で、選択肢のゴーを活用させて『私たちは月が地球の周りを回っていることを学んだ』っていう意味の文にしなきゃいけないんだけど」
アヤカ:「うんうん」
ツバサ:「このザット節の中の内容が不変の事実だから、現在形で表すんだよ」
リョウ:「イズ・ゴーイングはダメってこと」
ツバサ:「まぁ今も回ってるから進行形にしたいところだけどね。そういうもんなの」
アヤカ:「ラーント、って過去形だけど」
ツバサ:「んー、不変の真理は絶対に現在形で表すっていう決まりなんだよ。水が摂氏百度で沸騰するーとかそういうのもそう」
リョウ:「へー」
アヤカ:「へんなの。誰が決めたんだろ」
ツバサ:「英語話者の総意だろうね」
リョウ:「過去形と現在形が混じるとなんか変な感じする」
ツバサ:「日本語もよそから見たら変な言語だろうよ」
アヤカ:「そうなの?」
ツバサ:「まぁ、そうだろうね。文法とかめちゃくちゃだし。現在形と未来形の区別ないし」
リョウ:「区別?」
ツバサ:「んー、例えば、『学校に行く』って現在でも『学校に行く』だし、明日の話でも『学校に行く』じゃん?」
リョウ:「あー。確かに。言葉は同じだ」
アヤカ:「いちいち区別してめんどいね」
ツバサ:「きっちりしてるってことよ」
アヤカ:「日本語がゆるくてよかったわ」
リョウ:「でも、現在と未来を一緒に語れるのって、なんか良くない?」
アヤカ:「なにそれ、ちょっとロマンチック」
ツバサ:「……そうか?」
リョウ:「まぁ、現在と未来をごっちゃにして両方見失う危険もある」
アヤカ:「やだ、怖い」
ツバサ:「何の話? これ」
リョウ:「はっはは、んじゃ、続き続き」


:数十分後
アヤカ:「わ、まだ古文手付けてないや」
リョウ:「それなー。結構あるんだけどなー」
ツバサ:「まぁ今回はワーク多めだし対策しやすいんじゃない」
アヤカ:「古文がいちばん謎。やる意味ないじゃん」
リョウ:「でも先生は面白いじゃん。カトマサ」
アヤカ:「それは言えてる。でも内容。必要性がわかんない。そのへんどうお考えですかツバサさん」
ツバサ:「んー。あんまり考えたことないけど、何かしら必要があるからやってんじゃないの。あとあと気づくタイプのやつだよ」
リョウ:「うわ、急にあいまいな答え」
アヤカ:「先生ーわかるように教えてくださーい」
ツバサ:「俺だって知らないよ。でも大人たちが一生懸命考えて決めてるんでしょ、こういうのって。じゃあそれなりに真っ当な理由があるんだよ、俺たちがまだわからないってだけで」
リョウ:「大人だってよくわかってないかもよ」
アヤカ:「今度カトマサに聞いてみよっか」
ツバサ:「そうしてくれ」
アヤカ:「(カトマサのモノマネ)うぅ~ん、これはですねぇ」
リョウ:「やば、めっちゃ似てる」
アヤカ:「(カトマサのモノマネ)このぉ、竹取の翁っ、このぉ、おじいさんがぁ」
リョウ:「あっはは、『このぉ、』が似すぎ」
アヤカ:「そこばっか気になって授業全然入って来ないからね」
ツバサ:「聞いてやれよ……」
アヤカ:「モノマネはできるけど竹取物語のお話とか全然覚えてないから」
リョウ:「結局どうなるとか知らないよね」
ツバサ:「えっ。かぐや姫だよ? 童話で読まなかった?」
アヤカ:「んー、竹から生まれたぁ、」
リョウ:「竹太郎」
ツバサ:「違う話になってるから」
アヤカ:「あははは! ……えーっと? ほんとになんだっけ」
リョウ:「竹切ったら超絶美少女がいて、めちゃくちゃモテたけど全員フッて月に帰るお話でしょ」
ツバサ:「そうなんだけど、言い方が悪いんだよな……」
アヤカ:「やば、悪女じゃん」
リョウ:「何しにきたんだろね」
アヤカ:「月の国の人は地球を征服したかったとか。それでかぐや姫が派遣されてきた、みたいな」
リョウ:「なるほど、色仕掛けってことか。いや、でも全員フッてるわ。なんでだろ」
アヤカ:「もうそれ愉快犯じゃん」
リョウ:「(スマホで調べる)……んーと、たーけーとーりっ、あーらーすーじ」
アヤカ:「ツバサも知らないんだ」
ツバサ:「授業以上のことは知らん」
リョウ:「……やば、かぐや姫モテるからって男たちにムチャブリしまくってる」
アヤカ:「うわ、やっぱチヤホヤされてるから」
ツバサ:「言い方……」
リョウ:「帝もメロメロになっちゃって、三年くらいLINEして猛アタックしたけどダメで」
ツバサ:「超解釈になってるし」
リョウ:「月に帰んなきゃだし、付き合えませんーってなって、そのうち迎えが来ちゃうってなって」
アヤカ:「え、取り巻きいたの」
リョウ:「パパ的な?」
アヤカ:「うーわ」
リョウ:「んで、帝も兵隊呼んでかぐや姫のボディーガードさせるけど、月の国の人たちのなんかすごいオーラにやられてなんもできない」
ツバサ:「ふんふん」
リョウ:「んー、で? (記事を読み進める)……へぇー」
アヤカ:「なになに?」
リョウ:「かぐや姫は罪があったから地球に送られたんだって」
アヤカ:「罰ゲーム?」
リョウ:「みたいな? で、その期限が終わったから月に戻ってこーい、っていうことらしい」
アヤカ:「なにしたんだろうね」
リョウ:「でも、月の人からしたらほんのちょっと地球に送ってただけらしいんだけど、地球では二十年経ってたってことになってるっぽい」
アヤカ:「浦島太郎じゃん」
ツバサ:「まぁ昔話ってそういうSFチックなやつ多いよね」
リョウ:「うーーん、罪の内容までは書いてないなぁ」
アヤカ:「なんだと思う?」
ツバサ:「さぁねぇ」
アヤカ:「でもこんな悪女なら絶対恋愛がらみだと思うんだよね」
リョウ:「それは間違いない」
ツバサ:「でも、それで地球に来て男たぶらかしてたんなら全然反省してなくない?」
アヤカ:「たしかに」
リョウ:「でもよくあるじゃん、結婚詐欺で捕まった人が獄中結婚するとか」
アヤカ:「たしかに! じゃあやっぱそうだよ」
ツバサ:「まぁ、かぐや姫はたぶらかしてたわけじゃないんだけどね。仮暮らしの身で、どうせすぐ帰ることになるし情が湧いちゃうとといけないからってことでしょ」
アヤカ:「そんなに面白い話だったらもっとちゃんと授業聞いとけばよかった」
リョウ:「カトマサにもいっかい授業してもらおうよ」
アヤカ:「ね。でも最初から言っといてよ、面白い話するって」
ツバサ:「先生も大変だな……」


:月曜日の放課後
アヤカ:「いいことを思いついたの」
ツバサ:「すごく嫌な予感がする」
アヤカ:「かぐや姫」
ツバサ:「……がどうしたんですか」
アヤカ:「不死身のヒント」
ツバサ:「ヴァンパイアの次はかぐや姫になりたいと?」
アヤカ:「かぐや姫にはなれないよ。あたしそんな美少女じゃないもん」
ツバサ:「……じゃあどうするつもり?」
アヤカ:「不死の薬を探す」
ツバサ:「月の国にある、不死の薬?」
アヤカ:「そゆこと。前に調べた賢者の石は無理そうだったけど、こっちならいけそうじゃない?」
ツバサ:「いやぁ、同じくらい無理なんじゃないか……?」
アヤカ:「わかんないよ? ないとは言い切れない」
ツバサ:「じゃあ、あったとして、どう探すんだよ」
アヤカ:「富士山にあるらしいよ」
ツバサ:「富士山?」
アヤカ:「そ、月の国の人が持ってきた不死の薬を、帝はいちばん天に近い場所である富士山で焼いたんだって」
ツバサ:「はぁ」
アヤカ:「だから富士山にある」
ツバサ:「焼かれてたら無くない?」
アヤカ:「でも富士山は不死の山だから富士山だって」
ツバサ:「もうほぼ火山活動してないんじゃなかったっけ」
アヤカ:「活火山だよ、富士山は」
ツバサ:「……だとして、どうするの。火口まで行くの」
アヤカ:「そこなんだよツバサくん」
ツバサ:「はぁ」
アヤカ:「ここで問題です。富士山の火口で大昔に焼かれた不死の薬をどうやったら手に入れられるでしょう?」
ツバサ:「考えがあるんじゃないのかよ……」
アヤカ:「あたしは富士山にあるってとこまで考えてきたの。こっからはツバサが考えて」
ツバサ:「んな無茶な」
アヤカ:「頭いいでしょ」
ツバサ:「じゃ登って確かめてきたら」
アヤカ:「登ってる間に死んじゃうかも。登山って怖いんだよ?」
ツバサ:「じゃあヘリでも借りて連れて行ってもらえ」
アヤカ:「そんなお金ありません」
ツバサ:「今から貯金すればなんとかなるんじゃない」
アヤカ:「いつになるかわかんないじゃん」
ツバサ:「じゃあ諦めろ」
アヤカ:「えー」
ツバサ:「それか噴火を待つんだな。火山灰を浴びてみればいい」
アヤカ:「それこそいつになるか」
ツバサ:「それくらいぶっ飛んだことを言ってるんだ」
アヤカ:「そっかぁ……」
ツバサ:「ま、パワースポットらしいし、行ってみたらご利益くらいはありそうじゃない?」
アヤカ:「んー。そういえば富士山ってちゃんとナマで見たことないかも」
ツバサ:「新幹線で見るくらいとか?」
アヤカ:「うん、まさにそれ。だいたい窓越しか画面越し」
ツバサ:「行ってみる? 今度の休みとか」
アヤカ:「ほんとに? テスト前だけど」
ツバサ:「お、そうだった。じゃあテスト明け」
アヤカ:「んふふ、行きたい」
ツバサ:「リョウも誘うか」
アヤカ:「うん」


:火曜日の教室
ツバサ:「おっす、おはよ」
リョウ:「おー、おはよ。あれ、ツバサもぶどうジュース」
ツバサ:「ん? ああ、これ」
リョウ:「美味しいやつじゃん」
ツバサ:「言ってたやつよな」
リョウ:「アヤカも最近そればっか飲んでるんだよね」
ツバサ:「狂ったように飲んでるよな」
リョウ:「そしたらツバサまで。なんかあんの、これ」
ツバサ:「さぁ? アヤカに聞かないとわかんないな」
リョウ:「ふーん。ツバサはなんで飲んでんの」
ツバサ:「んー、しょっちゅう目にするから、気になって?」
リョウ:「まぁ目の前で飲んでる人がいたらそうなるか」
ツバサ:「お、そういえば。テスト後とか、予定入ってる?」
リョウ:「んー特にないけど。なんかする?」
ツバサ:「……旅行でもしようかなと」
リョウ:「ほぉ、旅行。どっか行くの」
ツバサ:「んー、場所はまだ決まってないんだけど。富士山見に行きたいなって」
リョウ:「富士山」
ツバサ:「うん。富士山」
リョウ:「アヤカが見たいって?」
ツバサ:「まぁそんなところ」
リョウ:「東京からでも見えるんじゃないっけ。天気よければ」
ツバサ:「そう、だね。でもまぁ、もうちょっと遠出しようかなと」
リョウ:「というと?」
ツバサ:「もっと間近で富士山を見たいらしい」
リョウ:「へぇ」
ツバサ:「だから、近くで見れる良いとこに行ってみたい、っていう話」
リョウ:「んー、じゃあなに。静岡とか?」
ツバサ:「まぁ、具体的な場所はこれから決めるんだけど」
リョウ:「ふーん。ま、面白そうだしついてこうかな」
ツバサ:「おぉ、心強い」
リョウ:「なにそれ」
ツバサ:「いや、アヤカと二人はさすがに心配で」
リョウ:「自分も行くのに?」
ツバサ:「まぁ、保護者がいた方が」
リョウ:「保護者って。まぁいいけど。」
ツバサ:「助かるよ」
リョウ:「その前にテストだけどねー」


:昼休み
アヤカ:「やっほ」
リョウ:「おーっす」
ツバサ:「おっ、ちょうどいい」
アヤカ:「ん? どうかした?」
リョウ:「テスト終わったら旅行行くんでしょ? その話がしたくて」
ツバサ:「誘ったらリョウもオッケーだってさ」
アヤカ:「おー! よかった、心配だったんだよね」
リョウ:「わ、同じこと言ってる」
アヤカ:「へ? なんのこと?」
ツバサ:「あーあー、なんでもない」
リョウ:「で、どこ行くかまだ決まってないんでしょ?」
アヤカ:「そうなんだよね。富士山が近くで見られればどこでもいいんだけど」
ツバサ:「漠然としてるんだよな……」
リョウ:「てかさ、なんで富士山なの」
アヤカ:「なんかさ、パワー得られそうじゃん」
リョウ:「え、そういうの気にするタイプだったっけ」
アヤカ:「えー? わかんないけど、ちゃんと見てみたいなって。こないだツバサとそういう話になって」
ツバサ:「遠出したらいろいろ発見もあるかもだし」
リョウ:「ふーん、発見ねぇ。じゃあ普段見れないようなのを見に行きたいって感じか」
ツバサ:「そんなところかな」
アヤカ:「富士山って言ったらやっぱり静岡? 山梨もそうだっけ。どこがいいんだろ」
リョウ:「静岡には海があるイメージ。あとお茶」
ツバサ:「山梨は富士五湖があるな」
アヤカ:「ただ行くだけじゃ面白くないから、なんか楽しめるところないかな」
ツバサ:「調べてみるか」
リョウ:「じゃあ静岡のほう調べるよ」
ツバサ:「じゃあ山梨やるよ」
アヤカ:「よさげなところあったらどんどん言ってね」
:数分後
リョウ:「なんか、渋いですなぁ」
ツバサ:「アヤカさんをときめかすには至らないな」
アヤカ:「んー。いまいちピンとこないんだよね」
ツバサ:「だったら都内で見えるとこ行った方が良いような気がしてきた」
リョウ:「天気によっては見えないかもだしね」
アヤカ:「それでもいいかもだね」
リョウ:「……ね、こんなんみっけた」
ツバサ:「? 『月まで三キロ』?」
アヤカ:「なに? それ」
リョウ:「静岡にある変な標識」
ツバサ:「コラ画像とかじゃなくて?」
リョウ:「たぶん本物だよ。月って地名があるらしくって、月ってバス停もあるみたい」
アヤカ:「富士山は近いの?」
リョウ:「んー。どうだろ。浜松の方みたいだから遠いっぽい」
アヤカ:「そっか。でも、月まで三キロって、なんか不思議」
ツバサ:「そういう地名だとしても、言葉として面白いな」
リョウ:「それが静岡県にあるってのもウケる」
ツバサ:「そんなん良く出てきたな」
リョウ:「いろいろ調べてたら、おもしろスポット的なので出てきた」
アヤカ:「……月、行ってみたいなぁ」
ツバサ:「おいおい、富士山はいいのか?」
アヤカ:「そんな回りくどいことしなくても、月に行っちゃえばいいんだよね」
リョウ:「回りくどい? なんのこと?」
:焦るツバサ
ツバサ:「おいアヤカ? 何言ってるんだ……?」
リョウ:「あ、わかった」
ツバサ:「え」
リョウ:「アヤカはあれだ、あれになりたいんでしょ」
:息をのむ二人
リョウ:「宇宙飛行士」
アヤカ:「……まぁ、そんなところかな?」
:ため息をついて胸をなでおろすツバサ
リョウ:「確かに月は行ってみたい。ちょっと前にどっかの金持ちが行かなかったっけ」
ツバサ:「……それは確か宇宙ステーションじゃなかったかな」
リョウ:「でも月に行くんだー的な事言ってたよね。それでアヤカ、月行きたいんだ」
アヤカ:「そりゃあ、行ってみたいよ。でもそんなお金ないし」
リョウ:「ツイッターでDM飛ばしたら? 『月に連れて行ってください!』って」
アヤカ:「やだよ! あの人、なんか気持ち悪いし」
リョウ:「ははは、それはわかる。でも、月なんか行って何したいの」
アヤカ:「んー……なんだろう、とりあえず探検してみたい、かな」
ツバサ:「地球には無いものがあるかもしれないし、な」
アヤカ:「そうそう!」
リョウ:「ふーん。あー、でも月の重力は感じてみたいかも」
ツバサ:「だいたい地球の六分の一くらいだって言うよな」
アヤカ:「六分の一……かぁ」
ツバサ:「俺がだいたい十キロくらいになるわけだ」
リョウ:「そしたらアヤカがだいたい二十キロくらいか」
アヤカ:「(冗談っぽく)そうだねーそのくらいかなー?」
リョウ:「あっはは! アヤカお相撲さんじゃん。でもめっちゃ体軽くなるから飛び回り放題だ」
ツバサ:「三メートルくらい余裕で飛べるぞ」
アヤカ:「ほんとに!? やってみたい!」
リョウ:「じゃあDM送ろう」
アヤカ:「それは嫌」
ツバサ:「で、話が逸れたけど、どこ行く?」
アヤカ:「月」
ツバサ:「って本気で言ってる?」
アヤカ:「遠いの?」
リョウ:「まぁまぁ僻地にあるっぽいなぁこれ。うわ。月の最寄りの駅までがまず遠い」
アヤカ:「月の最寄り駅って、なんかいいね」
リョウ:「片道五千円近くかかるし」
ツバサ:「高いなぁ……」
アヤカ:「片道五千円で月旅行できるって言ったら安く聞こえるけど」
リョウ:「最寄りって言っても駅からそこまで一時間半かかるっぽい」
ツバサ:「んー。現実的じゃないかなぁ」
アヤカ:「そっかぁ」
ツバサ:「夏休みとかに何泊もしながらだったらいいかもだけど」
リョウ:「月旅行はまた今度だね」
ツバサ:「だな。近場でいいから、リフレッシュできるところにしようか」

50:

:テスト空けの休日、東京スカイツリーのエレベーター
リョウ:「わ、天井透明だ」
アヤカ:「ほんとだ! すごーい!」
ツバサ:「ほんとにのぼっていってる感あるな」
アヤカ:「わー! すっご! めっちゃ外見える!」
リョウ:「これで百メートルのぼっていくんだ」
ツバサ:「軌道エレベータとか、こんな感じかもな」
アヤカ:「なにそれ」
ツバサ:「地球から宇宙空間に直接行くためのエレベーターだよ。まぁまだ実現してないけど」
リョウ:「え、それめっちゃ時間かかりそう」
アヤカ:「って、もう着いた。はっや」
:エレベーターを出て窓際へ歩いていく三人
アヤカ:「うわーすっごーい、さっきよりたっかいね」
リョウ:「怪獣とかこんな目線なんだろね」
アヤカ:「ビルとかマンションとかサクサク踏んで行っちゃいそう」
リョウ:「最近のビルは頑丈だし、いい足ツボマッサージになるかも」
アヤカ:「あっはは! うけるー!」
リョウ:「あのビルなんかいい形してるよ。土踏まずにグイっときそう」
アヤカ:「ほんとだ。やば、めっちゃ健康になれるよ」
ツバサ:「はた迷惑な健康法だなぁ」
リョウ:「でもやっぱさっきより高くなった感じする」
ツバサ:「そうか? さっきも十分高かったから、百メートル上がったところで」
アヤカ:「えーさっきより高いよ。見える景色違うもん」
ツバサ:「大差ないように見えるけどな」
アヤカ:「ここをぐるーっと上がると四百五十メートルなんだね」
ツバサ:「それこそ五メートル上がったところで大差ないだろ」
リョウ:「それでも最高地点って言われると行ってみたくなるもんなんだよ」
アヤカ:「そうそう、やっぱり行って、見て、確かめないとね。てかツバサ、そんな内側じゃ外見えないよ?」
ツバサ:「いいよ俺は。見やすい所で見なって」
リョウ:「手すりと窓が遠いから全然怖くないよ」
ツバサ:「いや、だから怖いわけじゃないから」
アヤカ:「怖いなら怖いって言えばいいのに」
リョウ:「カッコつけちゃってー。お、なんかある」
アヤカ:「へー。富士山も見えるんだ」
ツバサ:「あいにくの曇りだけどな」
リョウ:「まぁこればっかりは選べないからね」
アヤカ:「ツバサが曇り男だから」
ツバサ:「なんだそれ。初めて聞いたぞ」
リョウ:「雨男ならまだ諦めがつくってのに」
アヤカ:「なんとも中途半端な」
ツバサ:「地味に嫌なレッテルを張るんじゃない」
リョウ:「でもさ、さっきより柱が多くて見づらくない?」
アヤカ:「それなー。全面ガラス張りとかできないのかな。あ、ねぇねぇ、下見て。車めっちゃちっちゃい」
リョウ:「ほんとだ。なんか可愛い」
ツバサ:「てか、ずいぶんのんびりと上がっていくスロープだな」
アヤカ:「そりゃあ簡単にのぼれちゃったら価値も半減するってもんよ」
リョウ:「お、もうすぐ頂上」
アヤカ:「おー! 着いた! すごーい!」
リョウ:「すっご、ここが四百五十メートル。てかこっちのが見やすいじゃん」
ツバサ:「さっきとの違いが俺には分からん」
アヤカ:「違いが分からない男だなぁ」
リョウ:「雲がこんなに近いぞ、曇り男くん」
ツバサ:「誰が曇り男だ」
アヤカ:「でも、ほんとに空が近い気がする」
リョウ:「宇宙行けちゃうかもよ」
アヤカ:「行けるかなぁ」
ツバサ:「まだ遠いぞ」
アヤカ:「どのくらい?」
ツバサ:「大気圏がだいたい上空百キロくらいまでだから、まだ〇・四五(れいてん・よんご)パーセント地点」
アヤカ:「えっそんな遠いの?」
ツバサ:「月までならもっと遠いぞ」
リョウ:「でもこっからなら浜松の方が遠いよ」
アヤカ:「でもそこまで行けばあと三キロだから結果近いよ」
ツバサ:「何の話だよ」
アヤカ:「あはは、でもそっかぁ、まだまだ遠いんだなぁ」
リョウ:「さっきの軌道なんちゃらはいつ出来るの?」
ツバサ:「いつだろうね。数百年後とかじゃない?」
リョウ:「そんなかかるんだ」
ツバサ:「まぁこの先の科学の進歩に期待だな」
アヤカ:「待ってる間に死んじゃうって」
リョウ:「じゃあもう打ち上げてもらうしかないね」
アヤカ:「それか浜松の月に行くかだね」
ツバサ:「それでもいいんだ」


:夕暮れの帰り道
アヤカ:「地上に降りてきた途端に晴れてきたんですけど」
ツバサ:「俺に言われても」
リョウ:「あんまりだよ、曇り男さん」
ツバサ:「知らないよだから」
リョウ:「ちょうど展望台いるときだけめっちゃ曇らせやがって」
アヤカ:「これがツバサという男なのだよ……」
ツバサ:「殺生な……」
リョウ:「ほら、月まで見えてる」
アヤカ:「ほんとだ。まだ夕方なのに明るいね」
リョウ:「そういえば、ちっちゃい頃からの疑問なんだけど、こうやって歩いてるのに、月が付いてくるの。不思議じゃない?」
ツバサ:「それは、月が遠すぎるから。そういう風に錯覚するの」
リョウ:「遠すぎて、錯覚?」
ツバサ:「こうやって動いてると、近くのものほど早く動いて、遠くのものは遅く動いて見えるじゃん。で、あまりにも遠い月は、動きが遅くなりすぎて止まってるように見える。でも周りの景色は全部動いてるから、ついてきてるように見えるんだよ」
アヤカ:「へぇー。遠いからってだけしか知らなかった」
リョウ:「でもなんか、いいな。『遠すぎてついてきてるように見える』って。あ、でも『遠いけどついてきてくれてる』の方がいいかな?」
ツバサ:「どういう『いい』なんだよ」
リョウ:「なんか響きがいいじゃん。急に詩的というか」
アヤカ:「あたしは『遠いけど』の方が好きかな」
リョウ:「やっぱ? って、ここまでかな。んじゃ、今日は楽しかったよ。まったね」
アヤカ:「うん、楽しかった。じゃあね」
ツバサ:「また月曜日」
アヤカ:「……ふう」
ツバサ:「……ちょっとは気晴らしになった?」
アヤカ:「え? うん、めっちゃ楽しかったよ」
ツバサ:「月には行けそうかい」
アヤカ:「んー。まだ遠いのかなって」
ツバサ:「そらそうだな。でも、今日のアヤカは楽しそうで良かった」
アヤカ:「うん。楽しかった。楽しかったよ」
ツバサ:「……けど?」
アヤカ:「うーん。なんか、違うな、って思った、かな」
ツバサ:「違う? なにが違う?」
アヤカ:「すごく高い所に行って、確かにいつもより空に近づいたんだけど。なんか、いろんな建物がちっちゃく見えたじゃん。そしたらさ、あたしたちって、地上に張り付いて過ごしてるんだなって思った。しかもさ、宇宙はまだ遠くて、全然まだ先にあるんだって思ったら、やっぱりここから抜け出せないんだって。やっぱり、あたしたちは、この地球の表面にへばりついて過ごすしかないのかなって」
ツバサ:「じゃあ、やっぱりまだ月に行きたい?」
アヤカ:「うーん。よくわかんなくなっちゃった」
ツバサ:「とりあえず、ちょっと座るか。なんか飲み物いる? 買ってくるけど」
アヤカ:「んーん、だいじょうぶ」
:ツバサが自販機に買い物に行って、帰ってくる
ツバサ:「ほい、これ好きでしょ」
アヤカ:「え、いいって言ったのに」
ツバサ:「いいよ。ここで飲まなくていいから、持ってなって」
アヤカ:「……ありがと」
ツバサ:「で、不死身の計画はどうするの」
アヤカ:「んー。どうしたらいいかわからない、ってのが正直なところ」
ツバサ:「月の世界は諦めるか」
アヤカ:「諦めたくはないよ。でもさ、なんか、不安。変なことに気づいちゃいそうで。余計に怖くなりそう」
ツバサ:「そうか……。でも、ここまで協力してきた身としては、ちょっとでも怖くなくなるような、何かが見つかるまでは、やれることをやり尽くしたい。と思ってる。アヤカが苦しいままなのは、俺も嫌だ」
アヤカ:「……なんか、最近妙に優しいね」
ツバサ:「こちらとしては前からだいぶ優しいつもりだけど」
アヤカ:「そうなの? 全然気づかなかった」
ツバサ:「俺の数少ない友達だしな」
アヤカ:「ふふふ、ありがと」
ツバサ:「だから、もう少しだけ手伝わせてほしい」
アヤカ:「ふーん? じゃあ、これ飲んで」
ツバサ:「って、マジでいらないのかよ」


:後日、学校
アヤカ:「で、あたしなりにいろいろ調べてきたの」
ツバサ:「月について?」
アヤカ:「そう。そしたら、大発見。都内で月のかけらが見られる場所」
ツバサ:「ほんとに?」
アヤカ:「これみて。日本で常設してるのはここだけみたい」
ツバサ:「でも、見るだけだろ?」
アヤカ:「うん、それでも、何か掴めるかもしれない。し、諦められるかもしれない」
ツバサ:「……行きたい?」
アヤカ:「うん。行くしかないよ。このままじゃずっと怖いままだもん」
ツバサ:「そっか。もしあれなら、一緒に行こうか」
アヤカ:「うん。ついてきて」
ツバサ:「ん、わかった」
アヤカ:「リョウも誘っていい?」
ツバサ:「もちろん」

60

:後日、国立科学博物館
アヤカ:「月ってどうやってできたのか、まだ詳しくわかってないんだって」
ツバサ:「地球から分離してできたとか、よその星がたまたま周回軌道に乗ったとか、いろんな説があるらしい」
リョウ:「地球と月って、なんか兄弟みたいなイメージあるけど」
ツバサ:「同時に生まれたって説もあるから、あながち間違いじゃないかもね」
アヤカ:「月にはウサギがいるって誰が言いだしたんだろう?」
リョウ:「あのお餅ついてるウサギね。もし居たらだいぶ呑気だなぁ」
ツバサ:「月の模様がウサギにみえたから、とかじゃなかったっけ」
アヤカ:「模様? どう見たらウサギに見えんのこれ」
ツバサ:「まぁ昔の人の感性だし。ほかの国だと蟹とかにも見えてるらしいし」
リョウ:「てか、昔から模様変わってないんだね」
ツバサ:「模様はクレーターの跡だから、デカい隕石でも当たらない限りは模様は変わんないし、変わってもそんなに見えない」
リョウ:「てか、いつ見ても同じ模様だけど、なんで?」
アヤカ:「月の自転周期と公転周期が一緒だから、ずっと地球に同じ面を見せながら回ってる、だったっけ」
ツバサ:「うん、そうそう。結構ほかの惑星でも、こういうのはあるみたい」
リョウ:「月の裏側は見えないってこと?」
ツバサ:「裏側まで行かないと見えないな」
リョウ:「へぇー。一途なんだなぁ」
アヤカ:「ね、かわいいよね」
リョウ:「でもさ、昔の人は空に月があって、なんじゃありゃ、ってならなかったのかな。形も変わるし、出てたり出てなかったりするし」
ツバサ:「そりゃ、最初はそうだったかもな。でも昔から月の満ち欠けが暦に使われてたし、生活の一部になってたんじゃないの」
アヤカ:「潮の満ち引きにも関わってくるしね」
ツバサ:「そうそう。海水が月の重力に引っ張られたりすることで、潮が満ち引きするんだ」
リョウ:「へぇー。あんな遠いのに。でも、月って重力弱いんじゃなかったっけ?」
ツバサ:「地球の六分の一。だけど、遠く離れた地球の海水を引っ張り上げるくらいには強い」
アヤカ:「なんか、そうなんだろうけど、実感はしづらいよね」
リョウ:「それな。じゃあ人間も軽くなってるってこと?」
ツバサ:「まぁそういうことになるな。潮とは少し違うけど」
リョウ:「なんか不思議。体感できないからかな。でも現代人でこんだけ不思議だったら、昔の人は余計だよね」
アヤカ:「昔の人は、『月は緑色のチーズで出来ている』って思ってたらしいよ」
リョウ:「チーズ、言われてみれば似てるけど、緑っておかしくない?」
アヤカ:「なんか、発酵させて間もないチーズは緑色らしいよ。ブルーチーズとかあるじゃん。あれの一歩手前みたいな」
ツバサ:「まぁ、厳密に言うと、欧米で『馬鹿げたことを信じる』みたいな意味の文で慣用句的に使われる表現なんだけどね。『月は緑色のチーズで出来ている』ってのは」
リョウ:「んー、じゃあ、そんなわけねぇだろ、的なもののたとえとして使われてる、的な」
ツバサ:「まぁそんなところかな」
アヤカ:「ねぇ、あそこじゃない? 月の石」
リョウ:「え、マジ?」
:月の石の展示に駆け寄っていく三人
アヤカ:「これが、月の石……」
リョウ:「……思ったより、ちっちゃいね」
ツバサ:「と、思ったより、普通の石だな」
アヤカ:「こっちが、アポロ十七号が持って帰ってきたやつ……」
リョウ:「で、こっちがアポロ十一号のやつね。ずっとずっと前には~、ってやつか」
ツバサ:「でも約五十年前って聞くと、最近な気もするな」
リョウ:「アヤカ、めっちゃ食い入るように見てる」
ツバサ:「ガラスに跡つけんなよ」
:月の石をじっと見つめるアヤカ
リョウ:「……真剣だね」
ツバサ:「……ま、気が済むまで見ててもらおう」


:帰り道
リョウ:「なんか、メイン見ちゃうと他がどうしてもね」
ツバサ:「ま、ここは広いから。仕方ないっちゃ仕方ない」
リョウ:「アヤカには退屈させちゃったかな」
ツバサ:「どうだろうな」
リョウ:「ツバサは恐竜とかちっちゃい時好きじゃなかったの」
ツバサ:「俺はあんまりかな。周りの男子はみんな、なんとかザウルスがー、とか言ってたけど」
リョウ:「なんで男子って恐竜ハマるんだろうね。って、アヤカ、疲れてない?」
アヤカ:「え、ううん、だいじょうぶ。……あ、なんか、お腹空かない?」
ツバサ:「うん、空いた。なんか食べよう」
リョウ:「そうだね。結構歩いたし、どっかお店はいろ」


:カフェ
ツバサ:「パスタに百円追加で麺大盛か……、お腹空いたし、いっちゃおうかな」
アヤカ:「あたしはパンケーキセットにデザートつけよ」
ツバサ:「え、甘いのだけ? おかず系いらないの?」
アヤカ:「いいじゃん美味しそうなんだから」
リョウ:「はや、もう決まったの」
ツバサ:「リョウが遅いんだよ」
リョウ:「ひと通り見てから決めたいんだよ。後で『これがあったのかよ!』ってなりたくないじゃん」
アヤカ:「おなかすきましたー」
リョウ:「待って、あと一分で決めるから」
:ニ十分後
ツバサ:「ふー。けっこう大盛だったけどペロリだったな」
リョウ:「ツバサって見た目のわりに食べるよね」
ツバサ:「一応男子高校生ですから」
アヤカ:「のわりに全然育ってないよね」
ツバサ:「うるせえ。アイス溶けるぞ」
アヤカ:「うわあ、ほんとだ。これはもったいないっ」
リョウ:「てかめっちゃ美味しそうそのパンケーキ」
アヤカ:「美味しいよー? アイスに付けてもよし、クリームに付けてもよし、もちろんそのままでもよし」
ツバサ:「ま、甘いものは正義ってことだな。アヤカもすっかり元気になったし」
リョウ:「ね。次来た時はパンケーキ頼も」
アヤカ:「ん~♪ もぐもぐ……、ふう、ごちそうさまでした」
ツバサ:「まだデザート来るんだっけ」
アヤカ:「あ、そうだった。すいませーん(店員を呼ぶ)、食後のデザートおねがいしまーす」
ツバサ:「てかアヤカも良く食べるよな」
アヤカ:「甘いものは別腹よ。あたしには別腹が四つあるのだ」
ツバサ:「牛かよ」
リョウ:「え、牛って別腹あるの」
ツバサ:「胃が四つあるんだよ」
リョウ:「なんで? そんなに食べるの?」
ツバサ:「んー。食事中には向かない話題だから後で話すよ」
リョウ:「え、めっちゃ気になるじゃん」
アヤカ:「お、はやい。きたきた」
リョウ:「アヤカほんとチーズケーキ好きだね」
ツバサ:「それによく抹茶のがあったもんだ」
アヤカ:「まぁねー。んじゃ、いっただっきまーす。はむっ」
リョウ:「お味の程は……?」
アヤカ:「もぐもぐ…………、うん、なんだろ、もぐもぐ……。なんかね、……抹茶が、めっちゃ濃くって」
リョウ:「へー、濃厚な感じ?」
アヤカ:「(咀嚼して飲み込む)……苦い」
ツバサ:「えっ」
アヤカ:「あんまり、美味しくない。……ごめん、残してもいい?」

:退店
リョウ:「ふー! 美味しかった! いいお店を見つけちゃったなぁ」
ツバサ:「パンケーキはたしかに美味しそうだったな」
アヤカ:「あれはマジで美味しかったよー。週三で通いたいレベル」
リョウ:「えー今度絶対頼むし。ってかツバサ、さっきの牛の話。途中だった」
ツバサ:「え? ああ、牛は消化の力が弱いから胃が四つあって、一個目の胃で消化したやつをいったん口まで戻してきて、またよく噛んでから第二の胃にー、ってやるんだよ」
リョウ:「え、キモ……」
ツバサ:「だから食事中はちょっとって言ったんだよ」
アヤカ:「どうする? このあと、どっか行く?」
ツバサ:「あー、俺はどっちでもいいけど」
リョウ:「んー、正直ちょっと疲れたかな」
アヤカ:「だよね。んじゃあお開きにしますか」


:帰り道
リョウ:「んっじゃあねー」
ツバサ:「ういー」
アヤカ:「ばいばーい」
ツバサ:「……ふう。アヤカ、大丈夫?」
アヤカ:「うん。大丈夫。ちゃんと帰れるから」
ツバサ:「そっか、じゃあ。またな」
アヤカ:「ん、またね」

70

:学校
ツバサ:「おはよ」
リョウ:「おっは。あれ、アヤカまだ来てない?」
ツバサ:「え? あぁ、まだ見てないけど」
リョウ:「そっか、珍しいな。アヤカが遅いの」
ツバサ:「まぁ休むなら連絡くらい入れるだろ」
リョウ:「そう、だね。ま、来たら話せばいっか」

:放課後
リョウ:「アヤカ、具合悪いのかな」
ツバサ:「どうだろうな。体調崩す様には見えないけど」
リョウ:「お見舞いとか言ったら迷惑かな」
ツバサ:「うーん、最近変なの流行ってるし、もらっちゃってもお互い不都合でしょ。連絡だけにしておこう」
リョウ:「そうしようか」


:帰宅後
:ツバサがアヤカにメッセージを送る
ツバサ:「『アヤカ、今日休んだけど、大丈夫?』」
ツバサ:「『体調悪いならゆっくりしなよ』」
ツバサ:「『授業のノートなら取ってあるし』」
ツバサ:「『お大事にね』」
ツバサ:「っと……。ま、既読も付かないか」
:しばらくすると、ツバサのスマホに通知が届く
ツバサ:「ん? ……『公園に来てほしい』?」

:公園のベンチ
アヤカ:「やぁ」
ツバサ:「ん。ってか、体調は大丈夫?」
アヤカ:「うん。身体は全然」
ツバサ:「てことは、精神がダウンしたってことか」
アヤカ:「へへ、まぁ、そんなとこかな」
ツバサ:「これ、飲める?」
:ペットボトルを手渡す
アヤカ:「ん、ありがと」
ツバサ:「また、怖くなった?」
アヤカ:「んー、というよりかは、どうしたらいいか、本当にわかんなくなっちゃって。ちょっとしたパニックになっちゃった」
ツバサ:「そっか。それってやっぱり、月の石、のせいだよな」
アヤカ:「はは、いやぁ、びっくりしたよ。月の石。あんなに楽しみにしてたのにさ。いざ見てみたら、なんか、すっごく普通の石ころだった。これがあんなにも求めてたものだったのか、って思うと、なんか、ね。馬鹿みたいに思えてきちゃって。……だから、ね。あたし、諦めた方がいい。死ぬのが怖いままで、それでいいの。きっと。たぶんさ、この恐怖も、あたしの一部なんだよ。切り離そうとしたら、あたしが壊れちゃうかもしれない。だからね、この恐怖も、受け入れるしかないの」
ツバサ:「でもそれだと、アヤカが苦しいままだ」
アヤカ:「うん、それでいいの。あたしが馬鹿だっただけだから。このぶどうジュースだってそう」
ツバサ:「どういうこと?」
アヤカ:「あたしさ、もともとそれなりにぶどうジュース好きだったんだけど、死ぬのが怖くなってから、不死身にあこがれて、いろいろ調べたの。んで、たどり着いたのが、ヴァンパイア。だからツバサにあんなことをしちゃったんだけど、ヴァンパイアって、血が飲めないと赤ワインで代用するんだって。でもさ、赤ワインなんて飲めないし、ってことで、濃いぶどうジュースを飲んでたの。ちょっとでもヴァンパイアの気分になれるかなって」
ツバサ:「そんなんで……」
アヤカ:「うん、なれるわけない。でもね、おまじないみたいなもんでさ、不思議とちょっと気が楽になったの。だからずっと飲んでた。でもね、それも最近はいいや、って思ってきちゃって。月の世界には、絶対行けないって思えば思う程、なんで頑張ってるんだろうって」
ツバサ:「でも、月には不死の薬があるって、信じてたんじゃ」
アヤカ:「うん。でもね、たぶんないんだよ。月には。月の世界も、不死の薬も。月が緑のチーズじゃないのと同じように」
ツバサ:「……じゃあ、アヤカはこれからどうするの?」
アヤカ:「わかんない。でもね、受け入れていくしかないのかな」
ツバサ:「でも、それだと苦しいままで、何も解決にならない」
アヤカ:「解決なんてできないよ。どうせ死ぬんだもん」
ツバサ:「じゃあ、ちょっとだけ、俺の話を聞いてほしい」
アヤカ:「え? ……ふふ、ちょっとだけなら」
ツバサ:「まず、『生きるのが怖い』っていうのと『死ぬのが怖い』っていうのを比べると、二つには明確な違いがある。『生きる』は現在と未来の両方を指す現在形だけど、『死ぬ』は未来のことだけを指す現在形だ。現在と未来がごっちゃになってるのは『生きる』方で、『死ぬ』は現在を指さない、異端者だ。でも、逆手に取れば、死は現在とは何らかの形で隔離された未来にあるんだ。だから、今を生きている俺たちには、絶対に触れられない。すごく遠い所で、俺たちに働きかけて、俺たちに付きまとってるんだ」
アヤカ:「それって……」
ツバサ:「うん、月と一緒だ。だから、アヤカの月への憧れは、同時に、死への憧れだし、また同時に、生への渇望なんだよ。月を探検したい、というのと、死後の世界であれこれする、っていうのは、同じこと。そして、それを望むことっていうのが、生きて物を知覚することへの飽くなき欲求なんだ。だから、アヤカは死を怖がってていい。怖いって感じるのは、生きてるってことだから。そして生きてる俺たちは『今』に守られてる。だから、怖がりすぎる必要はない、と思うんだ」
アヤカ:「ふーん、そっか。そっか……、へへ。なんか、ありがとね。えへへ、そんなに真面目に考えてくれてたんだね。素直に、嬉しい」
ツバサ:「アヤカに振り回されたおかげでな」
アヤカ:「あはは、……でもさ。なーんか裏切られちゃったなー! 不死の世界があると思ってたのに」
ツバサ:「かぐや姫のせい、かな」
アヤカ:「あ、でも、かぐや姫の話で、本当かもって思ったところがあってね。月の世界と地球で、流れてる時間の速さが違うってあったじゃん。あれは本当だよ」
ツバサ:「というと?」
アヤカ:「楽しい時間と、楽しくない時間だと、楽しい時間の方が短く感じるよねって」
ツバサ:「……アインシュタインか」
アヤカ:「相対性理論の? それはわかんないけど、でもさ、思ったの。博物館で。興味ない所の展示見てる時とか、めっちゃ退屈だったし」
ツバサ:「そうだな、俺らはアヤカが機嫌を落としてからがそうだったよ」
アヤカ:「それはごめんじゃん」
ツバサ:「いや、いいって。……で、つまるところ何が言いたいかって言うと、アヤカはそのままでいい。けど、怖がり過ぎる必要はないし、どうせ生きるんだし、ちょっとでも楽しいことをしよう。ってこと」
アヤカ:「ふーん? なんか、ちょっとカッコいいじゃん。腹立つ」
ツバサ:「そういうつもりで言ってないから」
アヤカ:「でも、嫌だよ」
ツバサ:「え?」
アヤカ:「楽しいことしてたら、あっという間に生きてる時間を使い果たしちゃうじゃん。だからさ、ね、つまんないことしようよ」
ツバサ:「……つまんないこと?」
アヤカ:「そりゃあ、嫌な事はしたくないよ? 嫌な時間を過ごすのは御免だよ。あたしが言ってるのは、つまんない時間を過ごしたいの。そしたら生きてる時間を長く取れるでしょ? 死を遠ざけられるってわけ」
ツバサ:「んー、そっちに行くとは思ってなかったなぁ……。でも、つまんないっていうのも相対的なものじゃん? 楽しい時間があるからつまんない時間もあるわけだし」
アヤカ:「あ、それは確かに」
ツバサ:「だからさ、つまんないことするでもいいんだけどさ。たまには楽しいことしようよ。俺もリョウも、きっと協力するし」
アヤカ:「へへ、ありがと。でも、楽しいことするんだったらリョウとがいいなぁ」
ツバサ:「えぇ……」
アヤカ:「あははっ、……だからさ、つまんない話はツバサがしてよ」

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