猫部屋の住人より

いま共に暮らしている猫は私の猫ではない。両親が選び両親が環境を整えて迎え入れた猫だ。私は一銭も出しておらず、つまりオーナーではない。現在は休職により子供部屋無職に成り下がったために昼間家にいる時間が長く、必然的に猫のトイレや飯やゲロの世話をする頻度が高いだけだ。
さらに言えば、私の子供部屋は私の部屋ではない。私が実家を出た後に両親が引越しをしたため、部屋の所有権を得なかったのだ。現在寝泊まりしている和室は第一に弟の子供部屋であり、第二には猫が子猫だった時代の専用部屋だ。動物を家で飼う場合はストレス過剰になることを避け、まずはケージの中、次に物の少ない部屋、隣の部屋と徐々に外的刺激に慣らす。両親は弟が家を出るとすぐに猫を迎え入れ、弟の子供部屋を子猫部屋に塗り替えた。

現在、2歳になる猫は家を自由に闊歩している。その時の好みで寝る場所も決めるのだが、子猫時代の名残なのか和室が高確率で選ばれる。さらに、私が布団を敷くスペースは、かつて猫用ケージを置いていた場所である。猫は気のいい奴で、かつてのテリトリーで暮らしている私を敵視しない。両親曰く、近くで寝るにしてもベッドには上がってこないとのことだが、私がさてそろそろ寝るかと布団を敷くと、おやもうそんな時間かと猫が上がり込んでぺそりと体を横たえる。

猫は、眠くなるとゴロゴロと喉を鳴らす。ゴロゴロという可愛らしい擬音は誰が言い出したのか、実際はブロロロロ…というようなエンジン音がする。そして人の身体に頭突きをしてくる。最初は意図が掴めずひたすら耐えていたのだが、どうやら"撫でろ"のサインらしく、実際に額や顎の下を撫でていると気持ちよさそうに眠りに落ちる。

睡眠薬に慣れるまで、私は中途覚醒が酷く、よく夜中にピショ…ヌチャ…という水音を聴いていた。猫の毛繕いする物音は姿が見えないとあまりに不気味で、何等かの怪異にしか思えない。けむくじゃらの妖怪は夜目が効くため、私の視線に気付くとすぐに風のようにヌルリと近づき、私をどつき始める。鎮まりたまえ、鎮まりたまえと柔らかな毛並を撫でると地を鳴らすような低音は安らかな風の音に変わる─。それを聴いているうちに自分にも眠気が舞い戻ってきて、次に気づいた時には朝になっている。鬱の療養に当たって、なんて猫はありがたいのだろうと思っていた。最初は、あら甘えん坊さん、と喜んで迎えていたのだ。猫と一緒に寝るなんて、まるで心を許されているようで素敵だ。

しかし最近は度が過ぎている気がする。猫の頭突きで目が覚めるのだ。胸の重みに驚き目を覚ますと私の心臓の上を太い前脚が圧迫している。撫でるのを疎かにしてスマホを眺めていたら、体当たりの衝撃で手元のスマホを取り落とさせ、腕にどっかりとのしかかることで完璧に阻害してくる……。深夜の"撫でて"は、お互いに寝付けないタイミングでのささやかな蜜月であって、就寝中にわざわざ起こして「おい、しっかり撫でろよ」というのはちょっと話が違うんじゃないのか。心を許してきた、なんて可愛いものではなく、私を完全に舐めてきているのだ。
猫に避けられないのはもちろん、心から嬉しい。一方で、最近の猫は私の枕に頭を乗せて眠り、脚を伸ばして私を布団から追いやったり、抱え込んだ私の腕に寝ぼけて爪を出したりする。さすがに動揺している。そんなことになるなんて聞いてない。

猫飼いの方、どうか教えてほしい。猫と友好的かつ程よい関係性を築くために、どうしていますか。親しき中にも礼儀ありだと説けばその時だけはじっとこちらを見つめるものの、彼女が改善する気配が一向にない。

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