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音楽制作業 OFFICE HIGUCHI 10周年までの道のり#31 〜向き合わざるを得なかった言葉たち。求人広告篇〜

お世話になっております。代表の樋口太陽です。

2018年度の後半、また新たな区切りが来ました。ジェット宮田と杉山さんが、退職することになりました。短い間ながら、二人には音楽の才能をふんだんに発揮していただきましたが、それぞれの人生の岐路のタイミングもあって、残念なことに長くこの仕事を共にすることは叶いませんでした。

二人とも、現在はミュージシャンとして活動しておりますので、ご縁のある方は、ぜひよろしくお願いいたします。

ジェット宮田 Webサイト

Misa Sugiyama Webサイト


今まで読んでくださった方は、うすうす感じているかもしれないですが、正直言うとオフィス樋口は離職率がかなり高い会社です。今までの退職理由は人それぞれで単純ではない上に、自分の目線からは本当に正確なところはわからない、というのを前提に置きますが、共通で今までに多くあった理由が

一般的な音楽制作のイメージと、クライアントワークとしての音楽制作の実際のギャップです。

音楽制作の仕事は「とにかく音楽が好きで、音楽でメシを食っていきたい」というマインドで足を踏み入れることが多いもの。しかし、広告音楽制作を実際に経験してみると違和感を感じる事も、とても多くあります。

私たちのつくる音楽は純粋な芸術ではなく、誰かによる、何かの目的があって音楽をつくる必要に迫られた結果の制作物、いわゆるクライアントワークと呼ばれるものです。自分の好きな音楽を突き詰める事とは、また違う話になってきます。クライアントワーク特有の楽しさ、やりがいも沢山ありますが、合わない方にはとことん合わない世界です。

今までに離職が多かった原因として、入社時に、その実際のところを、自分が事前にしっかり伝えきれてなかったというのがあるかと思うので、申し訳ない気持ちがあります。

しかし一番の問題は、僕がそのギャップを伝えるのを単純に怠っていたというわけではなく、実を言うと僕自身も、自分がこの仕事にどのようにフィットしていったかどうかが、あまりわかっていなかったのです。たまたま自分はクライアントワークで目の前の人に喜んでもらえる快感を知り、そこに命を燃やせる事ができたが、それは音楽を志す者、全員にあてはまるものではありませんでした。

自分が、どの点において、この広告音楽の世界に魅力を感じ、続けていくにはどういった適性が必要かを理解していくには、少しずつ色んな経験をしたり、色んな人の話を聞いていくという、何年もの時間が必要でした。

まず、自分たちの業界がどこに位置するものなのか。キャリアのはじめ、僕は自分がいるのは音楽業界でその中に生きていて、そこから広告業界に手を伸ばす形で仕事をしているとばかり、思っていました。最初のイメージを図にするとこうなります。

音楽業界

しかし、いろんな人の話をきいて、いろんな経験をする上でわかったのは、

広告音楽の仕事は、音楽業界っていうより、どちらかというと広告業界だ。

ということでした。下の図のような感じです。

広告業界

詳しくを説明すると長くなりすぎるので割愛しますが、広告音楽の世界は、ライブをやったり新曲をリリースしたりする、いわゆるアーティストの音楽業界とは、関わる人も仕事の成り立ち方も全く違います。「広告業界で広告制作において必要になった音楽部分を担い、たまに音楽業界にも手を伸ばす仕事」として捉えた方が誤解がないと、今では思います。

音楽業界だと思って飛び込んだ業界なのに、実は広告業界だった・・・これでは「思ってたのと違う!」となることは当然です。

以前、私たちが求人の時に出した文章には、こうあります。

音楽を仕事にしたい方、ご応募お待ちしております。

いま見ると、これは相当よくない表現です。実際とのギャップがある。音楽だけで食っていきたいだけの人なら世の中にきっとたくさんいると思いますが、最初の入りが甘いせいで、その後のギャップを抱かせては、結果として申し訳ないことになります。ここで最初の社員が入った時の事を振り返ります。

この時の事を思い返せば、自分の幸運な成功体験だけで、甘い言葉で、あまり深く考えずにこの世界に誘ってしまいました。しかし、それは長い目で見ると、もっとも優しくない行動かもしれません。一番最初から、とても厳しい世界だということを伝える方が、本当は誰もにとっても優しい事かもしれない。今度、社員募集をするならば、最初の伝え方には重々気をつけて、ギャップのないようにしたいと思い始めた時期です。

そして、ここからの社員募集にふさわしい言葉を考え始めました。

目指したことは

1.とにかく厳しい世界だということが一目で伝わるように
2.個性的で目に留まるように
3.気合の入った人だけに応募してもらえるように

という点でした。3について補足しますが、「音楽制作の仕事」というのは、その言葉だけで、甘い魅力があるものです。今までにも、SNSで載せた時、予想以上に多くシェアしていただいたり、多く応募を頂いておりました。

しかし「音楽の仕事でメシを食いたい」というモチベーションだけで進む場合、この広告音楽の世界にはマッチしない可能性がかなり高いという現実があります。その結果、数多く応募を頂いたならば、面接をする手間がかかってしまいます。

人事担当の専任スタッフがいれば、それも歓迎なのですが、少人数で運営している状態なので、そこに時間を割きすぎることは出来ません。そこで、間口を狭く、応募して頂けるのは気合いの入った人だけになるよう、自然と絞り込まれるようにしたい、という目的がありました。

テキストの内容はこんなものを考えました。

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あえて、これでもかというぐらいに前時代的な言葉を並べました。

このテキストを使って、昔の新聞広告のようにデザインしていただきたい、というお願いをしたのは、デザイナーの藤本誠一さん。形になったのはこちらです。


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・・・圧巻の出来です。僕はこれを見て、グラフィックデザインの力というものは、本当にすごい威力を持つものだなと実感しました。言葉だけでは表せないムードを、緻密に計算されたデザインによって見事につくり出していただいております。

副業禁止・リモートワークNG・フレックスタイム勤務非導入

に関しては、本当のところをいうと必ずしもこの限りではなく、話し合って双方よい形を探す事も可能なのですが、今回目指している振り切った雰囲気を表現するためには、これぐらいのパワーワードが必要かと思いました。また、本当にブラックな会社ならば、こんなワードを大きく載せるはずがないので、そのあたりのユーモアのわかる方にだけ通じればよいなという思いもありました。ギリギリのラインでの笑いを狙ってのものです。

半分はユーモア。でも、半分は本気。

来たれ音のクライアントワークを心底愛せる若人よ。

という言葉には、音のクライアントワークという、特殊で厳しい世界に入っていく覚悟が必要だという思いを込めました。

※ちなみに、「リモートワークNG」という点は、2020年からの新型コロナウイルスの影響により、本当に前時代のものになってしまいました。

音楽作家とデザインは共通にしたかったので文字数はだいたい合うように工夫しつつ、続いてマネージャーの文も考えます。

頭脳明晰 凄まじく鋭敏なマネージャー
我が社の今を共に支え、我が社の未来を共に夢見る事のできる君を待つ。

デザインされるとこうなります。

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ふざけて書いているようにしか見えないかもしれないですが、短い文章の中にも本意が表せるよう、時間をかけて何度も言葉を推敲しました。音楽作家・マネージャー・プロデューサーの三つの役割では、必要な資質がそれぞれ全く違うということが、この文章によって段々と浮き彫りになってきます。それまでは、恥ずかしながらあまり深く考えた事がなかったのです。

続いてはプロデューサーの文章です。

威風堂々 豪胆な音楽プロデューサー

誰もが認める楽曲を、迫り来る締切までに必ず用意する甚大な重圧に耐えうる君を待つ。

デザインされるとこうなります。

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僕は、元々は音楽作家。広告音楽プロデューサーは単なるクリエイターの仲介者だと思っていました。コネさえあれば誰でもできる、連絡を繋ぐだけの仕事だと。しかし、経験を積むにつれ、それはとんでもない誤解だと理解してきました。広告音楽プロデューサーとは、いったいどういう存在なのか。言語化が必要になったこの時、はじめて本気でそれに向き合いました。

「誰もが認める楽曲」とは、クライアント、広告代理店、映像プロダクション、監督、そして視聴者、広告に関わる人々、"全員にとって問題ない"楽曲という事です。オリジナル楽曲を受注した瞬間には、具体的なものをまだ誰も聴いたことがない状態。そこから制作をスタートして、あらかじめ決められた公開日という「迫り来る締切」までに、「必ず」どんな手段を使ってでも「誰もが認める楽曲」を、用意するというのが音楽プロデューサーの仕事。まさに「甚大な重圧」です。


いや、これ、バリバリきっつい仕事やん・・・


何も考えず、なんとなくの流れでプロデューサーという立場になった僕は、これらの言葉を書いていく時に初めて、広告音楽プロデューサーという仕事の、くらくらするほどの重みを感じました。

ちなみに、この求人広告の紙を、わざとくしゃくしゃに丸めてシワをつけた後に、三枚並べて貼ると、このようになります。

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いや、バリバリ、カッケェやん・・・

嫌悪感を抱く人も少なからずいるだろうけど、理屈抜きでカッコいい・・・SNSにも掲載し、素晴らしいデザインのおかげで、友人の反響もいただき、シェアも多数していただけました。これによってどうなったか・・・

狙い通り、応募の数がいつもよりめちゃくちゃ減って、ほとんど応募がありませんでした。

「いや、応募が来ないと求人の意味がないじゃないか」と思われるかもしれません。しかし、この言葉を練り上げた経験は、自分たちの仕事はどういうものなのかを見つめ直し、これから未来にメンバーとして入って頂く人の事を考える上で、とても意味のあるものになりました。


ただし、この求人広告だけでは会社の根本の部分は表現できません。自分たちを見直すために、もうひとつの大事な言葉に手につけました。

それは「タグライン」です。

つづく

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