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音楽制作業 OFFICE HIGUCHI 10周年までの道のり#16 〜トランペット教室の末に辿り着いた究極の答え・・・おれ、トランペット吹かない〜

お世話になっております。代表の樋口太陽です。

僕の音楽人生、さらに仕事人生において、ターニングポイントとなる重要な出来事。それが、トランペット教室です。タイトルからして、一見「トランペット教室つづかなくて辞めたのを大げさに書いているのかな」みたいな内容に見えるかと思いますが、最後まで読んで頂ければ、もう少し深いところまで行き着くはずなので、どうぞお付き合いください。
 
僕は、幼い頃から色々な楽器を触ってきました。幼少時代のピアノに始まり、小学校からドラム、中学校からベースとギター。そのおかげで、今の仕事で使えるスキルが増えました。作曲、全ての楽器演奏からミックスに渡って僕一人で完結させた仕事が、いくつもあります。

女性の声をサンプリングした、繊細めなトラックメイクとか。


生ドラムを叩いて、ギターとベースを自分でたくさん重ねたこんなものとか。

自分で歌さえも歌っている、こんなものとか。


幼い頃からの色んな楽器の経験と、大人になってから覚えたPCで音楽をつくる技術の習得とがあいまって、あまり人に頼らずに音楽制作をやれてきました。別に「ぜんぶ自分でやったよ!スゴイっしょ!」と言いたいというのが狙いではありません。音楽制作プロダクションとしてはアウトプットが問題ない出来か、ということが最も大事なので、自分一人の力で完結させたからといって特に自慢できるものではないのです。

自分で完結させるメリットとして、まず第一に、動くのは自分だけだとお金がかからない点、スタジオを抑えてプレーヤーとスケジュール調整など面倒な事をしなくてよい点、自分が頭で思い描いたものを、差し戻しのロスなく具現化できる点など、まぁ実務的に便利であるというところです。
 
そんな、一人完結の制作スタイルを得意としていた僕がクライアントワークの音楽制作をしていく中で、登場頻度がかなり多い楽器がありました。

それが、トランペットです。

トランペットの音色が欲しい時は、鍵盤を弾いてコンピューター上でトランペットを模した音色を再現する、いわゆる「打ち込み音源」というもので対応します。しかし、トランペットの音色は、打ち込みだとクオリティ的に到達できない事もあります。やっぱり生演奏の音がいいな・・・今のところ自分でいろいろ演奏できるけど、あとはトランペットが吹けたら、かなり網羅していると言えるのではないか?よっしゃ、トランペット教室に通おう!

こういう道筋で、2013年にトランペット教室の門を叩くことになりました。
自分の意思で、自分のお金で、大人になってから音楽教室に通うとは思っていなかったので、新鮮な気持ちです。先生となったのは、山﨑亜里さん。中古で買ったトランペットを持ち込み、吹き方を教えていただきます。なぁに、数々の楽器を渡り歩いてきた俺の手にかかればお茶の子さいさいだぜ!オラァ!

スカー。
えっ、音がでない・・・

あのトランペットの パァ〜♪ っていう音が出ないのです。トランペットという楽器は、まずはきれいに音を出すことが第一関門であることを知りました。毎週通って、家でも練習して、まともな音を出すことから始めます。練習をすると短い時間で、唇は疲れ果てます。ずっと繰り返していくと、少しずつまともな音が出るようになってきますが、その後、意外な第二関門を知ります。

高い音が、出ないのです。

ピアノやギターは、初心者であろうと、高い音が出る方に手を伸ばせば高い音が出ます。それゆえに僕は全く知らなかったのですが、管楽器で高い音程の音を出すのは、経験とテクニックが必要だということでした。

ちなみに、天空の城ラピュタでパズーがラクラクと吹いているトランペットの高さを吹けるようになるには、だいたい何年ぐらいはかかる・・・みたいな話を山﨑先生から教えていただきます。愕然としつつも、燃えてくる部分もあります。

なんだ、このパフォーマンスの悪い楽器は・・・上等だ。吹きこなしてやんよ。

僕はいち早く、自身の音楽制作の仕事で、この自分のトランペットを活かしたい。高い音程が出るまでに何年、みたいな悠長なことは言ってられません。とにかく早く実戦で使えるよう、がんばるしかありません。この時期の僕のツイートを並べてみます。

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だいぶ真剣ですね。すぐできるだろうと思っていたので、始める前には思ってもみなかった言葉が溢れています。

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とにかく高い音程が出なくて、苦しんでいるようです。

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時には少し、進歩もしているようです。

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「拳法を習ったことないけど、拳法を習っているようである。」
というくだりは、今の自分が読んでも意味がわかりません。

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だいぶ、まいってますね。この時点で2年ほど続けていますが、思ったような結果は出せていません。

いつもは先生とマンツーマンの授業ですが、ある時、生徒たちが集まる合同発表会というものがあります。

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ここはいっちょ、かますしかない・・・でも、まだまだ高い音はでないし、きれいな音もでない。正攻法だと、大したことができない。じゃあ、トランペットの演奏としては簡単な曲を選びつつ、せめてオケは工夫してみよう。僕が選んだ曲は「聖者の行進」です。しかし、通常とは違う攻めたアレンジverを、自分でつくってみようという発想に至ります。
 
あらかじめ用意されてあるCDのカラオケ音源を流してプレイするのが普通なのですが、自分の普段の仕事で培ったスキルを活かして、オケを制作しました。ちなみに、わざわざこういう事をする必要は全くありません。吉祥寺で行われるトランペット発表会の時に、自分の出番で吹くその瞬間のためだけの音源なので、もちろん、ギャランティは一円も発生せず、あくまで自己実現のための行動です。

この連載がなければ決して世に出ることはなかった、この合同発表会のためだけの音源ですが・・・恥ずかしながら公開します。トランペットが下手ですが、僕が吹いています。


これに飽き足らず、次の年は、「美女の野獣」のメロコアアレンジにチャレンジします。こちらは、なんと手間のかかるドラムの生録音も行うという気合いの入りっぷりです。ドラムのスラッシュビートはそこそこ叩けておりますが、肝心のトランペットはまともに吹けません。

このトランペットという楽器は、想像以上に手強いという事がわかります。しかし、自分でも偉いと思えるほど、諦めずにがんばりました。トランペット教室と同じころに始めた英会話教室は、ついついサボって、すぐに辞めてしまいましたが、トランペットだけは仕事が忙しくても自在に吹けるようになる日を夢見て、きちんと毎週、通っていました。

・・・そんな時、仕事でトランペットをどうしても生録音したい案件が発生しました。でも、まだ自分の実力ではまともに吹けなさそう。どうしよう。

あっ、そういえば、山﨑先生に、お願いすればいいじゃないか。

その事に気がつき、先生にトランペットを吹いていただき録音しました。こういう曲です。

その後、山本"ぶち"真勇が担当する案件でも、吹いていただきます。いやー、やっぱり先生は全然違います。素晴らしいですね。

そういったことを繰り返す中で、僕は禁断の事実に気づいてしまいました。



そもそも、なんで、おれがトランペットを吹かなければいけないんだっけ?



自分がわざわざトランペットを吹かなければならない理由が、自分目線ではいくつかあったとしても、もう少し視座を高く見渡すと、とても少ない事に気がつきました。トランペット教室を経て、得た気付きを並べます。



1.この世に発生する「クリエイティブの実績」の総数が変わる

仮に、自分一人で完結させた場合は、その案件での音楽の実績が増えるのは、僕一人です。しかし、同じ案件で自分完結をせずにあと9人に関わってもらうなら、合計で10人分の実績がこの世に産まれることになります。

僕も、過去の仕事の実績が、他に繋がる事が何度もありました。クリエイターにとっては、その時のギャランティだけでなく、未来に繋がる可能性を秘めている実績こそが最も重要なもの。一つの仕事の実績が、もしかしたらクリエイターのこれからの人生を変える可能性だってあります。自分一人で完結させようという事は、誰かの可能性の種を潰す行動かもしれません。


2.一度の人生で突き詰めることのできる事は限られている

トランペット教室に通って痛感したこと。それは、限られた人生の時間や情熱をとことんブッこまないと、辿り着けない境地がある、ということです。トランペットの高い音をきれいに出す。ただそれだけで、僕が頑張っても、辿り着けないものでした。他の全てを捨ててブッこむなら別かもしれませんが、一度立ち止まって考えた方がよいと思います。

それは、この世界の中で、あなたが担当すべき係なのか。

あなたが積み上げてきた本業の精度を上げた方が、世界にとって意義のある事ではないか。僕にとっては、トランペットがまぁまぁ上手なクリエイターという係ではなく、音楽プロデューサーとして、人に頼りながらよいものづくりをする事こそ、自分の係だったのです。

3.他者へのリスペクトの感情は、自分の経験の後にしか産まれない

最初のころのツイートを振り返ってみます。

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いささか極端な表現ですが、これは自分が経験しないと決して感じなかった、他者へのリスペクトを表した一文です。それまで僕は、高校の時にブラスバンドの演奏を何度も聴いていたにも関わらず管楽器奏者に対しての特別な感情は存在しませんでした。自分の経験、体感を経て、やっと他者へのリスペクトという感情が持てるようになる。それを端的に表している出来事だと思います。

4.一・五流のアウトプットが可能な状況は、一流のものづくりを阻害する

仮に、僕がすごくトランペットがうまくなり、一流のプレイとは言わずとも、それに近いぐらいのプレイができるようになった未来を想像します。それを一流と二流の間の「一・五流」だとすると、一流の方にお願いする機会がぱたりとなくなるでしょう。その理由は・・・序盤の文章を振り返ります。

自分で完結させるメリットとしては、まず第一に動くのは自分だからお金がかからない点、スタジオを抑えてプレーヤーとスケジュール調整など面倒な事をしなくてよい点、自分が頭で思い描いたものを、差し戻しのロスなく具現化できる点など、まぁ実務的に便利であるというところです。

一・五流のアウトプットが出来る状態で、これらのメリットを踏まえて、わざわざ他の方にお願いすることもありません。しかし、立ち返って考えると、これらのメリットは、あくまで僕個人にとってだけの実務的なメリットであって・・・

世界にとって、まったくメリットはありません。

この世界にとっては、どうせ同じ楽曲ならば、一流プレイヤーのトランペットの音色が響いた方がよいのです。当時の僕が、ここまで視座が高い考えに至ったわけではなく、あくまで現在の僕が振り返って言語化したものではありますが・・・そのような事を考えた僕は、トランペットの演奏は、無理して自分で行うのではなく、その都度その都度、一流の方にお願いすることに注力するというポリシーに変更しました。

その結果、この件では、織田祐亮さん(TRI4TH)

この件ではMAKOTOさん(JABBERLOOP)

という、名だたるトランペッターの方にお願いする事ができました。今振り返ると、自分が半端にトランペット吹けるようにならなくて、本当によかったです。
 
数年間のトランペット教室を経て辿り着いたこと。それは「自分でトランペット吹けたら便利だよね」などというという規模の小さな話でなく、クライアントにとって最高によいものを提供するため、プレイヤーの方々に本領を発揮していただく機会を増やすため、この世に新たに産まれる、せっかく手間ヒマをかけた楽曲が、一・五流でなく、一流なものになるため。つまりは、世界のために「おれトランペット吹かない」という答えでした。
 

この僕の話のような「楽器演奏を自己完結するか否か」という例だけだとリアリティを持てる状況の人は少ないと思いますが、自己完結は、そのまま自社完結と置き換えて考えることもできます。たとえば「うちは社内にデザイナーがいるから外注しなくて済むよ」という会社の場合。その社内デザイナーが一流ならば何の問題もないですが、社内デザイナーが一・五流の場合は、外部の一流の人が関わる可能性を封じ込めます。わざわざ外注費をかけるわけがないからです。一方、社内デザイナーが明らかに三流だった場合は、外部の一流の人が関わって、一流のアウトプットが産まれる可能性があります。

一・五流レベルだからこそ、外部の一流の人が関わる可能性を封じ込め、その結果、一流のアウトプットがこの世に産まれるのを阻害してしまいます。コストを抑える事だけが目的の仕事であれば、それでもよいかもしれないですが、ものづくりの目的は、必ずしもそれだけではないはずです。

スタッフィングに関わる方は、目先のコスト面や利便性だけでなく、今、社会や世界にとって意義があることは何なのか、に立ち返りながら行動していく事も、必要かもしれません。

もしも僕が有名な音楽プロダクションに勤めていたら、経験豊富な先輩から「トランペットって難しいから、その道の人に頼んだ方がいいよ」と、一言であっさりと教えてもらえる事だと思いますが、キャリアのない僕が浅はかな思いつきで始め、数年間にわたって苦戦したトランペット教室という極めて非効率な経験から、ひとつひとつ味わって体感して、やっと掴み取った学びの話でした。先生には「自分がうまくなるのを目指すのではなく、先生のようなプレーヤーにもっと頼る事ができるように、音楽プロデューサーとして本業をがんばります」と伝えて、2013年から2016年まで、3年間お世話になったトランペット教室を辞めました。
 
このあたりの時期から「音楽プロデューサー」という職業の本分を意識して、演奏だけに限らず、作曲・編曲やエンジニアなどに関しても意識的に人に頼るという行動をとっていくようになります。もしもトランペットをやっていなければ、色々な事に気づけなかったかもしれません。
 
 
 
なかなか上達が遅い僕に、いつも優しくトランペットを教えていただいた山﨑先生、この場を借りて、本当にありがとうございました。

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