【エッセイ】頭は冷静に心は熱く

人を殴ったことのある人間よりも、
殴られたことのある人間の方が、
ずっと強いのだ。それを僕は、
ボクシングというスポーツから学んだ。

高校二年の時、学校を1年休学して、
ボクシングジムに通い始めた。
プロボクサーを目指す訳でもなく、
漫画「はじめの一歩」の影響で
ただやってみたいと思って始めたのだ。

それまで僕はスポーツと、
まるで無縁の人生を歩いてきた。

12歳で、心臓病を患って、
手術を受けてからというもの。
持久走大会も水泳も参加できず、
運動部にも入れなかった。
そんな僕をジムの会長は引き受けてくれた。
本来なら心臓に疾患のある人間は、
会員になれないのだけど、
会長は僕の目つきを見て、深く頷き、
「何かあったら私が責任をとろう」と言ってくれた。
それだけでどんなに救われたことだろう。
新しい道が開けた気がした。

家からジムまでは10キロあったけど、
体力づくりの意味も込めて、
毎日、自転車で通うことに決めた。
MDウォークマンで70年代の、
アメリカン・ロックを聴きながら。
ペダルを強く踏み込んだ。

初めてバンテージを巻いた日。
窓は蒸気で曇って、汗はまぶしく、
飛び散る血にロッキーのテーマが流れて、
そこは男の世界という雰囲気だった。

最初は縄跳びの3分間も辛くて、
吐きそうになってしまった。
ひたすらステップと基礎の構えを学んだ。
すぐ足の裏が擦れてずる剥けになり。
顔からニキビが消えて。
見る見るうちに体重が減った。

その内グローブをはめて、
サンドバッグを叩かせてもらえるようになり、
頭にヘッドギアをつけて殴り合う、
軽いスパーリングの試合にも、
参加させてもらえた。

人を殴ることに違和感はなかったが、
思いっきり殴られた時の、
ショックには度肝を抜かれた。
痛いとか、痛くないのレベルではない。
ボディーブローの一発で、
衝撃が全身を貫き、頭が麻痺して、
膝から崩れ落ちた。

そんなとき、僕は生きていることを、
実感することができたんだ。

1年後、僕は高校生活に戻った。
ボクシングをやっているということは、
学校の誰にも話さなかったのに。
なぜか不良グループの連中に、
「お前、ボクシングやってるんだってなあ?」
と絡まれることがよくあった。

僕は襟首つかまれて、小突かれても、
「ボクシングは素人相手に使ってはいけない」
という会長の鉄の掟を守った。
不良とはいえ、ノーガードの顎に向けて、
ストレートパンチをおみまいしたら、
洒落にならない事態になるからね。

だから適当にあしらっていたんだけど、
不良というのは不思議なもので、
「俺のバックには超怖い先輩がいるんだぜ、お前リンチされたいのか?」
みたいなことを強調して脅してくる。
なんてダサい奴だろうと思った。

取り巻きの力を誇示すること。
それは男として。一番格好悪い行為だ。
自分の拳に誇りを持つべきだ。
実際、その不良の瞳には脅えの色があった。
僕に勝てる自信がなかったのだろう。

殴る勇気よりも、殴られる勇気を、
持っているかどうかが、
人の強さを決めるのかもしれない。
実際、僕は打たれ強い性格になった。

頭は冷静に心は熱く。

今ではファイティングポーズすらも、
忘れてしまったけれど。
ボクシングをやっていた数年間が、
心を丈夫にしてくれたのは、
確かなことのように思える。

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