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フェイクドキュメンタリー「怪談 - Passengers」の徒然


「怪談 - Passengers」

「フェイクドキュメンタリーQ」は、放送中止になったり発見された映像を再編集した映像オムニバス……という体の「モキュメンタリー」である。
つまりそれっぽく、心霊番組っぽく構成しあたかも実在する映像のように見せてるが、全て「作り物である」と制作側が公言している作品集である。
にもかかわらず、一昔前の心霊番組を彷彿とさせる演出や、作り物とは思えない雰囲気の出し方など、ホラーテイストは独特で他にないものであり、非常に根強い人気がある。

そのうち、今回公開されたのがこの「怪談 - Passengers」である。
以下その考察というか雑記。

「信頼できない語り手」の入れ子構造

「信頼できない語り手」という創作技法がある。
創作物、特に本などの「見る・読む・聞く」ものは、基本的に作品側が何かしらの手段でその状況や説明を行い、読み手側に解釈してもらわなければ作品として成立できない。
作品の手法や人称によって変わるが、多くは「語り手」や「主人公視点」に依存し、その視点を通して語られる表現が、どうしても読み手側に与えられる全てになり、読み手はそこから想像して作品を読み解く。
だがもし、この「語り手」や「主人公」が信頼できない場合―――病気、認識の相違、意図的な虚偽など、そういった狙いを持っていた場合、読み手は正しい情報を得ることができなくなり、特に推理系などになればミスリードへとつながる。
そして今回の話は、それにあたるのかはともかく、考察するにしては「嘘」や「不透明さ」が多すぎるのである。

信頼できない語り手 前野

今回の主役というか、対象者。
元タクシードライバーで、ホラーテラー的なこともやっており、雑誌取材でDVD収録付きの現地探索も行っていたが、実のところ「話はでっちあげ」と「本人の口から」語られる。
そのため、彼の証言がどこまで本当かがはっきり断言しにくいのである。
タクシーの怪談のみが嘘で、それ以外を本当と捉えるべきか。
だがDVDでは明らかに異常なことが発生し、嘘だった怪奇が現実になっている…?

正直、ここで終わるのであればただの「嘘から出たまこと」ですむが……

信頼できない語り手 前野②

先のはあくまで「嘘つき前野」という語り手である。
前野が怪談話をでっちあげた程度の嘘であれば、正直信頼度がそこまで下がるかと言われれば微妙なのである。
だが、最後の最後で出てきた「墓場」への道順と、最後に問われた「タクシードライバーをやめた理由」に詰まること。
これは「元タクシードライバーであること」が嘘であることの示唆にもなり(確定まではできない)、「墓場の場所」が違う場所であるという可能性も浮かばせてくる。ただ後者については意図的な嘘かそうでないかの判別はつかない。
場合によっては、前野の能動的な嘘ではなく、「騙されていた」「飲み込まれていた」嘘である可能性もでてきてしまうのである。
そしてそれは、次の人物によりさらに複雑化されてしまう。

信頼できない語り手 取材班

明確な人物名が出てないので、仮に「取材班」としておく。
この映像の大本の語り手というべき立場だが、話す言葉が殆どない。テロップがほとんど。
この取材班は前野の話を知り、彼の案内のもと雑誌とDVDの話を車内で聞きつつその現場へと向かう。
最初の部分は正直何の変哲もない聞き手の記者なのだが、最後の一言ですべてをひっくり返す示唆を残すことになった。

それが「なんでタクシードライバーをやめたんでしたっけ?」という言葉、そして問い詰めるようにズームするカメラ。
この取材班、DVD終了後からやけに動きが怪しく、振り返ってみると映像内で何を目的とした取材なのかはっきりしていない
前野さんの雑誌掲載をみてその話を検証したくなった? というのであればDVDくらい見ていても良さそうなものである。
であれば、なにかの伝手で話だけ聞いたのをもとに本人に取材?

個人的な推測だが、最後に尋ねた「タクシードライバーをやめた理由」というのは、取材班の純粋な疑問(取材班がふと思ったもの)ではなく、何かを問い詰める形の姿勢に聞こえて仕方がない。
実は取材班は予め、この件か前野のことについて何かを掴んでおり、それの真相を知るためにDVDの場所へ案内させていたのではないかという説

それを匂わせるかのようなのが、終盤部の森に向かうところ。
前野の案内に従って進む中、未舗装路の一部があからさまにズームされる。

泥部に残った轍

おそらく雨上がりから数日たったのだろう、乾き始めた水たまりの後があるが、そこに溜まった泥に、タイヤ痕が残っている。溝の後が残っていることを考えると、泥濘がある状態でタイヤが跡をつけたように見えなくもない。
もしそうだとすれば、乾き具合から考えるとあまり日数は経っていないようにも見える。
もちろん未舗装路といえど地元の人が使う道だからなんの不自然さもないのではとも思えるが、訴えかけるようなズームが示唆するようにも見える結果、「同じ目的地に先行した人物がいる」→「取材班が実は全てを把握した上で先行している」という説も考えられてしまう。
つまり、取材班は目的地が墓場であると知っており、その光景を見せて前野から何かを聞き出したかったという説である。
なぜそのことを知っているか、知っていると知ればDVDのディレクターから聞いたか?

このように怪しさと嘘の構造が連なっており、考察や真意が特定しづらくなってしまっている。


他章とのつながり

プランC

山中に車を走らせ心中――実際はもっと複雑な怪奇になったが――の記録音声。
一人だけ明らかに死んでいない――怪しい誘導型の人物がいたため、怪異の役割としての「ドライバー」が前野とダブっているという考察

ラストカウントダウンの「DSCF0007.AVI」

夜の山中を歩く二人組みを移した映像。
「山中の夜中を二人」というのが、森から抜け出した状況と符合するという点。
ただ、盗難車の所有者が片方だとすると、若干辻褄が合わない。


以上、いろんな考察をつなぎ合わせた程度の雑記でした。


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