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遠い夏の音

地下鉄銀座線・上野広小路駅近くでの打ち合わせが終わり、寄り道をするため少し足を延ばし、春日通りを、つくばエクスプレス線・新御徒町駅方面に歩いた。

まだ幼かった頃、夏休み、親に連れられ祖父母の家に行った時のこと。
田舎の古い木造の祖父母の家は、エアコンというものがなく、窓は開け放たれたまま、風が部屋の中を通り過ぎていく、そんな造りだった。
そして、窓のそばには、いくつかの風鈴がぶら下げられ、風が通るたび、小さい鈴の音が鳴った。

当時の自分の家には風鈴がなく、もの珍しさに、いつまでも見上げていたのを覚えている。
夜になり、寝る時も窓はそのまま、その代わり、室内に蚊帳が吊るされ、その中で寝た。
まるでテントの中で過ごす気分にワクワクしながら、けれど風鈴の心地よい音に、暑さを感じることなく、すぐ寝てしまった。


清洲橋通りとの交差点の一つ手前、アーケードのある商店街が現れる。
国内でも確か二番目に古い商店街。
その商店街の中に、風鈴専門店がある。
この暑い夏、せめて風鈴の音で暑さを凌げるならと、どこにぶら下げるか考えもせず、風鈴を買いに行った。

今日もそれなりに暑い。
そしてそれなりに歩いた。
風鈴のためならと頑張った。
店に着いた。


『臨時休業』


無慈悲な貼り紙に、これからの仕事のやる気を、一気に失わせた。
もう帰るか。
投げやりに心の中で呟いた。

そうは言っても、今度はちゃんと調べてから買いに来ると決め、次の打ち合わせに向け、近くのカフェでダッシュで一息入れ、再び電車に乗った。







#この夏ほしいもの

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