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お金の数え方みたいに

もう夏休みもおしまいということで、アルバイトさん達が続々と最終勤務日を迎えている。
向かいの席の同僚が、彼女にとっては初となった我が部署の夏休みについて、「来年のために覚え書きを書いておかなくちゃ。高校生のアルバイト生は、お金の数え方から教えなくちゃいけない、とかってこと。」としみじみと言う。

そういえば私もこの夏、三人くらいに教えたな。小指と中指の間に挟んでゆるく折り曲げて、お札の顔がお客様に見えるようにして…っと思い浮かべたところで、かつては私も教えてもらった側だった、と唐突に思い出した。

100年前からお札数えてきましたみたいな顔して高校生に教えたけど、私が彼らに見せたのはそのまま、20年前に初めてのバイト先の先輩が見せてくれた通りのこと。小指と中指の間に挟んで、紙幣の顔がお客様に見えるようにして。「だんだん、小銭10枚がどのくらいか厚み見てわかるようになるんだよコレが。」っていう呟きまで含めて、ぜんぶ。

ああそうか、もしかしたら今私は、あの先輩と同い年もしくは少し上かもしれない。顔は忘れていないけど名前は忘れてしまった。教えてもらったことも忘れていたくらいなのに、教えてもらった数え方がそっくり自分のものになって私の中にあって、一度こうして思い出してみればあの日レジカウンターに差し込んでいた日差しまで浮かんでくる。


そのままを同僚に喋ったら、彼女も笑い出す。「私もだ!そうだった!初めてのバイト、紫の油絵具がどうしても欲しくって、飲み屋で働いた時。お金の数え方、あそこで教えてもらったんだった!あの人今の私よりきっと歳下だ、名前も顔も忘れちゃったけど。」
「ガチガチに固まってる私にね、『アンタさ、“私はこんなところ場違いです”みたいな顔してるけどさ。顔はさ、遠くから見たらちょっときれいかもって見えるから。おっぱいもあるし腰もくびれてるしおしりも大きい、ちゃんと女の子だから、喋れなきゃ黙っててもいいんだよー』って言われて、なんかちょっと気が楽になったんだよね…」って彼女が言うから、私の中の同じような記憶が顔を出す。
「あの年ごろって、なんかそういう小さな言葉を、すごく大事に支えにしますね…私の初バイトは昼カフェ夜居酒屋みたいなとこだったんですけど、その常連さんのいわゆる“壺を買わせる”系の人に、『あなたはね…お顔のパーツいっこいっこは、どれも綺麗よ。うん。』って言われたことを、なんか時々思い出しては、じゃあ大丈夫だ…って思ってた…」って遠い過去を暴露する。
他、『目の白いとこが綺麗』とか、『人には見えないとこが綺麗なタイプ』とか、言われた瞬間なんだそりゃって思いながらも捨て置けなかった褒められ言葉を互いに披露して、ひとしきり二人で爆笑した。おもむろに彼女が言う。「私たちが教えたお金の数え方も。…私たちのことは忘れられても、数え方はなんとなくあの子たちのなか残ってくかもってことですね…」
どこで誰から習ったか、忘れても…。それってなんだか割と、味わい深い。


傷つきやすい顔をして、人前で、背筋を一生懸命伸ばして。あんなふうに立っていた私が、いつかいたんだ。
可愛かっただろう。見ていて歯痒かっただろう。

やわらかいやわらかいあの若い子たちが、変に曲げられずに損なわれずに、居たい場所へと辿り着けたら良いな。ぼんやりと思う。
お疲れ様。よかったらまた働きに来て。そんなふうに言葉を交わして、私たち大人は不特定多数の顔をして、あの子達と別れる。お疲れ様。よかったら、また。

私たちと働いたことが何かあの子達のなかに残るだろうか。残ってしまうんだろな、とてもやわらかいあの子達には。
であるなら、願わくばそれがこの先のあなたをちょびっと支えてくれたり、ふわっと守ってくれたりしたらいいなと…思う。お金の数え方みたいに。しょうもないなって思われながら、使われなければそのうち忘れられてしまうくらいの。そういうゆるい、特に意味もない、そこらじゅうにあふれているものっていうくらいの…そんな感じで。そんなことを大事にして歩いてきたって、いつか思い出してあたたかく笑える、そんな、たあいない感じで。願わくば。


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