国連憲章における敵国条項について

はじめに

 れいわ新撰組の山本太郎代表による発言以降、国連憲章における敵国条項の扱いが問題になっています。各種SNSで山本代表に対する反論は掲載されており、おおむね正しい内容ではありますが、国際法の解釈として詳しい説明はそれほど多くないようでしたので、国際法研究者の端くれとして、この問題についての見解を記します。

敵国条項の死文化

敵国条項とは

 国連憲章には、いくつか第二次世界大戦における「敵国」に関する規定が存在しますが、その代表例が、53条です。同条は下記のように規定します(本稿における国連憲章規定の日本語はあくまでも国連広報センターによる「翻訳」(https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/)であり、「正文」ではありません)。

53条1項
「安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極又は地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。」
53条2項
「本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。」

死文化を決定した総会決議と国連憲章の現状

 この条文は、現在でもそのまま残されていますが、1995年の国連総会決議50/52 において、一連の敵国条項が「死文化した」(become obsolute)ことが採択されました。
 さらに、同決議では、敵国条項の削除作業についての特別委員会の勧告が注意喚起(taking note)されましたが、現在もなお、一連の敵国条項は削除されることなく、残り続けています。このことから、れいわ新撰組の山本太郎代表は、旧敵国である日本に対する武力行使は、国連憲章上合法である旨を主張していると思われますが、これは明確に誤りであり、本稿ではそのように考えられる理由について説明します。

国連憲章の改正手続き

 本題に入る前に、国連憲章の改正にはどのような手続きが必要であるかを振り返っておきましょう。

総会決議と安保理事国の批准

 国連憲章108条では「この憲章の改正は、総会の構成国の3分の2の多数で採択され、且つ、安全保障理事会のすべての常任理事国を含む国際連合加盟国の3分の2によって各自の憲法上の手続に従って批准された時に、すべての国際連合加盟国に対して効力を生ずる。」とされており、「総会の特別多数決」⇒「安保理常任理事国を含む理事国の3分の2の批准」という要件を課しています。実際にこれまで何回かの改正が行われていますが、上述したように敵国条項はそのままの形で残されています。

国連総会決議の法的拘束力と慣習国際法

 では、国連憲章が改正されていない中で行われた国連総会決議にはどのような法的効果があるのでしょうか。一般的に国連総会決議は、国連憲章7章の下で行われた安保理決議(39条で「平和に対する脅威もしくは平和の破壊が認定される」⇒41条の「非軍事的措置、もしくは42条の軍事的措置」が強制される)とは異なり法的拘束力を持っていないと考えられています。
 しかしながら、総会決議そのものについては法的拘束力がなくとも、当該決議に対する国連加盟国の態度が、慣習国際法の成立につながる場合があります。
 国際法の世界では「即席慣習」などと呼ばれていますが、通常、長い時間をかけて国家が「これが国際法である」という認識(法的確信)を伴って、一定の行為(国家実行)を行った場合に「慣習国際法」が成立すると考えられているところ、こうした慣習国際法が「短期間」の内に成立する場合があるという理論が、提唱されてきました。
 この中には、一定の要件を満たした国連総会決議(政治的配慮ではないとされる決議)に対する広範な賛成が含まれると理解されており、その典型例は、「友好関係原則宣言」という、各国が有効な関係を保つべきであるという内容の決議です。
 同じことが、上述した敵国条項の死文化についても言えると考えられますが、では、国連憲章の明文規定と、その後に成立した慣習国際法とではどちらが優先されるのでしょうか。

国連憲章規定に反する慣習国際法の効果

 国際法に限らず、一般的に法学の世界では、「後法優先」という原則が採用されています。同じ問題を規律する2つの法が存在する場合には、後に成立した法が優先するという考え方です。この他に、「一般的な事項を定めた一般法よりも特定の場合について定めた特別法が優先する」という「特別法優先原則」もありますが、今回は、「敵国条項」という同じ問題についての定めなので、こちらは適用されません。
 そうすると、国連総会決議50/52への広範な賛成(賛成155、反対0、棄権3(北朝鮮、キューバ、リビア))によって、旧敵国条項を死文化するという新たな慣習国際法が成立したと解され、これ以降、国連憲章における敵国条項は法的効果を持たないことになります。
 憲章の改正を伴わず、慣習国際法によって運用を変更した例は、これ以外にも存在しており、具体的には、国連憲章27条3項の例が挙げられます。
すなわち、安保理決議における常任理事国の「棄権」は、憲章27条3項(「その他のすべての事項(非手続き事項:筆者注)に関する安全保障理事会の決定は、常任理事国の同意投票を含む9理事国の賛成投票(the concurring votes of the permanent membersとなっている以上、1か国の賛成で良いと解することはできず、必然的に全常任理事国の賛成が必要と解されます。2か国で良いとするならば、そのように明記しなければ筋が通りません:筆者注)によって行われる。但し、第6章及び第52条3に基く決定については、紛争当事国は、投票を棄権しなければならない。」)という規定によって「反対」と同じ効力を有するはずが、現在は「反対ではない」=「効力としては賛成と同じ」ものとして扱われているという例が存在しているのです。
 「ハンス・ケルゼン」という学者が指摘していることではありますが、これは、国連憲章の規定が改正によらず修正された例であると理解されています。

死文化後の国際法

 では、国連憲章における敵国条項が死文化したものであるとして、1995年以降、敵国に対する国際法上の扱いはどのようなものになるのでしょうか。
第一に、一度有効に成立した国際法は、「後法優先」か「特別法優先」という原則によってしか覆せず、今回は上述したように「特別法優先」は無視してよい局面なので、「別の国際法」が新たに成立する必要があります。
 具体的には、敵国への攻撃を容認する慣習国際法が成立したという場合が考えられますが、これは現状成立しておらず、たとえ中国やロシアがそれを主張したとしても、アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア等の国々がそれに反対すれば、それを攻撃を容認する慣習国際法は成立しえず、安保理決議か自衛権行使以外に、武力行使を容認する根拠はなくなることになります(例えば中国とロシアが「日本を攻撃する」という内容の条約を結んだとしても、当事国である日本がそれに同意しなければ国際法上の効力は発生しません)。
 安保理が何かの間違いで日本への攻撃を容認したら、それを覆すのは難しいですが、そんなことが起きないように、米、英、仏といった拒否権を持つ常任理事国と友好関係を結んでおくことが、まずは重要です。
 これ以外にも、国連憲章は「自衛権」を認めていますので、自衛権行使としての武力行使は国際法上合法ですが、これには「日本が先制攻撃を行ったこと」が必要ですので、先制攻撃を行わなければ、法的に彼らの武力行使が正当化されることはありません。

おわりに

 このように、米、英、仏と友好関係を結んでいて、先制攻撃を行わない限りにおいて、国連憲章の敵国条項は法的には何ら意味を持たない条項であることは明白であり、こうした状況下で、どこかの国が日本を攻撃したらそれは単なる違法行為であり、日本は個別的自衛権を行使するでしょうし、同盟国も集団的自衛権を行使することになります。日本及びその同盟国による武力行使は、必要性と均衡性を満たす限りにおいてすべて合法な武力行使であり、日本に対する武力行使は違法な武力行使であるということになります。それは、敵国条項があろうがなかろうが同じであり、この意味において、山本代表の言説は明確に誤りであると言わざるを得ないということになります。
 

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