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偉大なるバンド、スピッツの新曲『大好物』の大好物な部分を、つらつらと書きます。

内容はタイトル以上でも以下でも無いです。

スピッツの45th Single『大好物』。現在上映中の劇場版「きのう何食べた?」の主題歌にも起用されています。

この『大好物』が近年のスピッツのシングルの中でも特にブッ刺さったので、短いですが個人的に好きな部分をザッと纏めます。鉄は熱い内に打てってヤツです。

MVがYoutubeで公開された記念も含んでいます。配信限定シングル故にお披露目を発売から一週間ズラしたのでしょうが、ちょっと予想外でした。嬉しい誤算です。



以下、『』が曲名・【】とグレーバックが歌詞です。



好きな歌詞

君も大好きな物なら
僕も多分明日には好き

この曲はこのフレーズに終始しているのかなと思います。直接的な言葉で相手に好意を伝えるのではなく、相手の「大好物」を介して迂遠な愛情表現をしているところがスピッツらしさというか。シャイな部分が憎めないですね。ラスサビの【そんな事言う自分に笑えてくる】と幸福な自嘲をしている主人公像に通ずるものもあります。


後は、私が一番好きな2Aメロの詞。

吸って吐いてやっとみえるでしょ
生からこんがりとグラデーション
日によって違う味にも未来があった

マサムネの韻の踏み方が好きなんですよね。遊びに余裕があるので無理矢理感がないというか。『さらばユニヴァース』や『Na・de・Na・deボーイ』などでもちょくちょく垣間見られます。今回は主題歌になった映画、「きのう何食べた?」の食要素とも絡まってて素晴らしいです。

また、【日によって違う味にも未来があった】の部分。「未来があるんだ」・「未来がある」ではなく、ふと背中を振り返ったときに初めてかつての日々に【未来があった】、と気付くニュアンスがとても好きです。過去に対する輪郭の柔らかい肯定は、昔からスピッツの十八番ですね。

加えて【日によって違う味に〈も〉】という累加表現では、『死神の岬へ』という曲で幾つもの抜け道を見つけていたように、未来への糸口が唯一ではなかったことを暗に示している。大人になったスピッツの小さなスケールでのポジティブさが顕れていて良いです。



好きな音

ロック色が強まっている最近のスピッツにおいては、逆に突き抜けたポップさで新鮮でした。雰囲気的にはアルバム『空の飛び方』辺りに収録されていても違和感がないかなと。一方でリズム隊が相変わらずハードなのでロックバンドとしての矜持を失っていないのが凄い。
そもそもエレクトリック・ピアノがここまで全面に出てくるイメージがスピッツに対してあまりなかったので、『初恋クレイジー』の冒頭を思わせるようなピアノフレーズから始まったときは結構驚きました。昔の曲で今パッと浮かぶ限りだと『グラスホッパー』なんかはエレピが色々鳴っていたような気がしますが。

全体的にサウンドの重心が高いので、お馴染みの複雑にうねるベースラインやサビ付近で差し込まれるティンパニの低音がよく効いている印象。サビ後半の【続いてく~】の部分のメロディ裏で鳴っているドラムのカップの音や、大サビ最後のジャズマスターのアーミング(多分)など、聴いていて楽しい音が詰まっています
因みに余談ですが、『大好物』で使われている青いベースはMVで言うと『つぐみ』以来の登場らしいです。私は機材に全く詳しくないので、ベースに大変明るい方が機材遍歴を纏めていらっしゃるものを引用させていただきます。



Aメロでボーカルがこぶしを回しているのもスピッツの楽曲にしては珍しいなと思いました。【冬の終わり】や【はじめて知った】の部分ですね。『ヤマブキ』の最後のビブラート然り、近年はライブだけじゃなく原曲でもテクニックを解禁しているような。


さて、最後は少し違う視点から。これ以降はほぼ独自の解釈ですので、一意見と思って気楽に流してください。

私は平素より「スピッツの曲はサウンドが世界観の形成を支えている」派閥に属しているのですが、『大好物』においてもそういう側面が窺えたので記しておきます。特にAメロ、そしてギターソロとアウトロです。

Aメロの歌詞の内容をメロディに合わせて前半と後半に分けてみると、前半ではマイナスな言葉が並んで重い空気感が漂っているのに反して、後半では一気に明るい展開が待ち受けています。

具体的に言えば以下。
前【つまようじでつつくだけで~】→後【連れ出してくれたのは~】
前【ワケもなく頑固すぎた~】→後【笑顔の甘い味を~】

この状況と感情の変遷に合わせて、前半では静的・後半では動的なサウンドを鳴らすことで、詞の正負との一体感と没入感を高めているのかなと思いました。後者で入ってくるギターアルペジオと動き出すベースラインに着目すると分かりやすいです。

次にギターソロについて。本当に感触的なものなので全く確証はないですが、ツインギターの最後の方のフレーズが完璧には揃いきってない気がするんですよね。
その二本のギターが、アウトロでは歩みを揃えて綺麗なユニゾンを奏でながら、途切れず徐々にフェードアウトしていく。ここに、ラスサビの最後で歌われていた【続いてく 色を変えながら】の要素が詰まっていると感じました。詞中の二人の歩幅が楽曲に流れる時系列に従って重なっていくカタルシスがあります。

私はまだ「きのう何食べた?」は未鑑賞の身なのですが、予告を拝見する限りでは人と人との繋がりを描いた作品であるように受け取りました。映画のテーマ性に沿ってここまで計算して作り込んでいるとすると、やはりプロのミュージシャンの芸術作品にはただただ脱帽しかないです。映画の方は「女性向けかな」と少し敬遠していた向きも自分の中にありましたが、そういう先入観は脱ぎ去り、時間を見つけて鑑賞してみたいなと思います。




最後に



今週末までとのことなので是非。



おわり


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