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留学経験なし、超ドメスティックだった私が英語を使って外貨を稼げるようになるまで


1. はじめに

以前の記事にも書いているように、2年数カ月前から色々とあって某社会主義国に移住した私。
日本語話者も多い国であるものの、やはりビジネスや観光の場で使われるのは英語。しかし移住当時の私の英語力は「Hello!」、「Yes」、「Thank you」しか話せなかったほど。
その後コロナパンデミックや自分自身の仕事での変化もあり、激動の時代を過ごした。もともと生活環境の変化を求めて移住したものの、「仕事、仕事、仕事」であっという間に2年が経ちいつの間にか仕事でもプライベートでも英語が話せるようになっていた。

自分にとってこの経験はとても特別で嬉しいものになった。ぜひ記録に残したく、今回noteへ筆を進めております。🤗

2.移住前の英語学習歴

まずタイトルにもあるように、海外留学の経験はなし。
一方で中学生の頃から英語の授業は好きだった。英語の先生の海外留学経験を聴くのがとっても大好きで、聴かせてもらったエピソードは今でもよく覚えている。
(余談になるけど、某男性教師はアメリカホームステイ先の夫婦が補助金目的で受け入れていたのであまり協力的でなく毎日朝食に箱のシリアルしか出してもらえず嫌になって家出したとか。もう一人女性の教師でもすごく楽しく授業をしてくれる方がいて、ALTの先生と一緒に食事会も企画してくれ、外国人と交流できるのって凄く刺激的だなと初めて気付かせてくれた。学校の勉強は好きじゃなかったけど今思うとあれが今の私の基礎になっているかも)
もう一つの契機は新卒で入った企業で海外研修のチャンスをいただけたこと。初めてのアメリカは衝撃ばかりで、月並みだけどもっと広い世界を見てみたいな・・・と強く思った。めっちゃくちゃフワッとだけど、いつか国際的なビジネスパーソンになりたいと朧気ながら考え始めるようになった。
「そう思ったらやはり必要なのは英語でしょう!」と英会話教室に通ったり色々な本で勉強したりしたけど、なかなか自分の”もの”にならない。意味は分かるし発音できるけど、実生活で使う場面が無さ過ぎて段々学習意欲も薄れていった・・・。

3.移住後に何をしたか

そして色々とあって某国へ移住することに。
行くならこの機会に英語と現地語の会話力を身につけよう!と自分で目標を設定した。移住前からまた学習を再開したものの、やはり実践は全然違う。厳しさを実感する日々。

移住当時の私
・英語で話しかけられると身体中に緊張が走って逃げだしたくなる
・同僚が一生懸命話しかけてくれても上手く答えられず盛り上がらない
・同僚たちとの飲み会に参加させてもらっても壁の花となる
・何か話さなければならない時は事前に辞書で言うことを確認する

はは、思い出しても切なくなる。😓
周りの英語堪能な日本人を見ると皆留学経験者だったので、やっぱり元が違うから手遅れなのかな…と思うこともあった。(同僚たちはアメリカ、イギリス、オーストラリア、マレーシアなど皆見事に留学経験者だった。入る会社間違ったなと何度も思った…)
でもやっぱり話せるようになりたい気持ちが強かったので自分なりに試行錯誤しながら学習、工夫を続けていく。

具体的には
・週末のオンライン英会話
・怖いけどとにかく同僚と一緒に昼食を取って強制的に会話しなければならない環境に自分を置く
・話しかけられて上手く返せなくても、とにかく最後まで聞く/お礼を言う/笑顔でいる 等最低限のマナーは守り続けて人間として好かれるように心がける
・会話の中で分からない単語があれば後で調べてノートに例文と共に記録しておく

4.実践の段階に移る

そんな感じで地道に学習を続けていくが、ここで大きな変化がある。
社内の組織変更に伴い、日本語のみ使っていたポジションから英語が必要なポジションへ社内異動することに・・・。
この知らせを受けた頃は大きなチャンスだ!と喜び半面、英語力不足で仕事にならなかったらどうしようと不安で不安で常に心臓がバクバクしていた。
でも今になって振り返ると、結局この「強制的に英語で仕事をしなければならなくなったこと」が一番私の会話力を伸ばしてくれた。

社内の同僚に向けて英語でスピーチしなければならない機会も出てきたが、最初の頃は全く上手く話せず申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
でももうやるしかない状況に追い込まれたので回数を重ねるごとにその緊張も薄まっていく。英語以前に、新しい仕事のポジションに慣れることに大変苦労したので本当に神経が磨り減る毎日だった。その他プライベートでも色々と乗り越えなければならない障壁も出てきて、もはや英語話すの怖いとか言っていられない状況になる。(常識の通じない外国人と英語で喧嘩しなければならないこともあった)

そして、英語が話せる状況になる前にいくつかの前兆があった。
・いつもはたどたどしいが、緊急度が高い事態が発生すると流暢に話せる
・仲のいい同僚とは流暢に話せる
・夢の中で自分が英語を話している

そしてある時、就業時間後に同僚とオフィスに残って談笑した後に一人で部屋に戻り、「あれ?私めっちゃ話せていたな」と気付く。
そして肝心の仕事も、これまで英語が理由の問題は起きずに利益を生み出すことができている。

5.結論

留学経験もなく、「Hello!」、「Yes」、「Thank you」しか話せなかった私が英語を使って外国で外貨を稼げるようになるまでの道のりは以上の通り。
結論、
元からあった学習意欲
②自己学習
③自分自身での機会創出
という素地があった中での、
④「強制的に英語で仕事をしなければならなくなったこと」が肝だった

仕事のみならず、英語が話せる・使えるようになったことで人間関係の輪も広がるし、英語のコンテンツ(映画、本、SNS等)も楽しめるようになったし、本当に良かったなと思う。

一方で、やはり英語もあくまでも一つの手段でしかないということも再確認できた。信頼している英語話者の友人は私の移住当初からずっと仲良くしてくれて、関係が続いている。また日本語学習中で流暢ではないけどよく会話する仲のいい友達もいる。
外国語はできるに越したことはないけれど、人間関係構築の”核”にはならないなということを実感した。

また日本では英語話者が少ない、海外志向の人が少ないととネガティブに捉えれることもあるけど、それは違うかなと思うようになった。
外国資本に頼らずに自国で働き、家族を養う、自分で生活する。それらは大に誇るべきことだと思う。
国内で生活が完結していれば外国語は必然的に使わないので。

そして日本語の相手を労う言葉、直接的な言い方を避ける表現、相手への敬意を示す敬語など、外国語にはない美しさがある。
私自身はこれからも英語学習を続けていくが、一方で美しい日本語の語彙も増やしていきたいと思う。🤗

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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