セクシーと蜘蛛の糸

〜前書き〜
少し前まで、人生で何度目かのエッセイ読書ブームが訪れていた。
個人的にエッセイはくだらなければくだらないほど好きだ。今までハマっていたエッセイたちを思い出しながら、共通点がふたつあることに気づいた。

・やたらトイレ事情の話が多い
・作者に、下手なダンスを披露する趣味がある

トイレ事情についてはおそらく、誰もが抱える下世話な内容を特別感満載で語れるのはそもそも文章力があるということで。で、下手なダンスを披露する趣味はたぶん、そのくらいの心の強さがなければ日常(主にトイレ事情)の切り売り大バーゲンなんてできないということ? 知らんけど。知らんけど私もトイレかダンスについての日記を書きたい。

私のトイレ事情を赤裸々に書いてもいいのだが、急にnoteにトイレ事情を垂れ流しにする(トイレ事情だけに。なんつって)のも憚られるので、ダンスについて書こうと思う。そう、私にも下手なダンスを披露する趣味があるのだ。人気エッセイストたちの仲間入りできる資格があるのだ!
※具体的に好きなエッセイを挙げるか悩みましたが、私がその作家さんたちをいつも💩の話をしている人と認識しているのがバレてしまうのでやめておきます。心当たりがあってもそっとしておいてください。
〜前書き終わり〜


とは言え今回は、数年前にポールダンスの体験レッスンを受けにいったときのことを書きたい。
数年前、私はポールダンスを題材にした小説を書こうと思っていた。関連書籍が少ないので主にインターネットで情報を集めた。動画もたくさん観た。動画を観ているうちに、愚かにも思った。やってみたい。愚かだ。ダンスなんて全然できないくせに、初手がポールダンス? 笑わせるな。木登りをしていたら地上30センチのところから落ちて怪我をしたことがあるくせに? ちっとも登れてねーんだよ、地面から足裏を離しただけなんだよ、そんな人間にポールダンスなんてうるっっっせえええええええ!! 私は何とか勝たなくてもいい自意識に打ち勝ち、ツイッターで同行者をつのり、ポールダンスの体験レッスン(有料)に申し込んだ。もともと何かしらのダンスを始めたいと思っていたタイミングだったので決意までは早かった。何かしらのダンス、のスタートがポールダンスになっただけである。

当日、私とツイッターで釣れたフォロワーのふたりで、教室に向かった。受付であれこれ説明される。体験レッスンは3回まで、それ以上習いたいなら入会が必要になる。体験レッスン後に感想を教えて、それとスポーツ保険は、エトセトラ。オッケー。
レッスンルームに入ると、熟練なのだろうお姉さんが10センチはありそうなヒールを履いたままポールをするする上がり下がりしていた。すげえ。youtubeで見たやつ。私の視線に気づいたのか、お姉さんがサービスで(おそらく)両手でポールを掴み、体を地面と並行にするトリックを見せてくれた。すげえ。インスタグラムで見たやつ。
しばらくするとお姉さんは練習時間を終えたらしく、レッスンルームを出て行った。中に入っていいよ、と背後から声をかけられる。講師が来たようだ。振り向くと、絶対に仲良くできないタイプのお兄さんが立っていた。お兄さんは明らかにスクールカーストでてっぺんに君臨していたタイプで、中休みにドッジボールをするタイプで、賑やかさと愛嬌で教師に好かれていたであろうタイプだった。すべて偏見である。
お兄さんは私とフォロワーを見て、「その服でやんの?」と聞いた。布面積が広いと滑りやすいのでできればタンクトップに短パンでという案内メールに従い、袖のごく短いTシャツと短パンで行っていた。頷くとお兄さんは笑った。
「パジャマじゃん」
死んだ。死にたかった。もうこの時点でレッスンをあとにするべきだった。せめて「だせえな」くらいにしてほしかった。パジャマて。私、このTシャツで普段出かけてるんですけど。
体験レッスンは申込者全員で行われると記載されていたが、その時間帯の参加者は私とフォロワーだけのようだった。
レッスンルームに入ると、ポールの前に立たされ、まずはまっすぐ歩いてみるように指示された。歩いた。お兄さんは鼻で笑った。
「ねえ、セクシーってわかる?」
すげえ、なんてところに来てしまったのだろう。場違いすぎる。私はフォロワーに申し訳なくなった。私の「ポールダンスやってみたーい」に巻き込まれたフォロワー。いまだに、どうしてフォロワーがこのとき付きあってくれたのかわからないでいる。今度聞いてみる。
「ちゃんとセクシーに歩いてよね」
と、お兄さんは私たちの前で、数メートル歩いて見せた。美しかった。私はとたんにお兄さんのことが大好きになってしまった。
傲岸不遜で、口が悪く、しかしとてつもなく色っぽいウォーキングができるお兄さん。好き。幸い、私はチョロかった。

ポールを触る前に、ストレッチと準備運動をするよう指示される。当たり前だ。しかし私は運動部だった経験が一度もなく、体育の授業を単位がもらえる最低限でこなすタイプだったため、運動の前に準備運動をしなければいけないという当然のことをあまり認識していなかった。準備運動? 何をすれば……? ばかである。私の困惑を察したのか、お兄さんが「真似して」とストレッチを始めてくれた。お兄さん! 優しい!! からだをむにょ〜と伸ばすストレッチを必死に真似る。私のあまりの体のかたさに呆れかえっているお兄さんの顔が、部屋全面に貼られた鏡に写っている。お兄さんに「冷やかしではないんです!」と弁明しようかわりと本気で悩んだ。体験レッスン行ってみよ〜って友人との軽いノリで来たわけじゃないんです。私はたしかに運動できないけれど、家ではよく踊って「コンテンポラリーダンス!!」と主張しては家族に「コンテンポラリーダンスを舐めるな」と叱られてるくらいだし……つまり、本当に踊るの好きだし……細胞核がダンスに染められてしまってるのではないかというほど家では常に踊ってるし……。内心で必死に言い訳を重ねながら、黙々とストレッチをした。普段聞かないイケイケノリノリな洋楽が、暴走族の車並みの音量で室内に流れていた。

なんとかストレッチが終わると、まずはポールにのぼるよう言われる。校庭や公園にある、棒のぼりの要領だ。うん、それはそう。ポールにあがらないと何もできない。私は肝心なことを思い出した。棒のぼり、できたことない。地面から10センチ以上あがれたことがない。ついでに言うと雲梯もできない。手で体を支えるって、正気? むりじゃん。体、重いじゃん。
私の困惑を察したのか(2回目)、お兄さんがポールに手をかけてするすると天井近くまであがっていき、「こう」と言った。すげえ〜! 私はポールに手をかけて、ぴょんっとその場でジャンプした。ーージャンプして、ポールに体をぶつけ、跳ね返され、地上に戻った。裸足にぺしっとフローリングがあたって痛かった。
「………………」
はあ〜(溜息)帰っていいですか?
お兄さんはすでに呆れかえった表情を隠そうとすらしなかったが、優しかった。
「ジャンプはせずに、手の力でまずは体を持ち上げて、ポールに安定して体重をのせられたらそのままのぼっていって」
なるほどね。言ってることはわかるよ。ポールに手をかける。ぐっと体を持ち上げるーー持ち上がらないが、持ち上げようという努力をする。
隣で同様にフォロワーが苦戦しているのを気配で感じた。私と同じくらい運動神経の悪いフォロワー。どうしてついて来てくれたんだろうフォロワー。この恩義があるので、私はいまだに彼女に頭があがらない。
お兄さん、何してるんだこいつらって思ってるんだろうな……私がそう考えた矢先、お兄さんは言った。
「何してんの? 何したいの?」
お兄さんは大変正直だ。

いつまで経ってもポールにあがれそうにない。お兄さんは早々と諦めたらしい。なんせ体験レッスンには時間制限がある。
「からだ、触るぞ。支えるから。ポールのなるべく上のほうをつかんで」
私がポールを掴むと、お兄さんが私のからだを支えてぐっと持ち上げてくれた。お兄さんの腕が私の下半身にまわり、ポールの安定する位置まで私のからだをもっていってくれる。私はなすすべもなく、ただひたすらポールから手を離さないよう踏ん張っているだけだ。介護じゃん……。ここまでしていただいておきながら、私は泣きそうになった。
「あの、ポールにあたってる足が痛いです!」
肌を露出している格好だったので、ポールが擦れて痛かった。お兄さんは声を荒げた。
「我慢しろ!」
それはそう。

そんなこんなで、何とか私はポールにからだを持ち上げることに成功した。1ミリも私の手柄ではないが、とにかく成功した。目の前には銀色ににぶく輝くポールがある。嬉しかった。動画で見て憧れたポールに掴まっている! やったー、これが私のセクシーの第一歩だ!
しかし私は鏡に視線をうつし、愕然とした。蜘蛛の糸をのぼる犍陀多かんだたってこんな感じなんだろうなァ…………と思ってしまったからだ。ポールダンスのセクシーな雰囲気がちっともないばかりか、木登りをする猿というにも猿に失礼なありさまだった。顔にはただ必死さと、落下するのではないかという恐怖が浮かび、それは地獄から這い上がろうとする罪人さながらだった。
私はポールから手をはなして下りた。お兄さんが勝手に下りやがってこいつという顔をするので、私は慌てて「やっぱり痛くて…」と言い訳をした。私の弁解があまりにも弱々しかったのか、お兄さんは赤くなった私の腕と足を見て、「このくらいなら大丈夫だろうけど、まあむりはするな」と言ってくれた。なんだかんだでお兄さんはとても優しい。

私がポールに手をつきながらくるくる周囲を歩くという小学生みたいな遊びをしている間に、フォロワーが私と同じようにお兄さんによってからだをもちあげられていた。フォロワーも必死なようだった。
私はお兄さんの視線がフォロワーに向けられているのを幸いに、自分の醜さについて考えていた。私は、自分がいちばんかわいい。蜘蛛の糸が垂らされたら真っ先にのぼるだろうという確信をもって生きていた。しかし改めなければいけない。私には、蜘蛛の糸をのぼる力はない。せいぜい数十センチを這い上がる程度だろう。私は犍陀多かんだたのように、下の罪人を邪魔者扱いすることすらできないのだ。スタート地点でただ極楽を思って見上げるしかないのだ。せめて地獄に蜘蛛の糸が垂らされてきたら、醜い姿をさらさないよう、糸に手を伸ばさないでいたい。しかしきっと我先にと蜘蛛の糸をのぼろうとして周囲の邪魔になっている自分を想像でき、私は地獄ですら他人の邪魔になるのかと思うととても悲しかった。こんなこと気付きたくなかった。私はセクシーに踊りたかっただけなのに!

フォロワーもおおよそ私と同じようにお兄さんに迷惑をかけたようだった。フォロワーがポールから下りると、お兄さんは言った。
「難しいことはむりそうだから、トリック(技)の合間に使う決めポーズを教える」
すげえお兄さん、まだ私たちに教えようとしてくれるの!? 驚いた。もう自分ですらぜってーにむりだと思ってるのに?
お兄さんはポールにするするとあがり、両足でポールを挟んでからだを支えると、両手を空中に広げた。
「こう! いちばんシンプルなポーズ!」
むりだよお兄さん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
絶対にむりだと思ったし、なんなら情けなさで泣きそうだったし、からだのあちこちが痛いし。でもお兄さんは、これほどド迷惑をかけている私たちにすらこのくらいできると言ってくれる。やるしかない。
またお兄さんの手を借りることになるのかと憂鬱だったが、ポールに手をかけるとわりとすんなりからだが持ち上がった。いや、お兄さんが隣で軽くからだを支えてくれてはいたのだけれど、先ほどのドタバタ劇は嘘のようだ。コツを掴めたらしい。両足をぴんとポールに沿って伸ばすと、足先から地面まではわずか10センチほどしかなく、はたしてこれをポールにあがれたと言っていいのかはわからないが、それでも私はなんとかポールにしがみついていた。お兄さんが手を離すように指示してくる。手を離したら落ちちゃうよ〜!と内心泣きそうだったが、わずか地上10センチのところで落ちるのが怖いですとは言えない。しぶしぶ手を離した。落ちなかった。太ももがポールとの摩擦で死ぬほど痛かったが、落ちなかった。

やったー!! 鏡を見た。相変わらず顔は必死さで険しくなっていたが、なんとか形にはなっていた。やっっったー!!!! 私はすぐに調子に乗るタイプなので、何度も地面に下りては、地上10センチまでからだを持ち上げて両手をばっ!と広げた。やったー、できてる!!!!!!!!!!!!!! こんなドヤ顔を披露するほどのものではないが本気で嬉しかった。成功体験って大事。お兄さんも少しだけほっとして、そしてこんなに運動神経が悪い人間がいるのかという顔を見せた。口にはしなかったが、私たちの運動神経の悪さに感心しているようだった。
その後お兄さんは、ポールをくるくるまわって下りてくる技や、脇と腕でポールを支えるポーズを、根気強く教えてくれた。

お兄さんは折に触れ、「普段から○○を意識してる」とか、ダンサーとしての話を聞かせてくれた。そういえばもともとはポールダンサーの小説が書きたいんだったと思い出し、お兄さんの言葉を胸にしまった。その言葉は、元の主張がわからなくなるほど念入りに改変し、主人公のセリフに使わせてもらった。ありがとうお兄さん。

体験レッスンを終えて着替えながら、愚かにも私は本格的に教室に通おうか悩んでいた。冒頭でも話した通り、ちょうど何かしらのダンスレッスンに通いたかったタイミングだったのだ。向いてないのはわかってる。でも最後は地上10センチのところまではからだを持ち上げられたしーー。最後の受付で、教室に興味があるか聞かれるだろう。体験レッスンは生徒の勧誘の一環なわけだし、私はなんだかんだで最後はとても楽しかったし、冷やかし客だったと思われたくない。ただでさえ私たちはレッスンをしっちゃかめっちゃかにしてしまったのだ。
更衣室を出て受付に行くと、講師のお兄さんがいた。お兄さんは「お疲れ」とだけ声をかけ、すぐにスマホに視線を落とした。お兄さんはパズドラをしていた。言葉にされなくてもわかった。教室への入会を、拒まれているーー……。いやでも、レッスン後に感想をって……やめよう。私とフォロワーは黙ってビルを出た。

あまりにも楽しかったので、帰宅してからお風呂でもくるくるまわって遊んだ。その際、滑って転び、上半身を強く湯船に打ち付けた。痛みにうずくまる。ポールダンス中なら保険に入っていたのに……。ばかすぎる。その日はそのままフォロワーが自宅に泊まりに来ていたが、情けなさすぎて、浴室で転んだとは言い出せなかった。後日、肋骨にひびが入っていることがわかった。ば、ばか……?

私にポールダンスが向いてないことはわかった。しかし懲りてはいないので、また他のダンスレッスンに行こうと決意した。タップダンスとかがいいな、かっこよくて大好きなんだよね。ダンスのセンスがないわりに、初手で選ぶべきではないダンスを選びがちである。
結局ぐずぐずしている間にコロナ禍に突入し、他のレッスンはまだ受けられていない。私は相変わらず家でよく踊っている。
最近は親戚の集まりでおっさんおばさんたちが若い子に「恋人はいないのか」「子どもはつくらないのか」という発言をした際に、すかさず「踊りま〜〜〜す!!」とへろへろのダンスを披露するのが趣味だ。おっさんたちは呆れて言葉を失う。つまり世界平和のためのダンスといっても過言ではない。
ところでこのダンスレッスンの話を友人にすると、ほとほと呆れた様子で言われた。
「せめて有料レッスンでよかったね。教室側も全然元が取れたわけではないだろうけど、無料だったら先生があまりにかわいそうだよ」
それはそう。心底思った。すべての体験レッスンは、有料にしてほしい。

そろそろコロナも何とかなりーー何とかなってはいないがだいぶ日常が戻ってきて、体験レッスン行けそうな雰囲気なので、私と一緒に行ってくれる人を募集中です。声かけてね。

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