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オフフレーバーを知ればワインが面白くなる-2

パート1に続いて2を加えました。まだもう少しあるので今後追記していきます。

アセトアルデヒド/青リンゴ、すりおろしリンゴ

 青リンゴと表現すれば聞こえはよいが、酸化したワインにおける代表的なオフフレーバーです。リンゴを磨り下ろした際に、徐々に茶色く変化する際に感じる臭いと言えば、イメージしやすいかもしれないですね。ただし、シェリー酒ではこの香りをポジティブにとらえています。

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 一般的なワインにおいては酸化したワインで共通して発生する臭いであり、ブドウ品種や産地の特徴に由来する香りをマスキングしてしまうため、オフフレーバーとして捉えられてします。官能閾値は100-125mg/Lと言われています。

 アセトアルデヒド自体は、酵母がグルコースをエタノールに変換する中で副産物として生成するため、ワイン中には必ず含まれている成分です。しかしながら、通常酵母自身が生成する亜硫酸、或は醸造家が酸化防止を目的としてワイン中に添加する亜硫酸と結合し、香らない状態に成っています。

 例えば、ワインを開封した後、しばらく放置した場合など、ワインと酸素が触れ合うことでワイン中の亜硫酸が消費された結果、結合し、臭わない状態になっていたアセトアルデヒドが解き放たれ、臭いを放ちます。亜硫酸の添加量の少ない、或は加えていないワインでは、開封直後でも青リンゴの香りが強く感じられるものがあります。

 貯酒中のワインでも亜硫酸切れを起こしたワインに生じるケースがあり、亜硫酸を再度添加することで香りは改善することができますが、酸化に伴う味わいの変化は修正することが難しい場合があるので注意が必要です。ワインの醸造家は、この臭いをワイナリーの中、樽に入ったワインを管理している際に感じた場合には、すぐさま亜硫酸切れのワインがあることを疑い、臭いをはなつワインを特定し、亜硫酸の添加など、必要なケアをする必要があります。

 また、この臭いは産膜酵母に汚染された場合に、高濃度で生成されます。産膜酵母はエタノールを酸化し、アセトアルデヒドを生成します。また、産膜酵母は好気性であるため、空寸があり、酸素と触れ合った状態で貯酒されたワインで発生しやすいです。前述しましたが、アセトアルデヒドは一般的なワインにとってオフフレーバーですが、前述のようにスペインのアンダルシア地方で作られるシェリー酒にとっては、産膜酵母によって造られるこの青リンゴの香りが好まれています。

酢酸/酢、酢酸、揮発酸

 酢酸は、一般に酢として調味料として使用されているため、我々の生活により馴染み深い。ワインの世界では、揮発酸(Volatile acid)と呼ばれる有機酸の1つです。名前の通り、揮発しやすく、ワインに香りとして寄与するとともに、酸味として味にも影響を与えます。

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 酢酸のワイン中の官能閾値は0.6 – 0.75g/Lと言われており、この濃度以上、ワインに含まれていると、酢酸、揮発酸が高いと表現され、オフフレーバーとして捉えられることがあります。個人的には、香りへの影響よりも酢酸濃度が高いワインは後味に刺激の強い酸味が残り、ワインの味わいのバランスを欠くため、問題だと思っています。

 この成分は、アセトアルデヒドと同様、酵母によるアルコール発酵や乳酸菌によって行われるマロラクティック発酵のクエン酸代謝の結果として生成されます。しかしながら、健全な発酵においては官能閾値を超えるまでは生成されることはありません。通常、アルコール発酵由来で0.2g/L、マロラクティック発酵由来で0.2g/L程度。

 一方で、酵母が官能閾値以上に酢酸を生成してしまうケースもあります。例えば、極甘口のワインを造るときにように、糖分の高いブドウ果汁の中では酵母に大きな浸透圧がかかります。そのストレスから身を守るために酵母自身が糖分からグリセロールという糖アルコールを細胞内に造り、必要に応じて細胞外に排出することで浸透圧の調整をしています。その副反応として酢酸を官能閾値以上に生成してしまう場合があります。

 ソーテルヌなどの貴腐ワインやドイツのアイスワインといった極甘口のワインで、酢酸が高い濃度で含まれているものが多いのはそのためです。ただし、極甘口のワインは凝縮されており、他の香り成分もとても豊かであるため、ワインが熟成する過程で酢酸のニュアンスもバランスされ、複雑さの1要素になっているような気もしています。ただし、過剰な場合はやはりオフフレーバーとして問題です。

 また、酢酸生成に関して、醸造家が最も気を着けなければならないのが酢酸菌による汚染です。ワイン醸造でよく出てくる酢酸菌はざっくり分けるとGluconobacter 属とAcetobacter属の2属に分けられます。

 Gluconobacter属は一般的に植物、つまりブドウの上に生息しています。健全なブドウにも存在しますが、灰色カビ病など他の病気によって犯されてしまった、或は物理的に傷付いたブドウで増殖し、糖分を酢酸に変えてしまいます。酢酸の臭いがツンと臭うブドウがあれば、極力そのブドウは取り除き、排除してワインを仕込まないと酢酸のニュアンスが強いワインと成ってしまうので注意が必要。また、Gluconobacter属は酢酸以外にも糖分をグルコン酸やグルコノラクトンに変換してしまいます。グルコノラクトンは亜硫酸と反応性がよく、亜硫酸を加えても狙ったような酸化防止効果が得られないことがあるのでその点でも注意が必要です。

 Acetobacter属は、糖分ではなくエタノールを酸化して酢酸に変えてしまいます。この酢酸菌もブドウに存在、そして醸造されて出来たワイン、ワイナリーの環境の至る所に存在しています。産膜酵母と同様に好気性であり、酸素が大好きで、空寸のあいたタンクなどでワインを貯酒していると急激に増加し、酢酸を生産してしまう。また、酢酸菌は、pHが高いワイン、温度が高い環境(15℃以上)でより増殖しやすいため、その視点でも注意が必要です。そして、厄介なのは、亜硫酸耐性が高いため、亜硫酸が増殖抑止には効果が薄いことです。

 遊離亜硫酸で25−30mg/Lを維持する事である程度増殖抑制ができると言われますが、酢酸菌自体は死滅することはありません。そのため、ワインを貯酒する際は、タンクに空寸を開けず、酸素との接触を極力排除した状態にする必要があります。一度汚染すると排除することが困難であるため、汚染しないようにワイナリーを清潔に保し、汚染源を排除することが重要となります。

酢酸エチル/セメダイン、除光液

 上記の酢酸と関連性が高いオフフレーバーに、酢酸エチルがあります。酢酸がエタノールと反応し、エステル化したもので、酢酸よりも官能閾値が160mg/Lと低く、高い濃度で含まれるとセメダイン、除光液といったワインにとって不快な臭いとして表現がなされます。

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 酢酸と同様、酵母がアルコール発酵の過程で少量生成しますが、問題となる多くの場合はやはり酢酸菌の汚染が関与しています。酢酸菌は酢酸とエタノールのエステル化を触媒するエステラーゼ活性をもっており、酢酸エチルの生成を促進するためです。酢酸のパートで記載したように、発生してしまうと改善できないため、酢酸菌の増殖をしない貯酒管理を徹底することが肝要です。

4-ヴィニルフェノール、4-ヴィニルグアイアコール/薬品箱、クローブ

 白ワインの「フェノレ」と呼ばれるオフフレーバーの原因物質として4-vinyl-phenol(薬品箱のような臭い)、4-vinyl-gaiacol(クローブ等のスパイス様の臭い)があります。

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「フェノレ」とはフランス語の表現でphénoléと書き、上記成分のような揮発性フェノール物質に起因する臭いが強く、ぶどう品種や産地に由来するワインの個性をかき消された状態を示します。

 ブドウ中に含まれるポリフェノール類の一種であるフェノール酸が、酵母の持つ酵素(桂皮酸脱炭酸酵素)によって変換されることによって生成されます。フェノール酸のうち、桂皮酸から生成されるのが4-vinyl-phenol、フェルラ酸から生成されるのが4-vinyl-gaiacolです。2つの成分の存在比は、おおよそ1:1であることが多く、合わせて720μg/L以上、ワイン中に存在した場合、オフフレーバーとして認識されます。 

 フェノール酸の含有量はブドウ品種によって異なり、例えばソーヴィニヨン・ブランと比較して、セミヨン、コロンバール、或は甲州などのブドウ品種で高い濃度で含まれています。成熟とともに蓄積していくため、収穫時期の遅いブドウで多く含まれることが分かっています。

 酵母によるフェノール酸からの変換能は、菌株によって異なることが分かっており、乾燥酵母を市販するメーカー各社は変換能が弱い酵母の選抜(POF-:Phenolic off flavor negative)を進めており、市販されています。醸造家は、自分達が扱うブドウの性質を見極めながら、また造りたいワインのスタイルに応じて酵母を選択しています。

4-エチルフェノール、4-エチルグアイアコール/馬糞、馬の汗、アニマル、燻製

 次に赤ワインの「フェノレ」です。原因物質は4-ethyl-phenol(馬糞、馬の汗)、4-ethyl-gaiacol(燻製)です。実は出発物質は白ワインの「フェノレ」と同じで、桂皮酸やフェルラ酸などのフェノール酸です。

 白ワインの場合は、アルコール発酵を起こす酵母(Saccharomyces cerevisiae)によって変換され、それぞれ4-vinyl-phenol、4-vinyl-gaiacolで多くの場合、反応が止まります。しかしながら、赤ワインでは野生酵母の1種であるBrettanomyces Bruxellensisが繁殖してしまった場合、4-vinyl-phenol、4-vinyl-gaiacolの反応がさらにBrettanomyces酵母が持つヴィニルフェノール還元酵素によって還元され、それぞれ4-ethyl-phenol、4-ethyl-gaiacolとなります。白ワインではBrettanomyces酵母の汚染はほとんど見られませんが、極稀にシャルドネなどで起こる事が有ります。

 なぜ白ワインでこの反応が起こりにくいのか、理由は実は良く分かっておらず、白ワインは赤ワインに比べてpHが低い傾向があり、Brettanomyces酵母が繁殖し難いこと、また最後のヴィニルフェノール還元酵素が起こす反応は還元反応であるため、ポリフェノールなどの抗酸化物質が多く含まれる方が起こりやすい可能性などが考えられています。

 フランス,ボルドー産の赤ワインにおいて、4-ethyl-phenol、4-ethyl-gaiacolの存在比は10:1であることが多く、合わせて420μg/L以上、ワインに存在した場合、オフフレーバーと認識されることが多いと言われています。この状態に成ったワインは、「フェノレ」と呼ばれたり、Brettanomyces酵母の名前に由来し、「ブレット」と呼ばれたりします。

 Brettanomyces酵母は、基本的にブドウに由来します。ワイン醸造時、そして貯酒時に亜硫酸を用いた適切な管理が出来ていれば増殖を抑制することが可能です。また、キトサンという多糖類を適量処理する事でBrettanomyces酵母を除去できることも分かっており、汚染が疑われるワインに対して滓引き前に混和し、滓として除去する処理を行うこともあります。

 しかしながら、オーク樽に入れたワインの中でBrettanomyces酵母が増殖してしまった場合、オーク樽内部にBrettanomyces酵母が残留し、更なる汚染源になることが多いです。それを防ぐために、オーク樽の洗浄は高温、高圧条件で一定時間処理した後、硫黄を内部で燻蒸し、発生した亜硫酸ガスによる殺菌が必要となります。

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