Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第11話
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○ 23
高校の前期期末試験の勉強をしていた陽奈は、一息入れるためにイスから立ち上がった。
夜であり、窓の外には煌々と輝く月が見える。今はほぼ半月だった。
外の空気を吸いたくなり、窓を開けた。陽奈の部屋は2階だ。神社のすぐ隣に家は建っており、社務所の裏を見下ろすことができた。その向こうは参道で、拝殿までは陽奈の部屋からは見えない。
この家にいるのは、あとは父だけだ。母は陽奈が中学生の頃に病気で亡くなった。
神に仕える仕事をしていても、妻は救えぬものだ、と父が嘆いたことを思い出す。あんな姿を見たのは初めてだっただし、その後もない。
夜の静寂にしばらく浸る陽奈。
だが、微かにパトカーのサイレンが聞こえてきた。それほど遠くない場所で、事件でもあったのだろうか?
不穏な予感がよぎった。
ここ最近、気になるニュースが続いていた。この近くで、連続猟奇殺人事件が起きている。
報道では詳しく伝えていないが、何か酷い方法で、何人かが殺されたらしい。そんな話を聞けば、近くに住む者なら不安を抱いて当然だ。
だが、陽奈の心にあるのは別の不安だった。
またしても幻影が浮かぶ――。
あの夜の出来事がはっきりと見えた。
同じように部屋から外を眺めていた陽奈の目に飛び込んできたのは、参道のあたりをヨロヨロと歩く人影だった。
なぜか、全身から煙が立ちのぼり、何かが焦げたような匂いがこちらまで漂ってくるような気がした。
その人影が、陽奈の方を向いた。視線が合ったような気がした。
そして、心の叫びのようなものが飛び込んできた。
ひなちゃん、あれを……。あれを、頼む……。
恭介さん?
息を呑む陽奈。その声は、子供の頃よく遊んでくれた草加恭介のものだったからだ。
陽奈は家を飛び出し、神社に向かった。人影に近づくと、黒焦げですでに息絶えていたとしても不思議ではないくらいだった。それなのに、動いている。
そして、微かに聞こえる声は、確かに恭介のものだった。
あれを……。あれ……を……。
陽奈は拝殿に飛び込み、そして、後を継ぐことになっていたためその時はすでに父に教えられていた、秘薬の場所へ飛び込んだ。恭介が欲しがっているのが、それだとわかったからだ。
古来からの頑強な壺に収められたその秘薬を、陽奈は別の器にできるだけ入れ恭介と思われる者のもとへ運んだ。手水舎から水も汲んで一緒に置く。
その人影は、むさぼるように秘薬を口へ流し込んでいった。
「陽奈、どうかしたのか?」
何かあったと気づき、父が出てきた。すると人影は、四足となり素早く駆けだした。目で追うのも難しいほどの速さで、林へ分け入っていく。まるで野生動物だ。それまでヨロヨロとし、瀕死のようにさえ見えたのに……。
「陽奈、いったい何が?」
父が血相を変えて、陽奈を見る。
「お父さん、私、あの薬を……」
一部始終を説明すると、父は愕然とした表情で、獣のようになった人影が消えた林を眺めていた。
パトカーのサイレントとともに、消防車の音も聞こえてきて、陽奈の幻影は途絶えた。我に返り、また夜空を見上げる。
あの秘薬が、何かとんでもないことの引き金になってしまったのかもしれない……。
陽奈の不安は膨らんでいく。
子供の頃から正義感が強く、よく不良や暴走族とケンカをした恭介は、その父親に連れられてこの神社にやってくることが多かった。
社務を手伝わせて、少しは気持ちを落ち着かせる術を身につけさせてほしい――それが恭介の父の頼みだったのだ。
御厨家と昔から親交があり、父の鉢造も恭介のことを心配してもいたので、アルバイトのような感じで招き入れた。
恭介は真面目に働き、当時まだ小さかった陽奈のこともよくかわいがってくれた。
だが、彼の過剰な正義感から来るトラブルは、収まらなかった。
中学生や高校生の頃の男子は、程度の差こそあれ、ワルっぽい人間に憧れを持ったり、興味本位で悪さをするようなところがある。
恭介にはそれがなかった。むしろ、そのようなことを嫌っていた。彼も幼い頃母親を亡くしているが、その教えだったらしい。
正しいことをしなさい。悪い人間になってはならない――。
恭介は母の言葉を頑なに守り続けていたのだ。
ある日、恭介は街のチンピラや不良達が神社横の林に屯して何かの算段をしていたのに気づき、注意したことでケンカとなり、大けがを負った。
最初に見つけたのは、陽奈の父、鉢造だった。
陽奈はまだ就学前の子供だったのでよくわからないが、瀕死の状態だったらしい。父は、この神社に古来より伝わる秘薬を恭介に与えた。
むやみに使用してはいけないと伝えられていたが、父は、その時は恭介を救うためになんでもしようと考えたらしい。
効果は絶大だった。
その後救急車に乗せられ入院となった恭介は、奇跡的な快復力を見せ、体中ケガだらけで全治数ヶ月だったのが一週間ほどで全快した。
恭介は、あの時のことを覚えていたのだろう。あるいはその効力が大人になるまで残っていて、どこかで大やけどをしてもここまで来ることができたのかもしれない。そして、さらなる効力を求めた……。
古来より、狼を大神と呼び祀ってきたこの神社。あの秘薬は、回復力を増すだけでなく、過剰に服用してしまうと……。
月に雲がかかり、闇が濃くなる。
陽奈の心にも、闇が染みこんでくるようだった。
○ 24
「瀬山利里亜は別の病院に移送された。行き先までは俺にもつかめない。だが、昨夜のこともあるから、どこに行ったとしてもかなり堅牢な警備体制が敷かれるだろう」
大森が言った。例によって、偽会計事務所の所長用デスクの向こう側だ。
「事件については、どのように?」
池上が訊く。自分が真っ只中にいたことが、どのように伝えられているのか興味もあった。
「警官の姿をした者が銃を持って乱入し、何度か発砲した。本物の警官が応戦したが2名負傷。犯人は異常者らしいが、山中へ逃亡した。現在捜索中ということになっている。これはマスコミにも流したことだ」
「俺やあの女暗殺者の姿、そして人狼も、病院のカメラにバッチリ映っていると思うんですが?」
「それが、1階と2階の防犯カメラが被弾して壊れていたそうだ」
あの人狼警察官の仕業か? そういえば、高級中華レストランでも、そして奥山を襲ったホテルの駐車場でもカメラが撃たれていた。そのような冷静さを持ち、銃の腕も確かなようだ。
何か根本的なところで、引っ掛かるものがある。警官の姿であること、銃を使いこなすこと、更に、ターゲットにする者以外は殺さないこと……。
護衛や秘書などは肩や脚を撃って動けなくしているが、命を取ろうとはしない。昨夜はエリカに鋭い爪を向けていたが、あれは、彼女が本気を出さねばならないほど手強かったからだろう。
だが、そうでありながら、一方では無差別と思われる猟奇殺人を繰り返してもいる。これはいったい、どういうことなのか?
そしてもう一つ気になることがある。あの人狼警察官は、俺の姿を見て微かながら戸惑いを見せていた。なぜだ……?
「どうかしたのか?」
怪訝そうな表情で視線を向けてくる大森。
「いや、わからないことだらけで……」
「まだ、手を引くつもりはないのか?」
突然大森が意外なことを言った。いや、意外ではないのか? 公安の裏組織まで動きだしたという噂がある。凄腕の女暗殺者がいて、人狼警察官という常軌を逸した存在も暴れている。このまま調べを続けると、命がいくつあっても足りないかもしれない。
しかし……。
「全然、何もつかめていないんですよ?」
「だからだ。そのくらいのうちに手を引けば、後腐れもないだろう」
「それじゃあ納得いきませんよ」
苦笑する池上。
「だろうな」と溜息をつく大森。「だが、これだけ混沌として、しかも激しい動きがあるんだ。突然止まらなければならなくなることもあり得る。覚悟はしておけ」
池上は無言ながら頷いた。日の出製薬に連なる政財界の大物と、その影響力がおよぶ警察上層部が、事件のもみ消しに様々な圧力をかけている。今はギリギリのところで誤魔化している大森にも、いずれ何かが押し寄せてくるかも知れない。
草加の死後、彼が所属していた班が解散の憂き目に遭ったように……。
もしそんな兆しが見えたら、俺はどうする? 続けるとしたら、大森に迷惑がかからないよう、この班から離脱することも考えなければいけない。
険しい表情になっていたようだ。池上を見上げる大森の目が苦悩の色を浮かべていた。
「日の出製薬が記者会見を開くらしい。そりゃあ、役員があれだけ殺害されたんだ。企業として何か示さなければまずいだろうな」
言いながら、大森はメモをデスクに置いた。場所と時間が書かれている。記者会見に関してだろう。
「ありがとうございます」
メモを手にすると、池上はその場を辞去した。
○ 25
エリカは自室でストレッチ兼トレーニングに取り組んでいた。
昨夜の人狼との攻防で、思いのほか体力を使ったようだ。ところどころ筋肉の強張りがあるのを、ほぐしていく。
開脚をして上体を前に倒し、胸をフロアにつける。そのまま数秒ジッとしていたが、サッと飛び上がるように立つと、膝を伸ばしたまま両手の平を下につき、ゆっくりと倒立していく。
足先まで真っ直ぐに伸びた体勢でまた数秒維持すると、今度は足を開き、身体をTの字のようにし、手を軸にしてくるくる回転した。
その手をバネにして後方に飛び、すっくと立つ。
片足ずつY字バランスを行い、その後は肩そして腕のストレッチ……もし今後も人狼と争うことになるなら、マグナム弾をまた扱うことになるかもしれない。発砲の際の衝撃をできる限り吸収するためにも、しなやかさを保っておく必要がある。
学生の頃バレエをやっていたので、身体の柔軟性には自信がある。そのため、海外をまわって傭兵達に実戦訓練を受ける際にも、吸収が早いと褒められた。
もちろん、強くならなければ、という意思が大きかったのもある。訓練活動を開始して一年もすると、どこへ行ってもトップクラスの実力となった。
とはいえ、人狼にその実力が通用するとは思えない。所詮人間は弱いものだ。何か対策を練っておきたいが……。
そこで、スマホが鳴った。例によってトムだ。
「残りのターゲット達が、用心のために身を隠したり、警護を強化しはじめたようだ。公安の裏部隊も動き始めた気配がある」
出るなりトムが言った。
「身を隠してもあなたなら見つけ出すでしょ? 警護の強化は想定のうちだわ。裏部隊さんも望むところよ」
「相変わらず強気だな」
「強気になれない存在が一つだけあるけどね。あれが今後敵にまわるなら、厄介だわ」
「人狼、か。これについては、全くどういうクリーチャーなのかわからない。映画のように銀の弾が効くというなら、すぐにも造るがね」
「ただのモンスターじゃないわ。警官の格好なんてしているからには、何か曰くがあるはずよ。それがわかれば何とかなるかもしれないけど」
「そればっかりは、俺の情報網でも全然わからないよ。一応調べは続けてみるが」
ふう、と溜息をつくエリカ。
「今日の午後、日の出製薬が記者会見を開くそうだ」
「記者会見? 何を話すつもりかしら?」
「社長に副社長、会長と死んでしまったんだ。今後についてが主だろう。医療事故について認めて謝罪し、だからもう誰かを狙うのはやめてほしいと哀願するようなことは、期待しない方がいい」
「そう? 残念ね」
肩を竦めるエリカ。
記者会見の時間と場所を聞き、電話を切った。
あの男も現れるかな?
昨夜一緒に利里亜という少女を守った、公安らしい男を思い出す。
彼なら、人狼について私達より知っているだろうか?
○ ↓第12話に続く。
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