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第8話 黒い砂 テケテケ誕生の物語【伏見警部補の都市伝説シリーズ】

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「あの、すみません」

瑞江は、山城警察署の受付まで来ると、かすれた声で言った。
体を揺らすほどの心臓の鼓動を抑えようと、左手を胸に当てているものの、鼓動は早くなるばかりで落ち着かない。

「はい、どうされましたか?」

受付にいた女性警官が、穏やかに言った。

「あの、えっと……」

「はい?」

「ニュースにもなってる、猟奇殺人について、お話したいことがあって……」

絞り出すように言うと、女性警官は眉と声を潜めた。

「事件について、何かご存知なんですか?」

「たぶん……」

「たぶん、というのは?」

「事件を調べてる刑事さんと話せませんか?」

「う~ん……じゃあ、ちょっと待っててください。確認してみます」

女性警官は一度カウンターから離れると、少し奥まで歩いて電話をかけ始めた。

「……」

瑞江は、居心地の悪さを感じて、体がムズムズした。
周囲の視線が、すべて自分に向けられているような気がしてくる。隣で免許証更新の手続きをしている人さえ、聞き耳を立てているのではないか……馬鹿げた妄想なのは分かっている。しかし、瑞江は今でも、道ですれ違うカップルが笑うと、自分が笑われているのではないかと考えてしまうことがあった。

自意識過剰、被害妄想……反応だけを見ればその通りなのだろうが、本人は至って真剣に悩んでいた。随分とマシになったと思っていたが、再発し始めたらしい。

「お待たせしました」

「……!」

心の中でため息をついたとき、女性警官が言った。

「担当の刑事が、話を聞きたいとのことなので、少しお待ちいただけますか?」

「あ、はい、大丈夫です、待ちます……」

椅子に座る気になれず、少し体を空けて立っていると、スーツ姿の男が歩いてきた。
短髪の黒髪で、刑事というには優しい雰囲気をしている、というか、少し幼く見えるその男は、少し微笑むと、

「事件のことで?」

と言った。

「あ、はい……」

瑞江は反射的に頭を下げた。

「緊張しなくて大丈夫ですよ。
私は谷山と言います。山城警察署捜査一課の刑事です」

谷山は名刺を差し出した。

「ありがとうございます……あの、私は真中と言います」

「真中さん。ご足労いただき、ありがとうございます。ここではちょっとだと思うので、応接室へ行きましょう」

「あ、はい……」

谷山の後について、瑞江は普段入ることのない警察署の廊下を歩いた。
捜査一課……映画やドラマではよく出てくるが、対面することなど、普通に生きていたらほとんどない。現実感がなく、他の誰かを通して今の景色を見ているようで、変に落ち着いてきた。

「どうぞ」

応接室とプレートが貼られた部屋のドアを開けて、谷山は言った。

中は、シングルのソファとテーブルがいくつか並んでいる、10畳ぐらいの広さで、部屋の端にはポットやお茶、コーヒーなどの飲み物が置かれた棚があり、綺麗なオフィスビルという感じではないものの、掃除は行き届いていて、清潔感がある。

「コーヒーとお茶、どちらがいいですか?」

「あ、すみません……お茶で」

「分かりました。ちょっとまってくださいね」

姿勢を正したままソファに座って待つ。やがて、谷山が来客用らしい湯呑みを持って歩いてきた。

「ありがとうございます……」

「それで」

谷山は向かい側に座った。

「真中さんがお話に来た事件というのは、例の猟奇殺人のことで間違いないですか?」

「はい……」

「分かりました。
捜査責任者は私ではなく、伏見という者なんですが、今外出中でして……ちょっと
電話してみるので、お待ち下さい」

おそらく一分ほどの沈黙が、酷く長く感じられた。電話を終えると、谷山は瑞江を見た。

「今、こっちに向かってるそうです。10分ぐらいしたら戻って来ると思いますが、待ちますか? 先にお話いただいてもけっこうです」

「……その、伏見さんって方は、どんな人ですか?」

瑞江の唐突な質問に、谷山は目を大きくしてから、微笑んだ。

「どんな人……そうですね、一言でいえば、変な人です。有能な刑事ですけど、いつも僕らとは少し違う視点で事件を見てるんです。それが毎回正しいわけじゃないんですけど、良く言えば常識に囚われない。悪く言えば、組織の方針に従わない。言いたいことは誰が相手でも言ってしまうし……警察って縦社会なので、上の命令は絶対みたいなところがあるんですけど、そういうのも無視で、部下としては気苦労も多いというか……
あ、すみません、愚痴みたいになってしまって……」

「あ、いえ……ありがとうございます」

「何か、これからお話することと関係があるんですか? 伏見がどんな人間なのかってことが」

「私がこれから話すことの中には、常識的に考えたらありえないって言われることが含まれてます……嘘は言いません。でも信じてもらえない可能性が高いなって思って……それに、確信や証拠があるわけでもないし」

「参考までに、どんな話か聞かせていただけますか?」

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