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第5話 黒い砂 テケテケ誕生の物語【伏見警部補の都市伝説シリーズ】

-11-

「ん……由美?」

カーテンの隙間から入ってくる光が、瑞江の顔を照らした。
ベッドに寄り掛かるようにして、由美と話したのは覚えている。でも今はどういうわけか、ベッドの上にいて、布団も掛けられている。

「由美……?」

由美はいなかった。
あんな話をしたから、いなくなってしまったのだろうか。ずっと友達だったような感覚でいたが、出会ってから一週間ちょっとで、あんな話を聞かされて、重かったかもしれない……

「ごめんね、由美……」

もう、戻ってこないかもしれない……そう思うと、また涙が溢れてきたが、なんとか起き上がって、部屋の中央にあるテーブルを見ると、紙が一枚置かれていた。

『少し留守にするけど、必ずまた会える。待ってて』

丸みを帯びた、かわいらしい文字で書かれたそれは、由美の筆跡で間違いなかった。

「どこに行ったんだろう……」

スマホを持っていない由美に連絡を取ることもできず、瑞江はノロノロと部屋を出ると、洗面台で自分の顔を見た。

「ひどい顔……」

思わず言葉が漏れる。
泣き腫らした目は充血しており、疲れ切っていて、気力が尽きかけているように見える。こんな顔を慶子に見られたらと思ったが、もう出かけているのか、ラップをかぶせた朝食が、リビングのテーブルに置かれている。

あと一日……

学校は休むことにしたが、状況は何も変わっていなかった。慶子は明日、新規顧客の家に行く。何かしら理由をつけないと、止めることはできない。いや、もし理由をつけて止めることができたとしても、先延ばしになるだけ……

畑中さえなんとかできれば、たぶん後はどうにかなる。しかし畑中は、もっとも狡猾で、頭も回る。金も、権力も……

朝食を食べる手は止まり、コーヒーが冷めても、どうすればいいのか分からなかった。もし現場を押さえることができたとして……それすら現実的ではないが……証拠を得ても、それだけでは不十分に思えた。

警察は畑中の味方だろうし、何かしらの理由……たとえば、合意があったとか、そういうプレイだったとか言い訳をつけて、うやむやした上で報復してくる。状況を収めた動画がネットで拡散されれば、隠蔽はできないだろうが、それは自爆テロのようなもので、瑞江と慶子、二人の人生も壊すことになる。

(畑中を殺すしか……)

そう思いかけて、瑞江は首を横に振った。
自分の中からそんな考えが出てきたことに、怖くなった。あの事件のときでさえ、考えなかったこと……

もう、正気を保つこともできなくなってきているのかもしれない。大切な人を守りたいのに、守る力も、知恵もない、それでもできることはと考えた先で追いつめられた心は、人としての感情を失いかけているのかもしれない。

「私、どうすればいいの……? 何が正しいの……?」

震える声に答えるものは、いなかった。
場違いなほど暖かく、明るい太陽の光が、瑞江の涙を照らしても、慰めも救いも、何もなかった。

-12-

「菊池、ビデオの準備できてるか?」

三脚に固定されたカメラをいじっている菊池に、畑中は言った。

「バッチリだ。他のカメラも確認済みだから、どの角度からも狙えるよ」

「よし」

畑中は、舌なめずりした。

端正な顔立ちをしている畑中は、爽やかな好青年を装い、大学でも自然と周囲に人が集まる。だが、一皮むけばナルシシストやマキャベリスト的な色が濃く、友達と言える存在はなく、取り巻きはそんな性質を分かったうえで従っている。頭さえ下げておけば、おこぼれがもらえて、何かあってももみ消してもらえるという”特権”が、繋がりを作っていた。

「いいかおまえら、ここはあくまで、勉強部屋だ」

畑中が言った。

「ちゃんと勉強もしろ。学生の本業は勉学だからな」

「先生、性の勉強は勉学に含まれますか?」

菊池が手を挙げると、畑中はニヤリとした。

「もちろん含まれる」

「だよね~(笑)」

品のない笑いが響く。
畑中と、取り巻きの四人……菊池、倉持、佐々木、江口は、最終チェックを済ませると、部屋を出た。

「じゃあ、明日な。遅れるなよ」

畑中が父親に頼んで借りてもらっている「勉強部屋」は、新築マンションの3階で、2DKの室内には、本棚とダブルベッド、ソファ以外は何もないが、ベッドのある部屋の壁は防音対策が施されている。

部屋は名目上、友達も自由に使えて一緒に勉強ができる部屋だが、実態は、ただの連れ込み部屋だった。

「さて、酒でも飲みに行くか」

畑中は一人、四人とは別方向へ歩き、飲み屋街に消えた。

その夜。

「ああ、くそ、早く明日にならねぇかなぁ……我慢した分、たっぷり楽しませてもらうぜ」

取り巻きの一人、倉持は、自宅でスマホ片手に動画を見ていた。
一階にいる両親はすでに寝ており、時刻は深夜1時を過ぎている。だが、明日を考えると興奮が巡って、眠ることができず、かといって動画に集中することもできず、惰性のようにスマホを眺めていた。

“バチンッ”

「うお……!」

突然、部屋の明かりが消えた。

「なんだ? 停電……?」

恐る恐る部屋のドアを開けると、廊下の電気は点いていて、テレビの電源をオンにすると、あっさりとついた。

「なんだよ、部屋の電気だけ壊れたのか? 使えねぇな……
……!」

自分以外誰もいないはずの部屋で肩を叩かれて、倉持を振り返った。

「うわぁぁぁ!!」

目の前に、顔があった。
そう見えた。
だが今は何も見えない。

「なんだ……なんだよ今の……うわっ!!」

立ち上がった瞬間、足の裏が天井を向いた。

「なに、なん……なんだよおい……!」

体が宙に浮き、頭に血が上っていく。
何かに足を掴まれている感覚がして、視線を天井のほうに向けると、下半身のない女が見下ろしているのが見えた。

「な……なに……」

何が起こってるのか理解できない倉持を見て、女は笑い、足を掴んだ手に力を込めた。

「ぎ……や、やめ……ぎゃあぁぁぁぁ!!!」

倉持は、床に背中から落ちた。
右足の足首から先は、力任せにねじ切られ、見たことがない量の血が、床に広がっていく。女の手には、倉持の足首から先が握られており、女はそれを見て、ニヤリとした。

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